逢いたい―ー山口通信長ものがたり

「女だらけの戦艦大和」は海軍工廠ドックで塗装作業を急いでいた――

 

黒多砲術長兼副長代行は、その作業の進捗を第一艦橋にあって林田内務長から聞いていた。林田内務長によれば

「あと二週間もあれば終了できると工廠側は言っています。出航は三週間後にはできるでしょう」

ということで、黒多砲術長は満足げにうなずいた。そして

「そのころには皆の休暇も終わっていますからちょうどよいころ合いですね。では私はこの件を梨賀艦長に報告してまいります」

と言った。林田内務長は頷いて「願います」というと、ふと窓の外に広がる呉の街を見つめた。そして艦内帽の庇をちょっと上に挙げるとさらに見入っている。

その横顔を、黒多砲術長はふっと見つめた。ややして気が付いた林田内務長は砲術長を見て

「早いものですね、夏の気配がしてきましたよ。帰って来た時は冬でしたのにね」

というと「では」と言って艦橋を出て行った。

砲術長は、その内務長の言葉の中に内地をいよいよ離れる寂しさを感じ取っていた。砲術長は(長すぎたな、今度の内地帰還は)と思っていた。しかし長かったからこそ、繁木航海長と山中副長の結婚という慶事にも恵まれたしそのほかいろいろなことがあり、そのたび何とか良い方へと解決してきた。

(なんでも願えばよい方へと向くものだね)と砲術長は思った。

そして休暇を長くとらなかった自分ではあるが、故郷の両親に先週、手紙を書いておいた。もうそろそろ内地を離れるということ、今回は自分も責任ある立場をいただいたので帰れなかったのは心残りではあるができたら呉に来てほしい、三日ほどなら休暇が取れるから――と。

そんなことを思いながら艦長を訪ねようと、砲術長は艦橋を出た。

 

艦長室の前まで来ると、ちょうど山口通信長が艦長室から出てきたのに出くわした。各科長の中でも日野原軍医長に次いで年かさの通信長は普段穏やかで、人望も篤い。その通信長は何かうれしそうにほほ笑みながら出てきたが砲術長を見ると

「黒多さん、申し訳ないが私は明日から休暇をいただきます…留守の間よろしく願います」

と言った。

黒多砲術長は「それは良かった。どうぞごゆっくり楽しんでらしてください」と心から言った。通信長はうれしそうにほほ笑み、「ありがとう。やっと顔をゆっくり見てやれるよ」というと片手をそっと振って歩いて行った。

 

山口博子通信長には家庭がある。

広島市のはずれの街の開業医を夫に持っているがその夫は通信長とは再婚である。前妻とは死に別れ、幼子を残された夫は、町の有力者の尽力で通信長と結婚するに至った。通信長は『大和』乗務の話が出ていたころで結婚を渋ったが父親に

「いい加減に嫁げ。お前いくつだと思っている?いき遅れのお前にこんないい話ほかにあるか!―子供がいたっていいじゃないか、かわいそうに母親を亡くして…お前が母親になるんだ。生さぬ仲でも一所懸命接したら気持ちは通じる。わかったな!」

と怒鳴られ開業医のもとへ嫁いだ。夫は良い人柄で通信長を喜んで迎えてくれ、子供も通信長になついてくれた。幸せな通信長ではあったが姑との折り合いは悪かった。

事あるごとに姑は亡き先妻と引き比べ、その度通信長は先妻の写真の飾られた仏壇に手を合わせ(こういう時はどうしたらええんでしょうか?私はこれでも懸命にやっとるつもりですが、どうしたらいいんでしょう)と尋ねたこともあった。

先妻の残した子供は男の子であったが通信長を「おかあさん」と呼び、とてもなついてくれているその子が、涙ながらに仏壇に手を合わす通信長の膝に潜り込んで抱き付いてきた。

