艦長不在 3

報道管制の敷かれた今回の大地震であったが各地の大きな病院には救援要請が速やかに出されたのだった――

 

 

赤十字は当然のこと、東京の民間病院『聖蘆花病院』にも医師と看護婦数名救援に出してほしい旨が伝えられた。

聖蘆花病院の院長は、外科の医師を三名、内科の医師――これは彼の息子であったが――を一名。そして看護婦を五名選出した。その中には日野原桐乃も入っている。

彼らは薬品や医療用具を整えると、軍から差し回されてきた大型トラックに乗り一路被災地を目指した。

桐乃は日本に来て初めて大きな地震を経験し多少動揺したものの昭吾から「大丈夫、日本はこういう地震は多いんです、でもあまり怖がらないでね」と優しく慰めたのだった。

地震についてほとんど知らなかった桐乃は地震について昭吾や看護婦仲間から話を聞き理解をしたのだった。

 

地震発生から数時間が立ち、梨賀艦長は運び込まれた県病院の一室でやっと目を覚ました。

軽く唸って目を覚ました艦長に気が付いた指月フミは

「気が付かれましたか?どこか痛いところはありませんですか」

と尋ねた。艦長はフミの顔と彼女の後ろにのぞく赤ん坊をちょっとの間見ていたが

「ああ…あなた無事だったんですね、良かった…」

というと再び目を閉じた。フミが「あの、痛いところはないですか?」と心配そうに尋ねた。

艦長は今度はしっかりと目を開けて

「ありがとう、平気ですよ。――もっとも少し背中が痛みますがどうってことはないです。でも、あなたはここに居ていいのですか?そういえば、地震の起きる前あなたは何かを言いかけましたね。よかったら話の続きを聞かせてはくれませんか?」

とフミに話しかけた。フミは一瞬、下を向いたがすぐに顔を上げて

「私は…先ほどあなたにうそをついてしまいました。夫の母親も実の母も亡くなって居ないといいましたが…いえ、夫の母親はもう何年も前に亡くなって居ますが、私の母は――健在なのです」

と言った。梨賀艦長はえっ、と口の中で言ってフミを見つめた。

フミは艦長をまっすぐに見つめて

「私は、夫との結婚を私の親に反対されていたのです。理由はばかばかしいもので、夫の出身地が私の実家から遠いというそんなことだけなんです。でも、私も夫もそんな理由だけでこの結婚をあきらめるわけにはいかなかったんです」

と言った。

梨賀大佐は「――どうして、そこまで?」と聞いてみた。フミの瞳に力がこもったように艦長は思った。フミは

「好きだからです。私も夫も、お互いが好きで仕方がないんです。離れたくない、離れていられない。そんな思いがあったからです」

と一途な思いを吐露した。

「そうだったのですか」梨賀大佐は、ベッドの上に半身を起こそうと身じろいだが背中に激痛が走り、ううっ、とうめいた。フミが慌てて「いけません、まだ起きられては」と言って艦長を寝かせた。

「どうにもならない日々は続いたのですが、そんな時夫が勤めの関係で故郷の支社に移ることが決まったんです。私は一所懸命母に結婚を許してほしいといったのですが、ダメでした」

フミはそう言って当時を思い出したのか瞳を潤ませる。それでも気を取り直して

「夫が、関東を離れてしばらくしましたら私は体調の変化を感じました。――この子が、おなかにできたんです」

と言って背中に負った赤ん坊にそっと顔を向けた。

艦長は静かに

「それは…正直お困りになったのではないですか」

と尋ねてみた。果たしてフミは「困りませんでした。いよいよ私は夫のもとへ行きたくなりましたもの。そしてこう言ってはこの子に悪いですが、夫のもとに行ける口実が出来ましたし」と言ってほほ笑んだ。

フミは

「母は、なんというふしだらなことをする娘だ、子供を産むことは許さないと怒りました。私はそれでも産みたくて、意地を張り通してこの子を産みました」

と言った。そしてつづけた、

「子供が生まれたことを知った夫はとても喜んで、どうにかしてこちらに来れないかと何度も手紙をくれました。家もちゃんとあるし仕事だってきちんとしているんですもの、何の心配があるでしょう?なのに母は首を縦には振ってくれません。もう我慢できなくて私は母にだまって飛び出してきたんです。でも、こんな目にあって――これを罰が当たったというんでしょうね」

