2017-09

赤い糸2 - 2015.07.15 Wed

桜本兵曹は「小泉商店」の玄関ドアに手をかけ、それをそっと開いた――

 

日曜日ではあったが南方工場などとの連絡があるためだろうか、数名の社員が忙しく行きかうのが見えた。

正面の小さな受付にいて何やら書類を見ていた男性社員が何気なく顔を上げた視線の先には、海軍の一種軍装に身を包んだ下士官がいる、彼ははっとして書類を閉じると、手元の電話の受話器を取り、ダイヤルを回した。そして二言三言話すと受話器を置き、桜本兵曹のもとへ駆け寄って

「桜本さん、でいらっしゃいますね」

と言った。兵曹が「はい、桜本トメ海軍一等兵曹です」というと男性社員はほっとしたような笑みを浮かべて「ようこそおいでんくださいました。社長がお待ちですけえ、こちらへどうぞ」と兵曹の少し先に立って歩き出す。兵曹も社員の後について歩き、小泉の「家」の方へと案内された。いつか、艦長や副長たちと訪れた小泉兵曹の実家、何か懐かしい気がした。

兵曹は、「こちらへどうぞ、今社長が参りますけん」と言われて玄関扉前に立った。案内してくれた社員は「私はこれで、失礼いたします」と言って社屋へ戻った。その男性社員に「ありがとうございます」と言って正面を向いたとき、扉が開き小泉兵曹の父親・孝太郎が顔をみせた。

「ようおいでくださいました!および立てして申し訳ありませんね、せっかくの休暇を」

そう言いながら孝太郎は兵曹を中に招じ入れた。お邪魔いたします、と兵曹は敬礼して玄関の三和土に足を踏み入れた。

すると奥から副社長で小泉兵曹の継母のエイが和服姿で現れ、

「桜本さん、ようこそおいでんくださいました。さあさあどうぞ奥へ」

とほほ笑み、兵曹の手をやさしくとった。オトメチャンの胸は、なんだか本当の母親に手を取られたように想え、ほんわかと温かくなった。

「ありがとうございます、いや、あの、うちの方こそお忙しいのにお邪魔してしもうて、申し訳なく思うとります」

そういう兵曹に、孝太郎もエイも

「なあも気にせんでええですよ。うちらがおよび立てしたんじゃけえ…さあ、こちらへどうぞ」

とほほ笑みながら一室へと彼女を案内した。

落ち着いた和室、八畳ほどの大きさで床の間にはエイが生けたのだろう、生け花が置かれている。それを見て不意にオトメチャンは、小泉兵曹が休暇中お花やお茶や、座禅を組まされるのが嫌でここから呉へと逃げ帰ったというのを思い出しおもわず頬が緩んだ。

「ほいじゃあ、桜本さんはこちらに」

とエイに示された座布団に落ち着いた兵曹、孝太郎が「楽になさってつかあさい」と言ってくれたが兵曹は緊張して「は、はい」と返事をして正座の膝をぐっとつかんだ。

そんな彼女を笑みを以て見た孝太郎が、エイに囁くとエイは頷き部屋をそっと出たが、間もなく男性を一人伴って戻ってきた。

オトメチャンは恥ずかしくて、顔を上げられない。男性は座卓を挟んで向かいの座布団の上に落ち着いた。

オトメチャンはそうっと顔を上げて男性を見た―ーあの日の、あの人だ!オトメチャンの胸が高鳴った。

そこで孝太郎は

「今日はお二人ともようこそ。ご紹介します、こちらは桜本トメさん。海軍一等兵曹で、艦隊勤務です。―-言うてもええですかのう?『大和』に乗っておられる。うちの娘と海兵団からの友人で、ほりゃあええお人じゃ。

で、こちらが『小泉商店』開発部の期待の若手・紅林次郎君です。わが社の将来を担ってくれる一人です。なかなかええ男ですよ」

と紹介した。

二人は座布団から降りるとその場に両手をついて改めてあいさつを交わした。

そして顔を上げて二人の目が合った。互いにどちらからともなく微笑みあった。その二人を見て、孝太郎とエイも微笑みあった。

 

