新しいわたしたち

春四月。

「女だらけの戦艦大和」艦内はあわただしかった――

 

山中副長は各科長あてに下士官兵嬢たちの進級の辞令を発令した。今回は数多くの下士官兵嬢たちの進級がありそれに忙殺された山中副長であったがやっとすべての人事案件を終了しホッと一息といった塩梅である。

航海長・繁木大尉は航海科員の辞令を受け取ると「では確かに。松岡中尉からそれぞれに渡すようにいたします」と言って副長にそっと頭を下げた。

それは、結婚休暇明けから二月も上陸なしで艦内のさまざまをこなしてきた副長へのねぎらいも含まれている。

副長は穏やかな微笑みで繁木航海長を見つめ「願います」と言った。

この大仕事が終わったのだから今週末には副長は久しぶりに自宅へ帰れるはずだ、と繁木航海長は思った。副長の代行は黒多砲術長がする、彼女は副長の結婚休暇中代行を務め自信を深めている。(やってもらわねば。黒多さんもいずれは大任を任される日が来るかもしれないのだから)と航海長は思う。

航海長は辞令ともう一つの包みを奉持して士官室へ向かった。

士官室に松岡分隊長を訪ねたのだが、不在であった。航海長はそこにいた少尉に「松岡中尉を見かけたら私のところに来るように言ってほしい」と伝えて私室へ戻った。

ほどなく、松岡分隊長はラケットを担いで航海長の部屋へとやってきた。

繁木航海長は山中副長から託された航海科員の進級辞令と袱紗のようなものに包まれたものを手渡した。

「ラケットはここにおいてゆきなさい。途中で辞令などを落としたら困る。そんなふざけた運び方をしてはいけない!」

繁木航海長は、ラケットの上に辞令と包みを乗っけてゆこうとする松岡分隊長を押しとどめた。

松岡中尉は

「はいはい、そうですね、大事なものを汚したらおおごとですからね。呉鎮(クレチン。呉鎮守府のこと)のえらいさんから私はどつかれるのは嫌ですから…ではきちんと手に持ってまいりましょう。ではごきげんよう」

と繁木航海長の言うとおりにして辞令と包みをもって部屋を出て行った。

「松岡中尉、わかったようでよくわからん女だな」

とドアが閉まったとき繁木航海長はつぶやいたがすぐにドアが開き、松岡中尉がニヤ~と気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見ているのに気が付いてぎょっとした。

慌てて「何をしています?早く行きなさい」と言ったがその航海長に中尉は

「今回航海長の進級は無しですか?早く出世したいですよねえ~ウヒヒヒ」

と気味悪い笑いをして航海長は

「私だけではない!あんたも進級はないですっ!今回は下士官兵が進級ですッ!そんなさっさと進級できたら誰も苦労しないよ、馬鹿ばかり言ってると承知しませんよっ」

と怒鳴って大変不機嫌な顔になってしまった。松岡中尉はドアを閉めながら

「士官はもっと熱くなれよ、でないと進級は出来ないぞ!さあ明日から士官も富士山だ」

と叫んで走り出していった。繁木航海長は「はあ…もうあの人の相手は疲れるよ」と言って目頭を指先でそっと抑えた。

 

松岡中尉は途中で行きあったマツコ、トメキチとニャマトを従えて航海科居住区へと向かった。居住区には麻生分隊士から話を聞いていた分隊員たちがすでに集合し麻生少尉もまじめな顔つきで分隊長を待っていた。

そこに現れ出た松岡分隊長を一同は緊張の面持ちで迎えた。

その一同の前に松岡中尉はマツコたちとともに立ち、しかつめらしい面持ちで皆を見回した。

そして

「さあみなさん。みなさんの待ちに待った瞬間です。ここに辞令があります…名前を呼ばれた人は前に来てくださいねー!そして呼ばれなかった人もがっかりしないで次回もっと熱くなって進級しましょうね。では――」

と一枚目の辞令を読み上げた――

 

