2017-09

熱血VS冷静 1 - 2015.05.07 Thu

梨賀艦長は海軍病院を退院したいと副長に相談した――

 

「しかし、」と山中副長は言った「まだ軍務はご無理でしょう、当分ギプスも外せないのではないですか?私は艦長がご無理なさることが一番怖いのです」。

その副長にやさしく微笑んで梨賀艦長は

「ありがとう副長。あなたのそのやさしさが私には何よりうれしいのです。――いやもう大丈夫、しっかり固定されているから変に体を動かさない限りどうっていうことはないよ。それに」

と言って副長を見つめた。見つめられて面映ゆそうな表情になった副長に

「副長はあれから一切上陸をしていないじゃないの…ご主人がお待ちかねではないかな?私が帰艦したらさっそく上陸してご主人のもとに行きなさい」

と言った。

山中副長の頬がほんのり紅く染まった。確かに、結婚休暇の跡から何かと忙しくなり、副長は全く上陸をしていなかった。ただそれでも夫婦の愛情はこまやかで互いに手紙をやり取りしあっていたので意思の疎通は十分だった。が、じかに遭って顔を見て体を重ねたいという思いは二人とも苦しいほどに募ってきていた。

「艦長、ありがとうございます」

副長はそう言って頭を下げた。その副長に

「みな、山中さんに頼りすぎだね。あなたがいると何もかも、頼って任せてしまう。それではいけない。確かにあれこれ用事が多いのは副長という職の宿命のようなものだがそれでもね。黒多君に任せて、あなたは少し休んだ方がいい…またいつトレーラーに戻るかわからないのだから内地にいるうちにたくさんご主人と逢いなさい」

と言って艦長は微笑んだ。艦長のその心に山中副長はいたく感じ入って視界が涙で揺らいだ。

「ではすぐに担当医を呼んでほしい。退院の話をしたいからね」

艦長はそう言って副長を促した。

 

担当医は艦長を診察した後

「ひびの状態もそう悪いことはないですから退院をなさって結構ですよ。日野原軍医長にカルテをお渡ししましょう、あとは日野原軍医長のご指示に従ってください。ギプスはあと十日は着けていてください」

と言って艦長は翌朝、戻ることになった。副長は

「では私は艦にいったん戻って各科長と話をしてまいります。では艦長、ごきげんよう」

と海軍病院を辞した。

艦長は副長が帰った後不意に思いついて鎮守府に連絡を取ってもらった。そしてあの時世話になった松岡トシ少佐に海軍病院を明日、退院する旨を伝えた。

松岡少佐は大変喜んでくれて艦長は

「私が艦に戻りましたら是非、いらしていただきたいのです。そして久々に姉妹の対面をなさってはいかがでしょうか。何年も松岡修子中尉と逢ってらっしゃらないのでしょう?」

と提案した。少佐は「それはうれしいことですね、ではぜひうかがわせてください」とこれも喜んで艦長帰艦の二日ののちに『大和』を訪ねることを約束した。

 

山中副長は『大和』に帰ると明日、梨賀艦長が退院して帰艦することを伝えた。日野原軍医長は「そうですか、梨賀大佐のカルテをいただき次第もう一度診察させてもらいましょう」と言って山口通信長は「いずれにしても大事なくって本当に良かったです。しかし大地震に巻き込まれてしまったとは」と言い、浜口機関長はその太い腕を組みながら「本当に驚きましたね。被害はどうだったのでしょうね」と心配そうに言う。

山口通信長が

「かなりひどくはあったそうですが死者無し、重軽傷がややあったものの命に別状なし。あとは、家屋の倒壊に道路のひび割れ、崖の崩落が多数あったらしいですからその復旧ですね。すべて元の状態になるには年単位かかるかもしれないそうですよ」

と言ってその場の皆は自然の猛威の怖さを改めて知ったのだった。

「それで、」と副長は続けた。

「艦長はまだご本復まで多少の時間がかかりそうですので皆で協力し合ってこの場を乗り切りましょう。願います」

副長はそういうとふーっと息をついた。緊張がほぐれたのだろう。繁木航海長が副長の背にそっと手を当てると

「山中副長。どうですか少し休養なさったら?私は副長がかなりお疲れのようにお見受けしましたが」

と心配そうに言った。週末ごとに「あなたは上陸なさい」と言ってくれる副長、自分も新婚なのに航海長の新婚家庭を気遣ってくれる副長に、航海長は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

