2017-10

魚・魚・魚(ギョ・ギョ・ギョ) 2<解決編> - 2015.07.01 Wed

「長谷川さん、長谷川さんちょっと来て」と林主計長は、向こうから歩いてきた長谷川掌主計長を呼んだ――

 

長谷川掌主計長は何やら書類綴りを見ながら歩いてきたが、林主計長の呼ぶ声にはっと顔を上げて「ああ!主計長、何か御用でございますか」と言ってこちらに歩いてきた。

林主計長は獲物を射程圏内に捕らえた零戦か艦爆の搭乗員のような不気味な笑みを浮かべて掌主計長を手招いた。

掌主計長は、林主計長にどす黒い思惑があるとはこの時は思いもよらない、ニコニコしながら書類綴りを閉じ、胸に抱いてやって来た。彼女は林主計長の前まで来るとさっと敬礼、主計長も返礼する。

長谷川掌主計長が

「どうなさいました?私に何か?」

というと主計長は掌主計長の防暑服の片袖を掴むなり

「君に頼みがある、これは君なら、いや!君にしか頼めないことなのだ。どうか黙って頼みを聞いてほしい」

と必死な表情を作って言った。長谷川掌主計長はなんのことだかよくわからないと言った顔になったが「君にしか頼めない」ことと言われたのに反応した。

「主計長!」と大声を出して主計長はいささか驚いた、が長谷川掌主計長は目をキラキラさせて

「主計長、私にできることなら何なりとお申し付けください!この長谷川、主計長のためなら命もいりません!」

と言い放ったのだ。林主計長にとって渡りに船の言葉だった。主計長は「そうかあ、やってくれるか長谷川さん!」と言って彼女の両肩にバシッと両手を置いた。

そして吉川中尉に目くばせして、中尉は冷蔵庫の扉を開け、中に入って行った。長谷川掌主計長はその後ろ姿を目で追いながら

「なんです?冷蔵庫の中に入ってっちゃいましたよ?何か持ってくるんですか?―-あ、もしかしたら新しい献立を試食してほしいとかいうんでしょう?ウフフ~、任せてくださいよ私の舌はこれでなかなか肥えてますからね」

と言ってニコニコ顔。

「それは良かった、長谷川さんが来てくれてよかったよ」と主計長が言ったとき吉川中尉が皿を持ってやって来た。

皿の上に、数貫の握りずしが乗っかっているのが見え長谷川掌主計長はさらに瞳を輝かせて「に、握りずしじゃないですか!うひゃあ、こりゃあ豪勢ですねえ」ともう大喜びである。手にした書類綴りをしっかり胸の前に抱きしめて皿を見つめている。

林主計長は

「立ち食いは行儀が悪い、主計科事務室に行ってそこで」

と長谷川掌主計長を、吉川中尉と共に部屋にいざなった。吉川中尉はその握りずしのネタの正体を知っているのでなにか、どことなく居心地悪そうな表情を隠せない。

だが、掌主計長はそんなものを感じてもいないようでただ、寿司を食べられるという喜びに素直に浸っている。

三人は主計科事務室に入った、中には数名の下士官嬢が事務を執っていたが三人が入ると立ち上がって礼をした。その下士官嬢たちに返礼してから主計長は、

「さあここにかけて」

といすを引き出して掌主計長を座らせた。長谷川掌主計長は椅子に座ると目の前に吉川中尉が置いた皿を見つめ

「ほう、何の寿司ですか?この魚、ちょっと見たことがないですねえ。なんだろうなんだろう?」

と興味津々である。

その彼女に林主計長はオホンと咳払いを一つしてからおもむろに言った。

「カスミアジだよ」

その一言に長谷川掌主計長はとてつもない衝撃を受け、「うっ!」と唸った。そして顔色を蒼くすると

「か、カスミアジだって…」

と震える声で言った。毒があると言われている魚で有名なあの、カスミアジ?本当に?

事務を執っていた主計下士官嬢たちがその手を停めてこちらを見つめているのがわかった。掌主計長は

「あの、私、その、衣糧倉庫に行かねばばらない用事があったのを思い出しました…ですから残念ですがこれはどうぞ主計長が召し上がってください」

というなり席を立とうとした。林主計長がものすごい馬鹿力でその上半身を羽交い絞めにした。抑え込みながら主計長は

「どうか長谷川さん、皆の幸せのために試食してほしい…いや、カスミアジとはいえ毒はないと思うよ?吉川中尉の実家の板前さんが毒魚は冷蔵庫で一晩おけば毒は消えると言っていたそうだ。だから大丈夫!この魚は一晩冷蔵庫に置いたものだ。これはあなたにしかできないことだ、大変な名誉だよ」

