艦長不在 4

梨賀艦長と日野原桐乃は意外な場所で再会を果たすことになったーー

 

「桐乃ちゃん、桐乃ちゃんだね!」

梨賀艦長は背中の痛みも忘れ半身を起すようにして日野原桐乃へと手を伸ばした。桐乃は艦長に駆け寄ってその手を掴み背を支えて

「はい!桐乃です。――艦長さん、おなつかしい。でもお怪我をなさってらっしゃいますね、どこが一番痛みますか?」

と艦長を気遣う。日野原昭吾もそばに来て

「梨賀大佐、母がいつもお世話になっております。私は日野原の長男で昭吾と申します。お見知りおきを」

とあいさつした。

艦長は「ああ!日野原さんのご子息の…。いやこちらこそ軍医長にはいつも何かと助けていただいております」とあいさつし、傍らの松岡少佐と指月フミに紹介した。

 

県病院には負傷者が多く担ぎ込まれ、昭吾も桐乃もその対応に忙殺され、艦長の世話は「私ができることはやります、いえ、させてください」と指月フミが申し出て桐乃から「体を起こすときはこのように。歩くときはこのように支えてあげてくださいね」と教えてもらい、赤ん坊を背負いながら懸命に梨賀艦長を世話した。

なかなか艦長の背中の痛みは消えず、日野原昭吾はその晩艦長を聖蘆花病院の外科の医師に診せた。

聖蘆花の外科の医師――利根――は

「肋骨の背中側にひびが入っているようですね。ただどのあたりにひびが入っているか…正直申してここの設備では正確にはわかりかねます。私は呉の海軍病院で診察してもらったほうがいいと思います。電報を打って、出来たら迎えをお願いしたいのですが」

と言った。

昭吾もうなずいて「そのほうがいいと思います。私もここでは満足な治療は出来ないと思いますので」と小さな声で言った。県病院とはいってもそれ程の規模ではない、聖蘆花病院のメンバーはそう見切っていた。

すると松岡少佐が

「電報…しかし郵便局も混乱してますから間違った電文を打たれるという可能性もあります。先生、事は急を要すると私はお見受けしました。ですので私は自動車で大佐を呉にお連れしたほうがいいと考えました」

と話を始めた。梨賀艦長が「自動車かね?そんなものがあるだろうか」と口をはさむと松岡少佐は

「実はこの病院の近くの国民学校に救援物資を運んできた海軍のトラックが来ています。それが二、三日うちにも広島へ戻ると聞いていますので明日、私は呉に立ち寄ってくれるよう頼んでみます」

と言った。

利根医師は「できるならそのほうがいいですね。呉の海軍病院でしっかり診察してもらって必要なら手術をしたほうがいいでしょう。もっとも私は手術までは必要ないかとも思いますがこればかりは診てみないと」と言って賛同の意を表した。

昭吾もうなずき「そのほうがいいと思います、松岡少佐、明日私も一緒にお願いに伺いましょう」と言った。松岡少佐は「ではそういたしましょう。ひとりより二人で頼んだほうが効果がありそうですものね」と言って笑った。

すると、ついたての向こうで赤ん坊を寝かしつけていた指月フミが出てくると

「あの…」

と話しかけてきた。艦長が「どうしました?」というとフミは頭を下げて

「厚かましいのは重々承知の上でお願いいたします…私もそのトラックに載せていただきたいんです」

と言った。

松岡少佐が

「あなたも、呉に行きたいのですか?」

というとフミはうなずいて

「夫が、広島にいます。呉まで行けばもう後は歩いてでも行きます。どうか…お願いいたします」

と深々と頭を下げた。少佐は「わかりました。大きなトラックですから平気だと思います。明日、私と日野原さんで交渉してまいりますからね」とほほ笑んで見せた。フミは「おねがいします!」と少佐にもう一度頭を下げた。

 

 

翌日、出かけて行った松岡少佐と日野原昭吾医師が息せき切って戻ってきた。そして

「梨賀大佐、良かったですね、海軍のトラックが載せて行ってくれますよ!これでもう大丈夫です…そうだ指月さん」

と言ってフミを呼んだ。フミは艦長の洗濯物を干して戻ってきたところだったが「はい?」と言って松岡少佐の前に来ると少佐は

「喜んでください。一緒に呉に行けます。∸-梨賀大佐、フミさん。明日の朝〇八〇〇(午前八時)出発の予定ですのでご準備を」

と言って艦長もフミも喜んだ。

県病院の院長は、梨賀大佐が呉に戻るという話を聞いて内心安堵していた。ここでは満足な治療も出来ず、万が一のことがあったら(責任が取れない)と思っていたのだ。

病院長は病室に梨賀大佐を見舞い

「このたびは十分な治療も出来ず申し訳ございませんでした。明日、呉へお戻りと伺いました。どうぞ一日も早いご快癒をお祈りいたします」

と言った。その病院長に梨賀艦長はベッドの上から

「いや、多数の患者を抱えて私のようなものがいたらご迷惑だったことでしょう。∸-手厚い治療をありがとうございました、このご恩は忘れません」

と言って院長は深々と頭を下げ「明日のご出立時間は?」と聞いてきた。

松岡少佐が引き継いで「午前八時にトラックが迎えに参ります」と言い、院長は「わかりました。では今夜はごゆっくりお休みください」と言って病室を出て行った。

日野原昭吾は嬉しそうに

「梨賀大佐よかったですね。これで安心できますね」

と言って艦長を見て微笑んだ。艦長は「ありがとう、日野原さん。松岡少佐」と言ってフミを見て

「あなたも良かったですね、これでご主人のもとへ帰れますね」

と言ってフミもうれしそうにほほ笑んだ。

 

