震災後日譚

あの地震から数週間が過ぎ、梨賀艦長もギプスを外した――

 

呉海軍病院医師の診察により当初十日ほどで外せる、と思ったギプスであったが日野原軍医長の診察で「いや艦長、プラス三日は外せません」と言われ、艦長は一瞬(あまり治りがよくないのだろうか)と思ったが実はそうではなく、山中副長が軍医長に

「艦長のギプスを外すのを、予定よりあと数日延ばしてください」

と言ってきたのだ。それは構わないがどうしてです?と問う軍医長に副長は

「早くに身軽になれば艦長はまた、無理をなさいます。ギプスをしている間は安静にしていなければならないと軍医長はおっしゃいました。軍医長のお言いつけを艦長は守られますからそのように願います」

と言ったのだった。

それを日野原軍医長から伝え聞いた梨賀艦長はことのほか感激し副長を艦長室に呼びよせて

「副長ありがとう。私をいつも気遣ってくれるあなたに感謝します。そして私ももうどうもないからぜひ、数日上陸して家で休んでほしい」

と言った。うれしい申し出だったが山中副長は

「ありがたいお申し出でございますが…副長がそうしょっちゅう艦を留守にしてよいものでしょうか?私は乗組員の士気にかかわるような気がしてなりませんが」

と言った。その副長をやさしい目で見つめて艦長は

「しょっちゅうと言ってもあなたは結婚休暇以外大きな休暇を取ってはいないじゃないか。それ以前だって。皆その辺はよくわかっているよ?大きな案件はもう片付いたのだろう?昇進の件も済んだし。だから安心して自宅に帰って、山中大佐にお仕えしてきなさい。これは艦長命令、いいね?」

と諭した。

副長の瞳が潤んで「――ありがとうございます、艦長」と囁くように言った。艦長は頷いてから

「しかしこのひと月ほどでこんなにいろいろなことがあるとはね。あの大きな地震には参ったよ、まさかあんなことになるとは。そして小泉商店を巡る人たちとのあの出来事!」

と言って笑った。副長も笑って

「本当にあの時は心配しました。でもおおごとがなくってほんとに良かった。∸-でもあの後繁木さんが言ってましたよ、『例の小泉商店がらみの夫婦、なまえが<ごろう>に<ふみ>さんと聞きました。それって私たち夫婦と同じ名前ですね、うーん、やはりゴロウにフミの組み合わせは純愛が多いんですねえ』って」

と言って二人はさらに笑った。

その航海長は、副長に申し訳ないと思いつつも週末の上陸をして夫婦仲良く過ごしているらしい。

 

さて、例の大地震の際被災地に駆り出された『聖蘆花病院』の医師・看護婦たちも任務を終え東京に帰っていた。

その間彼らはよく働き、配置された県病院の職員たちの感激の的になった。中でも桐乃は注目の的で「外国人でありながら日本人並みの精神を持った素晴らしい女性であり看護婦」と称賛された。

それを聞いた日野原昭吾は胸をそびやかして

「当たり前です。彼女はもともとが違う。常に研鑽練磨を怠らないんですからね、それに心根もまっすぐでこんなに素晴らしい人はちょといませんよ」

と誇った。桐乃も、ほかの医師や看護婦たちと一所懸命に力を合わせ頑張りぬいた。途中看護婦の一人が過労から倒れたときもその分を桐乃が何も言わないでこなし、復帰したその看護婦が礼を言うと桐乃は微笑んで

「お礼なんてとんでもない、何かあったらカバーしあうのがチームです。それより無理しないでくださいね」

と言ったのだった。昭吾はその桐乃を見つめて(この子を…絶対)と思っている。

 

その桐乃は、東京に戻ってから『大和』の梨賀艦長から託された留守宅への封筒を投函した。(無事につきますように)と祈る桐乃である。

 

そして二日ほど後その手紙は梨賀艦長の留守宅に到着した。玄関先で郵便配達から手紙を受け取ったのは長男の正明で、「誰からだろう」と裏を返して母親の名前をみた正明は

「おばあさま!多美子、波奈子!」

と大騒ぎして家の中に駆け込んだ。

駆け込んだ居間では驚いた祖母が「正明さんどうしました?そんな大声を上げて」とかるく彼をたしなめたが、「おばあさまこれ!」と差し出された封筒を見て

「まあ!幸子さんから」

とこれも普段の落ち着いた祖母に似合わない声を上げて、それにびっくりした娘たちが「どうしたのおばあ様おにいさま?」と庭から走りこんでくる。

「お母さまからよ!」

と祖母が言って娘たちは「おかあさんから!」と嬉しそうに声を上げ「早く、読んで読んで」と祖母にせっついた。

はいはい今読みますよ、とこれもうれしそうに娘の手紙の封をハサミで丁寧に切って、艦長の母親は封筒から便箋を引き出した。正明、多美子、波奈子がその周りにきちんと正座して祖母を見つめる。