と一所懸命諭した。

が、掌主計長は

「嫌ですよう!なんで私が、毒の鮨を食わなきゃいけないんですか!そうかこれは誰かの差し金だな、誰か私を亡き者にしようとしてこんなことを仕組んだんでしょう…あ!吉川中尉、あなたか!?あなた私にいったい何のうらみがあるんです?――ひどい、ひどいよう。私がもしこれの毒にあたって死んだら私はいったいどういう扱いになるんです?戦死扱いですか?私の戦死公報は『海軍主計特務中尉長谷川リツ、トレーラ―諸島水島において戦死。死因、カスミアジの握りずしの公務上の試食によっての中毒死』なんてそんなひどい戦死公報が内地の家族に行くんですか?そんな戦死公報を家族はどんな顔でうけとりゃいいんです?それでも私は英霊として靖国神社に祀ってもらえるんですか?―-そうか。私が特務中尉だから死んでもいいとか思ってるんでしょう?ひどい、ひどい!私はこれでも一所懸命、帝国海軍のために働いてきました。まさに粉骨砕身、懸命にやって来たというのにー!帝国海軍はそんな私をあっさり殺すんですか、うわあー」

とまくし立てると次の瞬間、大声で泣き伏した。

さすがに林主計長は驚いて、

「ちょっと、長谷川さん」

とその背中をさすった。吉川中尉はもう、驚きすぎて声もなく立ち尽くしている。

長谷川掌主計長は自棄になったように顔を上げると主計長をにらみつけ、皿の上の握りずしをぐわっとつかんだ。そして涙に濡れた瞳で主計長と吉川中尉をにらみつけたまま

「食べますよ、食べますとも…そうすればいいんですよね?そして私が悶絶死したら大笑いしてくださいよ、どうぞどうぞ。――そこの下士官諸君、これが哀れな特務中尉の最後だ。一生恨んでやるぅ、畜生!末代まで恨んでやるからな、一生寿司が食えないような呪いをかけてやるから覚えてろってんだ…クッソー!」

と叫ぶと、手にした寿司、しかも握りつぶされて形をとどめていない寿司二つを口に押し込んだ。

「ああー!」「掌主計長!」「キャー!」

下士官兵嬢たちが真っ蒼になって叫んだ。林主計長もとんでもないことの成り行きに立ち尽くしたまま、長谷川掌主計長を見つめている。

長谷川掌主計長は口いっぱい頬張った寿司を泣きながら噛みそして、飲み下した。

「ウ…」

掌主計長ののどが鳴った。林主計長が「長谷川さん…」と声をかけた。掌主計長はもう一度「…ウ…」と言った。

吉川中尉が「掌主計長?」と声をかけたとき長谷川掌主計長は

「うっまーい!なにこれおいしい!これ全部食べていいですよね、私に呉れるって言ったんだから!」

というなり皿のすべてをあっという間に食べてしまった。

きょとんとしてそれを見守る林主計長と吉川中尉。すっかり寿司を食べつくした後「ごちそうさまでした主計長!では私はこれで。ごきげんよう」と上機嫌で事務室を去って行った長谷川掌主計長。

その場の皆は押し黙ったままだったがやがて主計長が「平気なようだね…」とつぶやいた。

吉川中尉は「そのようですね…」と言い、その場に静かな空気が流れた。

 

その後。

数時間ほどたっても掌主計長は元気であった。が、その話を伝え聞いた村上軍医長は

「馬鹿なことを!あの魚大型になるとシガテラ毒を持っている可能性があるから要注意だというのに!林主計長何を考えてんの?変な迷信信じないでよ!」

と大変ご立腹だったとか。猪田艦長も「研究熱心なのはいいですが誤解を受けるようなやり方は良くないですね…長谷川中尉は本当に大丈夫なのですか?経過観察をしっかりしてくださいね軍医長」と大変心配したという。

 

ともあれ、無事に決死の任務を終えた長谷川掌主計長、「え、あの寿司。うん、とってもうまかったけど。絵、なんだって!そんな毒があったかもしれないなんて、クッソー!主計長の野郎!やっぱり私をハメる気だったな!」と怒り心頭だったという。

林主計長、「これで許してくれない?」と、『間宮羊羹』を差し出したが長谷川特務中尉は「分明堂のカステラもつけてくんなきゃ嫌ですよ!」と駄々をこねているという――

 

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

危ない人体実験でした。

カスミアジはインド洋・太平洋の熱帯亜熱帯海域に生息する大型の鰺の仲間だそうです。美味ではあるらしいですが体長40センチを超えるとシガテラ毒を持っていて危ないそうです。

掌主計長が食べたのはきっともう少し小さいのだったのでしょう…ホッ。

 

カスミアジ(WIKIより)

