女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?

いとしごよ 呉編 1

益川中佐たちがトレーラーに到着するころ、内地広島・呉では新しい命が誕生しようとしていた――

 

その土曜日、呉の海軍病院産科棟内の病室では、繁木航海長が山中次子中佐の病室を訪ねていた。繁木航海長は悪阻も収まったようで退院の許可が下り、あさって退院することとなった旨を<副長>に報告に来たのだった。次子は航海長に手近の椅子を勧め、航海長が椅子に座ると

「退院だそうですね、よかった…悪阻が収まると世界が変わったような気さえしますね」

と言ってほほ笑んだ。繁木航海長はそっとお腹を撫でつつこれもほほ笑みながら

「はい。悪阻の最中、世の中にこんなにいろんな匂いがあるんだ!って驚きませんでしたか?私は本当に参りましたよ」

と言い次子も「私も思いましたよ、そしてそのほとんどが気分を悪くするものばかりでびっくり」と言って二人声を立てて笑った。

「で、副長」

と繁木航海長は居住まいを正すと

「副長の具合はいかがですか?まだあと予定までは半月ほどあると思いますが」

と真剣な表情で訪ねた。次子はお腹を撫でつつ

「ちょっと歩くと張るようになってしまって…産科軍医長のお話では予定よりずっと早まるかもしれないと。でももう生まれても大丈夫だと伺っていますから、ここはもう運任せです」

と言って航海長を見つめた。

航海長は目を瞠って

「そうですか、ではお心の準備はできましたか」

というと次子は生真面目な表情を作って「出来ております」と言い、また二人は声を立てて笑った。

 

翌日日曜日は繁木航海長の今回の入院の最終日ということで食事は三食とも次子の部屋で取った。次子は「繁木さんが退院してしまうと寂しくなりますね」

と言ったが航海長は元気つけるようににっこりほほ笑むと箸をおいて

「でも副長、もう間もなくお子さんが生まれますからそう思っているひまも無くなるでしょう。どうか…お体大切になさって御安産をお祈りいたしております」

と言ってそっと頭を下げ、次子も箸をおくと

「ありがとう航海長。あなたもこの先体を大切にしてね。…あ、時々はご夫婦そろってうちに遊びに来てくださいな。主人も喜びます」

と言って頭を下げた。

二人はその晩、同じ部屋で寝台をくっつけあって眠った。

 

月曜日繁木航海長の退院を次子は自分の病室で見送った。妊婦用軍装の袴をきちんと身に着けた繁木航海長はこの上なく凛々しく、迎えに来た夫の繁木少佐とともに次子にねんごろに挨拶して病院を去って行った。「お子さま方が生まれて落ち着かれたらぜひご自宅に伺わせてくださいね」と言い残して。

「その日が、楽しみですね」

病室で次子はひとり呟いた。なんだか寂しさが身の回りにまとわりついているようでなんだか涙が出てきた。それほど長い間ではなかったが同じ病棟の二つ先の部屋に繁木航海長がいるというだけで心強かった彼女である。長い間、一緒の艦・大和で過ごした間柄の彼女がいるというだけで出産の不安も乗り越えられてきたのだ。

でも、と次子は思った。しっかりせねば、これから、そう遠くない未来に迎える出産と育児に、私は前・大和副長の誇りと気概を持って当たらねば。

次子は大きく深呼吸すると大きなおなかをそっと撫でて

「おかあさん、がんばりますよ」

とささやいた。

 

その晩、いつものように仕事を終えた山中大佐が妻の病室を訪れた。夫の大佐は妻の顔を見るなり

「さみしいですか…繁木さん退院しちゃいましたからね。でも赤ちゃんたち生まれたら遊びに来てもらいましょう。今日私から繁木君にも言っておきましたから」

と言った。それほど妻の顔は寂しげに見えたのだ。次子は夫の新矢を見つめると

「ありがとうございます。平気です、ちょっと寂しかっただけです。さあ、今度はお産の心配をしなけりゃいけませんね。と言っても必要なものはそろってここに置いてありますからあとは体だけでしょうか」

と言って元気を繕う。新矢はそんな妻の心中を慮って、そっとその肩を抱き寄せしばらく黙っていた。

しばらく新矢に肩を抱かれていた次子は

「そういえばもう益川中佐他の皆さんはトレーラーに着いた頃でしょうか」

とふとつぶやいた。新矢は妻の肩を抱いたまま

「うん。明日明後日にもトレーラー着になる予定だと連絡があったそうだ。時化にも会わず順調な航海のようだからね」

と言った。そう、それならよかったと次子は言ってそっと目を閉じる。

 

その晩はあまりに寂しげな妻の様子に心配を覚えた新矢が病院に申し出て病室に泊まることとした。産科軍医長も「今まで同じ艦の仲間であった繁木大尉が退院されたことがよほどお寂しいのでしょう、大佐もお忙しいとは思いますがどうかここはひとつよろしくお願いします」と言って快く許可してくれた。

