水入らずのとき。

山口通信長は、いくらかの着替えといとしい息子への土産を抱えて休暇のため上陸していった――

 

一週間ほどの休暇の留守中は、掌通信長の立場の浦野大尉に任せた。浦野大尉は「行ってらっしゃいませ、どうぞ休暇を楽しんでらしてください。留守中のことはご心配は無用です。私に任せてください」とその温顔をほころばせた。

山口通信長は

「申し訳ないがよろしく願います」

と言った、その通信長へ掌通信長は

「通信長は今まで休暇をおとりにならなかったんですから、お子様もお待ちでしょう。何の心配もいりませんから何もかも忘れて楽しんで下さい」

と言って山口通信長は何かほっとしたような笑みを浮かべ、上陸のランチに乗ったのだった。

通信長は呉駅から省線に乗り、広島駅を目指した。そこからは路面電車に揺られていく。

通信長の自宅は路面電車を一番西の停留所で降りそこから二十分ほど歩いたところにある。周囲は田んぼの点在する場所で心落ち着くところではある―ー姑がいなければ、の話ではあるが。

やや気の重い帰宅ではあるがそれはそれ、通信長の心は夫と息子に逢える楽しさ嬉しさで弾んだ。家への足取りも軽くなった。

夏を思わす日差しに目を細めて通信長は我が家をゆく手に認めた、駆け足になって自宅の玄関に走り込み、引き戸を開けた。そして大きな声で

「ただいま戻りました!」

と申告した。

奥から子供の足音が聞こえ、それに大人の大きい足音が混じり姿を見せたのは夫と息子である。

二人は満面の笑みで「お帰りなさい!」と言って、息子の捷彦は「おかあさん、お帰りなさい!」ともう一度言うと通信長の胸に飛び込んできた。その捷彦を受け止めて「ただいま…長いことまたせてごめんね」と通信長は瞳を潤ませた。

夫の忠彦が荷物をとって「さあ、早く上がりなさい。疲れただろう」と通信長に声をかけ捷彦が「早く、お母さん」とその手を引いた。

と、廊下の向こうから姑が歩いてきた。通信長は「ただいま帰りました」と敬礼した。すると姑はその通信長をふんと一瞥した後で

「また帰ってきよったんか。戦死したいうんはありゃ間違いだったんかね。戦死すりゃあもっとええ嫁もらえる言うンに…」

と言うと忠彦を振り向いて

「うちはしばらく和世の家に厄介になるけえ、戻らんで。顔も見とうない奴が帰ってきたけえ」

というと玄関を出て行った。自分の弟の家にゆくのだという。忠彦は母親に

「何をいきなりいうんじゃ!ひろさんは国のために働く人じゃ、その人に言う言葉か!?謝らんかかあさん!」

と怒鳴ったが姑はサッサと小走りに走って行ってしまった。

いきなりひどい言葉を突き付けられて呆然とする通信長に忠彦は「あがいなん気にせんでええ。それよりしばらくおらん言うから気楽でええわ、ゆっくり休み」と言ってくれたし捷彦も

「おばあちゃんはいつもあがいなことばかり言いよるけえ俺はもうおばあちゃんとは口を利かんのじゃ」

と言って笑った。通信長はその二人の心に感謝しつつもあまりに悔しい言葉に涙がにじんだ。

それでも気を取り直し、仏間に入って土産のカステラを仏壇の前に置いて燈明を上げた。線香に火をつけると煙は細く、しかし力強く立ち上がった。通信長は仏壇の中で微笑む前妻の写真に手を合わせ(今回もまた、帰ってきてしまいました。忠彦さんとカッちゃんをお守りくださってありがとうございます)と心の中で話しかけた。

そして後ろに座る捷彦に

「お土産ですよ。仏様にもお分けしてあげましょうね」

とカステラの箱を差出し、捷彦は大喜びでそれを台所に持ってゆく。包みを開けた捷彦は喜びの叫びをあげ、忠彦は「いったいなんじゃね。そんとな大声出してからに」と笑った。

通信長は小さな皿にカステラを一切れ載せて、仏壇に供えた。もう一度手を合わせ、(私は死んでも構いませんがどうか、この二人はお見守りくださいませね)と祈る。

 

