赤い糸1

「女だらけの戦艦大和」は、艦体の塗装修繕のため、海軍工廠のドックに入渠した――

 

それを機に、乗組員の休暇も本格的になった。皆、口には出さないが(この塗装が終わったらまたトレーラーに戻るんじゃな)と覚悟を決めている。

階級にもよるが一週間程度から十日の休暇をそれぞれもらって嬉しそうに風呂敷包みやかばんを手にして艦を降りてゆく将兵嬢たちの顔は一様に明るい。

それを見送る副長代行の黒多砲術長、そして甲板士官の藤村少尉も何かうれしそうである。藤村少尉は黒多砲術長・副長代行に

「うんと楽しんできてほしいものです…間もなくまたトレーラーですからね」

とそっとつぶやいた。黒多砲術長もうなずいてそして、はっと気が付いたように

「そうだね藤村さん…で?あなたの休暇はどうなってます?」

と尋ねる。藤村少尉は砲術長を見て

「私の実家は遠いですからね…家には帰りません。出港までに二、三日いただければそれでいいですよ。充分です」

と言うと笑みをみせた。

砲術長は「私もそう。でも次に内地に帰ってきたら今度はちょっとゆっくり休暇をもらうつもりですよ。今回は新婚さんにゆっくりしてもらいたいからね。独身はその点気楽だね」と言ってほほ笑んだ。藤村少尉も同意の笑みを浮かべてうなずいた。

 

さて。

桜本トメ海軍一等兵曹の休暇があさってに迫っている。どこか落着きないのは当人のオトメチャンではなくて、その上司の麻生分隊士である。

今回は二人の休暇はずれていて、オトメチャンの一週間の休暇の四日目にやっと分隊士は休暇を取れる。できるなら最初から一緒に過ごしたいとは思うがほかの分隊員たちとの兼ね合いもありそうそう希望通りにはいかない。二人はそれを承知なので、不平もない。

オトメチャンは

「休暇をいただけるだけでうちはうれしいですよ、だってうちは祖父や継母の葬儀で勝手させてもろうたけえ、本当は一週間ももろうたらいけんのに。休暇をもらわん士官さんもいる言うて聞いてます。本当は親御さんにも会いたいじゃろうに…。ありがたい思わんと罰当たります。――分隊士、四日目、うちは下宿で待っとりますけえね」

と言ってほほ笑む。

分隊士も

「じゃけえ、あれは勝手とは違うで?――わかった、うちは休暇に入ったらすぐ、下宿に行くけん。待っとってな」

とほほ笑む。

そしてすぐ真顔になると分隊士は

「ほいじゃあ、二日目にちゃんと広島の小泉商店にいきんさいや。ほいでそん人をしっかり観察して、ええ思うたらつきおうたらええよ?ええ人ならええねえ」

と言った。

オトメチャンは、小泉兵曹の両親から『社員の一人がオトメチャンと交際したいと言っている、休暇が取れたらこちらに来てその社員と会ってみてほしい』と言われている。要するに軽いお見合いみたいなものである。

オトメチャンは分隊士にそういわれて「はい、わかりました」と答えた。そのほほがほんのり桜色に染まって美しい、麻生分隊士はしばし見とれた。

(オトメチャン…幸せになってほしい。じゃが、うちはちいと寂しいがのう)

でも、と麻生分隊士は思い直す、(そん人とつきおうても――              オトメチャンが『大和(ここ)』に居ることは変わらんけえの)と。

そんな分隊士の想いをわかってか、オトメチャンは微笑んでその手を分隊士の手に重ねる。オトメチャン、と小さく叫んだ分隊士は思わず知らず、オトメチャンのそのきゃしゃな体を抱きしめていた。

 

そしてその晩オトメチャンが当直を終えて居住区に帰ってくると待ち構えていた小泉兵曹が

「これ、うちへの道順じゃ。広島駅を出たら、こう行っての…」

と手書きの地図を手渡して、ていねいに教えてくれた。そして

「まず、会社の方に顔を出したらええよ、親父さんがそげえに言っとった。住まいの方は、誰もおらんかもしらんけえ。じゃけえ、着いたら会社にな。オトメチャンが名前を言うたらすぐわかるようにしとってじゃけえ心配しんさんな」

