いなりずし 1

皆川やちよ海軍中尉は艦が横須賀に着くととある場所に連絡を入れたーー

 

連絡を入れたのは妹の皆川みちよ海軍上等兵曹が教員を務める海軍通信学校で、みちよは姉からの電話に

「姉さんお久しぶりです。…はい、ねえさん休暇はどのくらいいつから取れますか?…ああそうですかではそのころまた連絡ください。はい。…お母さんのお見舞い行きましょう。ええあと少しで退院できるとは聞いていますよ、だいぶいいようですから。はいではまた」

そう話して電話を切った。

二人の母親は千葉県の病院に入院中であったが病も癒え、近々退院の運びとなっていた。やちよは北方からの任務を終え母の顔を見るべく妹を誘って病院に見舞いに行こうというものであった。

やちよは母の入院する病院の場所を知らなかったためみちよに手紙を出し、みちよは「それならねえさんが帰還したら連絡ください、私と一緒に行けばよいから」と相成ったのである。

やちよ中尉は久しぶりに妹や母に逢える喜びに浸りながら、艦内での任務を一所懸命こなしてその日に備えるーー

 

休暇の前日に、やちよ中尉は妹に連絡を入れた通り省線横須賀駅で待ち合わせした。

「姉さん!」との声のしたほうに向くと妹のみちよ兵曹がこちらに向かって走ってくるところだった。その妹のもとに駆け寄って姉妹は敬礼を交わした。そして互いに

「久しぶりだねえ」「お久しぶりです」

と言い合って肩をたたきあう。二人はやってきた汽車に乗り込むとまずやちよ中尉が

「千葉までか。長いねえ」

とぼやいた。二人の実家は千葉である。実家には今、二人の姉のはたよが婿を取って住まっている。「はたよ姉さんに逢うのは結婚式の時以来だから二年ぶりか。家のあたりは変わっていないだろうかなあ」

二人はそんなたわいもないことを話しながら汽車に揺られていく。

 

汽車は千葉駅に到着し、二人の海軍嬢はホームに降り立つと深呼吸した。懐かしいふるさとの空気が二人の肺を満たし、姉妹は顔を見合わせてほほ笑みあった。そしてやちよ中尉は

「さあ、まずは家に行こうじゃないか。はたよねえさんに逢いたいし。義兄さんは今夜じゃないと会えないかな」

と言って改札にと歩き出す。そのあとをみちよ兵曹が慌てて付いてゆく。

 

実家への道は楽しいもので、二人は思い出を語り合いながら歩いた。懐かしい駄菓子屋の女主人に会ったり、小学校時代の同級生に出くわしたりうれしいハプニングの連続であった。

そんなわけで普通に歩けば駅から家まで450分もあれば十分な道のりを二人は一時間半、いやに時間ほどかけて歩いてきた。

やがて数件の家の立ち並ぶ中に彼女たちの実家が見え、みちよ兵曹はもうたまらずに「ねえさーん、はたよ姉さんー」と声を上げると懐かしい実家目指して走り出し、やちよ中尉は