三人は久しぶりに親子水入らずで茶を喫した。カステラはことのほか捷彦を喜ばせ、通信長はうれしかった。

二人とも『大和』の話を聞きたがったので通信長は話せる範囲のことを一杯話してやった、ほかにも外地の話、珍しい食べ物や植物の話。そして一番捷彦が目を輝かせたのは

「おかあさんのいる艦には三匹の動物がいるんよ」。

マツコ・トメキチ・ニャマトのことで通信長はカバンから手帳を取り出すと、三匹と通信長・航海長・副長で写った写真を手渡してやった。

捷彦は「なんじゃろう、珍奇な生き物じゃねえー」と感心しきりで写真を見つめている。そして

「ねえおかあさん。いつか俺もこの動物たちに会わせてくれますか?」

と尋ねたので通信長は微笑んで「会わせてあげますとも。きっとこの変な鳥やトメキチニャマトも大喜びしますよ」と言って捷彦は喜んだ。

 

その晩は通信長の手料理で食卓はにぎわった。忠彦も捷彦も大喜びでたくさんお代わりをしてくれたのが通信長にはとてもうれしかった。

「ごちそうさま」を言い終えた後捷彦は

「今日はとっても嬉しいな。だってお母さんがいるんだもの。あのねおかあさん。俺はおばあちゃんと一緒にご飯を食べるのが本当は嫌なのです。何にもお話しできないし、黙ってご飯を食べるのは寂しいもの。お父さんは患者さんが終わってからじゃないと一緒に食べられないし…でも今日はとっても嬉しい!」

と告白し、通信長も忠彦も息子の本音を垣間見て、彼を痛ましく思った。

「カッちゃん。ごめんね…おかあさん一緒にいてあげられなくって」

通信長は心から息子に謝った、が捷彦はあわてて

「違うのおかあさん、俺はお母さんを責めとらんよ?お母さんはお国のために一所懸命戦っとるんじゃもん、俺の誇りじゃ!じゃけえそんなこと言わんで?ね?お母さん」

と言ってうつむいてしまった通信長の顔を覗きこんだ。

その捷彦を抱きしめて通信長は「ありがとう、ありがとうねカッちゃん…」としばし泣いていた。忠彦も瞳を潤ませる。

通信長はやがて顔を上げると捷彦を見つめ

「ねえカッちゃん。カッちゃんはこんなおかあさんでいいの?」

と尋ねると、捷彦はしっかり正面から通信長を見て言い放った、

「俺は、このお母さん()いいんじゃ!」。

 

捷彦は通信長と一緒に風呂に入りご満悦で眠りについた。

その次の間で久しぶりすぎるほど久しぶりに夫婦は布団の上にいて見つめあっていた。通信長は

「いつもご迷惑をかけてごめんなさい。カッちゃんにも寂しい思いをさせて、おかあさまにも…」

とそこまで言うと今日の姑の激しい言葉を思い出して嗚咽を漏らしてしまった。忠彦は静かに妻を見つめている、その視線を感じて通信長は顔を上げると

「あなたは私と結婚して本当に幸せですか?もっと、本当に幸せになれるお相手がいたのに…私を押し付けられたんではないんですか?」

と必死な表情で尋ねた。

通信長との結婚話と同時に、忠彦にはもう一つの縁談があった。忠彦の母親、つまり通信長の姑が持ってきた縁談で相手は看護婦の女性で忠彦には遠縁にあたる女性だった。

開業医を営む忠彦には、本来ならうってつけの相手だったろうに忠彦は「わしはこっちの人の方がええ」と通信長との見合いをし、そして結婚をした。

それが姑の今に至るいびりの原因なのだと忠彦も通信長も思っている。

忠彦は通信長の手をしっかり握ると

「ひろさん。わしはあなたの写真を見て一目で気に入ってのう、じゃけえこの人と見合いをしよう思うたんじゃ。逢うてみたらいよいよわしの気に入ってしもうて、――そうじゃ、わしはひろさんに惚れたんじゃ。じゃけえ、押し付けられたのほかに幸せになれる人が居ったはずじゃのいわんでくれえ。わしは心からひろさんに惚れた、じゃけえ一緒になった。それが真実じゃ」