その晩艦長は日野原桐乃を枕元に呼んで

「面倒をかけて申し訳ないがこれを東京に帰ってからでいい、投函してほしいのです」

と一通の封筒を手渡した。横須賀の家族への手紙である。桐乃は

「東京に帰ってからではずいぶんと遅くなりますが、いいのですか?」

と尋ねた。艦長はうなずき「いいんですよ。私が無事だということがわかればいいんです。それに桐乃ちゃんたちが東京に戻るころには私も呉の病院を出られるころでしょう、そうしたら返事が来てもすぐ書けますからね」と言った。

桐乃は表情を引き締めて

「わかりました。このお手紙は桐乃が責任をもってお預かりいたしました、どうぞご安心願います」

と言った。その桐乃を見つめて梨賀艦長は

「桐乃ちゃん、立派になりましたね。日本語もとてもきれいになりました。さすがですよ」

とほめた。ほめられて桐乃は恥ずかしげにほほを染めて

「そんなこと…。ありがとうございます。梨賀艦長さん、桐乃は幸せです。日本の東京の日野原先生の病院で看護婦をして、みんなに大切にされています。そして今度は医師になるための学校にも行けるんです!――でも、私ばかりがこんなにいい思いをしていいのでしょうか」

と言って梨賀大佐はそっと手を伸ばし桐乃の手を掴むと

「いいんですよ、あなたにはその権利がある。あなたは神様から選ばれたんですよ、しっかりおやりなさい。そしていつの日にかトレーラーと日本を医療で結ぶ架け橋になってくださいね」

と励ました。桐乃の瞳が潤み「…梨賀艦長さん」とつぶやいた。

そんな桐乃に梨賀艦長は母親のような慈愛に満ちた微笑みを送っている――

 

 

翌朝、病院長と担当医師が見送る中、梨賀艦長は担架に乗せられて迎えに来た海軍のトラックの荷台に乗せられた。梨賀艦長は院長と担当医師に「お世話になりました、ありがとうございました」と言って。

担当医師は艦長のカルテを松岡少佐に手渡し

「これは入院からの梨賀大佐のカルテです。呉の病院でお渡し願います」

と言って松岡少佐は「わかりました、ありがとうございます」というとしっかり胸に抱えた。

見送りの中に日野原昭吾と桐乃がいて、松岡少佐に「くれぐれもよろしくお願いいたします」と言って名残惜しげである。この二人は艦長がトラックに乗る前、そっとやってきて「日野原軍医長によろしくお伝えくださいませね」と言って微笑みあった。

そんな二人の姿を見て梨賀艦長は(この二人、もしかして?)と楽しい想像をするのであった。

そんな艦長を寝かせた分厚い布団の横には赤ん坊を背負った指月フミが控えて「私が呉まで梨賀大佐のお世話をいたします」と宣言し、皆は「それは心強い。しかしあなたも赤ちゃんのいる身ですから無理をしないように」と言って、トラックは病院の前庭を離れた。トラックは全部で三台、列を作って走り去っていく。

日野原桐乃はトラックが見えなくなるまでその場に立って見送っていたが、やがて気を取り直したように顔を上げると病院の中へと戻って行った。

 

被災した地域を出ると意外とすんなりトラックは走り、運転席の准士官は「これなら呉には明日の昼には着きましょう、梨賀大佐には後しばらくの辛抱を願います」と言ってくれた。

道中赤ん坊の体調が心配されたがフミの乳の出もよく休息をとりながらの旅だったためか至極元気で皆を安心させた。

その間もフミは、艦長の世話をしっかりとやり周囲を感心させた。

艦長は「フミさんは、看護婦の経験でもあるのかしら」と尋ねたがフミは笑って首を横に振り、

「いいえ。まったくないんです、でもこういうこと好きなんです」

と言った。松岡少佐が

「ほう、あなたならいい看護婦さんになれそうだが」

と言いフミはいたずらっぽく笑うと

「ではちょっと考えてみましょうか」

と言って皆は笑った。艦長は「そういえばあなたのご主人は広島にお勤めを持ってらっしゃるとうかがったが」というとフミは

「はい。大きな商店に努めています。『小泉商店』と言って、聞いた話ではありますが海軍さんにも品物を入れているとか?」

と言って艦長は「こ、小泉商店!?」と大声を出してしまい、背中が痛んでしまった。慌ててフミが「大きなお声を出されてはいけません」と言って艦長の掛布団をさするようにした。