「なんだそんなにあわてなくったって」

と笑いながらもこれもまた「ねえさーん!」と声を上げると走り出していた。

<皆川>と、亡き父の達筆で書かれた表札のかかった門をくぐると玄関の扉が開いて中から長姉の傍よが笑顔で出てきた。

やちよとみちよはその場に直立不動の姿勢をとると海軍式の敬礼をし

「皆川やちよ海軍中尉、および皆川みちよ海軍上等兵曹ただいま実家に帰還いたしました!三日ほどお世話になります」

というと三人は声を立てて笑った。はたよも海軍式敬礼をまねて

「おかえりなさい。お疲れさまでした、さあ上がってちょうだい」

と言ってうれしくてたまらないように微笑んだ。

靴をきちんと三和土にそろえ、居間に入る海軍嬢の妹二人を感心したように見たはたよは

「あなたたち立派になって。二年前よりずっと立派よ、それにお行儀も尚更良くなりましたね。子供のころよく靴をそろえろ!ってお父さんに怒鳴られてたの、覚えてる?」

と言って笑い、台所へ茶の用意に行く。

みちよ兵曹は

「いやだなあねえさん。もうそんな昔のこと忘れてくださいよ」

と恥ずかしげに言い、やちよ中尉は仏壇に線香をあげる。亡き父の写真の飾られた仏壇に、やちよは手を合わせそれが済むと「みちよも拝みなさい」と促した。

はたよが

「さあ、手は洗って?お茶をどうぞ」

と声をかけ、二人は居間の座卓の前に正座する。はたよが

「楽にしなさいよ、自分の家なんだから」

と気遣い海軍嬢たちはでは失礼して、と胡坐をかいた。

「で、母さんの具合は」

とやちよ中尉は改めて姉に尋ねた。みちよから聞いてはいたが一番母のそばにいる姉から聞きたかった。姉は

「診ていただくのが遅かったけど運がよかったのよ、母さん我慢強すぎるでしょう?お腹が痛いっていうのをずっと隠していたのよ。でもあんまり顔色が悪いから私も診ていただくついでに母さんを病院に連れて行ったの、そしたら盲腸だっていうじゃない。母さんはそんなの病気のうちに入らないとか言ってたけどお医者様に叱られて、すぐ入院して翌日手術。ちょっと年が年だから起きられるまでに四日かかったけどでももう元気元気。入院中はじっとしていてって言ってもちょこちょこ動き回ってるわよ」

というとおかしそうに笑った。

みちよ兵曹は

「ちょっと待って?『私も診ていただくついでに』ってねえさんもどこか悪いの?」

と片手を上げて姉を制するようにして尋ねる。やちよ中尉も

「そうだよ、ねえさんもどこか悪いんじゃないの?だとしたら起きてていいのかしら?我慢しないで寝ていてよ」

と心配そうに姉を見つめる。

するとはたよ姉はウフフっと小さく微笑むと妹二人の顔を順番に見つめると言った、

「私はほんとに病気じゃないのよ。あのね…あなたたち来年の夏までに<おばさん>になるのよ」。

「ひえええ~」

「うわー、ねえさんやったねえ」

やちよとみちよはのけぞって叫びそしてうれしそうに笑った。はたよ姉は妊娠のごく初期、悪阻も軽そうで妹たちは安どして祝福した。

 

はたよの心つくしの昼食を食べた後

「ではねえさん。私たち母さんを見舞ってきます」

とやちよ中尉が言うとはたよ姉は「あ、じゃあこれを持って行ってくれるかしら」と台所に立ち、なにやら風呂敷包みを持って戻ってきた。そして

「母さんの大好物。お稲荷さん。食べたいって聞かないのよ、お願いね。気を付けていってらっしゃい」

とそれを手渡した。

その包みをもって二人の海軍嬢たちは実家の玄関を出て「では行ってまいります」と病院に向かって歩き出したのだった――

  (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・・・・

母の見舞い。いくつになっても母親は気になりますね。まして遠く離れて暮らしていれば尚更です。二人の海軍嬢姉妹、ねえさんから母親の好物を手土産を言付かってさあお出かけです!

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辞令拝受

益川敏也海軍技術中佐は心の傷を隠しながら、呉海軍工廠の職場に向かっていた――

 

前日の辛い、いや、人を馬鹿にしきった見合いの席をけって上司の山中新矢大佐の家に向かいそこで思い切り泣いた益川中佐は自宅に帰った後も一晩泣いた。大の男が泣くというのは女々しいことではないかと思ったが憧れの山中次子中佐も大変心を痛め、夫の新矢大佐に言伝として

「さぞお辛いことでしょう。そんなときはどうぞ存分に泣いてください。思い切り泣いたらすべて忘れましょう、新しい一歩を踏み出しましょう」

という言葉ももらっていた。

益川中佐は(奥様はやはり天女だ…ああ、でもあんな柴らしい女性はきっとこの世にはほかにもう居るまい。いいんだわたしはもう生涯独りでいよう。これ以上傷つけられて馬鹿にされ嗤われるのは金輪際ごめんだから。そっと、心の中だけで奥様を想わせていただこう、それだけで私は幸せだから)とすっかりあきらめてしまっていた。

 