次子は

「おうちでお休みになられたほうがお疲れが取れましょうに…いったいどうなさいました?」

とやや不審げな表情になったが新矢はさりげなく微笑んで

「いや、正月明けから忙しくなって夜の見舞いも短くなっていましたからね。今夜は久しぶり早く引けましたから次ちゃんと一緒に過ごしたいんですよ」

と言って次子はちょっとほほを紅く染めると「そうでしたか…うれしい」と言って微笑かえす。

そして消灯時間が過ぎ、いったいどのくらい眠ったことか。

新矢は小さなうめき声に目を覚ました。はっとして半身を起こし、枕元の電気スタンドをつけるとその灯りの中で次子が寝台に体を起こし、お腹を押さえるようにして苦しんでいるではないか。

「次ちゃんどうした!!」

新矢は叫ぶように言い、妻の体を支えた。次子の額には汗が浮かんでいる、彼女は

「二時間ほど前からお腹の張りが規則正しくなって…、でも平気です。前にもあったことだから…」

と言いつつもつらそうな表情に新矢は

「そんなの平気じゃない!」

というなり部屋を飛び出していた。常夜灯だけがともる薄暗い廊下を、それでも大きな音をたてないように走って向かった先は、産科の看護兵嬢たちの詰所。

詰所の受付の奥に二人の看護兵曹嬢がいるのが見え、新矢は受け付けのドアを叩いて

「山中です、山中次子中佐の夫です。あの、妻が、妻の様子が!」

というと白衣を着た兵曹嬢たちがさっと席を立ってこちらにやってきた。そしてその中の一人の上等看護兵曹嬢が新矢にうなずいて次子の病室へと小走りに向かった。あとをついてゆこうとする新矢にもう一人の看護一等兵曹嬢が

「ちょっとおからだを拝見しますのでね、こちらで少しだけお待ち願えますか?」

と優しい口調で言って新矢は上等兵曹を追うのをとどまった。

 

「どうなさいました、中佐」

そういって部屋に入った上等看護兵曹は寝台の上の次子に声をかけた。次子は額に汗をにじませて

「ごめんなさいねこんな夜中に。いえ、ちょっとお腹の張りが規則正しくなってきたと思ったらなんだか痛みが少し出てきたような気がしてしまって」

と言った。上等兵曹嬢は、そうでしたか、それはいつごろからです?と尋ねながら次子を仰向けに寝かせると部屋に備え付けのゴム手袋の箱から一組取り出すとそれを両手にはめ、「お楽になさってください。息をそう、ふーっと吐いてください」と言いながら次子を内診した。

次子から手を離したそのゴム手袋に少し血液が付いていたが兵曹嬢はそれを次子中佐には見えないようにさっと外すと

「山中中佐、子宮口が開き始めていますね。と言っても…お産が始まるまでにはもう数時間が必要かと思います。今から軍医長を呼びますので少しお待ちください。その間に異常を感じられましたら」

と言って手近のブザーを指した。兵曹嬢が部屋をあたふたと出てゆくと、次子は

(いよいよ…いよいよ生まれるのですね…ああ、しっかりしなきゃ)

と緊張を覚えるのであった。また、お腹がきゅうと張った。

 

新矢は、上等兵曹嬢が戻ってくるのをつかまえて

「妻は、妻は大丈夫なんでしょうか?」

といきなり訪ねた。上等兵曹嬢ー田上―は彼を落ち着かせるように静かな声音で

「平気ですよ、子宮口が開きかけていますから、そうですね…本日中にはご出産となるかもしれません。今産科軍医長を呼びます。どうぞ中佐のおそばにいらして差し上げてください」

と言って詰所の中に待機していた一等兵曹嬢ー島原ーに何か言うと島原はうなずいて電話の受話器を取り、今夜当直室にいる産科軍医長を呼び出す。

山中新矢はうん、と一人うなずくと妻の病室へと駆けだして行く。

がんばれ、がんばれ次ちゃん。私が付いているよと心の中で叫びながらーー

   (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・・・・

繁木航海長が退院して寂しい気持ちだった山中次子中佐ですがなんと、遂にお産が始まりそうです!慌てる新矢さん…無事にお産が終わりますように祈るばかりです。次回をお楽しみに!


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思い出をレッコ 2解決編

正月二日のその晩、桜本兵曹・高田兵曹そして長妻兵曹は浜辺に立っていた――

 

星が降るような空を見上げながら桜本兵曹は

「トレーラーで迎える正月、もう何回になりましょうなあ」

と言った。高田兵曹が「ほうじゃねえ」と言い長妻兵曹が「もう勘定できんくらいなわ」と言って三人はひそかに笑った。

「ほいで?」と高田兵曹が言った、「オトメチャンはここで何をしんさるつもりかね」。高田兵曹も長妻兵曹も、桜本オトメチャンがしたいことはなんとなくわかっていた。オトメチャンは何やらたくさん入ったきんちゃく袋を抱えてきている。

果たしてオトメチャンはその袋の中からたくさんの手紙とはがきの束を取り出した。その多さに一瞬目を瞠った高田と長妻の前にオトメチャンはそれを差し出した。

「見てつかあさい」

とオトメチャンは言って、高田兵曹はやや戸惑いながらもそれを受け取った。きちんとひもでまとめられた手紙とはがきの束の一番上の封筒には几帳面な文字で「桜本トメ様」と書かれている。

