2017-10

艦長不在 5 - 2015.04.25 Sat

小泉純子兵曹を、指月フミは知っているのだろうか――

 

梨賀艦長は、トラックの荷台に敷かれた布団の上からフミの顔を見つめた。指月フミはその視線を感じて

「小泉純子さんは、『小泉商店』のお嬢さんですよね。いえ、じかにお会いしたことはないんですがお噂はいろいろと伺っております」

と言った。艦長は(男癖のよくない噂を聞いているんだな)と内心苦り切って瞬間瞼を閉じてしまった。フミは背中の赤ん坊をゆすりあげてから

「夫と私は東京で知り合いました―ー」

と身の上を話し始めた。

 

――私は東京の生まれ育ちです。女学校を終えて上の学校に進学するつもりでしたが父親が急な病で身まかりましたので進学を断念して、伝手を頼ってとある会社に就職しました。

私が勤め始めて間もなく、会社の入っているビルの一階下の部屋に、夫の勤める『小泉商店』の東京支社準備室が入居してきたのです。『小泉商店』は広島だけでなく南方にも大きな工場を持っているし、東京にも進出予定だという目覚ましい発展をしている会社だと聞きました。――ともあれ、そんな関係で夫と知り合いました。夫は東京支社準備室長ということでずいぶん張り切ってあれこれ仕事をしていたようです。付き合いが始まり、毎日楽しい日々が続きました。――本当に楽しかった、映画を見たり銀座を歩いてみたり…。お互い、早い時期から結婚を意識し始めていました。母親に夫のことを話しましたら「早すぎる、それに遠いところの人との結婚は許さない。私を捨ててゆく気か」と半ば脅されましたっけ。

それはともかくも、私との付き合いが三年目に入るころ、夫は『数日ほど広島に戻りますがすぐまたここに帰ってきます。待っていてくださいね』と言って広島の『小泉商店』本社に帰ってゆきました。支社準備室長という仕事柄、あれこれ報告することもあるのだろうと思っていました。

夫はなかなか帰ってきませんでした。数日、と夫は言っていましたが一週間たっても十日たっても戻りません。私は意を決して『小泉商店』支社準備室の前で、顔見知りになった商店の社員の男性にそっと尋ねてみました。

するとその方は『室長はちょっと…難しいことが起きたようです。でもすぐ戻りますよ』と不自然に言葉を切りました。何かがあった、と私は思い何やら胸騒ぎを感じました。

夫が準備室に帰ってきたのはその日からさらに一週間ほどたっていました。

その日私はお昼休みに夫のいる階まで下りてゆきました。すると準備室の前で数名の男性に囲まれた夫が見えました。何やら話をしていてそういうことはいけないことですが壁の陰に隠れて立ち聞きをしてしまいました。

一人の男性が「指月室長、お返事しんさったんですか?」と言っています。ほかの男性が「ええですなあ、東京支社長も夢じゃないですね。社長のお嬢さんを妻にしたら未来の『小泉商店』幹部の座は約束されたも同然じゃ」と言ってうらやましそうな顔で夫をつついています。

しかし、夫の顔は浮かない顔つきです。そして「そうはいうても、俺は純子さん言うお嬢さんのお人柄もなあもしらん。それなのに結婚じゃのなんじゃのと、俺は正直困っとるんじゃ」と言います。しかしほかのひとたちはそれを夫の<照れ>だと思ったようです。皆口々に「ええのう」「はあ夢のようじゃなあ」と言いながら歩き去って、その場には夫一人となりました。私は夫のもとに走り寄って彼の前に立ちました。すると夫は「遅くなってごめんね。もっとずっと早く帰るつもりだったのに」と言いました。何があったの、と私は聞きました。すると夫は「社長の奥様に、純子お嬢様と結婚せえと言われたんです」と言いました。

詳しく聞いてみると、お忙しい社長さんに代わって人事関係を奥様が取り仕切っていたようです。息子さんがいらっしゃいますがその方は今、南方の工場長としてトレーラー諸島の工場にいらしゃるとかで人事は奥様のお役目だそうです。夫は仕事ができるということで一目置かれ、それで東京支社準備室長に任命されたというのです。