「松岡式防御兵器」研究室の室長、江崎少将は山中大佐から益川中佐のひどい見合いの話を聞いて卒倒せんばかりに驚愕した。

「まさか、そんなひどい話があっていいのだろうか」

江崎少将は山中大佐がそっと語った話にそういって絶句した。益川中佐が気の毒で可哀想でならなかった。益川中佐は気のいい中年男性で、嫌みのないところが皆に好かれる。そして何より、結婚願望が人一倍強いのを少将は知りすぎるほど知っている。そして山中大佐の妻の次子にあこがれを持っているのも。

「どうして彼はいつもそんなひどい目に合うんだろうか、本当にひどい話だ」

江崎少将はそういって、窓外の風景を見つめた。もう間もなく新年を迎えるこの呉の街、次の年こそ彼に素晴らしい話が来るようにと祈らずにはいられなかった少将である。

 

そしてこの年も残すところあと一週間というとき、益川中佐は江崎少将に呼び出された。

いったいなんだろうか、何か不手際をして仕舞ったのだろうかと緊張の面持ちで江崎少将の部屋を訪ねた益川中佐に江崎少将は微笑みながら椅子を勧め、彼は腰半分だけ椅子に掛け、緊張を隠さぬまま少将と向き合った。

その中佐に江崎少将は

「はっきり言おう、実は」

と切り出し、益川中佐は顔面蒼白になって「…まさか、クビですか」と小さなかすれた声で言い、江崎少将は「は!」と大きな素っ頓狂な声を出してしまった。が次の瞬間大きな声で笑いだし今度は益川中佐のほうが度肝を抜かれた。

江崎少将は大笑いを何とか収めると

「いやいや、そんな物騒な話じゃないんだ。実はね、君に南方に行ってほしいんだよ。そう、出張だ。ちょっと長い出張になるとは思うのだが」

と言って急にしかつめらしい顔になると椅子から立ち上がり

「辞令。益川敏也海軍技術中佐、昭和○○年一月十日をもってトレーラー海軍基地への出張を命ず」とお言い机の上の辞令の書類を手渡し益川中佐、少しだけほっとした。

しかし、

「トレーラー、とおっしゃいますがあの環礁のどのあたりでしょうか?」

と不安げに尋ねる。江崎少将は

「水島だよ。トレーラー水島停泊中の<大和>にしばらく行って『松岡式兵器』の装備実験をしてほしいんだ。むろんほかにも数名を一緒に行かせるから大丈夫だ、…どうだろう、行ってくれるだろうか」

と優しく言い、益川中佐は

「はい!参ります。<大和>に参ります」

としっかり返事をした。

少将の部屋を出た益川中佐は、その足で山中大佐を訪ねた。大佐はいくつかの艦艇の大きな図面を広げて考え込んでいるところだったが彼の訪いに

「どうしたね益川君、ずいぶん息が弾んでるじゃないか」

と問うと中佐は

「いま江崎少将から南方への出張の辞令をいただいてきました。トレーラー停泊中の<大和>へまいります」

と嬉しそうに報告した。ほう、<大和>へ?とこれも嬉しそうに言う山中大佐にうなずいて益川中佐は

「はい。<大和>へです。大佐の奥様のいらした<大和>へ行くのかと思うとうれしいようなそれでいて緊張するような不思議な気分ですがしっかりやってまいります。出発は年明け十日ごろだと聞いています。でも、…」

とそこまで言うと言葉を不意に切った。どうした、と尋ねる山中新矢大佐に益川中佐は

「お子様方のお誕生をじかにお祝いできないのが残念です」

といい山中大佐は「生まれたらすぐ知らせよう、写真も撮れたら送るから」と言ってなんだか照れくさげに二人は笑みあった。

 

その話を海軍病院産科病棟で聞いた山中次子は

「そうでしたか、でもきっといい気分転換にもなることでしょう。トレーラーのあの太陽の下にいれば嫌な思い出なんか消えてしまいましょう。よかったと思います。そして、いい出会いがあればなおさら、いいですね」

