赤い糸3

オトメチャンは、呉に戻ってきた――

 

分隊士と一緒に借りている下宿に戻ったオトメチャンは女主人――原田のおばさん――に昇進のあいさつをした。女主人は「ほりゃあえかった!麻生さんもまた一つえろうなられてうちはほっとしました」と言って喜んだ。

部屋に引き取ったオトメチャンは、今日一日のことを心の内で反芻した。胸が張り裂けんばかりにドキドキとしたあの出会いの瞬間、改めて彼の顔を見たときの何かこう、いいようもない安堵感。そして離れがたいあの気持ち。

(これを恋というんじゃろうか)

オトメチャンはそう思って頬を熱くした。今まで自分には無縁だったと思ってばかりいた世界、遠いあこがれだった世界が突如として身近なものになり、オトメチャンは戸惑うとともにその甘美な思いにかすかに酔った。

 

と。

彼女の頭に大きな不安の影がよぎった。

(うちは、紅林さんに生まれのことを言うべきじゃろうか)

それを言ったらもしかしたら彼は私から離れて行ってしまうかもしれない、でもずっと知らぬ顔で通せるものだろうか、いやできるはずがない。

オトメチャンは長い時間その場で呻吟した。あまりに考え込みすぎて、その晩珍しく激しい雨が外をたたいたのも知らないほどに。

深夜になってオトメチャンは決然、顔を上げた。

(次に会うとき、うちの生まれのことを紅林さんに言おう。かくしてええもんではない、お互いのために)

それでもしも、紅林が自分から離れて行ってしまってもそれは仕方がないことだとオトメチャンは自分に強く言い聞かせた。そして

(もしもそうなったときは、うちみとうな者は結局人並みの幸せとは縁がない、無かった思えばええことじゃ)

と納得した。

オトメチャンは一人頷くと押し入れから布団を出してその場に敷くと掛布団にくるまってあっという間に眠りに落ちて行った。今までの疲労がここで一気にあふれかえった、そんな感じで。

 

翌日の昼前、部屋を掃除していたオトメチャンは階下から下宿の女主人に呼ばれて降りて行った、すると玄関にいたのは紅林次郎、その人だった。

紅林は、昨日オトメチャンが渡した名刺の裏に書きつけてあったここの住所を訪ねてきたと言ってほほ笑んだ。そして

「ちょっと緊張しました、でもあなたのお顔を見てほっとしてます」

と言って照れくさそうになお微笑む。原田が

「さあ、上がってつかあさい…オトメチャン、今お茶を持っていくけえ待っとってね」

とこれも何かうれしそうにして奥へ入っていく。オトメチャンは

「ほいじゃあ、どうぞ。ちいと散らかっとりますが」

と言って部屋に案内する。そのオトメチャンのもんぺ姿に紅林は思わず見入ってしまった。軍服を着ていた時のオトメチャンと今のオトメチャンにあまりに落差がありすぎて、戸惑うというより感激の方が大きかった。

通された部屋はきちんと片付いて開け放たれた窓から気持ちの良い風が入ってくる。オトメチャンは

「この部屋、分隊士と一緒に借りとってです」

と言った。紅林は頷いた、仲の良い同士などが一つ部屋を一緒に借りるという話はよく聞く。そのほうが下宿代も折半できていいのだとか。

原田のおばさんがお茶と菓子の乗ったお盆を持って上がってきてオトメチャンに手渡した。ありがとうございます、というオトメチャンにおばさんはやさしく微笑んで下へ降りた。ごゆっくりね、と言い置いて。

「どうぞ」

と茶と菓子を紅林の前に置き、オトメチャンは恥ずかしげに微笑んだ。

紅林はいただきます、と言って湯呑を手に取って茶を飲む。それを見てからオトメチャンももう一つの湯呑を手に取り茶を飲む。

紅林が

「今日はこちらに社用がありまして来たんです。本当はほかのものが来るはずだったんですが、あなたに逢いたくて無理やり代わってもらいました」

と告白し、オトメチャンは「まあ…」と言って頬を染めた。昨日お会いしたばかりですが、私はあなたに逢いたくてと紅林ははにかみながら告白した。

「うれしい」とオトメチャンは言って紅林の顔を見つめた。見つめられて紅林は少し恥ずかしそうな表情になると、最近の戦況の話などし始めた。

そして

「皇軍はむかうところ敵なしですね。連合国軍ももう手も足も出ないようですね」

と言ってほほ笑んだ。オトメチャンははい、と言ってから

「ほいでも、勝って兜の緒を締めよ言いますけえ、油断はできません」

と表情を引き締めてみせて二人は笑った。

そして紅林は自分のもっと詳しい経歴も話し始めた。

自分はもともと広島の出ではあったが幼いころ父の仕事の関係で東京に転居したこと。学校を出て『小泉商店』に就職したのは何か広島が懐かしかったからだと言った。そして

「私は次男坊ですからどこにゆこうと関係ないんですよ、家にとっては長男さえいればあとはどうなろうとどこで生きようと関係ないんですよ。もう何年も東京の家には帰っていません。それでも親父もおふくろも何も言ってきませんからね、気楽でいいですよ」