というと、自嘲的な表情になってふっと笑った。

梨賀艦長は

「そうでしたか、そんなことが」

と言ってフミを見つめた。フミは「私を、ふしだらな女とお思いでしょうね」と少し悲しげな顔になると言った。

その背中で赤ん坊はすやすやと眠っている。

その赤ん坊を見ていた艦長は

「いや、そうは思わないですよ。――私にも二人娘がいます、まだまだ小さいですがね。その娘がもしもあなたと同じ立場に立ったら、それは確かに衝撃を受けるかもしれません。でも娘は私の<物>ではないんですから、娘がその人を本当に好きで、相手の人も本当に娘を好きなら私は許すと思いますよ。娘の幸せは結局、私の幸せですから。そして地震は天罰でも何でもないと思いますよ私は」

と言った。

フミの瞳から大粒の涙があふれた。やがて顔を両手で覆うと嗚咽を漏らし始めた。

そこに、海軍少佐嬢がそっと入ってきたがフミが泣いているのを見て、部屋に入るのをためらっているように見えた。艦長はその士官嬢に「入りなさい」というように目くばせした。士官嬢はそっと入って部屋の隅の椅子にそっと腰かけた。

フミはもう一度顔を上げると

「私、もう一つ嘘をついてました。――近所の人たちの話です。私、子供を産んでから母に一歩も外に出してもらえなかったんです。あれは…『こうだったらいいだろうな』という私の想像から言った話です…ごめんなさい!」

と言ってまた泣き出した。

梨賀艦長はフミの膝に手を伸ばし、やさしくなでた。

「つらかったですね。思い切り泣きなさい、泣いてすっきりしなさい。あなたのその嘘は誰にも責められません。嘘だとわかっていても言わずにいられなかったんですよね、もう自分を責めるのはやめてくださいね。――あなたは新しい人生を始めるべきですよ、お子さんのためにも。そして誰よりご主人とあなたのためにね」

そう言ってフミを見つめる艦長の瞳には慈愛があふれ、フミは(この人が私の母親だったらよかったのに)と心から思った。

艦長は

「まず…あなたはご主人のもとに行くことですね。そのうえであなたたちのゆるぎない決意をあなたのお母様にお話ししなさい。きっとわかってくれるはずですよ」

とフミに諭した。泣き続けるフミに艦長は

「こんなにかわいいお孫さんがいるんですから、わかってくださいますよ」

と念を押すように言って微笑んで見せた。

 

しばらくしてフミが落ち着くと部屋の隅にいて様子を見守っていた海軍士官嬢が立ち上がり艦長のベッドのそばに来た。

「申し遅れました、私は松岡トシ海軍少佐です。呉の鎮守府へ赴任の途中でした。どうぞお見知りおきを」

そう自己紹介した士官嬢に艦長も

「私は梨賀幸子海軍大佐、『大和』艦長を務めております。休暇明けで呉へ帰る途中にこんなことになってしまって」

と苦笑しつつ自己紹介した。

すると松岡少佐は

「なんと、『大和』の梨賀艦長でいらっしゃいましたか!これは失礼申し上げました、実は私の妹が『大和』乗り組みをしております。いつもご迷惑をおかけしておるのではないでしょうか…妹は松岡修子海軍中尉です」と言って艦長はびっくりした。

よく見ると姉妹だけあって風貌は似ている。が、性格は全く違うようだ。

松岡修子海軍中尉はいつも熱く、まるで火の玉を飲んだようにせわしない。ラケットを振り回しては周囲を軽い恐怖に陥れている。

が、今ここに居る姉の松岡トシ海軍少佐は大変落ち着いた所作で冷静である。肝も据わっているようであるし妙な持ち物もない。

(これでも同じ親から生まれた姉妹なのか)

と、梨賀艦長は可笑しくなった。松岡少佐は「あの修子がまさか、『大和』に乗り組んでいたとは。あの子は全然自分のことを知らせてこないから」とぼやいて、艦長を見て笑った。

その途端余震がまたも、建物を揺らした。

 

二日後、聖蘆花病院の一行は被災地に到着した。家々が倒れたり崩れたり道にはひび割れがして相当な被害の状況が見て取れる。

日野原昭吾たちはこの地域で一番大きな病院に差し回された。病院の院長はみなの到着を待ちわびていたので玄関に走り出てくると

「ありがとうございます、ありがとうございます!皆様にも大事な患者さんがいらっしゃるというのに、いらしてくださって心から感謝いたします」

と泣かんばかりに喜んだ。

病院には重傷・軽傷問わず患者があふれていた。昭吾たち聖蘆花病院職員は「ではすぐに診療に」と言って旅装を解き白衣に着替えた。

そのあとも続々と救援の医療関係者が病院を訪れては病院長や職員の指示に従って診療を始める――

 