とほほ笑み新矢はベッドの端っこにそっと腰掛けると妻の肩を抱き寄せ

「益川君が、子供たちの誕生にここにいられないのは残念だといって悔しがっていたよ。いったい父親はどっちだろうね」

と言って愉快そうに笑った。次子もほほ笑んだ。そして

「いつも益川さんには心配していただいて、うれしいですね」

といい新矢も「ああ、うれしいことだよね」と言い彼は妻をそっと抱きしめた。

 

そんなころ、益川中佐は自宅で長期出張の支度をはじめていた。大きなトランクに衣類やらなにやら詰め込んで

(さあいざ来い出張!トレーラーがどんなところだか今ひとつわからないが私はそこで必死に勤め上げるぞ。今までの私におさらばするつもりで、がんばるぞ)

と意気込んでいた。

 

この年も、間もなく大みそかになろうとする寒い晩のことであったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

益川中佐、辞令がおりました。

なんと南方、トレーラーは<大和>への出張。しかも長期…となると何やらいい予感もしてきますね。この先の彼の多幸を祈りましょう!

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益川中佐見合いする 2

益川中佐は相手の女性を見て思わず目を瞠ってしまったーー

 

室内に入ってきた女性は、何かそこら辺の女性とは違う雰囲気を醸していた。(化粧が濃いなあ)。益川中佐の周囲にいる工廠の海軍の女性軍人は普段は全く化粧をしないかしても薄い化粧であるがこの女性はばっちり化粧をしていて、(素顔がわからんなあ)。

そして(これも天女のうちなのだろうか?)、例えば山中次子や繁木史子のような楚々とした感じがない。(形の違う天女と思えばいいのだろうか?)。

益川中佐の心はだんだん塞いできた。(この女性と交際してそして結婚してうまくできるのだろうか。いや私には自信がない)とそこまで考え始めてきた。

やがて仲居によって料理が運ばれ会食が始まった。その間もそれとなく益川中佐は彼女―蘭子ーを観察している。ふと目が合った瞬間、蘭子は嫣然と益川中佐に微笑んだ。その微笑みに中佐は

(この人が…私の天女なのだろうか)

と疑問がわいてくるのをどうしようもなかった。兄と兄の知り合いという男性はお互いをほめあって

「いやあ、蘭子さんは素敵な女性ですよ。なかなかこんなにきれいな人はいないですからね、敏也は幸せ者ですよ」

と益川の兄はもう話が決まったような口ぶりで言うし、兄の知り合いの男性は

「いやいや、姪っ子は何もできませんからかえってご迷惑をおかけするんじゃないかと心配ですよ。益川中佐は立派な海軍技術中佐ですから恥ずかしくないようしないといけないぞ」

とこれも兄と同じような口ぶりである。

益川中佐は(なんだかもう話が決まったようなことを言うが私はまだ決めたとも何とも言ってはいないぞ)とやや不快になった。

 

益川中佐が激高する時が、そのすぐ後に来た。

兄の知り合いで蘭子の伯父という男性―金太―が隣に座る蘭子に、まだ手を付けていないご飯茶碗を差し出して

「もっと食べるか?食べなきゃだめだぜ二人分なんだから」

といったのだ。

「…二人分?二人分てどういうことです?」

益川中佐はけげんな表情で金太と蘭子を交互に見た。益川の兄が困ったように面を伏せた。益川中佐はまず兄を見て

「どういう意味なんでしょうねえ二人分って」

といいそのあと金太と蘭子を厳しい目で見つめた。すると金太が

「すまない益川さん、何も聞かなかったことにして蘭子と一緒になってほしいのです!」

というとその場に平伏した。

驚く益川中佐に金太が告白したこととはーー

 

――蘭子は金太の姪っ子であるが男性にだらしがない。女学校時代から男性のうわさが絶えず、困り切った両親が金太のもとに預けてその素行を直してほしいと頼み込むほどであった。金太も困り果ててはいたが蘭子の親で自分の兄の申し出にいやとは言えず数年間彼女を預かり指導してきた。

が、勤めに出るとまた悪い虫が騒ぎ出しあちこち男性を乗り換えて歩く始末。そしてーー

 