そして祖母は、孫たちの母でありわが娘からの手紙を読み始めた…

「ええっ!お母様それでもう平気なのでしょうか?」

読み終えた祖母に、正明は叫ぶように言った。

祖母はやさしく孫たちを見つめて

「お母さまが平気だとおっしゃるんですから平気なのですよ。それにしても大変なことに巻き込まれましたね。あの揺れはここでも相当でしたからねえ。――幸子さんがお世話になったという聖蘆花病院のかたにはいつかきちんとお礼を申し上げねばいけませんねえ」

と言った。多美子波奈子は母親の無事にホッとしてうれしそうに「よかったね」「うん、良かったね」と言いあっている。

正明も多美子波奈子も、あの地震以来母親の話を意識的に避けているようだと祖母は思っていた。話をすれば気になっていてもたってもいられなかったからだというのを彼女は痛いほどわかっていた。(私の娘だもの、どんな困難でも切り抜けているはず)と確信していた艦長の母はそんな孫たちの気分を盛り上げんとさまざまに生活に工夫を取り入れて今日まで来た。

(甲斐があった)

祖母は孫たちのうれしさにはしゃぐ姿を見つめてそう思った。孫たちは早くも返事を書こうと文机の引き出しから便箋を出してきている。

艦長の母はもう一度封筒を見て、娘の幸子がこの手紙を託した聖蘆花病院の日野原桐乃という女性はどんな人なのだろうか、と思いを巡らせた―ー。

 

そしてそれより一週間ほど前。

指月護郎とフミは東京のフミの実家を訪れた。小泉商店社長の孝太郎から「きちんとフミさんのお母さんにお話をしてきなさい、そのうえでご了解が頂けたら結婚式を挙げよう」と言われていた。

久々に帰る家ではあるがフミの心は重かった、(いくらなんでも黙って出てきたのは悪かった。置手紙でもしてくるべきだった)と後悔していた。激情に駆られてつんのめるように行動した自分の<若さ>が苦かった。

自宅の玄関の前で立ち尽くしているフミの背中を、護郎がやさしくなでて「さあ、思い切ってゆこう。私もいるから大丈夫じゃ」と広島訛りの混じった言葉で元気つけた。護郎の腕には赤ん坊が抱かれて、赤ん坊は護郎を見て笑う。護郎も赤んぼにやさしく微笑み返す。

意を決したフミは思い切って玄関の戸を開けた。呼び鈴がチリリンとなり数瞬の後「はい?」とフミの母親が出てきた。

そして、玄関先に立つ娘たちをみたフミの母親は

「フミ!どこに行ってたの?心配したのよ!」

というなりフミに抱き付いて泣き出した。驚くフミと護郎に、顔を上げた母は「さあ早く入って…」と中に招じ入れた。

居間に入ると母は護郎の手から赤ん坊を受けとると涙ながらに抱きしめた。そして「あの地震に巻き込まれたの?」と聞いた。フミがうなずくと母親は「よく無事で…。そのあとどこに?」と聞く。そこで護郎が詳細を話すと母親は護郎を見つめて

「指月さん、今までごめんなさいね。私は結局自分のことしか考えていなかったようです。この子が本当に幸せになれるなら反対なんかすべきじゃなかったのに、自分の物差しでしか見ていませんでした。孫の顔もろくに見ないで物置小屋に押し込めて…。フミは私を許してはくれないだろうね、それでもいい。フミは幸せになりなさい。指月さんと広島で暮らせるようにしてもらいなさい…」

と言って泣いた。フミも泣いた。

護郎が

「おかあさま。私の方こそ勝手なふるまいをし、フミさんを却って不幸にさせてしまいましたことを心よりお詫び申し上げます。いくらお許しが出ないから、そして私のほうも受け入れられない話があったからと言ってしてはいけないことをしてしまったことは決して許されないことと思っています…」

とそこまで言うと男泣きに泣いた。そしてしばらく泣いたが顔を上げ涙をぬぐうと

「私は東京支店に来ることになりました。ですからフミさんも東京にいます。∸-ですからどうか、どうかフミさんを許してあげてほしいのです。その代り私は許されなくてもいいんです…どうかフミさんは、そして子供だけは…」

と言って再び泣いた。

その二人にフミの母は「誰も責めません、もう水に流しましょう…こんなかわいい孫が出来て私は幸せ者です。そして、こんなにまで娘を想ってくれる人がいるなんて、これ以上の幸せがありますか…。指月さん、娘を、孫をよろしくお願いします!――フミ、今までごめんなさい。幸せにしてもらいなさい」

と言って三人は赤ん坊を真ん中にして抱き合って泣いたのだった。

そのあと、指月護郎は広島の『小泉商店』に連絡を取り孝太郎の祝福を受けた。挙式は来月に予定され、二人の前途を皆で祝うことになった。

 

 

そんな中、小泉純子兵曹のもとに継母から手紙が来た。

「なんねおかあさんは。うちに何の用じゃ?」

そういって封筒を見つめる小泉兵曹に、桜本兵曹は「何の用じゃ言うて親子なら用があっても無うても便りが来るんは当たり前じゃ」と笑った。

「ほうね」という小泉兵曹、中身を読んでから妙な顔つきになるとオトメチャンを見て

「おかあさんはオトメチャンに御用みとうじゃわ。いつか休暇の時にでも来てつかあさい、お話したいことがあります、じゃと」

と言って便箋を手渡した。

オトメチャンは「うちに?なんで小泉のお母さんがうちに御用があってじゃろうねえ?」と首をひねった。

が、「まあええわ。休暇に入ったらいの一番にお伺いしますけえ言うて返事を書いておいてくれんさい」と言った。

 

