2017-09

切なる願いは百集めればかなう! - 2015.07.07 Tue

階級が下の兵隊嬢はなかなか上陸はできないものである――

 

この話は、小泉兵曹と桜本兵曹(当時見張)がまだ、『大和』に来る直前、「日向」にいたころの話。まだそのころ上等水兵だった二人は、一等水兵嬢たちよりは上陸が出来るほうだった。それをうらやんだのは彼女たちより一階級下の滝沢一等水兵。彼女は「小泉上水に見張上水はまた、入湯上陸ですか?ええですのう、上陸が多くて」といつもこぼしていた。

そんなとき小泉上水は困ったような顔をして

「そんとにしょっちゅうじゃないで?貴様じゃってそのうちもうちいと、上陸できるようになるけえ。あんまり人をうらやんだりせん方がええよ?」

と言い聞かせた。

滝沢一水は何か釈然としない顔で今度は艦橋で勤務中の見張上水のもとへ行き、同じことをこぼした。見張上水は事業服の襟もとのひもを結びなおしながら

「あんなあ、滝沢一水、貴様はそういうがのう、うちらじゃて一等水兵の頃は上陸したい、陸(おか)に上がってゆくりと風呂に入りたい…いうていつも思っとったよ。じゃが、こういうことは順番じゃ。誰も思い通りにならん苦しさを味わいながら上に上がってゆくんじゃけえ、我慢せえや。我慢して我慢して、ほいで前より上陸できるようになったらほりゃあアンタ、うれしいもんじゃ。じゃが、滝沢一水みとうにそげえに我慢出来んようじゃこの先も上手いこといかんで?」

と滝沢一水を諌めた。

滝沢一水は、思い切り不満げな顔つきになると

「ほうですか…我慢我慢…我慢せんとならんことばっかじゃ!」

と唸ると踵を返して走り去って行ってしまった。見張上水はその後ろ姿を呆然と見送りながら、

(いけんねえ、こげえなことも我慢出来んようじゃ立派な帝国海軍軍人には、なれん。班長に言うた方がええんじゃろうか)

としばし悩んだが、

「まあええ。人のことにあれこれくちばしを突っ込まん方が身のためかもしらんけえね」

と思い直し、勤務に戻る…。

 

滝沢一水は怖い顔になって居住区へとずんずん歩いてゆく。途中、同期で通信科の島田一水に出会った。島田一水は赤ら顔のおとなしげな兵隊嬢で、いつも班長から「声が小そうて、聞こえんが!もっと大きな声ださんか!」と叱られている。そんな島田一水は、滝沢一水の顔を見て

「どうしたね?―もしかして誰ぞに叱られたか?」

と言って笑った。滝沢一水は激しくかぶりを振って「違う!そんとなと違う」と噛みつくように言った。島田一水は「そんなら、なんね?」とさらに聞いてくる。そこで滝沢一水はこれこれこうだ、と不満をぶちまけた。

島田一水は黙って聞いていたがやがて、赤ら顔を横に広げるようにしてにんまり笑った、そして

「滝さん。あんた知らんのね?あれを」

と言った。滝沢一水は「あれ?あれってなんね?」と聞くと島田一水は滝沢の耳に口をそっと寄せて何やら囁いた。

とたんに、滝沢一水の顔が喚起に満ち溢れた。「ほうじゃあ!その手があったんをうちは忘れとってじゃ!シマちゃんありがとな!」と叫んで島田一水の手を握って感謝の意を表すと一散に駆け出して行ったのだった。

 

さあその日その時から滝沢一水は居住区などの部屋の隅っこを見ながら歩くようになった。おかげで班長や分隊士、ほかの士官たちに欠礼してしまうことも多くなり、

「待て!貴様欠礼したな、足を開け歯を食いしばれ!」

と怒鳴られ<鉄拳制裁>を食らう。すみません気をつけます、と言って滝沢一水は謝って(いかんいかん、ぼんやりしとったら上陸を勝ち得るまでにぼこぼこになってしまう…気をつけんと)と自らを正す。しかし視線は下に落ちてしまうが。