四人は、エイの心尽くしの菓子を食べつつ話に興じた。紅林次郎は興奮と緊張で頬を紅潮させて桜本兵曹を見つめている。

桜本兵曹は恥ずかしげに頬を染めて紅林をそっと見つめる。エイは(この二人、うまくいきますねきっと)と思い夫を見るとこれも(うまくいくぞこれは)と囁いて嬉しそうである。

紅林は

「突然のお話でさぞ驚かれたことでしょう。私はあの時同席していたものですが、覚えてらっしゃいますかのう?」

と言った。オトメチャンは「はい、覚えとります。ほいでもなんでうちを…」というと紅林を見つめた。見つめられて紅林は面映ゆげな表情になったが

「なんと言いましょうかのう、聞いた話じゃけえ確かかどうかはわかりませんが、何でも出会うべき男女は<赤い糸>いうんが互いの左手の小指に巻きついとって離れんようになっとるんじゃそうです。私はあなたに<赤い糸>を感じました。――ほんなこと言えばなんじゃ、きざな野郎じゃ思われるかしれませんが、私は真面目にそう思うとります。どうか…私の気持ちを汲んでつかあさい」

と言って頭を下げた。

オトメチャンは自分の左手の小指をそっと目の前に出して見つめると

「<赤い糸>。紅林さんの小指と、うちのこの指には、<赤い糸>があって繋がっとってですね。―-ほいじゃけえ、うちは初めて見たあなたのことがどうにも忘れられんかったんですね」

と言って紅林の顔を見て微笑んだ。

紅林次郎の顔がうれしさにさらに紅潮した。そのころには、孝太郎・エイ夫妻は気を利かしたのかいつの間にか部屋から姿を消していた。それすら気が付かないほど二人は互いに集中していたのであった。

隣の部屋に移った孝太郎は

「あの二人は絶対うまいこといくで。賭けてもええ。紅林は誠実な男じゃし桜本さんもなかなか気の利く人じゃ。それに礼儀正しいし利発な方と見受けた。あの二人ならうまくいく」

と言って頷いた。エイも

「ほうですねえ、桜本さんは前におうたときからええ人じゃなあ思うてました。なんていうたらええか、人の気持ちを斟酌できるお人じゃと思いました。紅林さんとなら、とうちも思います」

と太鼓判。

孝太郎は満足げにうなずきながらも

「それにしても、桜本さんくらいのおなごになぜうちの純子はならんかったんじゃろうか。私の育て方がいけんかったんじゃろうか」

と悩ましげである。エイが「いいえ、ほりゃうちのせいです」と言ったのへ孝太郎は首を横に振り

「お前のせいではない。お前はようやってくれた…じゃけえ進次郎はあがいにええ息子に育ったんじゃ、あの子をあれまでにしたんはエイ、お前じゃぞ。もっと自信を持たんか」

と言ったその言葉にエイは感激して瞳を濡らした。

 

その日は夕方まで話の弾んだ紅林と桜本兵曹、あたりの暮色が広がるころ桜本兵曹は呉へ戻ることになった。紅林次郎は、広島駅まで会社の自動車を借りて送ってくれた。

恐縮する桜本兵曹に、別れ際紅林は

「私と、つきおうてくださいますね」

と言った。桜本兵曹はまっすぐに彼の瞳を見つめると

「はい。うちはなあも出来ん女ですが、どうぞよろしゅう願います」

と言ってほほ笑み、汽車のデッキに乗り込んだ。そして「また…逢えますね」と言い、紅林がしっかりうなずくのを見ると安心したような微笑みを浮かべ、

「ではまた!ごきげんよう!」

と大きな声で言うと敬礼した。汽車が、ごとんと音を立てて動き出し、紅林はオトメチャンの乗った車両と一緒に歩く。

「危ないですけえ、紅林さん」

というオトメチャンの声にうなずいた紅林は「また会いましょう、出来たらあなたの休暇中に!ご都合のええ日を知らせてつかあさいね!」と言ったその時汽車は加速して二人を引き離した。

