2017-10

日々雑感・すごろくの思い出。 - 2016.01.04 Mon

みなさまこんにちは

前回の『女だらけの戦艦大和・総員配置良し!』はすごろくのお話でした。すごろくという遊びは私は子供のころから大好きです。

今でももし、目の前にすごろくがあったら絶対やりたいほどです。

 

そんな私のすごろくの思い出をちょっとだけ語ります。

 

私には15歳離れた従弟がおります。Yちゃん、今では会社勤めをして家庭を持つ立派な男になっておりますが彼が小学校に入る年の頃ですから私が高校3年かそのあたりのころでしょうか。

とある正月、元日の新聞にはさみこまれたチラシの中に、すごろくがありました。それを見ているうちに(こんなスカスカなマスでは面白くないなあ。もっと書き足そう)

と空きの多いマスにいろいろと書き込みました。そして一人で笑っていたのですがそんなことをしていると叔父さんと一緒にYちゃんが我が家にやってきました。

最初は一緒におせちを食べたりしていましたがそこは幼子の事、すぐに飽きてしまいましたので私はYちゃんに

「すごろくをしようよ!」

と誘って、例の書き足しだらけのすごろくを出して早速ゲーム開始。

普通のすごろくなら10分ほどで上がれるのでしょうが私の書き足したすごろく、なかなかどうして手ごわい代物に仕上がっておりまして、なかなか上がれない。

振り出しに戻ったり、いくつか戻ったりを繰り返しそのたびYちゃんは

「うわあ~、また<3個戻る>だあ~!」

「ぎゃー!振り出しだあ!」

と叫んで喜んでくれました。

そんなこんなでやっとゲームが終了したのは始めてから一時間ほどたっていました。叔父が「なんだまだやってたのか!?」とあきれるくらいの時間でした。

Yちゃんはそのすごろくをいたく気に入ってくれて

「持って帰っていい?」

と言うので私に依存のあるはずもなく、Yちゃんは大喜びでもって帰り翌日から遊んでくれたそうです。

 

そしてその翌年の正月に来た年賀状には<今年もすごろく作ってください>とあり、私は喜んで今度は自主製作のすごろくを。

これもまた難易度の高いすごろくとなり「あがれない~、上がれない~」と喜びとともに悶絶の叫びをあげるYちゃんでした。

そのすごろくも彼は家に持って帰り、小学生になっていた彼とその友人の良い遊び相手になってくれたようでした。

すごろく作りは数年続きました。

そのたびYちゃんは持って帰ってくれて私は作りがいがあったことでした。

 

今回年末になってふっとそのことを思いだして「松岡式海軍すごろく」を書いてみました。

私の遠い思い出です。当のYちゃん覚えているかなあ~とおもうのですが、いつか会ったら聞いてみようと思います。

 

そうだ…来年はこの「松岡式海軍すごろく」を実際に作ってみようではないか、と思い立ちました。出来るかどうかは未知数ですが、でもやってみたいと思いました。

しかし新しい年が始まったばかりで来年の話をするなど、鬼が聞けば大笑いして悶絶しそうなことですね。鬼に「いい加減にしろや」と言われないうちにこの辺で。

 

次回は『大和』編を書こうと思います。だれが話の中心になるかはお楽しみです、どうぞご期待くださいませ。

 

それではまた、次回にお目にかかりましょう!


困った事態です - 2015.11.15 Sun

こんばんは
いつも「女だらけの戦艦大和・総員配置良し!」をお読みいただきありがとうございます。

さてちょっと困った事態がおきまして、私の使用PCそのものにログインできなくなりました、もしかして無線ランの乗っ取りされたのではないかというのですが…ですの背¥でPCが正常になるまで行進ができないかもしれませんのでどうぞご了承ください。
そんなわけで皆様のもとへもお伺いかないません。治り次第お伺いいたします。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

山梨--! - 2015.08.20 Thu

ご無沙汰しておりました、お久しぶりです!

夏休みを無事終え、今日から日常が還ってきました。

休みは、山梨県北杜市の山中で過ごしました。とても涼しくっていい思いをしてまいりました。湿気が少なく昼間にクーラーをつけなくて済んだというのは大変な驚きです。

吹きすぎる風はさわやかで昼寝も十分できました。

また今回は、母の従兄の家にお邪魔させていただき楽しい時間を過ごしました。このおうちはその昔大名を泊める旅籠のようなことをしていた家で今でも当時をしのばせる家の構えです。柳沢吉保が甲斐を治めていた関係でこの家にも来たようで、柳沢の地名を賜ったらしいです。

素晴らしい庭に古い造りのお宅にしばし、往時を思いました。

このおうちには母が幼いころよく尋ねて行ったそうです、懐かしいと従兄さんと話をたくさんしていました。そしてここでなんと、母にとっては自分の両親の、私にとっては祖父母の結婚式の写真を見せてもらいました。初めて見るものでした。