それぞれの「あの日」以後でありそれぞれ幸せな方向に進んでいるようである。

 

そして今日も主計科事務室では棗特務大尉がそろばんをはじきながら「オトメチャン言うたねえ…あの子がうちにはどうにも気にかかってならんのじゃ。あの子…」とつぶやいている―ー

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・

 

梨賀艦長、その留守家族。日野原昭吾に桐乃。指月護郎にフミ。そして小泉兵曹。

あの震災にかかわった人々のその後でした。小泉兵曹の継母・エイはオトメチャンにいったい何の御用があるのでしょう?そしていつもながら気になる棗主計大尉のつぶやきは…!?

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matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
すべてなんとかうまくいきました!
そう、思いやりは人間関係を円滑にしますね、最近は自分中心な人が多くなったと言われますがちょっと人を思いやるだけで自分も相手も気分がいいですしそのあともうまくいきますね。

しかしこれが本当にむつかしいんですよね(;´Д`)言うは易し行うは難しでございます(-_-;)…

ハッピーエンドに解決されたようですね。
皆さん相手を思う優しい思いやりが強いですね。
長く付き合っていく人間社会で、思いやりは、ぎくしゃくした人間関係に潤滑油を与えてくれるものだと思います。
そこにその人の成長、愛情、信頼、自信などが深まってくるんでしょうね。

自分も思いやりを強く持って生きたいとは思うのですが、
これが中々難しい問題で、日々悶絶してます(笑)。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
なかなか自分の家族をすっかり信頼するというのはむつかしいです、私も耳が痛いですよw。
子供はいつしか大人になりますからね。

そしてオトメチャンへのご用があるという小泉エイさん。いったいどんな御用なんだか(-_-;)。
もしかしてやはりオトメチャンをどこぞにお嫁に…というお話でしょうか?しかし棗大尉の再三の意味深なつぶやきが気になるところですね。

今後をご期待ください!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
艦長の実家はいかにもかつての日本の家庭という感じで描きました。こういう家庭はあこがれでもあります、そしてフミの母親。やはり彼女も娘を憎くなんて思ってはいませんでした。まして孫というかわいいものがいれば…。
にいさまのこれまでを思い出していただけたなんてうれしいことです。
そうですね、やはり素直で、真っすぐが一番!フミは幸せになることでしょう!

そして小泉のお母さんはいったい何をお考えでしょう??この後をご期待くださいませ。

6月もどうぞよろしくお願いいたします!

小泉さんとこの

梨賀さんの母様、立派ですね。
自分の家族に対して、全幅の信頼をしているなんて、
おいらも見習わなければ。
子供はいつまでたっても子供というのは、
単なる親のエゴですから、多分。

オトメちゃんへのご用事って何でしょう?

オトメちゃんを嫁にって展開も予想されますね。
何せ、純子さんよりもお嬢様だと思われてるのですから、
まさに嫁にはうってつけの人材。
しかも、身持ちの堅い人ですからね。

棗大尉の意味深な物言いも気になります。

艦長のお宅(家族)は凛とした清々しさが満ちていますね。やはり人となり、人格というのは家庭にすべてが映りますね。
そしてフミさんのお母さんの改心というか、母としての思いがなんとも言えずに心あたたまります。孫ぐすりが一番の特効薬だったということでしたね。
この経緯、僕の結婚前、結婚直後、子供の誕生、そして父が亡くなるまでの20年近くを見る思いがして懐かしかったです。
人間は素直な気持ちで接すると相手に通じるということでしょうか。フミさん、これから幸せに過ごせること間違いないと思います。

小泉母。トメチャンに何やらの白羽の矢でも立てる算段でしょうか。

今月もどうか元気に過ごして下さいね。

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます!
何とかみな、落ち着きを取り戻したような感じです。そう、誰もが笑顔で毎日過ごせるのが一番の幸せです。そうあれたらいいなあといつも思っていますが現実はキビシイぞww。

そして誰かに何かがまた起きますね…こんどはちょと大変な試練になるかもしれません(;´Д`)!胸の高鳴りをもってお待ちくださいませね^^。

昨日はあり得ないほどの熱さでした、五月の熱さじゃなかったです。今日も蒸しますね、どうぞ御身大切になさってくださいませね。
始まったばかりの6月、こちらこそよろしくお願いいたします!

こんばんは。

いろいろありましたが、なんとか落ち着いたようでよかったです~みんな仲良く笑顔で過ごせるのが一番ですもんね! しかし…また新しい何かが起こる気配が……ドキドキしながら続きを待ちたいと思います!
今日もむし暑い1日でした。お身体に気をつけてまた6月もよろしくお願いいたします(´∇`)
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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