航海科で進級したのは亀井一水が上等水兵に、酒井上水が水兵長に、石川水兵長が二等兵曹にそれぞれ進級。

そして谷垣一等兵曹は上等兵曹になった。石場上等兵曹は念願の兵曹長になり配置を防空指揮所から操舵室に移る。石場兵曹長は泣きそうになりながら

「ようやっとうちも兵曹長になれた。ここまで長かったが――親父さんが生きとったらどがあに喜んだじゃろ思うと悲しいものもあるがほいでも。うちは今度休暇をもろうたら親父殿の墓参りに行って報告じゃ」

と言った。

亀井や酒井、石川などもそれぞれ

「やっと!ようやっとうちらも昇進できたわ!長かったのう、ここまで」

と言っては肩を抱かんばかりにして喜び合っている。

松岡分隊長は

「はいはい静かに。では、小泉純子さんこっちに来んさい。ハイあんたもしっかり進級できましたよおめでとうございます。あなたは今日から一等兵曹です」

と言って辞令を手渡した。

小泉兵曹は

「やった…やっと一等兵曹じゃ。ああもううちはうれしいていけんわあ」

と涙ぐんだ。

麻生少尉がそんな小泉兵曹を見て

「えかったな。頑張ったかいがあったいうもんじゃな。これからも精進せんとな」

と祝福した。

「さて最後は」

と松岡分隊長はあたりを見まわした。そして「あれ?麻生さん、特年兵君はどこへ行きましたかね」と尋ねると麻生少尉は

「特年兵君ではありません!もう何度言ったらわかりんさるんだか!」

と怒っておいてから

「オトメチャンは当直中です。持ち場を離れるわけにいきませんけえのう」

と言った。本当はここで辞令を渡したかったのに、と麻生少尉は少し残念である。松岡中尉は

「そう。じゃあ麻生さん、あなたからこれを特年兵君に渡してくれるかな?私は階級章の新しいのを皆さんに渡すから」

と言ってオトメチャンの辞令と新しい階級章を麻生少尉に手渡した。

麻生少尉は(よしゃ!ではうちはオトメチャンに一対一で辞令交付じゃ)と内心喜んだがそれを見せないようにして

「わかりました。では私行ってまいります」

というと居住区を走り出て行った。

 

あちこちで昇進を喜ぶ下士官兵嬢たちがはしゃいでいる。

そんな中で高田兵曹は昇進見送りである。やはり病気での休暇が響いたようだ。兵曹長からこれも念願の特務少尉に昇進した松本リキが

「高田兵曹、残念じゃったのう」

というと高田兵曹は笑って

「松本兵曹長、ご進級おめでとうございます。いよいよ少尉ですね、うちのことは気にせんでつかあさい、うちはゆっくり行きますけん。――岩井少尉はどがいでした?」

と言った。松本<少尉>も笑って

「中尉にご進級じゃ。特務士官でも昇進できん人もいくらかおってじゃが皆前向きじゃ。うちは運よく昇進できたが、少尉の名に恥じんよう、頑張らんといけんわ」

と言った。

 

そんな人々を見ながら麻生少尉はオトメチャンのいる指揮所へと走る。そのあとをマツコとトメキチ、マツコの背中の袋に入ったニャマトが追ってきた。

「おう、お前さんたちも一緒に来るか。オトメチャンの昇進の瞬間、見てやってつかあさい」

麻生少尉は楽しそうにそういって三匹と指揮所へ急いだ。

 

オトメチャンは指揮所にいて一人で当直中である。

春真っ盛りの呉の街を遠望しつつオトメチャンは(春じゃ…ええのう春は。心がうきうきするわ)と思い、ちらと腕時計を見て(そろそろ交代じゃな。――みんな昇進の辞令が来たんじゃろうな。うちは昇進できたじゃろうか、出来ても出来んでもうちは前を向いて生きてゆく自信があるけん)と口の端をほころばせた。

そこにトメキチが「トメさん!」と飛び込んできてオトメチャンはびっくりした。

「トメキチ!」

と喜んでトメキチを抱きとめるオトメチャン、そのオトメチャンにマツコがニャマトを背負ったまま飛びついた。

オトメチャンはマツコに頭を咥えられ、トメキチに顔中嘗められ、ニャマトに服をかまれて大笑いしている。

そこに

「――兵曹」

と麻生少尉がやってきてオトメチャンは慌てて立ち上がりマツコたちもオトメチャンから離れた。オトメチャンは直立不動の姿勢をとって麻生分隊士を見つめた。

麻生分隊士はしばらくの間きりっと表情を引き締めてオトメチャンを見つめた後、やさしい瞳になると大きな声で言った。

「辞令。一等兵曹を任ず。――桜本トメ!」

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・

 