カスミアジ
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● COMMENT ●

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
ハラハラもの、ドキドキ物のお話でした。私はこんな毒見役は絶対嫌ですねw、そんなことで死んだら末代までの笑いものになりそうで(-_-;)。って、本人たちはいたって真面目にやってるのですが。

世の中にはいろんな魚がいますね。私たちが全然知らないものも世界に入ると思うと興味がわきますね^^。

今日は午前中雨でした、蒸し暑くて閉口です。明日からしばらく雨だとか(-_-;)、ケイさんどうぞ御身大切にお過ごしくださいね!

ma

matsuyamaさんこんばんは!
「カスミアジ」。あまり聞かない名前ですよね、日本近海にもいるらしいですが南方系の魚らしいです。体長40センチを超えるとその毒があるというんですが、なんだかロシアンルーレットみたいな魚だなあと。ほんとにそれ以下なら毒はないんでしょうかね~、あったらどうするんだと。

魚介類の毒って結構すさまじいんですね!私は海釣りはしませんがもし、海に行ったら気をつけます。最近は海の中も生態系が変わりつつあるらしく「ヒョウモンダコ」なんて聞きなれない奴もいるらしいから要注意です。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
こんなひどい毒見役…いやだあ!でございますw。
そうだ、妖怪変化するくらいのサザエで詫びを入れましょうかww。特務士官と兵學校出身の確執が垣間見えたお話でもありました(-_-;)。

しょうけい館、私も行ったことがないんです。話には聞いていましたが、いつか私も足腰たつうちに行きたいと思っています!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
『…死因、カスミアジの握りずしの公務上の試食によっての中毒死』
なんて戦死公報、受け取った留守家族は泣くに泣けないでしょうね、そんなことにならんでよかった。

でも、食中毒やらなんやらの現場はあまり見たくないですね。それが激烈ならなおさら(;´Д`)。私は食べ物ではないですが頭痛薬が体に合わずアナフィラキシーショックになったときは本当にまずい、死ぬかもしれないと覚悟しました。

アルコール、お強いんですか!私はダメだからうらやましいな^^、ビールも飲めません(;´Д`)。

見張り員さん   こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
長谷川掌主計長カスミアジを食べても無事で
良かったですね。
もっと大きいとシガテラ毒があり猛毒で怖い
ですね。
魚屋さんで売られているお魚は安心ですが釣
った魚は気をつけないといけないですね。
明日はまた朝から雨マークで今日は梅雨の晴
れ間に洗濯ができて部屋の風通しができて良
かったです。

カスミアジって毒魚なんですか。知りませんでした。
知らずに食べたらひとたまりもないですね。
日本近海には生息してないですよね。初めて聞く名前ですよ。
それにしても人体実験とはあまりにも安易な。

昔釣りをしていて釣った毒魚の背びれに刺され、
身体全体が悪寒としびれでしばらく身動きできない時がありました。
日本近海の毒魚というとオコゼ、ミノカサゴ、 ハオコゼ、ゴンズイなど
ですよね。
それ以来これらの魚が釣れても、針をはずす時は手袋をするか、
靴で魚を抑えて針をはずすようにしましたよ。

こんばんは。
お毒味役というには…でしたね お詫びに巨大サザエがあれば(笑)
話はかわりますが、「しょうけい館(戦傷病者史料館)」という国の施設があるのですね…開館して10年近いのに全く知りませんでした。Yahoo!知恵袋で他にも都内にいくつも施設があることを知ったので、足腰丈夫なうちに一度は…と思いました。
http://chie.mobile.yahoo.co.jp/p/chie/qa/view?qid=10111902510

医療の発展には

戦争が関わることは衆知の事実ですが、長谷川さんの強運がなければ、とても恥ずかしい戦死公報に。

健康優良艦の武蔵だからこその、笑い話となりましたが、しめ鯖に当たった女房の様子とか、食物アレルギーの現場を見たことがあるだけに、くわばらくわばら。

人間はどこまでアルコールに耐えられるかという実験なら、おいらは狂喜乱舞してお受けいたす所存であります。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます。
ちょっとした騒ぎになりました(-_-;)。人体実験はいけませんね、艦長に叱られてもしょうがないレベルです!
今回の話にはモデルとした話があります。人体実験こそしなかったそうですがあの『戦死公報』が頭にちらついたそうです。

でも同じ艦の飯を食う仲間、何があっても仲良しです^^。

7月がはじまりました、今月もどうぞよろしくお願いいたします!
いつもお心にかけていただいてありがとうございます、体に気を付けて頑張ります!

何だかひどい修羅場の果ての顛末になりましたね。
人体実験。ぎりぎりの線で何とかクリアとは言うものの危険この上ないことで。

しかしなんだかんだ繰り広げられながらもみなさん和気あいあいで(笑)
今月も宜しくお願いします。
まずは御身お大事に……、ですよ。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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