と言ってほほ笑んだ。通信長は

「私で…よかったんですね」

と涙をこぼしながら言うと、忠彦に抱きすくめられた。忠彦は彼女の耳元で

「ひろさん()…よかったんじゃ」

と言って通信長を布団の上に押し倒したのだった。

 

久しぶりの夫婦は、しっかり互いの想いを確かめあっている――

 

                  ・・・・・・・・・・・・

 

最低のことを言う姑でしたが夫と子供が通信長の防護壁になってくれているようです。

「あなたでいい」というより「あなたがいい」と言われる方がうれしい。ちょとした違いではあるけどその実大きな差であることをこんなところから感じ取れますね。

 

今日の各地の猛暑、そして調布の痛ましい小型飛行機墜落。なんだか不穏な一日でした。もう何もないよう祈ります。
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鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは!
お久しぶりです!お元気そうで何よりです。

いろいろお大変だったですね。でもどうぞ力を落とさないで突き進んでください、結果は必ず出ますから!私も東京の空から応援しております!

武蔵が今年に発見されたというのは単なる偶然ではなかったと思っております、何かきっとメッセージがあるのだと思っています。


そしてそしてなんと!そうでしたか、まさかのゲスト出演wでしたね。びっくりしたことでしょう、私もびっくりしています^^!

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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
何をおいても心が通じ合うというのがすべての幸せに通じます。
そうです!!!この姑は私の身近にいる誰かさんをモデルにしておりますwって、結構悪意いっぱいですが(;^ω^)。
忠彦さんと捷彦君、そして通信長はいい夫婦と親子の関係を作り上げています、生さぬ仲だからこその心の通い合いでしょうね。

調布の事故、本当に気の毒です。まだ30代のお若い女性が犠牲になって、あの紅蓮の炎の中でどれほど熱かったか怖かったかを思うと胸が塞ぎます。助け出すすべはなかったのでしょうか…
ほんとにそんなおおごとにも遭遇せずに生きている自分の人生には感謝です。

暑い暑い、それしか言葉が出ませんね(;´Д`)。娘たちはお陰さまで元気です!実家の母も最近使われ始めたC型肝炎の新しい薬が効き始めているようでウイルスが減ってきているとうれしい報告を受けました。
いつもお心にかけていただきうれしいです、ありがとうございます。にいさまご一家もどうぞお健やかにお過ごしくださいませ^^。

心が通じ合うというのは本当に幸せなことですね。ほんのちょっとの心がけ次第なのに。姑さん、失礼ながらお身周りの方をモデルに??
なさぬ仲だからこそ実の親子以上に愛を注ぐ。そしてそれを飾りっ気なしの気持ちで見守る忠彦さん。心構えと覚悟があればこその家族三人の微笑ましさでしょうか。

調布の惨事に心が痛んでいます。わずか一週間前に引っ越して来たばかりの家族に降りかかってしまった悲劇。これが運命だとしたら、何事もなく過ごせている自分の人生に感謝せねば罰が当たりますね。

暑いですね。ほんと、暑い!! 娘さん方はお元気ですか。ご実家の母上もお元気でしょうか。見張り員さんをはじめ皆さんの息災を祈っています。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます。
私の祖母の姑も、私の姑もきついきつい…(;´Д`)。こういう性格の人は嫁からでも他人からでも嫌われること請け合いですね、性格なんでしょうけどうちの場合はもうわがまま、プラスだらしなさで処置なしです。そういうのに限って人のことはあれこれうるさいんだから!!

通信長の場合、旦那と子供がよい人なので救われます。捨てる神あれば…ではないですが救いは必ずあるものですね^^。

こんばんは

いやはや、きつい姑さんですな。うちの母といい勝負w

こういう人はどんな人が来ても基本アウトですよ。家族であろうと自分の考え通りにうごかんと、気にくわんわけですから。たとえば食器洗ったとしても、わざわざもう一度洗うとか。それならと何もしなけりゃ文句言うし。持って生まれた性分はどうしようもないけど。

旦那さんと息子さんは、本当にいい人ですね。思わずもらい泣きしそうでした。年取ると涙腺が緩くなってねぇ。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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