2017-09

艦長不在 1 - 2015.04.12 Sun

梨賀艦長は、山中副長・森上参謀長や各科科長たちに出立のあいさつをした――

 

梨賀艦長はこのところ長い休暇をとっていなかった。艦が内地に帰艦したとき軍令部にあいさつに行った際二日ほど立ち寄っただけで呉に帰ってきた。そのあと山中副長の挙式・それに伴う休暇やその他もろもろあり艦長は休暇を取れないでいた。

それを大変気にした山中副長の進言で参謀長は「今なら作戦もない、艦の補修だけなら平気だ」と言って艦長に休暇を取ってもらうことにしたのだった。

艦長の留守宅からは二人の娘が手紙を書いてよこし、そこには切ない母親への帰宅の願いが書かれていた。山中副長は

「できるだけゆっくりしてらしてください。お嬢様がたとたくさん遊んであげてください。お母様とゆっくりお話をしてきてくださいませね」

と言って

「以前艦長のお母様にごちそうになってそのお返しをまだしていないので」

と言って森上参謀長の友人を通して大きなカステラの箱を取り寄せ、艦長に持って行ってもらうことにした。

「副長、そして参謀長。ありがとう、留守の間迷惑をかけるがどうかよろしくお願いいたします。まだみな、本格的な休暇をとっていないうちから私が、というのは心苦しいが、適宜乗組員たちにも休暇をやってほしいので副長、その辺よろしく差配願います」

梨賀艦長はそういって皆に見送られて『大和』を内火艇に乗って後にする。

 

それを『大和』のトップにとまって見つめていたマツコとトメキチ。

まずマツコが「何か…感じない?」と言いトメキチをみた。トメキチもマツコを見上げて「感じるわ、マツコサン。なんだかとっても」と言いかけた時マツコの肩から掛けた袋の中で子猫のニャマトが

「ニャ、ニャ、ニャマト!ニャマート!」

とミルクの催促をしてきたので話はそこで途切れた。マツコは「はいはい、おなかすいたのね。トメキチ下に降りるわよ」とトメキチモ背中に乗せひらり宙に舞い上がった。

そして「ちょっと艦長さんにあいさつしてからね」とニャマトに言ってから艦長の乗る内火艇の上空を舞ってから『大和』へ戻った。

 

『大和』では松岡分隊長が

「はい親愛なる航海科の皆さん!今日から艦長が休暇ということでしばらくいらっしゃいませんからね、私の言うことをきっちりと聞いていただきます。いいですか、今日から私が艦長だと思って熱くなりましょう。――今日から私は艦長だ!」

と叫んで航海科員の顰蹙を買っている。

麻生分隊士が厳しい表情で松岡中尉の前に出て

「お言葉ですが松岡分隊長!」

と怒鳴った。松岡分隊長は至極ご機嫌な調子で

「はーい、なんでしょう麻生中尉さん~!?」

と言って麻生中尉に向き直った。麻生分隊士は憤懣やるかたないといった表情で

「分隊長、あなたはいったいどういうおつもりです?『私が艦長だー』なんか言うてそういうのを僭越いうんですよ。まったくええ加減にしてつかあさい!」

と声をとがらせた。

すると松岡中尉はラケットを一振りして「えらいぞ、麻生さーん」と叫んでその場の皆は飛び上がって驚いた。松岡中尉はラケットをその場に置くと麻生中尉の肩をぐわっとつかみ

「えらいよ麻生さん!こういうことを分隊長が言ったとき素早く諌められる部下、分隊士!さすがです。みなさんここを見習ってくださいね。どんな時も自分を見失わない麻生さん、かっこいいですね。さすがです。そんな麻生さんに目を付けた特年兵君もさすがですよ。では、艦長がお戻りになるまでみんなしっかり尻の穴を閉めて軍務にあい努めましょう、ではこれにて散会!」

というとラケットを拾い上げてあっという間に走り去っていった。

その場に残された麻生分隊士以下航海科の面々、しばらくポカーンとしていたがやがて麻生分隊士は気を取り直し

「そういうわけで艦長がしばらくの間ご不在になる。その間不祥事など起きないよう皆気を引きしめてゆこう…いいな!」

と皆に言って、皆は姿勢を正すと「はいっ」と返事をしたのだった。

 

梨賀艦長は、呉から汽車に乗り一路関東を目指した。

汽車の振動が、梨賀艦長の心を余計に浮き立たせる。窓外を流れる景色を見つめる艦長の脳裏に、二人の娘そして中学に入った長男の成長したであろう姿が見える。

(もう少しだから、待っていてね)

艦長の心はすでに、横須賀に飛んでいた――

 

艦長は翌日の夜遅く横須賀の自宅についた。

手紙で前もって知らせておいたため、子供たちは遅くまで起きて待っていた。玄関の呼び鈴がチリチリ鳴った途端ドタドタッといくつもの足音が廊下を走ってきた。そして玄関に立つ艦長の前に三人の子供たちが「お帰りなさいおかあさん!」と言って現れた。

そのあとから艦長の母親が「幸子さんお帰りなさい」と言いながら出てきた。艦長はその四人に

「ただいま戻りました」

と言って几帳面な敬礼をした。そして破顔一笑、「みんな、大きくなりましたね」と言って三人の子供をまとめて抱きしめた。艦長の瞳があっという間にうるんだ。

 

 