オトメチャンはデッキから乗り出すようにして軍帽を振った。

紅林も大きく手を振る。

二人は互いが見えなくなっても―ーその場に立ち尽くしていた。

 

 

呉では、山中新矢大佐と次子中佐が自宅に戻っていた。

今夜の食卓を飾る江崎キヌからのお重が広げられ、次ちゃんの作った味噌汁も整いすっかり夕食の準備は出来上がり。うれしげに微笑む次ちゃんは、夫の箸をそろえて置いた。そこに湯殿から出てきた新矢が

「おお、豪勢ですね。味噌汁、私は次ちゃんの作った味噌汁が大好きです」

と言って次ちゃんはさらに嬉しそうに微笑んだ。

夫婦差し向かいでいただく食事、幸せが充満しているこの空間。

次ちゃんも新矢も(いつまでもこのままでいたい)と切に祈る。

暫くの間会えなくなる二人、思いをかみしめつつ箸を使う。

 

食事がすみ、次ちゃんは風呂に入った後寝室で新矢と語り合った。開け放した大きな窓から初夏の風が吹き込み、夜の風とはいえ気持ちがよい。

「ああ、いい風だ」

新矢がいい、次ちゃんも「本当に。この時期はとても気分がよいですね」とほほ笑んだが、膝のあたりをさするしぐさに新矢は

「どうしたの?痛いの?」

と尋ねた。愛しい次ちゃんの一挙一動が気になるようである。次ちゃんは慌ててかぶりを振って

「いいえ、痛いんではないんです。なんだかちょっとこのあたりが寒いって言ったらおかしいですが、そんな感じがしたんで」

と言って笑みをみせた。新矢は「窓を締めましょうか。風邪を引いたのかもしれない」と立ち上がろうとしたが

「大丈夫、締めないでください。せっかくのいい風ですから。こうしていれば平気です」

と次ちゃんは掛布団の中に足を突っ込み笑った。

新矢はちょっと安心して

「それならよかった…でも冷えは良くないですから」

というなり、掛布団を背中に被るようにしてから次ちゃんを抱きしめた――  

    (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

オトメチャンのお見合いでした。

お相手なかなか良い人のようで、小泉商店社長夫妻もイチオシですね。オトメチャンも『大和』艦内ではお嫁さんにしたい下士官嬢の一等賞らしいですからこれは素敵なカップルになりそうです。

そして山中夫妻、近づく別れを惜しんでおるようです…。

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● COMMENT ●

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
赤い糸の伝説…私もあると思います。ただその糸の質?によっていろんな人生になってしまうのではないかと。私の赤い糸は今どんな色なのかなあ、そして強度はどのくらいなのかなあと考えておりますw。

オトメチャン、そろそろお嫁に行かせようかなあどうしようかなあと考えていますがその前にちょっと波乱が起きます。そしてその波瀾によって二人の仲はどうなるのか…先が心配ですねw。

小泉夫妻もなかなかやってくださいますね。こういう人が最近はいなくなってわびしい限りです。山中夫妻も別れを前に必死に愛を重ねております。

終戦70年を前に私もちょっと考えていることがありますのでどうぞご期待くださいませね^^。

赤い糸。きっとあると僕も信じています。しかし切れたりする赤い糸も。
そう言えば我が家も赤かったのにいつのまにやら黒糸に変わり、そしてブチ切れましたなぁ。あれはきっと赤い糸ではなく凧の糸であったのではと(笑)
オトメチャン。見初められて、そしてどうやら相思相愛の雰囲気が。やはり嫁がせるのでしょうか。
小泉商店の孝太郎夫婦も舞台裏でしみじみとした黒子ぶりですね。家々では人には分らないいろいろなことがありますが、こうやって夫婦仲がしっくりといっている家は幸せだと思います。基本ですね。