「…あん人からのか」

長妻兵曹が言ってオトメチャンの顔を見つめた。星明りにオトメチャンの顔は美しく、長妻兵曹は一瞬見とれてしまったが気を取り直すと

「これを…あんたはどうするんじゃね」

と尋ねてみた。するとオトメチャンは

「ここで…レッコします」

と決然とした口調で言った。やはり、と思いつつも高田兵曹は

「そうか。思い切ったな…つらいことはすべて忘れてしまえ。――いうて人間そうそうすっぱりは忘れられんじゃろうがこれはその第一歩じゃ。よう…覚悟しんさったね」

と優しく言ってオトメチャンを抱き寄せた。長妻兵曹もそばでうなずいている。オトメチャンは高田兵曹の胸の中でかすかに嗚咽を漏らしたようだったがやがて体を離すと涙を拭いて

「お二人に、うちの終わった恋の見届け証人になっていただきたいがです。どうかよろしゅうに願います」

と言って高田と長妻はしっかりうなずいた。

オトメチャンはふうっと大きく息をつくと、砂浜にしゃがみ込み穴を掘り始めた。深さを三〇センチほど掘ると手紙を縛っていたひもを解いた。そして数通の封書をねじると穴の中に放り込み、ポケットからマッチの小さな箱を取り出し、マッチを擦った。

勢いよく炎が上がると、オトメチャンはそれをねじった封書の下にそっと入れた。炎は手紙に燃え移りやがて大きくなり始めた。オトメチャンは次々に手紙を、はがきを炎の中に入れてゆく。

その表情はあくまで無表情で、高田兵曹は胸を打たれた。オトメチャン、どんとな気持ちでこれをしとるか思うたら…

「うちも、つらいで」

高田兵曹はだれにも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。

 

オトメチャンの「終わった恋の火葬」は続いた。

三人は手紙が燃える小さな穴の周りに座り込んで炎を見つめていた。しばらく三人は黙っていたが沈黙を最初に破ったのはオトメチャンで彼女ははがきを小さく破きながら

「うちが、やっぱしうちがあほだったんじゃね。ちいとばっかし優しくされたから言うてその気になって、結婚じゃと。なあ長妻兵曹、うち変じゃよね。そのくらいで舞い上がってしもうて。うちは自分の生まれをもっと自覚すべきじゃったわい。なけえこうなってもおかしゅうない。あん人をせめてはいけんよね」

と言った。長妻兵曹はオトメチャンの顔を見つめた、ついで高田兵曹の顔を。

高田兵曹は自分の右側に座ったオトメチャンの肩をぐっとつかむと自分の方へ向かせた。そして優しく噛んで含めるように

「ええか。今回のこと悪いんは全部あん人じゃ。紅林いう人の自分勝手が招いたことじゃ、オトメチャンはちいとも悪うないで。自分が悪い思うたら大間違いじゃ。ええか?そもそもオトメチャンと交際したいいうて小泉兵曹のおやじ様に頼み込んだんは紅林じゃ。ほいで結婚したいいうてんもあいつじゃろ?それを、ここに来て別の女に心奪われてオトメチャンを捨てたんはあいつじゃ。悪いんはすべてあいつじゃで?アンタはちいとも悪う無い。ほいでな、生まれうんぬんいうがあんたの生まれは両親がわかっとってなけえちいとも恥じることはないで?そんとなこと言うたらうちはどうなるんね、うちは父親がどんとな人かもわからん。うちのほうこそほんまなら結婚なんぞできん、してはならん身じゃろ?オトメチャンの産みのおかあさんは桜本家の娘じゃし、お父さんは見張家の当主で元は海軍士官じゃ。なあも恥じることなんぞない。成り行きでそうはなったがお二人は本当の夫婦もさもありなんいうくらい純粋な愛情でつながっとったと聞いたで?なけえもうそんとに自分を責めなさんな。あんたが自分を責めるいうことは、ご両親を責めることにもなるで?じゃけえもう、済んだことは忘れてこれで新しい時分として生まれ変わらんといけんで、ええね?」

と言い聞かせた。

「高田兵曹ー!」

高田の言葉が終わったと同時に桜本兵曹はもう一度兵曹の胸にしがみつくと号泣した。長妻兵曹がもらい泣きしている。

高田兵曹はオトメチャンの頭をそっと撫でながら

「ええな、わかったな?どんとなつらいことがあろうとも人生あきらめたらいけんで。いつかきっとええことが待っとるけえね。その日をしっかり信じて待っとればええんよ、わかったね」

と言い、オトメチャンは泣きながらうなずいた。

長妻兵曹は、防暑服の胸に涙を落としながら、最後の手紙の束を炎の中に投げ入れた。ぼうっとひときわ大きな炎が上がって手紙の束は燃え尽きたーー

 

三人は、手紙の束が燃え尽きたあともしばらく浜辺に座ってきらめく星々を映しこんで輝く海を見つめていた。波打ち際に寄せる波の音を聞きながら、不意にオトメチャンが

「お二人とも、うちの勝手に巻き込んでごめんなさい。ほいでもうち、高田兵曹の言葉で目が覚めた気ぃがしてます。すべては燃えました、消えました。じゃけえうちも新しい気持ちで頑張ろう思います」