と言って安心させた。オトメチャンは初めて一人でゆく友人の家に緊張感を隠せない。小泉兵曹は笑って「そんとに緊張せんでもええじゃろうが。こないだ一緒に行ってなけえ、なあも心配しんさんな…言うて一人で行くんはやっぱり不安かね」

と言った。オトメチャンは小さくうなずいた。

その彼女の背中を軽く叩いて小泉兵曹は

「案ずるより産むがやすし、言うてなけえ。心配しんさんな、すべてがええがいに行くわ。――ほんならうちはこれから当直じゃけえ…お休み!」

というと居住区を出て行った。

その後ろ姿に感謝のまなざしを送ったオトメチャン、寝台に潜り込むと大きく一息ついて目を閉じ、やがて眠りに落ちた。

 

翌日、桜本兵曹はほかの上陸の乗組員たちとランチに乗り込み上陸場へと向かっていた。そろそろ夏の気配すら感じる海風に吹かれながら。

そのランチの中で増添兵曹が

「なあオトメチャン」

と話しかけてきた。桜本兵曹は「なんです?増添兵曹」と言って増添兵曹を見つめた、その綺麗な瞳に増添兵曹は瞬間見とれた。

が気を取り直し、「聞いたで、オトメチャン。オトメチャン明日お見合いじゃそうなね」と言った。するとそれを聞きつけた周囲の下士官嬢たちが桜本兵曹にまとわりついて「え!なんね、オトメチャンお見合いかね!?」「うわあ、ええねえ!お相手はどんとなひとね?」「副長の後は今度かオトメチャンが花嫁さんかもしらんねえ、うらやましい~」などと姦しい。

増添兵曹がそれらをおさえて

「まあ待ちんさい。じつはの、オトメチャン自身もまだお相手のことをそれほどよう知らんのじゃ。以前にちいと顔を見ただけで、まだ話したこともないいうんよ。すべてはこれからじゃ、じゃけえみんな。桜本兵曹の見合いの成功を祈って万歳三唱じゃ!」

と言って皆は

「オトメチャンの見合いの成功を祈って、万歳、万歳、ばんざーい!」

と大騒ぎ、桜本兵曹は恥ずかしがって「やめてつかあさいな。うちは恥ずかしいていけん」と消え入りそうな声をだす。

皆の笑い声や励ましの声を満載して、ランチは上陸桟橋まであと少しのところへ―ー。

 

桜本兵曹は、みなと別れて呉駅から省線に乗って広島を目指した。途中まで工作科の宮下兵曹と一緒で、横川駅まで行くという彼女とは広島駅で別れた。宮下兵曹はいたずらっぽく笑って、「じゃあな、オトメチャン。ええがいに決まるよう祈っとるで」と言った。その兵曹に微笑み返し、桜本兵曹は急に生真面目な顔になって宮下兵曹に敬礼し、二人は吹き出して笑った。汽車が動き出し、桜本兵曹はそれが遠くなるまで見送ってから駅を出た。

そして彼女は、懐から小泉兵曹にもらった手書きの地図を取り出して、「小泉商店」の位置をもう一度確かめると、息を整えて歩き出した。

 

 

その同じころ、呉では山中夫妻が江崎技術少将の家を訪ねていた。結婚して初めて、媒酌の労を取ってくれた恩人への訪問。次ちゃんはいささか緊張気味ではあったが気さくな人柄の江崎夫妻に緊張もほぐれた。江崎少将は山中大佐の普段の勤務をほめ、今とりかかっている例の<ラケット兵器>の進捗状況を軽く尋ね、そして

「今度は南方への出張、大変だとは思うが頑張ってきてほしい。山中中佐には寂しい思いをさせてしまいますが、『大和』も近々トレーラーへ向かうと聞いていますからあちらで会えるかもしれませんね」