そして通信長を見上げてそのほほを流れる涙を小さな掌で拭いながら「おかあさん泣かんで。俺が居るけえ泣かんで」と慰めてくれたのは一度や二度ではない。通信長は子供をしっかり抱きしめて泣いた。

その子も国民学校に入り、通信長を今まで以上に気遣ってくれる子供に育った。年老いてだいぶ迫力のなくなった姑ではあるがまだ通信長が還ったときなど嫌味を言い、孫である子供に「おかあさんの悪口を言うたらいけん!なんでおばあちゃんはお母さんを悪う言うんじゃ、そんとなことばっかいうおばあちゃんは嫌いじゃ」と叱られそれからはあまり言わなくはなったが、通信長にとっては正直鬱陶しい存在である。

時折子供から手紙が来て通信長はうれしさに頬を緩ませながら読んでは(逢いたい…大きくなっただろうなあ)と思いを募らせていた。

その思いもいよいよ、かなう。

通信長の胸は、高鳴った。

 

その晩通信長を、日野原軍医長が尋ねてきた。

山口通信長は笑顔で軍医長を招じ入れた、軍医長は「お、ご機嫌ですな」とニコニコしながら勧められた椅子に座った。

通信長は戸棚から『月経冠』を取り出し、二つのコップに酒を注いだ。その一つを軍医長に差し出して

「はい。明日から休暇をいただきます。通信科の皆も休暇を取り終えましたから。留守の間よろしく願います」

と言い、軍医長は「わかりました、楽しんでらっしゃい」と言って二人はコップを目の高さに挙げて乾杯した。くいっと一口飲んだ後日野原軍医長はコップをデスクの上に置いて

「――お子さんは大きくなられたことでしょうな」

と言ってほほ笑みながら通信長の顔を見た。果たして通信長は嬉しそうに笑うと

「はい。こないだも手紙が来ましてね、見てくださいよ」

とデスクの引き出しから手紙を引っ張り出して、日野原軍医長に見せた。軍医長はそれを手に取って、ほう、と声を上げ「国民学校の二年生でしたかな?良い文字を書かれます、これは将来楽しみですね」と褒めた。子供をほめられて通信長はよほどうれしかったと見え、『月経冠』を軍医長のコップにあふれんばかりに注いだ。

そして「明日逢えます、明日逢えるんです…私はもう、楽しみで楽しみでどうしようもないんですよ。あの子に逢うのが、夫に逢うのが」と言って両手を合わせた。

日野原軍医長は、数年前に初めて通信長が後妻だというのを聞いたとき(苦労がたくさんあるのではないか)と懸念していたが夫婦と親子の仲は良好であるのを聞いてほっとしたのを思い出していた。

姑との折り合いは良くないのは世の習い、「気にしないことだよ。あなたのすべきこときちんとしていれば良いんです」と、助言した日を思い出した。

あの日、二日ほど上陸して家に帰っていた通信長は疲れたような顔で艦に戻ってくると、日野原軍医長の顔を見るなり泣き出したのだった。

驚いて何があったのかと問いただすと、通信長は姑にいじめられてつらいと漏らした。あまりにひどい話であったので軍医長は思わず「そんなら別れてしまえ!旦那さんは何も言ってくれないんですか?何もあなたが我慢する必要はないでしょうに!」と口走ると通信長は泣きながら

「夫は姑を諌めてくれました、子供もまだよう回らん口で『おばあちゃんは嫌いじゃ』言うて私をかばってくれましたけえ、離婚はしません。しませんが…つろうて…」と泣いた。その時軍医長は夫婦仲と親子仲が良いなら何を言われても平気だ、姑なんぞ気にしないでと先の助言をしたのだった。

あれから数年、(通信長も強くなってきたなあ)と日野原軍医長は頼もしくなっている。

 