と言って高田も長妻も微笑みを浮かべた。

長妻兵曹が

「その意気じゃオトメチャン。うちはそう遠くない将来、オトメチャンになんかええことが起きるような気がしてならんのよ。いや、気休めや慰めでのうてね。これで結構うちの勘は当たるんよ」

と言ってオトメチャンは嬉しそうにほほ笑んだ。そして

「うち、信じて待っとります。ありがとう長妻兵曹」

と言って、手紙の束がすっかり灰になった穴に砂を入れ込んで埋めてしまった。はいこれで終わりました、レッコ完了と言ったオトメチャンの顔は、星明りにも晴れ晴れして見えた。

そして

「ほうじゃ、高田兵曹の結婚式。ここでされるんですよね。うちも参列したいなあ…ねえ長妻兵曹?」

と言って長妻兵曹は

「ほうよ、分隊士にお願いしたらええ。うちら昔っからの友達・戦友じゃけえお許しでるじゃろ」

と言って高田兵曹は恥ずかし気にうつむいて

「すまんねえ。忙しいいうんに」

と言ったがオトメチャンは「いまは作戦もないし忙しいこともないでしょう。うち麻生分隊士にお願いしてみます」と言った。

 

そして…それから一週間ほどたちいよいよ明日呉海軍工廠の男性技術士官たちが到着の予定日となったのだった――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・

大掃除。

終わった恋の後始末模したオトメチャン、自分を責める気持ちが再び吹き上がっては来ましたが高田兵曹の諭しと長妻兵曹のまなざしに救われました。長妻兵曹の予言?通り素敵なことがあるように祈りましょう!

次回いよいよ山中夫婦に……!お楽しみに。


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思い出をレッコ 1

大みそかを明日に控えたその日、トレーラー環礁に停泊中の各艦艇では大掃除が行われているーー

 

『女だらけの大和』でもご多分に漏れず大掃除が各分隊で行われている。

二十一分隊医務科では、病室のベッドの布団を最上甲板に持ち出して布団干し。ほかにも医療器具を消毒したり診察室のカーテンを洗ったりあるいは、床を念入りに拭いたりと忙しい。その陣頭指揮に日野原軍医長が当たって、分隊員たちはその指示に従っててきぱき働いた。

機銃分隊は機銃の砲身内に詰まりがちなカスをブラシでごしごしと掻き出す。主砲砲台はそれぞれの砲身を動かし、その動きを見て「よし。動きに異常なし」などとやっている。

通信科でも、重い通信機を動かして普段掃除のなかなかできない部分の埃を雑巾(ソーフと呼ぶ)で丁寧にふき取る。山口通信長もソーフを手にあちこち走り回って通信機を拭いたり下士官嬢たちと床を拭いたりと忙しい。

黒多砲術長は各部署を見回って

「細かい部分も今日思い切ってきれいにしよう。なんでも、年明けに呉の海軍工廠の士官が来るという噂を聞いたからね、きちんと綺麗にしておかないと<大和>の名折れだからね。頼んだよ」

と言って第一砲塔の配置の兵曹嬢は「ほう~呉の海軍工廠のね。ご苦労さんでございますな。で、そのお嬢様方なにしにいらっしゃるんで?」と黒多砲術長に言うと砲術長、

「なに言ってるの、お嬢様士官じゃないよ。男性士官が来るんだから余計きちんとやってよね」

というにおよび下士官嬢や兵隊嬢たちは

「な、なんですとー、砲術長なんでもっとはように言うてくれんのですか!おいみんな、男性士官が年明けに来なさるんじゃと、身ぃ入れて綺麗にせえや!」

大慌てでもう一度たったいま掃除した場所を点検する。黒多砲術長、その様子を見てクスッと笑いながら

「男性士官が来るというのはいい刺激になるね。ときどき来てくれたらいいのになあ」

と独り言ちる。

 

そんな中副砲分隊では高田兵曹が何だかうきうきとしてソーフを使っている。彼女の班員の西田水兵長がそれを見て

「高田兵曹、なんや嬉しそうですなあ?なんぞあったんですか」

と尋ねると高田兵曹はうれしそうな顔で西田水兵長を振り返るとその耳元に「あんまり大声で触れ回ったらいけんで?うち、年が明けた一月の二十日にトレーラー(ここ)で結婚式挙げるんよ」とささやいて西田水兵長は思わず「わあ。ええですねえ!」と大きな声を出してしまっていた。高田兵曹が慌てて「しーっ、大声出したらいけんいうんに」といったものの分隊員たちが耳ざとく聞きつけて二人のそばに駆け寄ってきて

「どうしたんじゃね西田さん」「なにがあったがです、兵曹?」

と騒々しくなってしまった。閉口している高田兵曹、そこににこにこしながら生方中尉がやってきて

「おおみんな、まだ知らんかったのか?…なんだ高田兵曹いい事なんだから教えてあげたらいいのに。私の口から言っていいね?実はね高田兵曹は年明けに結婚するんだ。お相手は<南洋新興>グアム支店長!すごいだろう~、みんなもあやかれるようにその日は結婚式に参列しよう。砲術長にはお許しいただいてるからね」

と言ってその場の皆は「ギャーッ!」と叫んで祝意を表した。高田兵曹、照れくさそうに微笑んでいる。

 