 

彼女は上陸を勝ち得るのに必要なあるものを探していた。しかしすぐに見つかるとは限らない、彼女は、<それ>を求めて消灯後や当直時もこっそり歩き回っていた。時には夜間当直の時間に遅れ、小泉上水から「なにしとんじゃ!時間は正確に、いうんがわからんか!」と頭を殴られたりした。

が、滝沢一水は(上陸のため、それこそ我慢じゃ)と耐えた。

しかし一人ではなかなか集まらない。

「あれは百、集めんとできんのじゃ」と頭を抱える。

不意に彼女の頭にひらめいたものがあった。

 

艦内の同期や他艦の同期に「頼む、あれをくれえ」と拝み倒し、仲間から「そげえなこと言うても…うちらじゃってほしいんじゃ」とにらまれながらも、滝沢一水は己の願望を満たすためひたすら頼み込んだ。根負けした仲間たちは

「ほいじゃあ、今回はこれだけ」「今回は多かったけえ、貴様にもちいと多い目にやるわ」

と融通してくれた。

滝沢一水はそれを大事に大事に、麻の袋に入れてため込んでいた。

(あと少し、あと少しで百集まる。ほしたらうちは入湯上陸を果たせるんじゃ…頑張らんと)

滝沢一水の<それ>集めはさらにヒートアップしている。

毎夜、起きだしてはあちこち歩き回りそれを探しては麻の袋に入れている。時には烹炊所に入り込んで、烹炊班長から「貴様、ギンバイか!まてっ」と追いかけられたこともあった。

そんな日々がずいぶん続いた。

 

ある日見張上水に滝沢一水は

「滝沢一水、貴様最近夜中に出歩いとるんじゃないね?どこにいっとるんじゃ?」

と尋ねられた。

が滝沢一水はしれっとして

「どこも行っとりません。誰かとまちごうておられませんか?うちじゃありません」

と返事をした。

見張上水は(なんかおかしいのう?確かに昨夜もその前も…、滝沢一水のハンモックはカラじゃったのに…厠に行ったんじゃろうか)と不審に思い始めていた。

 

そしてそれから一月の後。

夕食後のひと時、居住区にあって滝沢一水は高瀬班長のもとに胸をそびやかすようにしてやって来た。

高瀬班長は穏やかな人柄で、見張上水は大好きなひと。その高瀬二等兵曹は

「うん?滝沢一水どうしたね?」

と読みかけの本から目を離して言った。すると滝沢一水は後ろ手に隠していた麻の袋を班長に突き出した。そして

「中を見てつかあさい。百、集めました。じゃけえ入湯上陸させてつかあさい」

と言った。その声に部屋中の兵隊嬢たちが「なんね、何を集めたんね」と集まってきた。高瀬兵曹は

「どら?」

と麻の袋の口を広げてみた。うわ、と班長は声を小さく上げた。そして滝沢一水を見て

「よう集めたもんじゃなあ、滝沢」

と感心したように言った。

袋の中身は――ゴキブリである。

 

艦内では衛生を保つため、ゴキブリやネズミを捕獲することを奨励し、その数で入湯上陸を許されることがある。個人で集めることが多いが、一分隊でその数が多いと艦長から表彰されることさえある。

滝沢一水は、ゴキブリを集めて入湯上陸をしようと画策したわけである。ただ一人ではなかなか集められないので他分隊や他艦の同期を拝み倒したというわけである。

それは、はっきり言えば「不正」であるが…。

 

そんなことを知らない高瀬班長は

「すごいぞ滝沢!どれ、いくつ集まったか数えてやろう…百あると言ったね」

というと中のものを新聞紙の上にざっと開けて数え始める。見張上水は(滝沢が夜中で歩いていたのはこれを集めるためじゃったか。よほど上陸したいと見えるなあ)と思って少し安堵した。変なことをしていたら困る、と思っていたから。

