70年目の夏 2 <長崎浦上>

あれは私が小学2年の頃だったか?一週間ほどの出張から帰ってきた父親のお土産の中に一冊の絵ハガキがあり、私は喜んでそれを一枚一枚見ていた。

「これ、なにかなあ?」

という私の問いに父は「ああそれは、長崎の平和公園だね」と教えてくれた。その葉書の写真には

   

のどが渇いてたまりませんでした

水には油のようなものがいちめんに浮いていました――

 

という詩のようなものが彫り付けてある石が写っています。私はその時初めて父親から原子爆弾のくわしい話を聞きました。それまでにも時折原爆の話は聞いていた記憶はありますがそれをはっきりイメージさせるものを見たのは初めてだったので大いに衝撃を受けました。

その後、学校の図書室で原子爆弾投下を扱った物語を読み、恐怖に震えました。

そしてこの恐怖の兵器が、長崎と広島という都市に投下されたということを知りました。

 

 

 

それから何年いや、何十年もたった今。

世界にはいまだに多くの核兵器があり恐怖は一向に去ることがない。そしてそのくせ人々は、長崎も広島も忘れ去ったかのように過ごし、一年に一度思い出せばいい方になってしまった。

しかもその大事な原爆投下の日付まで忘れ去っている。

悲しい…

 

先日の新聞夕刊に、長崎の浦上天主堂のことが大きく出ていた。私はその時まで知らなかったが、原爆投下のまさにその時、浦上天主堂では「告解の秘跡」が行われていたという。その場にいた信徒は20数名。

告解の秘跡とはカトリック信者が自らの罪を司祭に告白することである。

 

私は思う、その時信者はいったいどんな罪を司祭に告白したのだろう。

長い間、信仰を守ってきた浦上の信徒たち。つつましく生きていた人たちにどんな罪があったというのだろう?

きっと神も微笑みながら許してくれるような些細な罪だったに違いない。

そんな罪を一人一人告白していたのだろう。心から許しを乞うて。

 

その長崎に、悪魔の兵器を落とそうとする方も、司祭から「成功を」と祝福を受けてきたという。

 

<同じ>神を信仰していたはずの日本とアメリカの信徒。

しかし一方の神は、ささやかに信仰を守ってきた人々に残酷な鉄槌を振り下ろした。

浦上天主堂の信徒たちは原子の炎に焼かれてしまった。

もう一方は、それをどう見たのだろう。

原爆を投下したアメリカの飛行士は、同じ信仰を持つ人間が焼かれ、のたうつ姿を想像しえなかったのだろうか。憎いジャップを焼き殺してやった、とほくそえんでいたのだろうか。

 

神は、一人ではなかったのだろうか。

浦上の信徒たちは、神は一人と信じ懸命に祈ったのだろう。この戦争が早く終結するように、兵隊に出て行ったわが子や夫たちが無事帰るように、疎開していった子供たちとまた夕餉の食卓を囲めるようにと。

きっとアメリカの信徒もそう思っているだろうと信じていただろうに。

 

神は、浦上の信徒たちをそっと振り払ってしまったのか。

 

あれから70年の時が過ぎ、長崎の被爆はもうそれ自体が小さく扱われるようになってしまった。

広島も長崎も、原爆の被害者であるのに。

どちらも同じに扱ってほしい。

 

そして一年のうち8月だけではなく、折に触れて二つの原爆の話を繰り返してほしい。

 

忘れない。

思い出す。

語り継ぐ。

 

それこそが一瞬で亡くなり、あるいは長い間苦しんで亡くなっていった人たちへの慰霊と供養の心だと思うから。

 

 

              ・・・・・・・・・・・・

少し遅れてしまいましたが長崎原爆への想いです。想いがあふれ筆が追いつきませんでした、理解できない部分もあると思いますがどうぞお汲み取りいただければと思います。

私は高校の修学旅行で長崎に行き、平和資料館を拝見し衝撃を受けました。

あの時の想いは今も覚えています。

異国情緒あふれる長崎の、負の歴史。それから目を背けるのではなく、直視することがこの先の平和を作ることになると思っています。


被爆後の浦上天主堂(WIKIより)浦上天主堂


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Comments 8

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アジシオ次郎さんへ

アジシオ次郎さんこんばんは
続けてのコメントありがとうございます!!