そんなころ、航海科の区でも大掃除が行われていて、松岡分隊長・麻生分隊士が指揮しながら粛々と掃除は進んでいる。ハシビロコウのハッシー・デ・ラ・マツコに、小犬のトメキチそれに仔猫のニャマトも箒を使ったり塵取りをもっていたりソーフで床を拭いたりと忙しい。

小泉兵曹が

「おおい、部屋の中が済んだらそれぞれのチェストの中の整理せえや。なんでも年明けに内地の工廠から男性の士官が来なさる言うてよ、汚あにしとったら恥ずかしいけえちゃんとしとけや」

と言って亀井上水だの酒井水兵長たちが「ハーイ、きれいにしますぅ」と返事をする。石川二等兵曹が

「酒井水兵長はいつもきれいにしとってじゃが亀井上水は散らかっとるけえ、きちんとせえや。もし男性士官に除かれたら恥かかんならんけえの。航海科のみんながほうじゃ思われたらかなわんけえね」

という。桜本兵曹が笑いながら

「ほうじゃわ、石川兵曹はいっつもきれいに整理整頓しとってから、亀井上水は見習わんといけんで」

と言って亀井はわざとプーっとふくれて見せてみな笑った。

やがて部屋の掃除を終えて、各自は自分のチェストを点検し始める。亀井上水のチェストの中はごみこそないものの雑然としているので見かねた桜本兵曹が

「石川兵曹。すまんが亀井上水のチェストの整頓を手伝うてやってくれんかね?」

といい石川兵曹は快く「わかりました。亀井上水、ちいとうちに見せてみんか…ありゃこりゃあいけんねえ」と言いながら亀井のチェストの整頓を始める。

「さて」

と桜本兵曹は独り言ちるときれいに整頓された自分のチェストの奥から何やら入った大きめの巾着袋を取り出した。そしてしばらくの間その袋を眺めていたが

「これは年が明けたら…」

とつぶやいてチェストの奥に戻した。小泉兵曹はそれを聞いて聞かぬふり見てみぬふりをしたが、その中身がなにであるかを知っていた。

(オトメチャン、あれをどうするつもりなんじゃろうか。あの中身…オトメチャンにとっては大事なものだったが、しかし今となっては)

しかしさりげなく作業を続ける小泉兵曹であった。

 

そして新年。正月三日である。

この日オトメチャンは上陸日である。同じ上陸組に高田兵曹、長妻兵曹がいた。高田兵曹は「うちの家で遊ばん?」と言って二人を自分の<>に誘った。オトメチャンには、紅林の件の時世話になった高田の家、今となっては懐かしさがある家に

「行ってもええんですか?」

と嬉しそうに言って長妻兵曹とともに訪ねた。

今日は正月ということもあってこの家を使う将兵嬢はいないらしく、家は静かである。高田兵曹は二階に上がると「高田」の表札のある戸を開けた。ここは彼女の私室である。

「お邪魔します」

と桜本と長妻は入り、高田は「まあ楽にしんさい」と言って茶の用意を始める。それを桜本兵曹は手伝いながら

「あの、高田兵曹。長妻兵曹…」

と言った。どこか切羽詰まったような言い方に高田と長妻は一瞬顔を見合わせてから

「…なんね?どうしたんね?」

と尋ねた。すると桜本兵曹は

「あの、今夜…うちレッコしたいものがあるんです。その…お二人に立会人になっていただきたいんです」

と言ったその表情はどこか必死なものが現れていて、高田と長妻は黙ってうなずいた。

 

そしてその晩――

  (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・

呉海軍工廠の男性技術士官が来るというのでどこかうきうきした感じの『女だらけの大和』ですが、桜本兵曹いったい何をするつもりなのでしょうか。次回をご期待ください。

 

レッコ。海軍の言葉で「捨てる」と言った意味です。
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トレーラーへ行く人、待つ人。

内地、広島の呉海軍工廠の男性技術士官数名がトレーラー水島の<大和>に行くという知らせはその年の大みそかに<大和>に届いたーー

 

そして年が明けた。昭和○○年の元日、益川敏也海軍技術中佐は年始の挨拶に上司の山中新矢海軍技術大佐の家を訪ねた。が、新矢は不在で居合わせたのは彼の兄夫婦。嫂のシズは

「益川中佐、いつも弟がお世話になっております。どうぞこの先も御見捨てなく願います」

とあいさつし、家に招じ入れた。新矢の兄の一矢も益川を知っているので「サア遠慮なく!」と広間に通してくれ、

「どうぞ今年もよろしくお願いします」

と酒を勧めてくれた。その杯をありがたく受けながら益川は

「大佐はどうなさったのですか」

と尋ねた。シズがほほ笑みながら

「ほら、次ちゃんがずっと入院中ですもので新矢さん『正月らしい気分をせめて』って朝からおせちのお重を持って病院に行っていますよ。そうそう、次ちゃんが益川さんに会いたがっていましたよ。もし南方に行くまでにお時間があったら病院に行ってやってくださいませんか」