「実は蘭子のお腹にはその中の一人の男性の子供がいるんです。どうか益川さん、すべてに目をつぶって蘭子と結婚してお腹の子供の父親になってはくれませんか?」

泣きながら言う金太の言葉、そしてそれを他人事のように聞きながら食事を続ける蘭子を見て益川中佐はついに激怒した。

「バカな。ばかなことを良く恥ずかしげもなく言えたもんだ、そんなハスッパで、行っちゃ悪いがあばずれ女を私にだって?いくら私がこの年まで一人だからってバカにするのもいい加減にしろ!…兄さんもこのこと知っていたんだな!」

怒りは自分の兄にも向いた。兄はつらそうにしていたが小さくうなずいた。

益川中佐は

「兄さんまでぐるになって私にそんな話を押し付けようとしていたんだな、もう絶交だにいさん。こんなひどい話あっていいもんじゃないだろう、よく考えろよ!俺はいったい何なんだよ、本当にいい加減にしてくれよ!」

と悲痛な叫びをあげると部屋を飛び出していた。

男二人は黙って下を向き、蘭子は箸を口に運びながら「あ~あ。だめになっちゃった」と嗤っている――

 

益川中佐は怖い顔でずんずんと歩いてゆく、その目指す先は山中新矢大佐の家である。

緩やかな丘を上がり門をくぐって玄関の戸を叩くと数瞬ののち「はい?」と返事があって新矢が玄関の扉を開けた。

「益川君!どうしたんだね今日は見合いでは」なかったのか、と言いかけた新矢の前に益川中佐は頽れて大泣きし始めた。

「どうした何があった?まあいいから入りなさい」

新矢はびっくりして益川中佐を家に入れた。そして居間に座らせると茶を淹れて「さあ飲んで落ち着いて」と言って、益川中佐が落ち着くのを待った。

しばらく時間がかかったものの益川中佐はやがて落ち着き、見合いの場での話をした。

「なんてことだ、なんて失礼な話なんだ!」

山中新矢大佐も、わがことのように怒ってくれた。新矢は大事な自分の部下であり友人である益川中佐への、その仕打ちに心底腹を立て

「いいか益川君。前にも言ったが絶対にいい縁が来るからあきらめてはいけない!そしていつか<天女>のような女房を娶って見返してやりなさい。いいね、絶対その日が来るから自棄を起こしたりするなよ、いいな!」

と励ました。益川中佐は新矢の心に感じ入ってますます泣いた。

 

後日、その話を伝え聞いた次子は顔を曇らせて

「どうしてあんなに良い方にそんなひどいことをなさるんでしょうね?考えられない話ですわ。益川中佐、お気持ちを落としてらっしゃらないか心配です」

といった。そして

「きっと、いえ絶対に益川さんにはよいお相手が見つかりますよ、絶対にね」

と言って新矢を見つめてうなずいた。新矢もうなずき返す。

 

そして、傷心の益川中佐には突然の辞令が下りようとしていたのだった――

  (次回続編へ)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

ありえない見合いでした。益川中佐どうしてこんな目に合わなきゃいけないのか。山中夫妻の怒り尤もです。

そしてその益川さんへの辞令とは?次回をお楽しみに!

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益川中佐見合いする 1

まもなく新しい年が来る内地、広島・呉の街をハアハアと息を切らし、しかし嬉しそうに笑い顔で走る男が一人――

 

彼こそだれあろう、『女だらけの帝国海軍』にあって呉海軍工廠に勤務する数少ない男性士官の益川敏也海軍技術中佐である。彼は自宅から工廠までずっと走り続けてきた。工廠の入り口で守衛に身分証を見せるときもその笑い顔が消えることはなく、守衛は

「益川中佐、何かええことでもあったのでありますかのう?」

と尋ねると益川中佐は守衛の肩を思いっきりひっぱたいて

「ええことコトコト金平糖、ですよ!ああ、私に春が一足早く来そうなんですよウフフ~。ま、その日が来たらいの一番に教えてあげますから、待ってて頂戴なっと!」

というと足取りも軽く、研究棟へと走り去っていった。

守衛は叩かれた肩の痛みにもだえつつも「…なんじゃありゃ。中佐いったいどうしんさったんじゃろ」と不審げである。

益川中佐は跳ねるような足取りで工廠のいくつもの建物間を走りぬけ、やっと研究棟にたどり着いた。彼は二階へ駆け上がると朗らかに「おはようございますー」と声を上げて部屋のドアを開けた。