今回からタイトルを変更いたしました。それに伴い各々の章の「女だらけの~」は付けないことにしました。

当初の予定とは変わってしまいました、いろいろ考えてこれで行こう!と思いました。タイトルは変わりましたが登場人物は今まで通りです。「女だらけの帝国海軍」の新しい一歩、どうぞよろしくお願いいたします!

 

昇進の春でした。

本来海軍将兵の昇進はわかりにくいのですがここは「お話」なので適宜昇進させました。

そしてオトメチャン、「桜本トメ」になりました。

新しい人生を踏み出しましたオトメチャンにご期待くださいませ。

200902010833000鋼の大和
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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
松田聖子チャン「チェリーブラッサム」が昨日のラジオで流れていました!タイムリー!!
すべてが新しく生まれ変わり目覚める「私たち」。
さあオスカーさん、我々も負けないよういきましょう!!

気持ちを新しくして桜色に染めて、さあ発進!

そしてオスカーさん、これからもずっとずっとよろしくお願いいたします♡

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
実は数週間ほど呻吟して出した結果です。そろそろ新しいステージに行きたいなあと思って。と言っても登場人物が変わるわけではないし、時代が変わるわけでもなし。
内容自体には大きな変化はないですがメリハリをつけたくて。

そう、いつか戦後の話を書きたいと思っています。そして彼女たちの「子孫」の話とか^^。

お互い想うところがあり、でしたね。
変わり映えのしない、というのは案外大事なのかもしれませんよ。私ももう何十年と全く変わり映えのない人生に甘んじていますがそれで結構幸せなのかもしれないと思うようになりました!
ともあれ、これからもずっとずっと、よろしくお願いいたします!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!

会社でも昇進や異動が多い時期ですね。
同じ課、同じ仕事で7年というと大ベテランではないですか!すごいなあ~!職場に河内山さんみたいなベテランさんがいると助かりますね、何かあったら「あの人に聞け!」って。

女性が配属になるといい雰囲気になりますね^^。しかし…高卒ってことは18歳くらいでしょ、自分の職歴とか何とかと考え合わすと―ーう~~ン、と思っちゃいますねw、そのころまだ生まれてないってすごいなって。

ともあれお体には気を付けてくださいませね^^。

こんばんは。
♪何もかも目覚めてく新しいワタシ~ ですね!!(笑)
こちらの気持ちまでやったるでぇ!になります。
見張り員さまにも物語の人々にも桜色のステキな毎日が続きますように。また仲良くして下さいませ(*^^*)

おぉ!!!! 新装開店。それも大胆にタイトルまで替えておしまいに。剛毅にしてケジメを重んじる見張り員さんの面目躍如ですね。これからの新たな展開が楽しみです。今年は終戦70年ですが、いつか……大和のみなさんの戦後の姿も拝見したいものです。

新年度になりましたね。
僕も思うところがあったのですが、「ご乱心か!!」と諌められて新たな年度に突入してしまいました。
何ら変わり映えのしない人生が良いのか悪いのか。その答えが出るまで頭脳明晰でありたいものです(笑)

4月も。そしてこれからもずっと宜しくお付き合い下さい。

年度も改まり

それぞれ昇進ですね。

おいらの職場も新体制。自身は同じ課、同じ仕事で7年目こうなると、かなりだれてもきます(苦笑)勝手知ったる内容ですから、定期報告などはすでに織込み済み。後は通知文受け取ったら速攻で回答するか、本庁をせっつくぐらいしか楽しみないですね。出先の古参組をなめるとケガすっぞってとこで。

久々に高卒ルーキー、しかも女性が事務所に配属になっていますので、多少華やかな年度初めですが。おいらの新規採用当時には、まだ生まれていない。この事実をどうとらえるべきか、
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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