日本に投下された原子爆弾は二発なのですからそのどちらも正しく記憶してゆかねばそれこそ片手落ちですね。どちらもあってはならない惨劇であり先だからとか後だからというものではないはずです。
その日付を言えないわからない関心もない知ろうともしない。
こんなことで犠牲になった両市10数万の人たちは浮かばれません。
その一因が今の学校教育ですね、これはもう明白。
小学校からそうですが歴史に関しての記述に、近現代史の占める割合が少なすぎます。しかもその中で大東亜戦争に関してはほんのさわり程度、あとは知りたきゃ勝手に調べなさい的な授業。それか自虐史観にまみれたアカ教師の自前授業で子供に反日思想を植え付ける。
受験も大事ですがそれ以前に日本人として大事なことがあろうが!?と思います。

あの原爆投下は実験であり、白人優位主義の如実に反映されたことだと私も思います。
同じ神を信仰しているなんぞ関係ないのですね。白人の神こそ本物の全能の神であり、極東の「黄色いサル」と彼らがさげすむ日本人の信仰する神は本物ではないと言いたいのでしょう。
二発の原子爆弾投下は大変な犯罪だと思います、この罪は未来永劫許されることはないと私は思っています。


2015/08/13 (Thu) 23:17 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
アジシオ次郎  
No title

こんにちは。

広島と長崎に原爆が投下されて70年、年々原爆投下を知らないと言う意識が増えているのは「極めて遺憾」じゃ済まないです。
広島の悲劇は知ってても長崎の悲劇を知らないと言うのは、由々しきことだしこれでは無知を助長するだけでしかないです。人類の未曾有の悲劇を知らないなんておかしいです。これはホロコーストは残酷だと見なしても植民地支配下での抑圧は残酷じゃないと答える欧米人と何ら変わりません。
片方を知っててもう片方を知らない。無知でしかない。

やはり後世に語り継ぐ、風化させてはならないと言う意識を強めねばなりません。
あとテレビもこう言う日はバラエティ番組などを自粛して戦争や原爆に関連した番組を放送すべきだと思います。知る機会を作ってそれを後世に伝えることもメディアの役割なのに。

アメリカは当時は露骨な人種差別的な価値観が蔓延ってたから、有色人種を殺害することに罪悪感なんてなかったってことだが、白人優越と優生論に基づく思想はナチス・ドイツと転で変わらないです。白人の歪んだ思想による犠牲者だと思うね。原爆投下の被害者みんな。

あと原爆投下の日付を正しく答えられない人が増えてることは、あの悲劇をなぜ伝えないのかとすら思うし、特に教育現場、テストや受験ばかりに重みにおいて大事なことを教えない体質は無知を助長してます!!

長崎の原爆を投下させたのは、差別です。白人優越と言うイカレた思想こそが諸悪の根源です。白人優越なんて思想があるから同じキリスト教影響下にある町なのに有色人種と言うだけで無差別に殺害する、今だったらヘイトクライムに基づく悪辣な犯罪に当たります。世界史において白人優越がもたらした悲劇はたくさんあるが、欧米人はどれだけ理解してるんでしょうかね?

アメリカは所詮反知性と善悪二元論国家、自分たちは正義で相手は悪なんて単純な考えで出来てるから、戦争をやめられないんでしょう。
アメリカは戦争を商売と言うか自分たちはヒーローだと言うプロパガンダの道具にしてるとしか言えません。私は反米主義者ではないけど、アメリカの独善的な思想と価値観には反感を覚えます。

2015/08/12 (Wed) 15:47 | EDIT | REPLY |   
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るどるふくんさんへ

るどるふくんさんおはようございます
そうですね、広島は世界で初めて・人類初めての経験ということもありますね…確かに凄まじい衝撃です。

質の違う二つの原子爆弾を投下した、ということはしっかり「実験」だということでしょうね、アメリカとしては。それにしても、それこそ神をも恐れぬとんでもないことをしてくれたものです。