なんでも数日前に探し物をしていたら出てきたとのことで、まさに私たちの訪れを待っていたかのようでした。

写真の中の若い祖父母は素敵でした。

祖父は、りりしい男性でした。そして祖母はとてもかわいい楚々とした大和撫子。昭和10年頃、祖母は21歳くらいだったようです。その祖母の顔は私の母の若いころとよく似ていました。

ですが私はあまり似ていないので、私が不美人なわけがよくわかりました。

ともあれとてもうれしい発見をしました。

 

そして「山荘」周辺では18日、19日と野猿が出てきました。

18日は一日雨で、私と母で山荘にいたのですが母が「あれ!なに?」と窓の外を指さすを見れば、家の塀のそばに何か座っています…「猿だ!!」

私と母で窓のそばに寄って行くとサルもびっくりしたようでその赤い顔をこっちに向けて歯をむき出してから逃げ出しました。

怖かった…

と思っていたら翌日の夕方、庭でごみを燃やしていましたら遠くで犬が吠えて何か人がどなるような声も響いてきたので「??」と思っていたら長女が「猿だ!」と叫んでみれば家の前の道を猿が走ってゆきます。

そして一軒の家の屋根に飛び乗ってどこかに行ってしまいました。その後どこかのおっちゃんが「猿が来なんだけ?」と来ました。なんでもこのあたりでもサル被害が多く、そのおっちゃんの畑のブドウやサツマイモが食われてしまったのだとか。しかも、集団で…。

駒城の家でもサル被害が多いと聞いていたばかりなので、深刻なのだなあと痛感したところです。

 

いろんなことがあった今回の山梨滞在でしたが楽しかった!念願の台ケ原の『金精軒』にも行けましたし。そのそばの「七賢」さんにも行ってお酒を買ってきました。

来年もまた行きたいなあと思います。亡き父も大好きだったあの場所、また皆で行って楽しみたいと思っております。

 

山梨から帰ってくると、数日間は何か心が虚ろになる私。できたらあの場所にひと月くらい居たいなあ。そして読書三昧をしたい、と切に思うのでした(笑)。

 DSCN0944.jpg

さあ、「女だらけの戦艦大和」も再開します。いよいよ『大和』抜錨間近です。ご期待くださいませ^^。


日々雑感 一年たちましたね。 - 2015.07.31 Fri

今どこにいますか?

今誰とお酒を酌み交わしていますか?

 

お父さん、あれから一年がたちますね。あなたが亡くなってからもう一年です。早いものですね。

あの日、知らせを受けて快速電車に揺られる私のゆく手に大きな、それは大きな積乱雲が立ち上がっていました。しかもそのてっぺんには傘雲が小さくかかっていましたっけね。

あの小さな傘雲の下に、お父さんあなたは居たんでしょうか?

 

誰のおとずれも待たず、どうして一人でさっさと行ってしまったんだろうと私は最初、あなたを恨めしく思いましたよ。でもね、時間がたって落ち着いて考えると「その瞬間」を見られたくなかったのかな、と思ったりしました。お父さんあなたらしい最期だったと思います。最期までかっこつけたかったのかしら?

そういえばお父さん、あなたはいつも自分のことを「偉大な人」って言って笑ってましたね。

お父さんがお骨になったとき、顔の、頬から眼窩の部分がしっかり残っているのを見たとき、私の頭の中にお父さんの笑いながら言う声が響いてきましたよ、「偉大な人はここを残すんですよ」って、言って顔を指さしながら言う声が。

結構おちゃめなお父さんだったと思っています。

 

お父さんあなたという人を思い出すとき、今では愉快な思いでした浮かばなくなりました。生きてるときは腹立たしいことばっか言っては怒っていたのにね。

覚えてるかしら、今から20数年前九十九里浜に海水浴に行った時のこと!

あの時お父さんはビーチサンダルを海の家に置いてきちゃって、お昼に食事をしに海の家に戻る時砂が灼けて熱くて、飛び跳ねながら走って、それでもたまらなくって来ていたシャツを砂の上に投げてその上を歩いてたっけね。

「あち、あち、あち~~!」

て叫びながら。

あの時のことは今でも笑いとともに思い出します。全くなんでサンダルを履かないで砂浜に来ちゃったかねえ?朝早く行ったから、涼しかったし砂もまだ冷たかったから何気に浜へ行っちゃったんでしょうけど、ありゃあ大失敗だったね。

 