まだ早かったせいか室内には江崎少将と山中大佐しかいなかった。が、益川中佐は満面の笑みでもう一度

「おはようございます!」

と敬礼し、少将と大佐の返礼を受けた。江崎少将が

「どうしたね益川君、ずいぶん嬉しそうじゃないか?何かいいことあったのかね」

と尋ね山中大佐も「本当に。我が世の春、って感じだよ?何があったのかね」

とこもごも尋ねた。益川中佐は二―ッと口を思い切り横に広げて笑うと

「来たんです」

と言った。江崎少将と山中大佐は「来た??」とぽかんとしている。その二人にうなずいて益川中佐は

「縁談ですよ縁談。私にいよいよ縁談が来たんです」

と言い放ち、少将と大佐は「おお!ついに来たか!」と大声を出してしまっていた。益川中佐は嬉しそうにうなずいて

「そうなんですよ。急な話なんですが、私の兄の知り合いの娘さんなんだそうです。まあ、年齢は決して若くはないんですが私もいい歳なんでぜいたくは言えません、いや、言いません。年齢よりもその人がいい人ならそんなの関係ないですよ。で、あさって日曜日見合いなんです。いやあ久しぶりの見合いですねえウハハハハ」

と最後は大きな声を出して笑った。江崎少将は

「そりゃあよかったねえ、上手くいくように祈りますよ」

と言い山中大佐も「その人が益川君の天女であるよう祈ってるよ」と言って、益川中佐は二人に「ありがとうございます!この益川、今度は絶対結婚できるよう全力で見合いに臨みますっ」と宣言したのだった。

それから益川中佐は張り切って仕事をこなし、周囲の男性士官たちも唖然とするほどである。

「益川中佐、どうしたんですかねえ。いつもよりずっと気分が高揚してるみたいですが」

そういってひそひそささやきあうが、江崎少将と山中大佐は(黙っていてあげたほうがいいかもしれないから)と見合いの話を漏らさなかったので誰も真実を知らない。ただ、妙に高揚して気分のよさそうな益川中佐に気味悪がっている。

その日も仕事がひけると益川中佐は、跳ねるような足取りで帰って行った。山中大佐は一時間ほど残業した後、いつものように妻の次子の入院中の海軍病院に見舞いに行き

「実はここだけの話、益川君がー」

と彼の見合いがあさって日曜日に行われることをそっと話した。次子は「まあ、それは良かったこと。きっとその方が中佐の<天女>なんでしょうね、上手くいくといいですねえ」とほほ笑んだ。山中新矢大佐は、次子のベッドの端っこにそっと腰掛けると次子の肩をそっと抱き

「そうだねこんどこそ上手く行ってほしいよ。そして見合いの相手が次子のような天女ならいいね」

というと次子の顔をそっと上向かせてくちづけた。そして彼の手は次子の大きなおなかをそっと撫でまわし

「もうすぐ新年、そしたらいよいよ我が子に会える時が来ますね」

と言った。次子も嬉しそうにほほ笑むと夫の手に自分の手を重ね「はい、私待ちきれませんわ。どっちが生まれるのか…男の子か女の子か?それにどっちによく似ているのか?早く赤ちゃんの顔を見たいですわ」と言った。新矢も「ほんとだね。私も早く赤ちゃんたちに逢いたいよ。でもかといってまだあとひと月はお腹にいないとだめなんでしょう?慌てて出てこないように言っておかないとね」と言って二人は額をくっつけあうと笑った。

 

翌日の土曜日、益川中佐の気分は最高に盛り上がっていた。繁木少佐はその盛り上がりのすさまじさに

「山中大佐、いったい益川中佐はどうなさったんです?何か、変なものでも召し上がったとか?」

とびっくり仰天してすっ飛んできたほどである。

山中大佐は苦笑しながら「実は彼は明日、」見合いなんだよと教えてやると繁木少佐はほっとした表情になり

「そうでしたか、それならよかったほっとしました。そうですかあ、それならあんなにはしゃいでも仕方がないってものですね」

と言ったので山中大佐は思わず大笑いしてしまった。そして「このことはほかの皆には内緒だよ。きちんと決まってから皆には話したほうがいいと思ってね」と言い繁木少佐は深くうなずいた。