翌日、午前の課業を終えて上陸準備をしていた山口通信長のもとに日野原軍医長が顔をだし

「忙しいところ申し訳ないね、夕べ渡すのを忘れていました!これをお子さんにどうぞ」

と大きな包みをくれた。わあ、なんでしょうという通信長に軍医長は

「参謀長のご友人に頼んで取り寄せてもらいました、カステラです。美味しいと評判ですからね」

と言ってほほ笑んで手渡した。

「軍医長、ありがとうございます」

カステラの大きな包みを押し頂いて山口通信長はその瞳を潤ませた。あの子が喜んでカステラを食べる様子が今から想像され、通信長は(早く渡したい、食べさせたい)と心が逸る。

 

通信長たちを乗せた内火艇が、上陸桟橋向けて海を走ってゆく。

マツコトメキチ、そしてニャマトがそのランチをトップに立って見送りつつ

「ねえ、あのランチ。山口さんの心の中みたいに弾んでるわね」

とマツコが言えばトメキチも「そうねマツコサン。山口さんもうずっと前からウキウキしてたものねえ」と言いニャマトでさえ「ニャーマト!ニャ、ニャ!」と同意する。

何も言わなくても動物たちには通信長の心のうちは御見通しのようである――

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

実際の山口博通信長をモデルにしております。

山口博さんも再婚で、戦死後奥様は先妻の残した子供さんを連れて婚家から出て自活の道を選ばれました。ご苦労がたくさんあったようですが穏やかな老後を過ごされたようです。





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少彦名 さんへ

少彦名 さんこんばんは!
なんと、旧家のご出身なんですね!地元の名士と言われる御家柄ですね^^。

有賀さんのお母さんが美少女だったとうかがっておりますので、その血を引く幸作さんもなかなかの美男子だったのですね。
でも弟さんや妹さんが早く亡くなられてお気の毒でしたね。

To <span class=

さすが、なんでもお見通しですね
私、こう見えても辰野町は庄屋の末裔でございます
有賀幸作さんは町でも有名な美男子、気持のいい聡明な方とお聞きしております。

sukunahikona さんへ

> 本家の目の前が有賀幸作
ということは、旧朝日村。今の辰野町ですね。前にTVで町おこしで紹介されていました!

本家の目の前が有賀幸作

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
私の亡き祖母は大変姑で苦労した人なので「姑」という人種に大変な警戒感を持っていました。私の結婚の時もうすうす感じていたようです(-_-;)。
息子への土産のカステラ、ぜえ~~ったい姑には食わせたくないですね!憎ったらしい人間に食わせるものなんかないで!という思いですよネ全く。
前妻を亡くした男性に嫁いだ通信長ですが誠心誠意、夫の尽くすつもりで嫁いできました。その辺を姑がわかってくれればいいんですがなかなか…でしょうね(;´Д`)。

「やさしさ」。今の時代にたいへん欠けているものですね、やさしい心の時代を呼び戻したい気がしてなりません。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
生さぬ仲って本当にむつかしいですから通信長の義理の息子はとても良い子供です。なかなか姑である祖母から守るなんて…。これも一つの赤い糸かもしれませんね。
旦那さんもなかなかの男性です。こういう男性ちょっといないかも。うちの旦那だってたいがいですよww。

夫婦仲、親子の仲が良いのが一番ですが、留守の間に姑のパワーが増幅されているのではと思うと。
頂戴した心のこもったカステラが姑の口にだけは入らぬようにと祈る僕は不届き者に違いありません(笑)
再婚の難しさは初婚に比べて義理が増えていることでしょうか。昔の人は本当に偉かった。「尽くす」という心構えで臨んでいますもんね。
しかし大和の人たち、動物たち。境や隔てなく優しいですね。人の心を見通せる優しさ、見習いたいです。

よいお子さんです

普通ならば、なかなか継母とは打ち解けられない。しかも姑さんから守ろうとするなんて。

山口さんが一生懸命であることが、伝わっているのですね。旦那さんも立派ですよ。おいらは その ですから。
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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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