さて次ちゃん夫婦。別れを惜しむように愛をむさぼる気持ちが切ないくらい伝わってきます。この夫婦も戦禍の犠牲にならないようにと祈るばかりです。

もうまもなく終戦70年の節目の日が巡り来ますが、見張り員さんの筆でどのように歴史と思いを伝えて下さるか。心して待っています。

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんおはようございます。
「思いやり」ということが今ほど大事な時はないと思うんですよね、昨今あまりにもぎすぎすしていて嫌だなあと思うことしきりです。
相手の話や思いを聞いてから自分の想いを言っても遅くはないと思うんですが…その辺がなかなかむつかしいと言えばむつかしいんですよね(-_-;)。こちらの思いやりの通じない人―ー私のそばにもいますからもう何をかいわんやです。

さあ。オトメチャンどうなりますか、いよいよ春が来るのでしょうか。
問題は彼女の出自だけですがそれをわかってくれる人ならいいんですが…紅林氏はいったいどう出るでしょう。
オトメチャンは幸せになってほしいキャラクターの一人ですので、何があっても幸せにしたいと思っています!

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんおはようございます。
そちらは台風の被害はなかったでしょうか、案じております。東京も昨日は雨風が強かったです。さっさと行ってくれないと困りますね。

さあ、オトメチャンのお見合い何とか無事済みました。一度顔を見ているからそれほど不安にはならなかったようですがこの先どうなりますか…そして山中夫妻はしばらく会えなくなりますが、江崎さんの心をかすめた思いとは?何事も泣けれないいのですが。
今後をご期待くださいませ^^。

メバル所長さんへ

メバル所長さんおはようございます。
こめんとありがとうございます!

「女だらけの帝国海軍」少し前はあったんですよ戦闘、最近「女だらけの連合国軍」の戦意が萎えていますので戦闘もなくて。またそのうちアメリカ軍嬢の戦意復活するかもしれませんのでご期待くださいませ^^!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます。
そうなんですね。あの問題。オトメチャンはどうするのか、それこそ問題ですが彼女も何か考えてるみたいです。紅林さんがそのことを知ったときどう出るか、それも問題で、なんだか問題だらけですね(-_-;)。

夫婦のこうしたやり取り、うちもとうに絶えて久しいです(;´Д`)。そんなもんなのかなあ…。

お互いに相手の気持ちを思いやる気遣い。これが日本人の優しい心遣いですよね。
中には自分の気持ちだけを一方的にまくしたてる人もいますが、そんな調子で長く付き合ってると嫌悪感を感じるようになります。
夫婦となって長く一緒に暮らすなら基本的な思いやりです。中には思いやりを持って接しても、通じない人もいますけどね。
オトメちゃんの心優しさは以前から察しておりましたが、お見合いともなるとその心根が現れるんですね。
紅林次郎さんはこれまた優しそうなお方のようで、オトメちゃんにはいい旦那さんになりそうですね。
これまでの不幸を背負ってきたオトメちゃん。これを機会に幸せをつかんでほしいですね。
見張り員さんもオトメちゃんを泣かせるような筋書きは回避してくださいね。

見張り員さん   こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
オトメチャンのお見合いの相手は
会ったことがある方でいい方で気
にいっているオトメチャン幸せに
なって欲しいですね。
山中夫妻も少しの間離れ離れになり
副長さんも寂しく江崎キヌさんが言
われていた心配ごとも気になります。

こちらは今日は雨が上がった時間がありました
が土曜日まで雨に注意と予報で言っていました。
台風も何事もなく過ぎ去って欲しいです。

すみません

帝国海軍、戦闘はしないのでしょうか?

相思相愛

いい雰囲気でお見合いは進みましたが、懸案の問題は、表面化してない。これが明らかになったときの紅林さんの反応はいかに?

中山夫妻の何気ないやりとり、おいらにもあったかもしれませんが、何せ遠い昔のことゆえ思い出せないwww


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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