その気持ちを痛いほどわかっている副長ではあったが笑顔で

「ありがとう航海長。でも、艦長がお帰りになってしばらくは忙しいことも多いだろうから、落ち着いたらね」

と答えた。

繁木航海長はまだ何か言いたそうではあったが副長は散会を命じ皆はそれぞれの持ち場に引き上げていった。

 

 

そして翌日、梨賀艦長が『大和』に帰艦した。森上参謀長が介添えをして病院から退院してきた。

皆は甲板に集まって整列し艦長を迎えた。艦長はまだギプスをしたままで一種軍装もきちんとホックを止められない状態で痛々しかったが皆の出迎えを喜んで、「みんなありがとう、迷惑をかけてしまって申し訳なかった」と謝った。

林田内務長が

「お帰りなさい!お待ち申し上げておりました。どうぞご本復までゆっくりなさってください」

と言って艦長と握手した。梨賀艦長はもう一度「ありがとう」というと艦上の皆を見回して笑顔でうなずいた。

桜本兵曹が「艦長、あがいになって…。痛かったじゃろうねえ、ほいでもえかった。艦長がおらんようになったら『大和』は仕舞じゃけん」と独り言ちた。その隣に立っている石場兵曹長はそれを聞いて「ほうじゃの。『大和』は梨賀艦長あっての『大和』なけえの」と言った。

そのあと持ち場に帰った桜本兵曹たちであったがは松岡分隊長に居住区で整列させられ、彼女の「艦長への祝辞」を延々聞かされることになった。松岡中尉はラケットを振り回しながら

「艦長が帰ってきました!艦長素晴らしい、熱くなっていますねえ。いいですかみなさん、今回の地震はそれはそれはでかい地震だったそうです。しかし震源地の皆さんも怪我こそあったものの一人もかけることなく熱くなってくれました!そして艦長もろっ骨にひびを入れながらも熱くなって帰ってきてくれましたよ!さあ、みなさんも艦長に負けないようにこれから熱くなって頑張ろうじゃないか!いいですね航海科のみなさーん!」

と叫んで皆は耳をおさえた。

そしてはたと気が付いたように松岡中尉は皆を見回した後

「ねえ、小泉兵曹はどうしたの?」

と尋ね麻生分隊士は思い切りがっくりきた。

「分隊長、昨日うちは言いましたよねえ?小泉は艦長のお許しをいただいて今日の夜の便で帰艦しますと。兵曹は広島の実家に居ります」

がっくりきた顔のままで分隊士はそう言って松岡を情けなさそうに見た。どうしてこの人はいつも人の話をきちんとまともに聞いてくれないんだろう、うちはいつも同じ話を何度もする羽目になる。はあもううちは嫌じゃ。

そんな表情をあらわにしている分隊士のそばに桜本兵曹がそっと立って、分隊士の片袖にそっと自分の手を重ねた。

麻生分隊士はオトメチャンを見て微笑み(仕方のないお人じゃの。まあそこがこの人らしいんじゃがね)と小声で言った。

エヘン、と石場兵曹長が咳払いをして松岡中尉に向き直ると

「松岡中尉。ちいとものを申してもええでしょうか?」

と言った。松岡中尉はラケットをさらにブンブンと音がたつほど振り回して「なんだね、イシバチャン。私とお話がしたいなんてうれしいじゃないですか、なんならどこかのお部屋で二人っきりで如何です?」と言ってこれにはさすがに石場兵曹長は気味悪そうな顔になってかすかに身震いすると

「いいえ。二人っきりではしとうありません。ここで言います―ーうちはずっと思うとったんですが分隊長はちいと冷静になるいうことはないんじゃろうか、とずうと思うております。こげえに分隊士が何度も同じお話を分隊長にせんならんというのは、分隊長が人の話を聞くいう冷静さを欠いとるいうことではありませんか思うてですね」

とそこまで言った。

すると松岡中尉はラケットをその場の床に置いて、石場兵曹長の両肩をぐわっとつかんだ。ウオッ、と石場兵曹長が唸ったがわれ関せずという顔で中尉は、そしてその肩をポンポンとそっと叩いた。そうして

「いいですかイシバチャン。私は冷静ですよ?冷静でありながら熱い女です。わかりますかこの意味。私はただ熱いだけじゃなくって冷静な部分も持ち合わせていますよ?それを見抜けないイシバチャンはいけませんねえ、もっと人を見る目を養いなさいね。うーん、そもそも麻生さんの話は回りくどくって聞きにくいんですよ、わかりにくい!というわけで私はちょっと御用があるので失礼しますよ、ではごきげんよう!」

