2017-09

いざ広島1 - 2015.04.29 Wed

指月フミは、泣き出した赤んぼを背負って病院の建物の外へ出た――

 

背中の赤ん坊を軽くゆするようにしてあやしながら彼女の心は寂しかった。(副長というかた、私のことが嫌いなんだわ。いやなものを見る目で私を見ていらしたもの。梨賀大佐だって気持ちが変わってしまったかもしれない…私がふしだらなことをしてこの子を産んだって思ってらっしゃるんだわ)

見上げる呉の空さえ、何かよそよそしいものにさえ思えフミは(私に味方なんていないんだ)とすねるような気にさえなってしまった。

その思いを抱いたまま病院の前をぶらぶらと所在なく歩くフミに、背後から声がかけられびっくりして振り向けばそこには森上参謀長がいる。参謀長はタバコを吸いに出て、フミのさみしげな後姿が気になって話しかけたのだった。

参謀長は「梨賀大佐からあなたのことを聞きました。いろいろお悩みのようではないですか…よかったらあなたのこれまでを詳しくお話しいただければと思いまして。我々があなたを誤解している部分が無きにしもあらずという感がありますのでね。如何でしょうか」

と優しく話しかけ、フミは決心して話すことに決め、二人は中庭に場所を移しそこのベンチに腰掛けた。フミの背中で赤ん坊が無心に眠っている…

 

――あの時、こうしなければ私たちの必死な思いは決して結ばれることはなかっただろう。確かに褒められる行為ではなかった。本来なら決してしてはならないことだし、思いもよらなかった。でも、そうしなければ、既成事実を作らなければ夫は確実に―ー好むと好まざるとにかかわらず――小泉純子の<夫>になってしまったことだろう。それだけは絶対嫌だった。私は本当にあの人が、夫が大好きなのだ。

(あの時本当に私たちは悩みぬいた―ー)

あの晩のことがフミの脳裏に鮮明に思い出された。あの日広島から帰ってきたばかりの夫・護郎はフミを仕事が終わるなり「ちょっと来てほしい」と下宿先に連れて行ったのだった。

部屋の裸電球の明かりの下で護郎とフミは向き合って座っていた。

なかなか口を、どちらも開かない。いや、開けなかったのだ。二人の身に起きたことがあまりに意外すぎてなんとしていいのかわからないというのが正直なところだった。

どのくらい黙って座っていただろう、やっとこさ護郎が「フミさん…」と言った。フミが顔を上げると護郎はフミをしっかり見つめていた。

「フミさん。俺は顔も知らんお嬢さんと結婚する気なんぞない。ほいでも、副社長がそげえに話を押し付けてくるなら俺も考えねばならんのじゃ」

広島訛りが混じった言葉で護郎は言った。フミは「…副社長のお言いつけだから、その方と結婚するんですね?」と言ってうつむいた。フミの視界が揺らぎ、涙がぼたぼたとひざに畳に落ちた。フミは涙をバッグから取り出したハンカチでぬぐうと

「その方と…結婚するんですね」

ともう一度言った。あきらめきれない悔しさが言葉ににじんだ。護郎はすると、「何言うとんじゃ!」と怒鳴るように言ってフミの両肩を掴んだ。そしてやさしく「フミさん、俺の言うことをよう聞きんさい」と言った。フミは座りなおして護郎の瞳を見つめた。護郎はつかんだフミの肩を離す事無く

「ええかな?俺はフミさんが大事なんじゃ。ほかのだれも目に入らん、それがたとい会社の社長令嬢であってもじゃ。俺は初めてフミさんと会って、付き合いだしたころから結婚するんならこの人じゃ思うとってじゃ。この先もその思いは絶対変わらんで。――ほいでな、フミさん。俺は考えたんじゃ。このままの形で二人で居ってもなあも変わらん、いや、このままで居ったら絶対社長の娘と一緒にさせられる。それは俺は絶対嫌じゃ。じゃけえな、こういうやり方はいけんことじゃ言うんは十分わかりきっとるが、ほいでも言う!