奥様は夫に『娘の純子と結婚しなさい、純子は海軍勤務であるがいずれ海軍をやめたら会社を継がせる。あなたと結婚したらいっそう会社を盛り上げて行ってほしい』と言ったそうです。

突然で何のことだか理解しかねる夫に奥様は「そのつもりでおってね」と言ってそこで話はいったん終わったそうです。

夫は純子さんという方がどんな方かもわからないし、第一自分には<私>がいるので他の人との結婚は考えられないということを奥様に伝えねば…と思ったのです。噂の駆け巡るのは早いものでその日の内に夫と純子さんの結婚の話は若い社員たちの間でもちきりとなりました。

以前南方の工場の操業時にトレーラーに行ったという人は「純子さんは素敵な人だよ、あんなに堂々として積極的な人はいないよ。海軍将兵嬢多しといえども雄々しくも女らしい素敵な人はいないよ。指月、男冥利に尽きるなあ」といって大変うらやましげだったと――

 

 

そこまでフミは話して、ふっと息をついた。梨賀艦長はそこまで話を聞いて(あの小泉兵曹が女らしく雄々しくて素敵?その男性はいったい小泉兵曹のどこを見てそう思ったんだろう)と不思議に感じた。しかし(まあ男というものはそう感じるのかもしれないな)と思いフミが先を続けるのを待った。

フミは「痛みませんか、お背中?」と艦長を気遣ってから話をつづけた。

 

 

――その男性社員は、夫に「この人が純子さんだよ」と言って一枚の写真を見せたそうです。それには三人の海軍さんが写っていてその中の一人を指して社員さんは「このひと。素敵じゃろう?」と言ったそうです。確かに、皆が言うとおりの感じを受ける人だったと言いました。でも夫の気持ちは決まっていたので「結婚はしない。できないんだ」と言って断ろうと奥様に申し出たのです。

結婚は出来ない、という夫の申し出に奥様はびっくりされました。会社の社長令嬢との結婚は誰しもが望むものでしょう。それを蹴るというのですから、奥様はそのわけをお聞きになりました。

夫は正直に東京に<私>がいること、付き合ってもう三年目に入ることや結婚を真剣に考えていることなどをお話ししたそうです。

しかし奥様は、有能な社員の夫をどうしても「家族」にしたかったようでいろんな好条件を出して慰留に努められたのです。そのため、帰京が延び延びになったというわけなんですが…奥様は「純子も指月さんをたいそう気に入っているのだからこの話はあきらめられない、その東京の女性とは何とかして手を切りなさい」と言って夫にせっついたのです。

夫は苦しんだと思います、事実苦しみながらそのあとの数日を過ごしました。

そしてある日、夫は決心して「東京に戻してください、話をしてきます」と言って東京の準備室に帰ってきたのです。

夫は大変焦っていました、社員からもらったという写真を私に見せ「この人と結婚しろというんだ。でも僕はあなたと結婚したい。いや、するよ!でも今のままではこの人と結婚させられてしまう…。それで、こういうことは本来決してしてはいけないことなんだが」と言って、既成事実を作り上げてしまおうとお言ったのです。

そうです、私が夫の子供を身ごもって純子さんとの結婚は無し、ということにしてしまおうと。

 

 

「で?お子さんを身ごもられたんですね」

梨賀艦長は静かに言った。フミはうつむいてうなずいた。そして

「どんなに純子さんが夫を気に入っていようとも、私と付き合い始めたほうがずっと先です。私、大会社の社長令嬢にそれだけは負けたくなかったんです。夫は私にとっての生きがいですから。だからおなかにこの子が出来たときは本当にうれしかった。夫とこれで本当にいっしょになれると思って。だから母親のいろいろな妨害も必死で耐えました―ー母は『おまえのようなふしだらな女を家におけない』と言って私は物置を改造した家に置かれました。そこでたった一人で生活をし、訪ねてくる夫と励ましあい、臨月を迎えそしてこの子を産みました。夫は子供が一つになるのを機に会社に報告しようと私たちを今回呼び寄せたんです。できたら純子さんにもお会いして、あきらめていただこうと思っています」

と言った。

梨賀艦長は(なんだかとんでもない話に巻き込まれた)と思ったがもうこうなれば乗りかけた船、かわいい乗組員のためにも何とかしないと、と覚悟を決めた。

 