と言って笑う。

オトメチャンは

「ほう、そげえなものですかのう?ほいでも大事な息子さんであることには変わりがない思いますがのう」

と言った。しかし紅林は「気楽でいいです、あれこれ言われるのは窮屈ですからね」と言って菓子をつまんだ。

オトメチャンはしばらく黙っていたが不意に顔を上げて真剣なまなざしで紅林をひたと見つめた、そして

「紅林さん、うち昨日言いそびれたことがあります。紅林さんには驚かれる話じゃ思いますがどうぞ落ち着いて聞いてつかあさい」

というと、自分の生い立ちの話を始めた。

話し終えるとオトメチャンは静かに紅林の顔を見つめた。(きっと、この後断られる。うちとは縁がなかった、言うて断られる)そう思ったオトメチャンは彼から視線を外した。

すると。

紅林の両手が、オトメチャンの膝の上にそろえた両手をがっと掴んだ。びっくりして紅林の顔を見ると彼は、彼の瞳は涙にぬれていた。彼は、オトメチャンの両手をしっかりつかんで

「桜本さん、なんて―ーなんてあなたはすさまじい半生を送って来たんだ…。どれほどつらかったでしょう、それなのにあなたは人を恨むということをしないで自分を虐げた人たちを許したんですね…あなたは仏のような人だ、なんて素晴らしい心根の持ち主なんでしょう」

と言って感涙を流している。

オトメチャンはその反応に驚きながらも

「あの、ほいでも…うちはその、故郷では<不義の子>言われて嫌がられてきました、不義の子言うんはほんまのことです。村の人たちはうちを穢れた子供じゃ、言いました。――そげえな女とあなたは釣り合わん思わんですか…?」

とそっと言った。

紅林は毅然としてオトメチャンの瞳を見つめると

「穢れた人なんていませんよ。それに生みのご両親のご関係は私にはとても清らかなものに思えます。そりゃあ、世間的にはあなたもおっしゃったように不倫な関係かもしれませんがね、お二人は決していい加減なお気持ちだったんじゃないと私は感じました。そんなお二人から生まれたあなたも決して穢れたりいい加減な存在ではないですよ?もっとあなたはご自分に自信を持ってくださいな!もれ承るところによればあなたは、優秀な見張技術を持った方だと。帝国海軍の宝ですよあなたは!ですからもっと自信を持ってください。私は、私は――」

とそこまで一気に語ると不意に黙り込んで下を向いた。

オトメチャンは「どうなさいました、紅林さん?」とその顔を覗き込むようにした。

「私はあなたが大好きです!」

いきなり紅林はそういうと――オトメチャンを抱きしめたのだった。

瞬間、オトメチャンの息が止まった――。

 

紅林はオトメチャンを抱きしめたまま、

「私あなたが大好きでたまらないんです。初めて出会ったあの日から、私の頭の中からあなたは去ることはなかった。これは縁だと思いました、いや、ただの縁ではなくて何かに導かれるような、そんなご縁だと。私はあなたをこの先もずっと好きでいます。そしてあなたも私を好きでいてくれませんか?」

と言った。

オトメチャンは紅林に抱きしめられながらその言葉をかみしめた。

そして、

「はい…うちもあなたが大好きです。ずっと、好きでいたいと思うてます」

と答えた。紅林の、オトメチャンを抱きしめる腕の力が強くなったと思う間もなく、オトメチャンは紅林に唇を奪われていた。

 

その後、オトメチャンの下宿を後にする紅林は左手の人差指を見せ、オトメチャンの左手をそっとつかむと

「昨日も言いましたが私のここと、あなたのここには目に見えない赤い糸が巻き付いているんです。だからあなたと私は出会ったんです。そして離れることはないんです。ですから離れることがあっても寂しがらないでくださいね」

というと呉駅へと歩いて行った。

 

(赤い糸…)

左手の小指を右の手でそっと握ったオトメチャンは、しばらくの間そこに立ち尽くしていた――

 

              ・・・・・・・・・・・・

紅林さん、いきなりの訪問でした。そしていきなりの抱擁…でも彼はオトメチャンの出自の告白を冷静に受け止めてくれました。

この先うまく行ってくれることを祈りますね!