―ーフミさん、俺の子供を産んでつかあさい。ほいで結婚しよう!順番が逆なんは十分わかっとる、してはいけんことじゃ言うンも十分わかっとる。じゃが、こうでもせんとどうにもならんのじゃ。わかってくれフミさん!」

フミにもう、躊躇している余裕はなかった――

 

「いけないことだというのはわかっていましたが、どうにもならなかったんです。そのことをしたからと言って子供ができる保証もない…それでも私たちはそれをしなくてはならなかったのです」

フミはそう言って遠い目をした。

参謀長は「そうだったのですか…。つらかったですね」と言って目を伏せた。まだ若い女性がどんな思いでそれを受け入れたのだろう。それを想うとき参謀長の胸は痛んだ。山中副長はフミに対して不快感をあらわにしたがフミより若い副長ならそれも仕方がないかもしれない、だがこの話をしたらきっと山中も考えを変えるに違いない。

(山中副長だって、恋をして結婚したのだからフミさんの気持ちがわからないはずがない)

そう確信した。ならば彼女の想いをしっかり山中はもとより梨賀にももう一度伝えて皆で後ろをしっかり固めてフミを幸せにしてやりたい、してやるのが何かの縁で知り合ったものの務めではないか。

森上参謀長はフミに向き直り

「フミさん。私はあなたの後ろ盾になりたい…あなたはその思いを梨賀大佐と山中中佐にきちんと話してくださいね。私は広島の小泉商店に連絡を取りますからそこであなたはご主人と一緒に小泉の母親、いや副社長に真実をお話ししなさい。いいですね?」

と言い含めた。

フミの顔が先ほどより明るくなり

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません、こんな私たちのために」

と言ったのへ参謀長は軽く制して

「袖すりあうも多生の縁、ですよ」

と笑いその場を離れた。『小泉商店』とその<令嬢>の純子兵曹に連絡を取るためである。

 

 

『大和』艦上。

あわただしく駆けてきた繁木航海長は廊下で行きあった桜本トメ一等兵曹に「おお、オトメチャン!小泉、小泉兵曹どこにいるか知らないかな?」と問いかけた。

桜本兵曹はああ、小泉ですかと言ってから

「小泉兵曹なら今当直中で艦橋に居るはずです。明日が上陸日じゃけえずいぶん張り切っとってですよ」

と言ってフフッと笑った。繁木航海長は「明日がか!そりゃ好都合だ」というと一散に駆け出して行った。オトメチャンはぽかんとして「どういうことね?」とその後ろ姿を見送った。

 

繁木航海長から「小泉兵曹、あなた明日艦長副長参謀長と一緒に広島の『小泉商店』にゆくべし。これは艦長命令です」と申し渡され死ぬほど驚きかつ、嘆いた。

「航海長―、なんでなんでうちが広島くんだりまで行かんとならんのですか、しかもなんで『小泉商店』なんぞに行かんといけんのです?嫌じゃ、せっかくの久し振りの上陸でやっと、男を味わえる思うたのに~」

そういって身を床に投げ出さんばかりにして泣いた。

繁木航海長はあまりに生々しい告白にげっそりしつつも彼女の事業服の背中を引っ張って起こすと

「何言ってんのまったく!いいですかあなたには結婚の話があってですね…」

とそこまで言ったとたんに<結婚>という語に小泉は素早く反応して

「結婚!結婚ですかうちが?うほー、やっと来よったかわが世の春~ウフフ、やり放題~」

とその辺を飛び回り始める。狭い艦橋の中での大暴れと品のない言葉に閉口した航海長は再びその事業服の背中をひっつかんで自分の方に向かせると

「ちょっと待ちなさい!そんな浮ついた話ではないのだ、そもそもこの話のもとは貴様の母親から出た話なのだ。ちょっと落ち着いて聞きなさい」

と怒鳴った。母親と聞いて小泉兵曹の動きと笑顔が固まった。

「は・は・お・や・の、ですか?」

その顔が一気に曇った。                   

「なんじゃ、うちはまた航海長がうちのためにええ話をもってきてくださったんじゃ思うたんに…しかも、あの女からかいね」

そういって下を向いてしまった。繁木航海長は何で私があんたに縁談を持ってこにゃいかんのだと怒りつつも副長から聞かされた話をしてやった。そしてまだうつむいている小泉兵曹に