二回目の投下目標が、前の日の空襲か何かの煙で視認が出来なかったから長崎に変更し、それもやはり雲が多くその隙間から落とした先が浦上地区だったらしいですね。都市に投下できない場合は海に捨てるらしかったですがそれはばかげているので…という証言があったのを思い出しました。
投下した飛行士は、その下に自分の信仰と同じ神を信じる人がいると知っていたのかいないのか、知らなかったとしてのちにどう思ったか知りたいです。

いずれにせよ、小倉・博多あたりに落ちていたらその被害はさらに甚大だったことだと思います。どちらにしても日本と人類に対する大きな罪であることには間違いないですね。

2015/08/11 (Tue) 08:09 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます
>怒りの広島、祈りの長崎
確かにそういう感じだなあ、と思いました。

やはりその違いは「キリスト教」という宗教に裏打ちされているのでしょうね。確かに怒りを怒りで返したのでは更なる惨禍を招きかねませんものね。
長崎で打規模な抗議活動があったというのも聞いたことがないですし…その土地柄、というのか下地に何があるかという部分なのでしょうね。
そう考えるとどちらの考えもうなずけます。

2015/08/11 (Tue) 07:58 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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見張り員  
オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます
平和祈念像のポーズ、私は高校の修学旅行のしおりつくりで知ったしだいです(;^ω^)…

広島長崎共に、あの惨禍を告発するようにモニュメントがたくさんありますね。いつの日かそれを一つずつ見て回りたいです。

キリスト教の素地がある―ー
そうだ、そうかもしれません。私はそういうことに疎い部分があるので、キリスト教信者の方の考えに思いが今一つ及ばなかったですね。許しの宗教としてキリスト教を見るなら、長崎市民への・人類への罪を錨ではなく別のものに昇華させる、そういった何かがあるのかもしれませんね。

これ、もうちょっと深く考えてみようと思います!

2015/08/11 (Tue) 07:53 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
るどるふくん  
No title

 お邪魔します。
広島は、世界で初めて人間を標的として原爆を投下された都市で、死傷者も長崎よりも多いので、マスコミの世間に与えるインパクトが強い為、長崎より報道されるのでしょう。

 6日に広島に落とされたリトルボーイよりも強力なファットマンが9日に長崎に落とされた訳なので、アメリカは爆発の威力を比べる為に投下した節があります。

 だから、実際はキリスト信者の多い長崎に落とすつもりは無く、博多を標的にしていたけれど、霧に視界が狭くなり、目的地を探すうちに燃料が少なくなった為に、急遽落とされた街が長崎だったと聞いた事がありました。

 もし、博多に落ちていれば、広島の倍以上の人間が被害にあっていたかも知れません。

2015/08/11 (Tue) 01:47 | EDIT | REPLY |   
河内山宗俊  
No title

怒りの広島、祈りの長崎。
昔はこのような対比があったそうです。

長くキリスト教に関わった長崎では、原爆に対する怒りはもちろん強くあるのですが、それらを怒りで返すのではなく、人類の原罪ととらえ神への祈りによって、平和を祈念するという形になっていったこともあり、激しい抗議活動が起こることは少なく、かつテレビなどに大きく取り上げてアピールされることをよしとしない気質があるのではないでしょうか。

2015/08/10 (Mon) 23:16 | EDIT | REPLY |   
オスカー  

こんばんは。
今日は長崎平和公園の平和祈念像、子どもがなぜあの像は裸に布なのかと母親にきいた話などを読んだりしました。天を指す右手は「原爆の脅威(長崎の過去)」を、水平にのばした左手は「平和(長崎の未来)」を示し、 軽く閉じた瞼は戦争犠牲者の冥福を祈っている…のだと。見張り員さまの書かれていた「平和の泉」や世界各国から贈られた、多数の平和と人類を象徴するモニュメントもあるそうですね。ソビエトや中国も寄贈していました。
広島と長崎、受ける印象が違うのはなぜなのか……ダンナは長崎はキリスト教の素地がある土地柄だからでは…と言っていましたが、そういったことが関係するのでしょうか……この年になってものすごくこの報道等に関する違和感というか差みたいなものを感じています。なんだかまとまりなくスミマセン!

2015/08/10 (Mon) 23:01 | EDIT | REPLY |   

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)