 

さて本日靖国神社に参拝してまいりました。終戦70周年特別参拝というのをしてまいりました。誰のおかげで今の日本があり自分があるのかを再度、自分に問い直してきました。

そして「英霊に送る手紙」というご遺族の方の、英霊となられたお父さんやお兄さん、旦那さんなどに向けた手紙を展示してありました。読んでいるうちに泣きそうになりました。

これは本にまとめられていますので興味のある方は是非読んでいただきたいです。

英霊に送る手紙
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かっつんさんへ

かっつんさんこんばんは!
コメントありがとうございます。

気が付くって大事なことだと思いますよね。いまだに何も気づこうとしない、わかろうとしない人が多すぎますもの。だいぶ以前よりはいいとは言いますがまだまだ…(-_-;)。
そう、しょうもない近隣諸国のおかげできちんと考えることができたかもしれません。私も改めて考えることが出来ましたからほんとある意味感謝ですねww。

戦後70年の重さをいろいろ考えたい夏です。

靖国参拝

お疲れ様でした
長い間、先人の苦労を意識せずにやってきてそれhそれは恥ずかしいことでした。
でも気が付いてよかったと思っています
ある意味近隣諸国の振舞いのおかげかもしれません(苦笑)
70年・・・かみしめたいと思います

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
いい人に出会えたオトメチャンです^^、この出会いが素晴らしい人生への第一歩になりますよう祈ってやってくださいませ。
彼女の「不義の子供」という不幸な烙印が消せるときがきっと来るでしょう。幸せになって今まで冷たい目を剥けていた連中を見返してやってほしい・・・。
きっとオトメチャン、幸せになりますよ。

しかしそのうち「奥さんだらけの戦艦大和」になっちゃうかもしれませんね(;'∀')!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
赤い糸の存在、これではっきりしたようです。オトメチャンと紅林氏、順風満帆とはいかないかもしれませんがきっと様々な障害を乗り越えることでしょう。
そうなんですよ、オトメチャンをこのまま嫁がせていいのかなあ~なんて思ったりしております。でも複雑な生まれの彼女ですから早いとこ落ち着いたほうがいいのかもしれませんし…(-_-;)。

罪なき子供でもその生まれで生きる道を閉ざされてはなりませんが、日本社会には厳然たる「差別」が存在しておりました、いや、しております、でしょうか。
区別と差別をはき違えると大変な不幸を招きます。はっきりさせないとなりませんね。

ほんとに参拝した日は暑かったですw、でもすがすがしさがありました。それにしてもご英霊はこの日本をどう思われているのか気にかかります。敗戦から70年、ここらで日本人は自らの足元をしっかり見つめなおさないとおおごとになるような嫌な気がしています。

にいさまもどうぞお元気で夏を乗り切ってくださいませ。私も頑張ります!!ありがとうございます。

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
お返事遅くなってごめんなさい。

オトメチャンいよいよ春が来たようです。彼女の生い立ちなどわかってくれる人でないとうまくいきませんものね。まあ次男坊なら何とかなるでしょうし…今後の二人を見ていてやってくださいませね^^。

東京はあまり雨が降らなくて埃っぽくて困ります。今日はとっても風が強くそのうえ猛暑、もう勘弁って感じです(-_-;)。

オトメチャンの過去の生い立ちを理解し、認識してくれた紅林さんは鷹揚な心をお持ちの方でしたね。
これぞオトメチャンに相応しいお相手じゃないですか。
こういう心根の優しい人に好かれ、結婚生活を送ることが、オトメチャンにとって大切なことですよ。
例え不義の子であっても、生まれてくる子に不義のレッテルを貼るような世間の目は冷酷ですからね。
そういう目で見る人たちを見返してやるためにも、幸せな結婚生活を送ってください。

次男坊であることで何気に気遣わせまいとしている言葉に紅林次郎さんの優しさが感じられます。気遣わせまいとする気持ちも愛があればこそ。赤い糸で結ばれていることがはっきりとわかった今回の出会いになりました。
オトメチャン、結婚はしてもらいたくないと思いながらも、不幸な出自まで寛容に受け止めてくれたこの人ならばと思ったりしています。ここに日本にある「差別」が見えてくるようで見張り員さんの見識の深さを感じています。

暑い中の靖國参拝。ご苦労さまでした。
終戦70年。内外にさまざまありすぎの昨今の日本。何やらのツケが一気に回ってきたような不自然さを感じています。
せめて見張り員さんが元気にこの夏を乗り越えますようにと願っています。

見張り員さん   こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
オトメチャンの下宿に紅林さんが尋ねてきて
くれて嬉しかったでしょうね。
紅林さんは次男坊でお家の跡継ぎでもなくて
オトメチャンの生まれ育った生い立ちも話し
をして分かってもらえて気にしていたことが
解決できて気持も楽になって良かったです。
紅林さん優しい方でオトメチャンを大事にし
てくれそうで結婚できると幸せになれますね。

こちらは明日・明後日は雨予報で今日部屋など
風を通してケイちゃんと姉妹ちゃんとにゃんこ
ちゃんのお布団を干して気持ちよく眠れると思います。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます。
紅林君、なかなか好青年です。そして時代を先取りしたような先進的考えの人。こういう人ならオトメチャンとうまくいくような気がしますね^^。

そしてそうだ…麻生さん。彼女もそろそろ何とかしてやらないといけないんですが。どこかに赤い糸がつながっていることを期待しましょう(;^ω^)。

紅林さんの

まじめさが伝わりますね。彼ならオトメちゃんの幸せを第一に考えてくれるでしょう。次男坊の気楽さもあるのか、この時代の方にしては現代っ子的な考えの方。

さて、半ば忘れてはいますが麻生さん。こちらにも赤い糸の君を世話してくれる方を募集せねば。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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