といい益川中佐の胸はバラ色にときめいた。

まさか…天女のあの奥様が私なんぞを気遣ってくださるわけがない。

そう思ったものの(いや、奥様ならそう思ってくださってもおかしくない。そうか…なら明日にもお邪魔してみようか)と思い返す益川中佐。十日のちにはわが身はもう遠い南方にありおいそれと天女の次子とは会えなくなる。その上天女はまもなく出産を控えているからなおさらーー、そう考えると益川中佐の気持ちは決まった。

その日の夕方、山中家を辞すると自宅に帰った益川中佐は風呂を焚いて身を清め明日に備えた。

 

正月二日も呉地方は穏やかな上天気であった。

益川中佐は前夜、丁寧にブラシをかけた一種軍装に手を通し、鏡を見て軍帽をかぶり矯めつ眇めつした後家を出た。

天女のような、否天女である山中大佐の妻・次子に失礼があってはいけないという配慮からである。身重の次子は来月には出産を控えておりしかもそのお腹の子供は双子である。憧れの天女とそのお腹の子供に障るようなことがあってはいけないと彼は思っている。

(しばしのお別れです。私が再び呉の土を踏むときには奥様は母親になっておいでですね。その日が益川、楽しみです)

益川中佐はウキウキとして微笑を浮かべながら海軍病院への道を急いだ。海軍病院に着くと産科病棟へと急いだ益川中佐、(やはり正月だな。院内も雰囲気もどことなく雅ている)と思いつつ山中次子の病室前に立った。軽く咳払いをして一種軍装の裾を軽く引っ張り、軍帽をもう一度かぶりなおした後おもむろに病室のドアをそっと叩いた。

はい、と中から次子の夫の山中大佐の声がし、ドアが中から開かれた。

益川中佐は敬礼して「突然失礼いたします。新年のご挨拶に参りました」といい、大佐は温顔をほころばせて

「よく来てくれたね!たったいま次子と気味の話をしていたところだよ、いいタイミングだ。さあ入った入った」

と益川を病室に招じ入れてくれた。ベッドの上では次子が「まあ益川中佐、ようこそ」と嬉しそうにほほ笑んで手近の椅子を示して「さあどうぞおかけください」と言ってくれた。その次子と大佐の前に立ち益川は敬礼すると

「あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。そして本日は突然おうかがいして申し訳ありません」

といい、山中大佐は

「いや、本当によく来てくれたよ。益川君はもう間もなく南方に行ってしまってしばらく会えないからね。次子が会いたがっていたんだよ、本当に良かったありがとう訪ねてくれて」

と言って椅子に彼を座らせ自分も別の椅子を出して座った。

次子は益川中佐に新年のあいさつをした後

「こんな格好でごめんなさいね益川さん。でも訪ねてくださってありがとうございます。今度トレーラー水島の<大和>にいらっしゃると伺いました。南方はお初めてと伺いました。どうぞ暑さにがくれぐれもお気をつけてくださいますように」

と南方に初めて赴く益川中佐を気遣ってあれこれ注意点を語った。

益川中佐は一つ一つにうなずいて、話を聞き終えると

「奥様ありがとうございます、足りないものは買い足し余計なものはおいて行けます。ご教授をありがとうございます」

と嬉しそうに言って大佐を見て

「向こうへはそれなりに長くいることになると思います。私のほか、あと三人ほど<大和>にご厄介になる予定です。<松岡式防御兵器>を大和型に配備する準備段階です。緊張感をもってしっかりやってまいります」

と力強く言った。

大佐も、次子もその益川を頼もしげに見つめてうなずいた。

 

結局益川中佐は午後二時過ぎまで病室に入り浸って、次子や大佐と話をし、笑わせてから退出した。別れ際次子は益川中佐をベッドのそばに呼び

「くれぐれもお気をつけていってらっしゃいませね。私、もしかしからお産が早くなるかもしれませんの…いずれにしても生まれましたら夫から連絡をさせていただくつもりです…よろしいでしょうか?」

というのへ益川中佐は

「ありがとうございます。そして吉報をこの益川心から待っております。どうか奥様お元気で、御安産を祈っております」

と感激しつつ返事をし、病室を出てきたのだった。

帰り道、益川中佐は行きにもまして上機嫌だった。(天女の奥様が私をベッドそばに呼んでくださった。絶対奥様は御安産だ。益川が保証する!そして私の任務も無事進むことだろう。ああ、奥様!)

そう思いながら彼は正月二日目の呉の街をウキウキと歩く。

家々の門には日の丸が高々と掲げられ、道の傍では女の子供たちが羽根つきに興じ、男の子供たちはコマ回しに夢中。遠くの空を見やればいくつも凧が上がっているそんな穏やかな午後である。

 

そしてーー

一月十日が来た。益川中佐以下四名は、呉の桟橋に整列し江崎少将他、研究室の皆に見送られ巡洋艦でまずはサイパンまで行くこととなった。その先は軽巡、潜水艦を乗り継いでトレーラー水島まで行く予定である。