と言いながらラケットを拾い上げるとそれを振り回しながら出て行った。

それを見送った麻生分隊士は深いため息をついて「はい、散会」と言ってオトメチャンを誘うとその場を出て行った。

 

 

そして二日ののち。

『大和』に訪問者が一人やってきた。その人は舷側を軽やかに上がってくると舷門当直兵嬢の敬礼を受け、居並んだ艦長以下の科長たちに迎えられた。

その人は敬礼の手を上げて申告した。

「本日はお招きをありがとうございます、呉鎮守府勤務、松岡トシ少佐であります!」

 

松岡少佐…まつおか、マツオカ…

科長たちの間に声にならないさざめきが起きた――

 (次回に続きます)

               ・・・・・・・・・・・・・・・

 

梨賀艦長が退院しました!まだ完治ではありませんが責任感の強い艦長、帰艦したかったようです。艦長が帰艦して副長は久々に上陸できるのでしょうか?

そして!来ました松岡トシ少佐。松岡修子中尉の実の姉ですが、波乱が起きないよう願いたいものであります!


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● COMMENT ●

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
大戦艦の艦長としやはり適任ですね。
>威厳と品格
大佐にはそれが備わっています。だから彼女がいないと皆が戸惑ってしまうのでしょう。
そして松岡姉妹はどうなるのでしょうか?修子はあの調子だし姉さんという人は至極冷静みたいだし。何も起きなきゃいいのですが(-_-;)。

東京、熱かったでしょう!
なんだかいきなり春を一足飛びに越して夏に入ってしまったんじゃないかと思うほどでした。にいさまの存在を近くに感じられて何か心うれしいGWでした。
にい様もどうぞ、御身大切にお過ごしくださいませね^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
そうでした!松岡というともっとかっこいい松岡さんもいましたよね(って言うと語弊がありますね(;'∀'))。
この物語を呼んだが最後、「松岡」と聞けばあのラケットさんしか思い浮かばなくなるという怖い病気にかかりますw。

さあ、松岡姉妹の再会。どうなりますか、ご期待くださいませ^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
松岡姉妹、果たして漫才と化すか!?
修子さんがやたらめったら熱くなるし、トシさんは冷静だし…漫才コンビとしてはいいかもしれませんね^^。

山中副長の体調は本当にどうなるのでしょう、やはりここは艦長の進言を入れて休暇を取るべきなんですが。彼女はほんとに責任感が強いですから本当は内地にいるときは適度にしてほしいのですが…ね。

遊ぶことは大事ですよね、大人ならなおさらかもしれません。え?河内山さんは遊びすぎですかw、まあいいじゃないですかww!

梨賀艦長あっての大和。その空気感が艦全体、人々のすべてから滲んでいますね。人柄ですね。
人心を統べるというのは決して高圧的であってはならないもの。しかし威厳と品格は必ず身に備えなければならないもの。やはり天から授かった才能と人柄でしょうか。

松岡姉妹の知られざる何やらが展開しそうな雲行きですね。きょうだいと言いながらもまったく異なる性格。我が家とて……(汗)

暑い東京でした。見張り員さんのお宅からきっとさほど遠くない場所にいたはずのGWでした。
何だかつかみどころのない季節感ですが、どうかご自愛専一に。くれぐれも無理なさらぬように。

こんにちは。
昔は松岡というとソフィアの松岡くんやTOKIOの松岡くんの名前が出てきましたが、今はアツいあのラケット野郎(笑)しか浮かんでこない~!
松岡姉妹が好きよ、キャプテンの双子のリリーズみたいになる場面があるかしら? ドキドキしながら続きを待ちます!

姉妹漫才の予感が

妹が熱くボケて、姉が冷静に突っ込む。
こんな展開が想像されますが、案外姉妹がそろうと違った展開が開けるのかもしれません。

しかし山中さんの体調が、ちょっと気遣われます。何せ責任感強すぎの真面目人間、大和の良心回路ですからね。個性のありすぎる乗組員が多いのが良いのか悪いのか。もはや山中さんがお休みするときは、おめでたぐらいしかないのかな?

人生には遊びが必要です。おいらみたいに遊び過ぎも考え物ですが。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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