 

「九十八、九十九…おお!百、百あるで!滝沢貴様すごいのう!」

勘定し終えて高瀬班長は手をたたいた。分隊員たちも「すごいわあ、なかなか百集めるんはやねこいんに、のう!」と言って感心している。

滝沢一水は、エヘヘと照れ笑いをして(やった、これで上陸ができる)と内心大喜びである。

高瀬兵曹が、「ほんなら滝沢に入湯上陸の許可をもらえるよう、うちが分隊長にお願いしてやるけんね」と言ったその時。

部屋の入り口から誰かが

「おい滝沢―、油虫持ってきたで!これで百になったじゃろ?これで上陸したら次はうちにもちいと融通せえよ」

と大きな声をかけてきたのだ。

滝沢一水は顔色を変えた。

高瀬兵曹が眉根をキュッと寄せて厳しい表情になると、「どういうことじゃ?―おい、貴様入って来い」と入口にいる兵隊嬢に声をかけた。

兵隊嬢は兵曹に声をかけられてびっくりして部屋に入って、真実をすべて話した。

高瀬兵曹は

「つまり、滝沢一水は不正を働いた言うことじゃな」

と言い滝沢一水は下を向いてしまった。兵曹は「いくら上陸したい言うても不正を働くとは、帝国海軍軍人の風上に置けん。恥を知れや!」と怒り心頭に発し、

「このことは分隊長にお話しする」。

 

結局滝沢一水は、分隊長の怒りも買ってしまい「当分上陸は無し、酒保も禁止だ。反省しろ」と言われてしまったのだった。

 

集めたモノはどうしたかというと――見張上水と小泉上水が「あなたたちこれを返しに行ってくれるか?」との高瀬班長の願いで、滝沢に<それ>提供した同期の仲間に等分に分けて返しに行ったのだった。

小泉上水は、嫌な顔をしながら

「こげえなもの、返しに行かんでもええのに。うちの班長はこういうところがパッキンじゃのう」

と文句たらたらだったが見張上水は

「そう言わんで。そういう律儀なところがうちらの班長のええところやないね」

と言ったのだった。

 

ちょっと昔の、変な思い出――。

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・

ゴキブリ上陸・ネズミ上陸というものは本当にあったらしいですね。

取り合いになったという話も聞いたことがありますから、そうそう上陸できない兵隊さん方にとっては垂涎ものだったのでしょうね。

しかし、袋いっぱいのアレ、想像するとちょっと背中が冷やくなります…

「日向」(画像拝借いたしました)
日向

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● COMMENT ●

鍵コメさんへ

いやあ…どこの世界にも融通の利かないのはいますね、いわゆるパッキン、くそパッキン。
そしていわゆる大会社とか役所には多いですねこの手合いが。
結構本物のパッキンだったりするから始末に負えなかったりします。
どうしようもなく融通聞かないのはマジで困りますね、どうにもうごけなっかったりして(;´Д`)。

適度なパッキンでいてほしい…ですよね(-_-;)。

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matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
ゴキブリ百匹。ちょと想像のつかない世界ですね。なるべくなら見たくないですw。

私が初めてゴキブリが飛んでるのを見たのは中3の年。夜中にふっと目覚めたらごそごそ…電気をつけたらそれに驚いたのか部屋を縦断中のゴキが…!びっくりしました、そのあと大捕りもの。

おうちにゴキを見かけないなんて素敵ですよ、うちなんか結構いてその耽美に娘たちが、いや旦那までも大騒ぎ。胎児はもっぱら私の役目です(;´Д`)。
matsuyamaさんのおうちはきれいにしてらっしゃるからいないんですよ、うちは汚いから…グヘエ!ゴキちゃん一掃作戦を発動しないとなりませんw。


河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
む、ムカデ…あれはいけません、だめですw。倒せません…
私は昆虫が大嫌い、特に蝶・蛾は本当にだめです。ゴキブリは姿を見ると闘志がわくんですが、でもこっちに向かって来られるとちょっと…(-_-;)ですね。ほいで時々飛ぶでしょう?あれには参ります!