江崎少将は四人の顔を順に見つめた後

「大変ご苦労だが重要な任務だ。どうかからだを大事にして完遂してほしい」

と言って敬礼した。その敬礼に応えて益川中佐が

「益川海軍技術中佐以下四名、ただいまよりトレーラー水島へ出張いたします!」

と叫んで四人は一斉に敬礼。見送る少将たちももう一度返礼し、山中大佐の瞳にはうっすら涙さえ浮かんだ。

中佐は山中大佐の唇が気をつけてな、と動いたのを見て彼もふと涙ぐんだ。大好きな山中大佐そして誰より憧れのその妻次子にしばらく会えないのがさみしい。が、今度会うときは(お二人とも父親と母親だ。どんなお子さまだろう、楽しみだな)と心を入れ替えた。

そして巡洋艦からの迎えのランチに乗り込みーー四人は呉の桟橋を静かに離れて行ったのだった――

 

そんなころ。

トレーラー水島の<大和>では

「なあ聞いた?男性の技術士官が何人か<大和(ここ)>に来んさるんじゃと」

「ほう、男性の海軍士官かね。ほりゃ珍しいねえ」

「それも事によったら何か月かの長逗留になるんじゃと」

「へ?またなんでね?」

「それがな、大和型へのあのラケット兵器の配置準備のためなそうな」

「へえー、いよいよかね。空母には何隻かもう付いた聞いとったが…そうねほりゃあ心強いわい」

「で…どんとな男性士官が来んさるか、気にならんかね?」

「うん…まあ気にならんいうたらウソにはなるが…きっともう奥様のおりんさるよ」

「ふーん、そういうこともあるかも知らんな。まああんまり期待せんで待っとろうかね」

といった会話がそこここで交わされている。皆、大みそかの晩に通達された「内地の呉海軍工廠から男性技術士官が来られる」という話に浮足立っているのだ。

しかも四名ほどだというので「ほりゃあえらいこっちゃ、狭き門じゃで」と騒いでいるのが実情。だが「もしかしたら妻帯者かも知らんで」という誰かのささやきにもう早くもあきらめの空気が走ったのも実情である。

だがそれを否定したのはだれあろう桜本兵曹で彼女は防空指揮所で双眼鏡を撫でつつ

「妻帯者も一人くらいは居るかも知らんが中には独身者も居ってかもよ?ここに任務のついでに嫁さん探しに来んさる人がおってんかも」

と言って笑ったのだった。

「オトメチャンもし白羽の矢が立ったらどうするんね」

と尋ねたのは麻生分隊士。二人は指揮所に立って新年のトレーラーの風景を眺めていた。常夏のトレーラー環礁では防暑服で正月を迎えている。しかしそんな正月ももうすっかり慣れている。

分隊士の問いにオトメチャンは

「うちは結婚なんぞしませんけえね。うちは一生独り身で居りたい。そのほうが気楽じゃもん。それより分隊士こそどうします、『あなたを嫁さんにしたい』言われたら?」

と答え反対に問い返した。麻生分隊士は、オトメチャンの肩を抱き寄せて

「うちも一人で居るわい。いうか…うちにはオトメチャンがおってなけえね」

といい桜本兵曹はウフフっと笑うと少し、体重を分隊士に預けたのだった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

いよいよ益川中佐たちがトレーラーに出張です。

彼らがトレーラーの大和に逗留するようですがはてさてどうなりますやら。お楽しみに!
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いなりずし 2 解決編

海軍嬢姉妹は、長姉の作った稲荷ずしの包みを抱え、母親の入院中の病院へ向かったーー

 

皆川やちよ中尉は傍らを歩くみちよ兵曹に

「こうしてお使いみたいに物を言付かって歩くってのは子供のころ以来だねえ」

と語りかけるとみちよも

「そうですねえ。あの頃どっちが荷物をもつかで喧嘩をしたものですが」

と言って下を向くとくすくす笑った。やちよ中尉も「そうだったね。いつも私が『姉ちゃんが持つんだ』と言って威張ったけど途中で腕が疲れると『みちよ持ってみる?』かなんか言ってね」というと包みを抱え直して笑った。

姉妹は懐かしい話をしながら病院への道を歩く。

 

母親の入院する病院は小高い丘の上にある。かつてちょっとした小山だったところを切り崩して造成した場所であるからその途中の坂道はちょっとした森のようでもある。その森の中に病院への小道が続いている。この近在の人々はここを<病院坂>と呼んでいる。

そしてここは夏は強い日差しを遮り、冬は冷たい風を通しにくいようになっているので人々の散歩道にもなっている場所である。

二人の海軍嬢は、その<病院坂>に差し掛かった。この日はやや冷たい風が吹いてはいたが坂を上がってゆくと木々がその風を遮り寒さはほとんど感じない。

二人は母親の待つ病院を目指してひたすら歩いた。

 