そんなころ呉の『大和』では山中副長が森上参謀長に

「艦長いったいどうなさってしまったんでしょうね…あれからもう何日もたっているというのにどこからも連絡ひとつない。もし、もしも艦長に万が一のことがあったら、ああ!どうしたらいいんでしょう参謀長!」

と言って涙にくれている。森上参謀長はそんな副長の背中をやさしくなでながら

「大丈夫だよ山中さん。梨賀はね、あれで結構悪運強いやつなんだよ。だからそのうちひょっこり帰ってくるから、まあもう少し待ってみようや」

と言って慰めた。

山中副長はハンケチを取り出してそれで眼を拭いた。そして「そう、そうですよね。全海軍期待の艦『大和』の艦長ですものね、大丈夫。…大丈夫」と独り言のように言った。

参謀長はその副長の背中をドンドンと軽くたたいて元気をつけると「じゃ。私は行くから」と言ってその場を離れたのだった。

 

さらに同じころ、今日は飛行科の林家へゑ兵曹と遊んでいたマツコとトメキチ・そしてニャマトだったがマツコが不意に立ち止まった。

「トメキチ。何か感じない?」

トメキチは鼻先を空に向けてふんふんと嗅ぎ始める、そしてマツコに

「マツコサン、ついにとらえたわよ!」

というと笑って見せた。マツコのそばに座っていたニャマトも「ニャニャニャ、ニャーマト!」と叫ぶ。三人は顔を見合わせて笑いあう。

その様子を見て林家飛行兵曹は「いいねえ、ハイ記念写真」と言って手元のカメラを構えてシャッターを切った。

 

そして防空指揮所では、当直の小泉兵曹が「なんじゃ…何やら胸がざわざわしてならん…これが胸騒ぎいうもんじゃろか」と、つぶやきながら事業服の胸を手のひらでこすっている。

 

 

梨賀艦長たちを乗せたトラックは間もなく、呉に到着する――

 

               ・・・・・・・・・・・

なんだか複雑な話になってきてしまいました…果たして指月フミと小泉兵曹は顔を合わせることになるのでしょうか?

次回をお楽しみに!


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● COMMENT ●

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは!
「女だらけの大和」乗組員約二千名ちょっと、それを要する『大和』自体がなにか意志をもって動いている…そう、一つの世界なんですね。そして外の世界を巻き込んでまた一波乱起きそうです!
因果応報とか何とか、いろんな言葉が頭を巡りますね。
いったいどうなりますかご期待をくださいませ。

小泉のお母さんは実の母ではないのでその辺で結構イヤラシイ部分もありそうです…(;´・ω・)。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんにちは!
小泉兵曹としては「あっと驚くためごろ=」状態でしょう(;^ω^)。そしてこのわけのわからない状態をどう打破してゆくのか…今後の展開をお楽しみに^^。
小泉のお母さんは彼女とは生さぬ仲なのでその辺がまた…でしょうか。

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは!
大事なのは当の本人なんですがそれを置き去りにしてものを進めるってのは迷惑極まりないですね。でもどこの世界にも必ず一人はいるような(;´Д`)。

さあこのあといったいどうなる「女だらけの大和」!なんだかドキドキの展開になるようなならないような…(;^ω^)、ご期待ください^^。

大和を軸にまた人々の人生が……。
大和、底知れない人間関係を擁する巨大な一個の世界のようにも感じます。
「悪いことは出来ない」と、小さい頃から親に教えられて育った身としては、今回の回り回ってきた話も何やらゾクゾクしています。
艦長の裁量が発揮される出来事の発生ですね。

それにしても人の運命を自分のために左右させるなんてとんでもない人もいるものですね。そんな時代だったということでもあるのでしょうか。

小泉さんも

本人の知らぬところでこんな話が持ち上がっているとは。一山越えるには、どのような紆余曲折があるのか?小泉さんの母上も簡単には引き下がってくれないかもなので。

梨賀さんもちょっと頭を悩ませるところです。

こんばんは。
本人の気持ちを無視してアレコレ物事をすすめたがる人っていますが、いい迷惑ですよね~!! 役者が揃い、どう物語が展開するのかまた楽しみです!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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