 

そして翌日の呉は日本晴れーー。

年末も近い町は、正月準備でにぎわっている。その町の大きな通りを益川中佐はとても緊張しながら見合いの場所に歩いている。見合いの場所は駅の近くの料亭で、益川中佐も何度か工廠の仲間たちと行ったことのある場所である。

慣れ親しんだ店ではあるが今回は目的が全く違うので緊張の度合いも高まるというものである。益川中佐は何度も深呼吸をしながら歩き、写真も見ていない相手を想像し胸躍らせていた。

どんな女性だろうか…山中大佐の奥様のような天女ならいいな。どんな女性でも私についてきてくれる人ならどんな女性でも私は受け入れよう。ああ、早く会いたいな。

益川中佐は、とうとう駆け足になると見合いの場所を目指した。

 

料亭に着くと女将が出てきて顔なじみの益川中佐に挨拶し「こちらですよ、まだお見えではないですからごゆっくりなさいませ」と一室に案内してくれた。

相手の女性は、兄と兄の友人とともに来ると聞かされていたから益川中佐はまず、出された茶を喫し歌詞を一つつまんで食べながら待った。

(兄さん、私のことを良く言っておいてほしいもんだな。写真も無しだから向こうさんも不安かもしれないから、話をして置いてくれると安心だろう)

お互いに写真のやり取りも間に合わぬほど見合いを急いでいたのだ。互いにそれなりの年齢だから仕方がないといえば仕方がないのだが。

 

それからに十分もしたころ、部屋の襖があいて中佐の兄が入ってきた。おお、敏!と声をかけて入ってくると中佐の隣に座り

「もう来るぞ。準備はいいか」

といい中佐がうなずいたとき、閉まった襖の向こうから仲居が「失礼いたします」と声をかけ襖を開けた。思わず姿勢をピンと伸ばした中佐、そこに兄の知り合いの男性がまず「遅くなりました」と小腰をかがめて入ってきた。

そしてそのあと、見合い相手の女性が入ってきた。

その様子を見た益川中佐は、思わず目を瞠っていた――

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・

益川中佐、いよいよ<天女>との出会いでしょうか。いきなりな話ではありましたが出会いを求める益川さんにはそんなの関係ない!って感じでしょうか。

そして…益川さん思わず目を瞠るほど素敵な女性だったのでしょうか、次回をお楽しみに!

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新しい光

<潮風>くんは、布団の上に横たえたオトメチャンの服をそっと脱がせ始めたーー

 

それでもオトメチャンは微動だにせずなすがままである。<潮風>くんは優しい手つきでその作業を終えると今度は自分が来ていた浴衣を脱いでオトメチャンの横に添い寝する形になった。

「いいんですね?」

と彼は確かめるように言ってオトメチャンは小さく「…はい」と答えた。<潮風>くんは小さくうなずくとオトメチャンの上になった。心なしかオトメチャンの表情に緊張が見えた。

<潮風>くんはそんなオトメチャンに接吻した。長い接吻の後彼の手はオトメチャンの頬を撫で、そのあと首筋に下がりやがて乳房にたどり着く。そしてその先にそっと触れてみるとオトメチャンは頬を赤らめて恥ずかしさに耐えているようである。