日野原昭吾は桐乃とともに一室を訪ねた。病院長から「この部屋の患者は軍人さんです」と言われ(軍人さん…海軍さんなのかそれとも陸軍さんか。どちらにしてもけがの程度など聞かないといけない)と昭吾は部屋のドアをノックした。

「はい」

とドアを開けたのは指月フミ。白衣姿の日野原昭吾と看護婦姿の桐乃が立っていて

「東京の病院から派遣されてきました。こちらの部屋の患者さんの様子を診せてください」

昭吾が言うとフミは「お願いいたします」と中へと招じ入れた。

ベッドに横たわる女性、そのそばには海軍士官嬢が立っている。(海軍さんなら話しやすい。よかった)昭吾はそう思いながらベッドに近寄って行った。

「こんにちは。私は東京の聖蘆花病院から派遣されてきました日野原と申します」

昭吾が自己紹介したとたん、桐乃が

「梨賀艦長さん!昭吾さん、こちらは『大和』の艦長さんです!」

と声を上げた。

梨賀艦長も「桐乃ちゃん!」と声を上げて痛む上半身を起こして二人を見つめた――

 

               ・・・・・・・・・・・・

 

指月フミの告白と、意外な人のおとずれです。これで艦長の消息が呉に伝えられるといいのですが。

次回をご期待ください。



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Comments 6

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見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
悪いことばかりではない、人生は。というのを地で行ったような感じです^^。
艦長と桐乃、トレーラーでの顔なじみですし、日野原昭吾医師も軍医長の子息ということで気兼ねのいらない仲ばかりで何よりというところです^^。

フミさんミステリアスな感じです。さてこの後どうなりますかご期待くださいませ。

2015/04/22 (Wed) 21:49 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

天は善き人の味方をしてくれるのですね。
思わぬことから思わぬ人との再会。まさに災い転じて福となす。しばし艦長と桐乃さんとの病院風景が繰り広げられることでしょうか。穏やかな人たちの話題って飽きませんね。

さてフミさん。何やら意味ありげの人生を背負っているのは明明白白。艦長の裁量が光るのではないと思っています。

2015/04/22 (Wed) 21:21 | EDIT | REPLY |   
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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
縁とはこのようなものなのでしょうか…日野原家の人々、しかも桐乃ちゃんと会うなんて。
これで少し安心ですね^^。
そして松岡中尉の姉さんがいたとはこれも驚きですね、落ち着いた人で良かった。修子中尉のような人ならかき回されてアウトですw。

この後どうなりますか、こうご期待です^^。

2015/04/20 (Mon) 21:09 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
河内山宗俊  
まさか梨賀さんも

ここで桐乃さん達に出会うとは思ってはいなかったでしょうな。大和の面々には連絡がつくようになりました。

修子さんの姉さん、大変冷静沈着な方のようで、こちらも頼りになります。畑軍医のケース、こちらのケースも正反対の性格でバランスを取っている姉妹ですな。もっとも修子さんでは、混乱に拍車をかけますので、逆じゃなくて本当によかった。

さあ、フミさんの告白がどのように展開するのか?梨賀さんの背中の痛みはどうなるのか?

2015/04/20 (Mon) 04:41 | EDIT | REPLY |   
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見張り員  
オスカーさんへ

おすかーさんおはようございます!
身内やよく見知った人には絶対言えない話も知らない人だから言えるということ実際ありますよね。とくに最近はブログという便利なものがあるから心にたまったものを吐き出すことができ…いい時代だと思いますね^^。

そしてこの先、艦長たちはどうなるのでしょう。無事にそれぞれのもとに還れるのでしょうか、こうご期待です♪

2015/04/19 (Sun) 08:58 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
オスカー  

こんばんは。
見ず知らずの人だからこそ話したいこと、話せることってありますよね。リアルではちょっと…なこともブログには書ける、みたいな(;^_^A
思わぬところで思わぬ出逢い、再会……これから先がますます気になります(≧∇≦)

2015/04/18 (Sat) 22:48 | EDIT | REPLY |   

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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)