と言った。江崎少将の妻――キヌ――は、かつて海軍生活を送り、次ちゃんと同じような経験をしたので次ちゃんの寂しさや不安をよくわかってくれ、あれこれとアドバイスをくれた。

そして「あまりいろいろ心配をしないことですよ。なるようにしかならないのですから…。それと、おうちは当分そのままになるわけですが、どなたか時々来てくださるような方はいないのですか?」と尋ねた。長いこと不在にしていると、風通しがないので家が傷むのではないかと心配してくれたのである。

山中大佐は

「はい、私の兄夫婦が不在中はあの家に住んでくれることになりました。兄はこちらへの転勤を願い出ていまして、それがやっとかないました。まあまもなく定年になりますので遠からず、こちらに家を買う予定らしいですし、家さがしもかねて家に来てくれることになりました」

と言い、次ちゃんも

「にいさまご夫婦がいてくださるので私も安心してトレーラーにゆけます。そのお話を伺うまでは、家のことが本当に心配だったのですが、にいさまねえさまが住まってくださるので本当に安心しています」

とほほ笑んだ。

「それは良かった、何よりですね」と江崎少将とその妻もほっとした笑みを浮かべた。そうした後顧の憂いがあっては勤務に支障をきたさないとも限らない。その点、(この夫婦は恵まれている、やはり人徳というものか。それとも何か天からのご加護のようなものがあるのだろうか)と改めて二人を見つめた。

二人は幸せそうに笑みを交わし、見ていて本当に微笑ましい。天が味方に付いているかもしれない、そう思わす爽やかな夫婦である。

 

二人が江崎少将の家を辞するとき、少将は心から「気を付けてゆくように。山中君、熱いところだからくれぐれも健康に気を付けて。そして次子さん、あなたも健康には気を付けて。あなた方はお互いにとって最高の存在なのですから」と言って餞とした。

山中夫妻は感謝してその言葉を受け、キヌからもらった風呂敷に包まれた大きな重箱を嬉しそうに胸に抱えて帰って行った。重箱の中には、キヌの心尽くしの料理が入っていた。

次ちゃんは「私ももっと頑張って、江崎少将の奥様のようにたくさんのお料理ができるようにならないといけませんね!」とほほ笑んで重箱を大事に持って歩く。

新矢は「それはうれしいですね。でも次ちゃん、無理はいけませんよ」と言って、嬉しそうに彼女に寄り添って歩く。

 

江崎キヌは、二人を見送った後―ーはたと思い当たったことがあり、それが本当ならいいのに、と感じていた。しかし二人が現在置かれた状況を見るに、若干の困難があるのではと思うと、やや不安になるキヌではあった。が、(あの二人なら大丈夫、何があっても乗り越えますね)と思うのであった。

 

 

桜本兵曹は歩いて歩いて、やっと小泉商店までやって来た。

途中緊張もあって歩き疲れて、産業奨励館の前の道で川風に吹かれていた兵曹、初めてまじまじと産業奨励館を見上げて(きれいな建物じゃねえ。こげえに変わった屋根の建物をうちは見たことがない…ええねえ、広島はいろんなものがあって)と思った。幼いころから外の世界をあまり知らずに育った兵曹にとっては呉も広島も、驚くばかりの「都会」である。

 

ともあれ、兵曹は表情と気持ちを引き締めて『小泉商店』のドアを開いた――

    (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・・・

 

さあ。オトメチャンの<お見合い>編です。どうなりますやら…ワクワクドキドキしますね。そして山中夫妻。互いに離れてしばらくを過ごさねばなりません。さらに江崎少将の妻はいったい何を感じ取ったのでしょうか、今後の物語の展開に変化があるのかないのか??ご期待ください。

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i柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
気になりますよね、オトメチャンのお見合い…相手はいったいどんな人なんでしょう、オトメチャンとその人は少しだけ顔を見ただけの間柄。いい人だといいんですが💛
そして山中中佐、もしかして???なんでしょうか、こちらも気になりますねえ^^。どうぞご期待ください!