それから二週間ほど艦長は家庭にあって母親の役目を果たした。

娘たちと遊び、ちょっとした家事を仕込み話をたくさんした。長男には日本男児としての生き方を説き進路の悩みを聞いてやった。普段長男として母親に甘えるということのなかった長男・正明は今回思い切り甘えてすっきりしたようだった。心のうちに澱のようにたまっていた悩みを吐き出し、母親の大きな愛と経験から解決策を見出した正明は幸せそうだった。いや真実かれはしあわせである。

「お母さん、ありがとうございます。僕の話を聞いてくださって。…こういう話はおばあちゃんにはなかなかできなくて、ううん、おばあちゃんがダメだっていうんじゃないんです。僕を心底心配してくれるのはわかってるんですがやはり…。本当にありがとうおかあさん」

正明はそう言って泣かんばかりになって艦長の膝の前に頭を下げた。

その背中をそっと撫でてやりながら(中学生になったとはいえ、まだ幼い。将来のことにどれほど悩んでいたのだろう)と思うと長男がいとおしくてならなかった。

「マーちゃん」

昔の呼び方で息子を呼ぶと、艦長は思い切り息子を抱きしめてやった。

 

そんなころ、呉の『大和』ではマツコとトメキチがニャマトをあやしながら

「気になるわね」「うん、気になる」

と話をしている。

ニャマトも何かを感じ取っているのか不安げにマツコとトメキチを見上げて小さく「ニャマト~」と鳴いている。

マツコが

「この辺りじゃないとは思うんだけどーートメキチ、あんた艦長がいつ帰ってくるか聞いてる?」

というとトメキチは

「確か…二日後だと思ったけど」

と言った。マツコは険しく眉根を寄せて

「間に合うかしら…間に合わないかも」

とつぶやきトメキチは「――マツコサン…」と言ったまま絶句した。

 

二日ののち、十分に休暇を堪能した梨賀艦長は家族との別れを惜しんでいた。

艦長は仏壇に燈明を上げ帰艦の旅の無事を祈り、それが済むと後ろに控えていた家族に向かい穏やかな笑みを浮かべ

「お世話になりました。呉に帰ります…またそのうち帰れる日が来ると思いますからその日までお元気で。多美子、波奈子。おばあさまの言うことをよく聞いていい子にしてなさい。勉強もしっかりやって、おばあさまのお手伝いもね。正明、正明もしっかり勉強をなさい、そして今以上に体を丈夫になさい。困ったことや悩みがあったらいつでも手紙を書きなさい。いいですね…では、行きます」

というと立ち上がった。

皆がそれに倣い、艦長を玄関に見送った。艦長は

「ここでいいです、ここで。―-ではごきげんよう」

というと一同を見まわして敬礼した。

まだ幼い娘たちは少し泣きそうな顔になったが祖母から「決して泣き顔を見せてはいけませんよ。おかあさんが心配します。泣きたくともここはこらえるのが少国民です。わかりましたね」と諭されていたので涙を見せることはなかった。

兄の正明と一緒に「お母さん、今度お帰りになる時もお手紙くださいね」と言って手を振り、艦長は「うん、必ずね。待っていてね」というと踵を返した。門を出たところで背後から波奈子の泣き出す声が聞こえ、艦長は胸を締め付けられるような思いを振り切るかのように小走りに駅へと向かった。

 

再び呉への長旅である。

梨賀艦長は母からもらった弁当を広げ、食べた。母親のありがたさが身に沁みた。なんだか泣けてきて慌ててハンカチを取り出すとそれで瞼をそっと叩いた。

 

そのくらい汽車は走ったか、とある駅に停車した。ここで一五分ほど停車するという。艦長はやれやれ、とつぶやくと座席から立ち上がった。ちょっと外の空気を吸おうと汽車から出た。

知らない駅のホームに立ってあたりの景色を見まわした、その時だった――

 

              ・・・・・・・・・・・・・

 

梨賀艦長の休暇でした。

しかしマツコとトメキチは何を感じ取っていたのでしょうか。そして――!

衝撃の次回をお楽しみに。


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● COMMENT ●

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます。
先日、茨城県の海岸にいるかが打ち上げられ「大地震の前触れでは?」とちょっとした騒ぎにもなりましたね。動物の艦を侮ってはいけないですがあまり過剰に反応してもどうかなあと思いますね。

ともあれ艦長、いったい何が起きるのでしょう。
乞うご期待であります。

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます!
思わせぶりに終わって、先が気になっちゃいますねえw。気にして待っていてください!

艦長の休暇、母親として良い休暇でした。早く母親に専念できる時が来るといいのですが…。こういう別れは本当にどちらもつらいものだと思いますね。生木を裂くという表現がありますがまさにそれでしょうか…。

動物の勘は

鋭いですから何かを感じ取っているのでしょうね。

動物が察知するものといえば代名詞は地震なのですが、ちょっと違うような気もしますね。当時の列車は蒸気機関車、蒸気機関車と言えば銀河鉄道なのですが、あるいは時空の壁を飛び越えて、70年後の未来?

すみません、こんな展開ぐらいしか思い浮かばぬ一読者の戯れ言です。

こんばんは。
ナニナニ、何があったの!どうしたの!?と大変続きが気になりますが、艦長の休暇が充実した素晴らしいものでよかったです。本当はもっとたくさん家族団欒を楽しんでいただきたい……見送る方も見送られる方も辛い別れですね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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