「いいね明日の一〇〇〇(ひとまるまるまる、午前十時のこと)上陸桟橋で副長が待っておられるからそのつもりで。そして艦長もまだご本復ではないのだが明日だけ広島にご一緒にゆかれる。そのつもりできちんとしろ」

と言って「ではごきげんよう」というと艦橋から走り去った。

小泉兵曹はぼんやりとその後ろ姿を見つめていたがやがて

「なんでそがいな話、うちと直接関係ないじゃろう?なのに何でうちが呼び出されんならんのじゃ、しかもずうと楽しみにしとった上陸日に…ああもう、あのばあさんたら!」

と悔し涙にくれながら生さぬ仲の母親をのろったのだった。

 

その晩になって小泉兵曹は繁木航海長を訪ねて

「あの、航海長?」

とおずおずと言った。「どうしました?何かありましたか」と問う航海長に小泉兵曹はその場にがばと伏してまず航海長の度肝を抜いてから

「小泉純子海軍一等兵曹今生のお願いです!明日の上陸にどうか伴を一人連れて行かせてつかあさい、願います!」

と叫んだ。繁木航海長は驚きを収める間もなく「は?とも…友…伴??」と言って平伏している小泉を見つめた。小泉兵曹は顔をそっとあげると

「そうです、お伴です。うちは一人であの家に行くんが嫌で嫌でたまらんのです。航海長はうちの父親は再婚じゃいうんをご存知でしたかのう?」

と言い航海長は「え?そうだったの?」と言った。そこで小泉兵曹は自分の生みの母親は、自分が海兵団に入って間もなく病死したこと、そのあと後妻に入った継母とはウマが合わないことなどを話して聞かせた。

繁木航海長は「フーン…そうか小泉兵曹も結構大変な身の上だったんだね。裕福な大店のお嬢さんで苦労

知らずかと思っていたが、人は見かけによらんね」と感心している。

小泉兵曹は「そんなことはどうでもえんです。伴を連れて行ってええかどうかお聞きしたいんです!」と必死で航海長にすがった。

航海長は

「ふむ。それは私には何とも言いかねるけどとりあえず連れて行ったらいいんじゃないか?そのうえで副長におたずねしてだめなら置いてくしいいとおっしゃったら連れて行けばいい」

と言ってから

「それで?誰をお供にするつもりなの?」

と聞いた。小泉兵曹は         

「桜本兵曹です。あいつとは長年の友達だから」

と答えた。航海長は「ああ。オトメチャンならいいだろう。あの子ならいつも冷静かつ客観的だからね。小泉さんあなたいい友達持って幸せだねえ」とまた感心している。

 

 

そんなころ、広島の『小泉商店』では長期出張から帰宅したばかりの小泉純子の父親、孝太郎が旅装を解く前に飛び込んできた『大和』艦長からの<明日お伺いいたします>の報に

「なんだって?艦長さん直々にお越しになるとはいったい何が起こったのだろう?」

と大変驚愕していたが<指月護郎さんもご同席願います>に妻を見て

「いったいどうして指月君を?なにがあったのか心当たりはないかね」

と問いただした。とうとう後妻であり純子たちの継母でもある小泉エイは

「二年ほど前にあなたに頼まれた純子さんのお相手を社内から選抜したそれが指月護郎であるがどうも煮え切らず妙な態度であるので東京支社準備室から広島に呼び戻して話を聞いたがどうもほかに女性がいるらしい、それでその人と結婚したいから純子さんとの話は受けられないというのよ。たぶんその辺の話だと思うのだけどでもどうして純子さんの艦長さんが??私にもわからないわ」

と首をひねって見せる。

孝太郎は余計にわけわからなくなったらしく頭をバリバリと掻きながら

「ああもうようわからん!もうええ、明日純子の艦長さんがいらしたらわかるじゃろ。――わしは風呂に入りたいけえ、はよう沸かせ!」

と言ってエイは「もう湧いとります」と言って孝太郎は湯殿へと急いでゆく。

 