「いや、済まないね…フミさん、その『小泉商店』の娘が私の乗る艦にいるんですよ」

と教えてやった。

するとフミは数瞬の間をおいてから「――純子さん、ですね」と言い何か複雑な影がその顔に走ったのを――梨賀艦長は見逃さなかった。

 

三台のトラックは、翌朝には広島県に入っていた――

 

              ・・・・・・・・・・・・・

 

いろんな人が出てきました。桐乃ちゃんもずいぶん成長したようで梨賀さんはびっくり、そして昭吾とのひそかな愛?が進行しているのを嗅ぎ取ったとは、さすが艦長です。

さらに、指月フミの夫は『小泉商店』社員のようですがフミはどうしたのでしょう…次回をご期待ください。


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Secre

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
おおごとにはなりましたが何とかなりそうです!
そして桐乃たちとの再会もあり、天命の不思議さを感じさせますね。

あの大震災の時は被災県の病院はまさに地獄の態だったでしょう、TVの報道を見ていても「これ何とかしてあげられないのか!」と思うほどでしたから、実際その場を見ていた方にとってはどれほどの想いだったか。
もうあんな震災は二度とごめんですね!

大事件ですね。梨賀艦長大丈夫なんでしょうか。
こんな時に桐乃さんと巡り合えるとは、神の引き合わせでしょうか。病院はもう地獄の沙汰ですよね。負傷者が次々と運び込まれてるでしょうね。

東日本大震災の時の病院は一般見舞客は規制されていました。義母が入院していた県立病院の玄関口は救急車が引きも切らず出たり入ったりです。電気も自家発電により院内は薄暗く、エレベーターは止められています。病室までは階段を昇らなければなりません。院内は医師や看護婦が駆けずり回っており、入院患者の診察も疎かだったようです。入院患者には病院食も準備できず、弁当が支給されているだけです。売店も食料は売り切れでした。
たまたま義母の見舞いに行ったこの日は、地獄のようでしたね。
当時を思い出してしまいました。2度と地獄の病院は見たくないですね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
桐乃の人柄が、皆の心を震わせ感動させています。桐乃はこの後医学校に入学します。そしてきっと――立派な医師になってくれると思います!
掛け値なしの愛情とそれに対する報恩。それこそが日本古来からの思想かなあと思ったりしています。

松岡姉妹、顔を合わせるんでしょうか!?熱い修子と冷静トシ。寒暖の差?こそあれやはり熱血なんでしょうねw。

そして小泉兵曹、フミさん夫婦と何か…あるのでしょうか!?この先目が離せませんよw。

いつもありがとうございます^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
思わぬ足止めを食らいましたが何とか呉に帰れるようです艦長たち!そしてフミさんの夫と小泉兵曹、何か関係があるのかないのか…気になりますねえ(;´・ω・)…次回をお楽しみに!

天候がくるっくるっと変わるので体がついてゆけません(;^ω^)。何かどこか調子の悪い私です(泣)。オスカーさんもくれぐれも御身大切になさってくださいませね。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
艦長のケガも呉に帰れば何とかなりそうですね、ほっと一息。
しかーし!指月フミの夫という人が何と小泉商店社員ということでまた何かあるのかないのか!!??
「純子さん、ですね」と複雑な表情のフミさん…
次回をご期待ください!

>「あなたにはその権利がある。あなたは神様から選ばれたんですよ、しっかりおやりなさい。そしていつの日にかトレーラーと日本を医療で結ぶ架け橋になってくださいね」
尊敬する人からこのように言われる人生こそ充実と幸福の緒ですね。桐乃さんはきっと日本の医療を背負って立つ女医さんになるはずです。それを温かく見守り育てる人々が大勢いる。天与の恵みですね。そして恩返しの心がけ。この心のやり取りこそが唱和の良き時代の産物かも。

しかし松岡さんちはきょうだいで賑わしいというか手際がはっきりとしているというか心地よいですね。根底はやっぱり熱血でしょうか。

世の中というのは不思議なもので何処かで誰かとつながっている。今回は小泉さん。フミさんの曇った表情が気になるところです。

おはようございます。
物語がまた動き出しましたね~場所がまた呉に移り、どんなドラマが展開されるのかワクワクドキドキしてしまいます。
今日は晴れましたが、朝のヒンヤリ感に比べて昼間は暑くなりそうで……お身体に気をつけて下さいね! よい1日になりますように(´∇`)

梨賀さんのケガは

重傷ではあるものの、桐乃さん達の機転で呉の軍病院に。フミさんも同行出来るのは何とも心強い。

フミさんの旦那さんが、小泉商店の関係者というのも、おおっという展開なのですが、フミさんの反応が気にかかります。

大和突撃隊員の純子さん関連で、旦那さんから変な情報でも入っていなければいいのですがね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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