それからお父さんの一大痛恨事。

それは幼少期、日本が敗戦になったとき。

お父さんのお父さん、つまり私の御祖父さんが出雲大社の神官として北京にいたことがあったんですよね。お父さんは北京で生まれたと聞いてます。

敗戦の年、6歳だったお父さん。家族で日本に引き揚げるときお父さんはリュックの中にカルパスというサラミソーセージみたいのを大事に入れていたんだってね。ちょとだけリュックから頭を出していたそれを、引上げ船に乗る時中国兵にすっと引き抜かれてしまったと、今でもがっかりしながら話す顔が忘れられません。

食べたかったんだろうに、「子供のものを取るなんてとんでもないやつだ!」とそのあと必ず怒ってましたね。でも、命あって家族そろって内地に帰れたのだからいいと思わなきゃね。

 

 

今でも実家に帰る時駅の改札にお父さん、あなたの姿を探します。時刻表の貼り付けられた柱の向こうにあなたは居て、いつものように笑いながら「お帰り、混んでなかった?」と言ってくれるんじゃないかって思います。

駅のショッピングセンターの中の人ごみに、書店で新刊本を探す人の後姿に、バス停でバスを待つ人の列の中に、お父さんの姿を見ては思わず目を凝らし、そして次の瞬間には別の人だと気が付いて肩を落とす。そんな日々の重なりのこの一年間でした。

泣くことも出来ず、ゆえに体調がおかしくなっても休むことさえ許されない一年でしたが何とか乗り越えましたよ私。

昔私が勤め先の人間関係に悩んで、会社を休みがちなときお父さんが言ってくれた「がんばりましょう」という言葉を心の中で反芻して、ここまで来ました。

 

この先も私、頑張りますよ。

と言っても私のことだから時には「もうダメ、嫌だ」と投げ出すときもあるかもしれないけど、でもきっと頑張って生きるでしょう。

 

そして

「命がつながった」

とその誕生を喜んだ、あなたの二人の孫娘も元気で毎日過ごしておりますよ。どうぞ見守ってやってください。二人も「もう一年たっちゃったんだね…今でもおじいちゃんがいなくなったって信じられない」と言っています。

二人の孫たちにもたくさんの思い出を残してくれてありがとう。

 

思い出はあふれてそれと同時に涙もあふれてどうしようもないけど、しばらくあふれるがままにしておきます。

気の済むまで。

 

もうちょっと元気で長生きしてくれたらもっと話したいことや意見を聞きたいこともあったんですが。それだけが残念。昨今騒然としてる安保法制について意見を戦わせてみたかったな。

きっと天国で小田実さんや開高健さんたちと話しているんでしょうね。お酒飲みながら。

 

時々は下の世界であくせくしているあなたの妻や娘を見てやってくださいね、そして護ってやってくださいな。

 

私は折に触れて、お父さんあなたを思い出しておりますよ。そして思います、あなたの娘でよかったな、と。

そして声に出しては言えなかったけど「ありがとう」と今言いましょう。

私が生まれてからこのかたへの感謝です、ありがとう。きちんと面と向かって言えなかったのが本当に残念で悔しいけど、私の性格上ちょっと無理でした。

だから今ここで。

 

ありがとうお父さん。あなたの娘で幸せでした。


今年もよろしくお願いいたします。 - 2015.01.06 Tue

平成27年、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今日は六日。本当ならきょう東京に帰るつもりでしたが天気も良くないので明日にしました。八日から仕事始めとなります。
実家もずいぶんきれいになり、新しい畳の香りもすがすがしく印象が変わりました。
父のいなくなって初めての正月でしたが、皆それなりに気持ちを持って迎えた年の始まりです。

以前、父が使っていた大きな安楽椅子があります。
とても座りやすいのですが、私がそれに座っていたら連れてきていた我が家の犬が大変妙な顔をして私を見つめています。そして父が使っていた部屋に入るとその中をじっとのぞきこんでいます。

どうやら――犬は父の姿を探していたようです。
犬は父が大好きでここに来ると飛びついて喜んでいたものでした。
そして父が安楽椅子に座ってTVを見る姿を見ていたものでした。

私が思うに、犬は「それはあんたの座るところじゃない。おじいちゃんが座るところでしょ!」とか「おじいちゃんはどこにいるの?」と言っていたのでしょう。

なんだか涙の出るような思いをしました。

母とは父の思い出話をしましたが笑い話が多かったですね。いずれ書きたいと思います。結構おかしなことを言ったりするのが好きな人だったので、時折笑いとともに思い出します。


そして!
前にも書いたとは思いますが『女だらけの大和』は今年新しいステージを目指します。
登場人物の若干の変更もあるかもしれませんが話の進行に障害になるような変更はしません。そして話の中核をなす登場人物の変更はありません。
ただオトメチャンは少しだけ――大人になるかもしれませんので皆様心の準備をよろしく願います!!

では皆様今年もどうぞよろしくお願いいたします!!

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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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