 

小泉純子兵曹は、その夜遅くまで寝付けなかった。下のベッドで安らかな寝息を立てている桜本兵曹を(ええ気なもんじゃ。うちは明日えらいことになるかもしれん言うンに)とちょっと恨めしい気持ちで上から覗いた。

(いったいどういうことなんじゃろうか)

小泉兵曹はその胸がもやもやとした不安で真っ黒になるのを感じて気分がよくない。

 

そして山中副長は、参謀長からフミの真実の想いを聞かされて「…そうだったんですか。彼女たち必死で・・あの赤ん坊を産んだのですね。知らなかったとはいえ悪いことを言ってしまいました」と反省しきりである。

梨賀艦長も「そこまでの想いならなおさら口添えをしてやらねばね。いや、私もちょっと彼女に妙な感じを持ってしまったことを今恥じているよ」と言った。

一途なフミの態度は一時的に梨賀や山中に反感を抱かせたが彼女の真実を知った今ではその思いは雲散霧消している。

(あとは明日!小泉の母親たちとどう話をつけるかだね)

梨賀大佐・山中中佐そして森上大佐は気を引き締める――

 

  (次回に続きます)

 

                      ・・・・・・・・・・・・・・・

 

いよいよ佳境に入りますこの物語!

皆の思いが交錯するこの事件…平穏に済むのでしょうか。次回広島編を待て!!


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● COMMENT ●

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは!
お返事遅くなりましてごめんなさい!先ほど帰宅いたしました^^。

お近くにそんな有名な方の墓所があるとはいいですねえ、うらやましいです。>日本のチベット、ですか(;´・ω・)でも彼のように素晴らしい人が多数輩出されていますから素晴らしいですよ。

「女だらけの~」もなんだか人が増えたりして変化しつつありますが書いている本人が実はついていけてないんじゃないかという思いがしますw。

メルケルも何か胡散臭い感じがしますね。
いずれにしても一国のトップに立つ人はもっとしっかりものを見てから発言してほしいと思います。

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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
またなんでオトメチャンをチョイスしたんだか??という感じですね(;´Д`)。まあ海兵団同期の好でしょうか…??はっきり言ってこういう男女の話にはオトメチャンは役不足だとおもうのですがまあいいかww!
そしてこの話どうなってゆくのでしょうかお楽しみに。
続きは5月3日正午にアップされます(予約投稿です)

明日3日、実家に行ってきます。
少しはゆっくり眠れるかなあと期待を持ちながら行ってまいります。それにしても暑くなっちゃいました。オスカーさんもご体調に気を付けてお過ごしくださいませね^^。
いつもありがとうございます!

こんにちは。
お伴に選んだのがオトメちゃんとは……生々しい男女の話や自分も経験した家族との葛藤など……またひとつ大人の階段をのぼっていくのですね~! 彼女はヘンにすれることなく、一番よい方法を意識せずに見出だしてくれる気がします。
連休中、ご実家には帰れそうですか? 母上さまとたくさんお話をして下さいね。アツい毎日、体調には十分お気をつけ下さいませ。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
そうなんですね、護郎さんはっきり副社長に言うべきでしたがまあ致し方ないですね。
そしてオトメチャン。彼女思慮深いですがいかんせん男女の仲や機微に疎いところがあるのが心配ですね。素晴らしい提案をしてくれればいいと思いますが、どうぞ次回をお楽しみに^^

いつもありがとうございます!

さて役者はそろった

フミさんへの誤解は解けましたが、護郎さんがもうちいとはっきり副社長にお話しすればよかったような気も。こういうときの男というものは考えが浅いですからね、おいらも含めて。

われらがオトメちゃん。悪友小泉さんの問題をどのように解決するのか?もちろん梨賀さん達は正面突破の正攻法、オトメちゃんと言えば、あっと驚くアイディアの宝庫ですからきっとすてきな作戦立案をしてくれるのではないでしょうか?


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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