とんできたときはまさに悲鳴ものです(;´Д`)。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
そんなものいちいち数えんでいいわい!ー-と言いたくなります(;´Д`)。でも一方も必死ですからw、キッと食い入るように見つめていたのでしょう。
それにしてもお返しに行くとは(-_-;)…そこまでしなんでもいいのにね^^。

父が身まかって一年の月です。時折吹き上げる寂しさはどうしようもないですね、きっと年を経ていくうちに薄れてはいくのでしょうが…
いつも私と母をお気遣いくださってありがとうございます。オスカーさんもどうぞ御身大切になさってくださいね^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
ゴキブリ上陸・ネズミ上陸ということが本当にあったと聞いて正直卒倒しそうになりましたw。ネズミ…嫌いです。ある意味ゴキブリよりも(;´Д`)。
たくさん捕った分隊は優秀な分隊として表彰されたとももれ承っております、それだけ多かったのかな…そして衛星が保てないしネズミは食料を食べちゃいますから目の敵だったのでしょう。
そ言えば、出撃前にネズミがもやい綱を伝って艦からぞろぞろ出ていくのを見て「この艦は沈む!」と直感し現実になったという話もありますね…

全く日本にはろくな隣人が居りませんね!非常識が人の皮をかぶって歩いてるようなものだと思っています。付き合いきれません。そしてそんな連中におもねる日本人も嫌いです。
きっとそのうち英霊の怒りが下りますよ、どんなことが起きるか想像もつかないですが、畏れをもって敬虔に真摯に生きないとおおごとになるでしょうね。

ゴキブリ100匹とは良くも掻き集めたもんです。不正は不正としてもその努力は買いたいですね。
ゴキブリって飛ぶんですよね。ある日寝てたら首元でブーンという音がして間もなくガサゴソ動いている気配がするんですよ。
何事かと電気をつけてみたらゴキブリ。ギョッとしましたよ。

世の中には嫌われ者が一杯いますよね。ゴキブリを好きだという人はいないでしょうが、生活していく上での捕獲作戦は仕方ないですね。
そういえば最近家ではゴキブリ見かけないですが、涼しい環境だからなんでしょうか。それともゴキブリが成長するほどの餌もない貧困生活だからなんですかね。

いやーさすがにあれが100となると

ムカデがでてもしれっと倒す環境で育ったおいらでも、冷や汗が出てきますよ。単純に逃げてくれればいいですが、時たま何を思ったかこっちに向かって飛んできよる。

あれは正直毒をもってないとわかっていても、怖いですよ。思わず40越えのおっさんが悲鳴を上げちまいますから。

ヒィィ~!! ちゃんと数えるところ、また返すところがコワイですぅ~!! でも切なる願いがかなしい…のでゴキ神様がいらっしゃるならお情けを!と思います……(;^_^A
父上さまが旅立たれてから1年、見張り員さまには辛いこともたくさんあったと思いますが、お身体に気をつけて、母上さまとお話したり、出掛けたりする機会がふえますように。

害虫、害獣駆除でご褒美とは。それも躍起にならざるを得ないさまざまな目的ありで(笑)
こころざしや魂胆はいろいろですがそれだけ衛生面には随分と気遣っていたのでしょうね。
掃除をいきわたらせる。
日常生活にも大切なことですが、これだけ大きな戦艦でも徹底していたとは、なんとなく現実的でホッとするような話ですね。

静かに戦後70年を過ごさねばならないはずなのに、隣国の猿たちの喧しさやバカっぷりに呆れ返っています。
地下や海底や空高くにある御霊たちの怒りがきっと現れると思うこの頃です。もちろんこの国のどうしようもない人間たちに対しても。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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