どのくらい歩いたか…不意に妹のみちよ兵曹が「あれ?」と声を上げた。どうした、とやちよ中尉が振り向くとみちよ兵曹はあたりをきょろきょろしながら

「この道…、さっき通ったよね?」

という。やちよは

「さっき通った?そんなことはないだろう、同じような樹が生えて同じような道だからそう思ったんだろう。そんなことよりさあ歩いた歩いた」

と言って歯牙にもかけないがみちよ兵曹は

「そんなことない!だって私さっきあの木を見ましたもん…ならいいですよ、目印つけますからね」

と憤慨して手近の枝に落ちていた枯れたつるを絡ませた。

「こうしとけばわかるでしょうよ。同じ道歩いたって」

そして二人はまた歩いたが再びみちよ兵曹が

「やっぱり!」

と声を上げ指さすところを見れば先ほど枝に枯れたつるをひっかけた樹があるではないか。

「なんだ…これどういうことだ」

さすがにやちよ中尉は気味が悪くなり背筋が寒くなってきた。気温のせいだけではないらしいその寒気にやちよ中尉は妹の兵曹の背中をそっと叩いて

「物の怪のせいかもしらんぞ、目を閉じて突っ走ろう。そしたらちゃんとした道に出るかもしれないからな、いいか行くぞ。しっかり足あげて走らないと転ぶからな」

といい右手で荷物を抱え直し目を閉じ、左手で妹の兵曹の手をしっかりつかむと走り出した。

 

どのくらい走ったか。

やちよ中尉は走るのをやめ目を開けた。目の前には病院の正門があって幾人かが出入りしているのが見える。

やちよ中尉は妹兵曹の手を離し

「…着いたようだ」

といった。みちよ兵曹も目を開け

「あ、ほんとだ」

といい「あれはいったい何だったんだろうねえ?」と言いながらも姉の後をついて病院内に入る。病棟受付で母の名前を言うと一人の看護婦が病室に案内してくれた。

母親の病室は南向きの日当たりのよい二人部屋。

案内してくれた看護婦に礼を言い、二人の海軍嬢は入り口で

「皆川やちよ海軍中尉、皆川みちよ海軍上等兵曹入ります!」

と申告し、中からの「はいどうぞ」という母の声にドアを開けた。正面向かって右側のベッドに母はいた。

「おかあさん!」

と二人は駆け寄りたかったが同室の女性患者に遠慮してしかつめらしく近寄って、左のベッドの年配の女性患者に敬礼した。

「御休みのところお邪魔いたします…私たちはこの皆川キワの二女と三女のやちよとみちよであります。母がお世話になっております」

そういって年配の女性に自己紹介するとその女性患者―川島―は微笑んで

「川島と申します。お母さまのお見舞いお疲れ様でございます、さあどうぞごゆっくりなさってください」

と手近の椅子を示した。

キワも自分のベッドの横の椅子を「さあ」と指さし、二人はそれに従った。

海軍嬢たちは自分たちの近況を面白おかしく話して聞かせ、キワも川島も笑いながら聴き入った。そしてみちよが

「あ、忘れていました。はたよ姉さんから言付かってきたものが」

といなりずしの包みを手に取ったが「あれ?」と不思議そうな顔でやちよ中尉を見て、やちよは「どうした?」と言って包みを自分の手に受け取ったがこれも一瞬妙な顔つきになり、慌てて風呂敷を開いて箱のふたを取った。

「あっ!」

二人の海軍嬢の口から同時に小さく叫びが出て、キワはびっくりして二人の娘の顔を見た。川島も乗り出して覗き込んだがーー

箱の中にきっちり入っているはずの稲荷寿司は半分ちかく消えていたのだ。

「いったい誰が…持ってくる時にはきっちり端から端まで入っていたのに!」

みちよ兵曹がそれを指さして言うと川島が

「御二方、途中で道に迷ったようにおっしゃっておられましたねえ」

といった。やちよ中尉が

「はい。病院坂を上がってしばらくしたら同じところをずっと歩いていました。ですから目を閉じて走ってきました」

と応えると果たして川島は

「やっぱりいるんですねえ!お二方、それはキツネの仕業ですよ。病院坂の森の中にいたずら狐がいましてね、それが好物の稲荷ずしを持ってくる人を化かすんですよ。私も話には聞いたことがありますが実際見たのは初めてですねえ」

と感に堪えたように言った。

「き、狐ですか!」

二人の海軍嬢は同時に声を上げ、次の瞬間その場の皆は大きな声を立てて笑っていた。なんだかとても愉快で仕方がなかった。

稲荷ずしをせしめてほくほく顔の狐の様子が目に浮かびどうにも可笑しくてたまらなかった。

その可笑しさのまま、海軍嬢たちはいなりずしをキワと川島に勧め、二人の患者は稲荷ずしを「稲荷神社のお使い様のおさがりをありがたく」いただいたのだった。

 

その話を聞いたはたよは腹を抱えて笑い

「私も聞いたことはあったけどはじめてよ!いやあ、そんなことってあるのねえ!」

といい、その夫で裁判所に勤める広一も

「ほう、それは貴重な経験をしましたね!私もしてみたいものです」

と笑った。

その晩はそんな話でひとしきり盛り上がった皆川家である。

そしてそれから数日ののち、キワは無事病院を退院することとなり迎えに来たはたよ・やちよ・みちよとともに家路についたのであった。

病院坂の森の中でやちよ中尉は

(病院坂の狐くん、私の母親は元気になって帰れます。今度来るときもっとたくさん稲荷ずしを持ってきてあげようね)

と心の中から呼びかけた。

少し向こうの木の影に狐の姿が見えたような、そんな気のする冬の昼前のことであったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

狐に化かされた海軍嬢。でも愉快に笑えたので良かったですね。母親も元気になっていうことなし。きっと狐も稲荷ずしをおいしく食べたことでしょう。


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