昨日今日とものすごい暑さでもうへとへとですw、ケイさんのお住まいのあたりはいかがですか?どうぞ御身大切になさってくださいね。
台風11号、ほんと気になります。Uターンしてどうぞお帰りください、という感じですね(;´Д`)。

見張り員さん  こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
オトメちゃんのお見合いが気になり
ますね。
お見合いの方がいい方だといいですね。
山中夫妻の山中中佐はもしかしておめでた
でしょうか?
そちらも気になります。

台風11号の進路が気になり日本は避けて
ほしいですね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
未明の大きな地震、さぞ驚かれたことでしょう!しかし大事はなかったようでほっとしております…それにしても最近こういうことが多く何か嫌な感じを受けますね。こちらも深夜時折「がたっ!」という感じで揺れる時があり怖いです。
もう大きな揺れが無いよう心から祈っております。

「産業奨励館」。現在の原爆ドームですね、私は広島に行きました際ここをじっくり拝見しましたがこの町(中島地区と言ったそうですが)に多くの人が住み各々の生活があり、商売があり仕事があったまちが一瞬にして消えてしまったという重さに打ちひしがれました。核兵器の残虐さはわかっていたはずなのに人体実験のようにして投下した米国には抗議したい気持ちでいっぱいです。

そして…この物語では広島はそのまま、損なわれることはありません。現実に損なわれた街、私の中ではあのままにしておきたいと思っています。たまらないですものね。

そしてオトメチャンと次ちゃん。どちらも何かありそうな雰囲気ですね^^、どうなりますかご期待くださいませね。

にいさまにはいつも優しいお言葉をありがとうございます!私の生きる元気の素です!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
未明の大分の大きな地震にはびっくりしました…なんだか最近やたらと自信が多くて怖いです…気をつけましょうね。台風も不穏な動きですし、緊張を強いられそうですね(;´・ω・)。

さあいよいよオトメチャンお見合いです。きちんとしたお見合いは初めての彼女、うまくいくよう祈ってやってください💛問題は相手がどんな人かなんですが、いい人でありますようにー!

今日の熱さは格別でしたね、もうへとへと。そして今夜はお盆のお迎え火を焚きました。とても熱かったです(;´Д`)。

こんばんは。
今朝は早速お心遣いのコメントを頂き、心から嬉しく思っています。ありがとうございました。

産業奨励館。胸が痛む五つの文字です。いずれはこの建物はおろか小泉さんの実家、そして広島市内がと思うと非常に恐ろしく感じています。見張り員さんの大和の物語にはそんな場面も時代もスルーして頂けることと。

オトメチャン。どうなるのでしょう。次ちゃん、ご懐妊❓
それぞれの皆さんがいつまでも幸せであってもらいたいです。 そして何よりも作者である見張り員さんこそ‼️

おはようございます。
オトメちゃんのお見合い! こちらもドキドキします。本人もまわりもどうなるのかわからなくてもっとドキドキでしょうね。
大分の地震、規模の大きさに驚きました。台風の進路も気になります。暑くても平穏な毎日であってほしいです。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます。
どんなお見合いになるのか…不安と期待が交錯するオトメチャンでございます。そしてお相手はどんな人なのかも気になりますしね^^。目の離せない展開になりそうですよ!
そして山中さんちはどうなるのでしょう。江崎さんの思い当ったことは―ーやはりあれなのか、それにしても何を見てそう思ったのか?果たしてそれがあたりなのか??
こちらも目が離せませんぞw。

今日も熱くなりそうです、御身大切になさってくださいね♡

オトメちゃん

いよいよお見合いですね。棗さんのかねてからの懸念材料を、どのように乗り越えていくか?

山中夫妻に降りかかる困難とは?おそらくおめでたいことかも?しれないのですがさ夫妻の現在の立場上、後任問題で多少波乱がありそうだけど。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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