<潮風>くんはそこにしばらく触れた後、いよいよその手をオトメチャンのまだ締めたままの下帯に掛けた。オトメチャンがはっと身を固くしたのがわかった。

<潮風>くんはそれに構わずそのひもを解き、オトメチャンの両足を大きく開かせ自分の腰をそこに入れた。

「う…」

とオトメチャンが嗚咽を漏らし始めた。<潮風>くんは動きをとめてオトメチャンを見つめた。しばらく部屋の中に満ちるのはオトメチャンの嗚咽だけになった。

どのくらい嗚咽を漏らしていたのだろうか、やがてオトメチャンは泣き止むと<潮風>くんに

「ごめんなさい、うち…いさぎようないですね。この期に及んで女々しく泣くなんぞ帝国海軍の軍人の風上におけんですね」

と言って片手の甲で涙をぬぐった。<潮風>くんはそんなオトメチャンにやさしく微笑みかけると

「本当はトメさん、したくないんですよね?」

と尋ねた。その優しいまなざしにオトメチャンの瞳がまた潤んだ。そしてオトメチャンは

「ごめんなさい。ほんまいうたらうち…しとうないんです。ほんまにごめんなさい。でもあの時、うちは許婚だったひとから<あばずれ>呼ばわりされて無理やりされそうになって…自棄を起こしておったんじゃ思います。ほいで高田兵曹にヴァーを捨てるけえいうてお願いしてここに連れてきてもろうた。ほいでも、いざとなるとうちもどうも怖いような気がしてならんのです。<潮風>さんにはほんまに申し訳ないです」

というとまた静かに泣き始めた。

<潮風>くんはオトメチャンを優しく抱きしめると

「わかっていましたよ、なんとなくでしたが、でもやはり。いいんですよ、私はトメさんの意に染まないことはしません。あなたを大事にしたいと思います。そしてあなたの初めては、いつか出会うあなたの大事な人のために取っておきましょう」

と言った。オトメチャンが泣きながら

「うちに…そんとな人がいつかできるでしょうか?」

というと<潮風>くんは微笑みながら

「当たり前ですよ。トメさんは素敵な人だ、海軍さんとしてもそして女性としても。きっとあなたを大好きになって、一緒になりたいという素敵な男性が現れるはずです。ですからどうかご自分を卑下したり安売りをするようなことはもうやめてくださいね、これ、私との約束ですよ」

と言ってオトメチャンの片方の手を優しく取ってその小指に自分の小指を絡めた。

「はい…」

オトメチャンは、いつだったか紅林に「小指に絡まった赤い糸」の話を聞いたのを思い出し、少しつらい心持ちにはなったが

(赤い糸もきっと長うてからまる先を間違うたんじゃろう。うちはいつまでも待とう、本当にうちを好きになって一緒になってくれる人が出てくるんを)

と思い直した。そして微笑み返したオトメチャンに<潮風>くんは

「ああ、トメさんの笑顔は本当に素敵ですね!きっと、いや絶対素敵な男性が現れますから待ちましょうね。…そうだ今夜は」

と言ってオトメチャンに浴衣を着せかけ自分も浴衣を着ると、ちょっとのあいだ部屋を出て行き戻ってくると手にはちょっとした料理と酒を持ってきた。

「今夜は新しいトメさんを祝いましょう」

と言って二人はその晩は遅くまで食べ、飲み、そして語り合ったのだった。

 

それを隣の部屋で耳をそばだてて聞いていた高田兵曹はほっと安どの息をつき、

(ああえかった!<潮風>くんいうんは大した男じゃ。感謝します。――言うてもうちの佐野さんのほうがずっと大した男じゃがね)

と思ってくすくすと布団の中で笑ったあと、深い眠りについたのだった。

 

翌朝、オトメチャンと高田兵曹は<潮風>くんに心から礼を言って見世を出た。えかったねえ、えかったです、と言い合いながら。

その後ろから「おーい、おぼこちゃーん!」と大声を上げて追っかけてきたのはだれあろう棗主計特務大尉、彼女はオトメチャンの肩をひっつかむとこちらに向かせその顔をじーっと見つめた。高田兵曹が気味悪く感じるほど見つめた後棗大尉はウフフーッと笑うと

「ああえかった!おぼこちゃんのままねアナタ。ほっとしました。自分を大事にしなきゃいけませんよ」

というと「じゃあねえ~」と言ってそのまま走り去っていった。

高田兵曹がその後姿を見つめながら

「棗大尉、心配しとってなあね」

とつぶやきオトメチャンは「ありがとうございます、棗大尉」と言って力いっぱいの敬礼をしたのだった。その二人にトレーラー島の新しい朝の光がまぶしく照ったーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・

 

どうなることかとは思いましたがオトメチャン、ヴァーを守ることができました。<潮風>くんナイスガイですね!紅林、彼の爪の垢でも煎じて飲んだらいいのに…ってもう遅かったですが。

 

次回新しいお話が始まります、誰が主人公になるやらお楽しみに!

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)