「女だらけの戦艦大和」・とうきょう便り。

常夏のトレーラー・水島のとある一軒の家に郵便が届いた――

 

トレーラー停泊中の「女だらけの武蔵」の村上軍医長のもとにも手紙が届いた。従兵嬢から手紙を受け取った村上軍医長はその差出人をみるなり

「おお!」

と感激の声を上げていた。

「日野原桐乃」

ときれいな文字で記されたあのキリノからの久し振りの手紙である。桐乃と一緒に内地まで行ってそこから『大和』の日野原軍医長にバトンタッチして以来の桐乃からの便り。

さっそく村上軍医長は封を切って便箋を引き出した。

桐乃の、トレーラー時代と比較すると見違えるほどの上達した文字と文章。村上軍医長は感激しつつ読み進む。

 

>村上軍医長様、お久しぶりです。なかなかお手紙が書けず申し訳ござひませんでした。

桐乃は日野原軍医長さんの東京の病院で毎日看護婦として頑張ってをります。忙しひですがやりがひのある日々で私はとてもうれしひです。病院長先生も、若先生も看護婦長そして看護婦仲間も皆私にやさしくしてくださひます。ありがたひことです。

 

そして初めての日本での生活や驚いたことなどが若い女の子らしい瑞々しい感性で書かれていて村上軍医長は微笑みながら読んだ。その中によく「若先生」という語が出てきて村上軍医長は(日野原さんのお子息のことですね…もしかしてお互いに好きあっているのだろうね)と思いさらにそのほほが緩んだ。

 

>そしてありがたいことにこんな私に医師になるやうにとさらに勉強をさせていただけることになりました。

 

と書かれているのを見て村上軍医長はまた「ほう!これは素晴らしいことだね。――そうかやはり、彼女はどこか見どころがあるというのか違うと思っていたよ」と声を上げていた。

村上軍医長は、かつて『大和』の日野原軍医長と自分で見出した人材のうれしい飛躍に泣きたいほどの感動と感激を覚えていた。

あのまま料亭で仕事をしていたらあの子はどうなっていただろう、貧しい漁師の娘でしかも子だくさんの家となると…村上軍医長は桐乃が海軍診療所で働き始めた後、医務科の下士官からそっと耳打ちされたことを思い出す。下士官の彼女は軍医長に

「軍医長、あの料亭はいい噂を聞きませんよ。ああして雇った若いトレーラーの子、特にきれいな子を夜の男性客に提供しているという噂は我々の間で有名ですよ。その子もきれいなんでしょう?危なかったですよ。まったくそんなことするなんて日本の恥ですよ」

と囁いだのだ。

まさかあの料亭の女将がそんなことをするわけがない、とびっくりした村上軍医長にその下士官は

「はい。あの女将はいい人みたいですがね、その旦那らしい男が曲者です。あまり素性のよくない男らしいです。――なんであの女将にあんな男がくっついたんだか」

と言って腕を組んでちょっと考え込んだ。

村上軍医長は「そうか…」とだけ言って黙った。よく使う料亭ではあるがそんな内情までは知らなかった。下士官たちが知っていて自分たちが知らない話もあるのだと改めて軍医長は彼らを見直した。軍医長は「そうか、そんなことが。そういう良くないことができないようトレーラーの民政官などに注意をさせないといけないな」と言った、そんなことがあったのを思い出す。

軍医長は桐乃からの手紙を大事に封筒に入れてデスクの引き出しに仕舞った。

 

同じ日に、トレーラー海軍診療所の横井大佐も桐乃からの手紙を受け取っていた。

横井大佐は村岡軍医大尉に「キリノちゃんからの手紙だよ」と声をかけ、二人は診察室の椅子に腰かけて手紙を開封した。

村岡大尉は

「キリノ、えらい字がうまくなったですねえ。やっぱしあの子は頭がいいんですねえ」

と封筒の文字を見て感心している。そして

「ほう、日野原桐乃。日野原先生から名前をもらったんですね。いい名前じゃん」

と言って笑った。横井大佐も

「日野原軍医長はご自分の親族、娘として遇してやりたかったんだろうね。まったく知らない国に来て心細いキリノちゃんへの思いやり。さすが日野原軍医長だねえ」

と言いながら便箋を広げた。

村岡大尉が便箋を覗き込んだ。そこには横井大佐、村岡軍医大尉や仲間たちへの感謝と健康を祈る言葉が丁寧に書かれて東京での生活などが記されている、そして。

 

二人は便箋三枚に流麗な文字で書かれた桐乃の近況報告を読み終えてほうっと息をついた。そして二人顔を見合わせると

「すごい、すごい!桐乃ちゃん。医師になる勉強を始めるなんてやっぱりあの子は只者じゃあない」

と言って手を取り合って喜んだ。

その知らせはもとの看護婦仲間たちにも伝えられた。看護婦たちも

「素晴らしいわ、キリノさん。えらいわねえ、遠い内地にひとりで行ってあんなに頑張ってるなんて。私たちも負けられないわね」

と言って彼女の頑張りを称え自分たちをも奮い立たせたのだった。

 

そして午後。

海軍診療所に来た男性と女性がいた。

彼らこそ、桐乃の両親である。二人は「村岡大尉サン、いらっしゃいますか?」と言って訪ねてきた。ちょうど昼休みで暇を持て余していた村岡軍医大尉は喜んで二人を招じ入れた。

「村岡大尉サン、お休みノトコごめんナサイネ」

と桐乃の父親がすまなそうに言って妻と待合室に来た。村岡大尉は居合わせた看護婦に「お茶を頂戴ね」と言ってから底の椅子を勧めた。

お茶を看護婦が持ってきて桐乃の両親は「アリガトゴザイマス」と頭を下げた。大尉は「お茶をどうぞ。―-で?今日はどうしたでえ?どこか悪いだか?」と心配そうに二人をみた。

すると二人は慌てて

「チガイマス、ちがいます!今日はどこも悪くないね。大尉サン、コンナテガミガキマシタ。でもコレ日本語デカイテあるから、わからないね。ダレカラキタノカ、ナニガ書いてあるのか?読んでいただけますか?」

と言って封筒を差し出す。

「手紙だって?どう」

と差し出された封筒を手に取った村岡大尉はその文字を見るなり笑い出した。何事かといった表情で彼女の顔を見ていたキリノの両親に大尉は

「これ、桐乃からの手紙じゃん。やーだよう、桐乃。自分の親に手紙を出すに日本語で書いちょばいいに。まあそれだけ日本にも日本語にも慣れたちゅうこんだな」

と言って「ほんじゃあ、読むよ」と言って桐乃の手紙を読み始めた。

内容は横井大佐に宛てて書かれた手紙と同じであった。

「キリノは…ニホンで幸せニヤッテル」

父親がそういってうれしそうにほほ笑んだ。母親も「元気ならワタシモウレシイ」と言ってそっと目頭を指先で拭った。

封筒に便箋を戻していた大尉が「あれ、こりゃあなんずら」と言って封筒の口を広げるようにして覗き込んだ。

それを引き出した村岡大尉の顔がほころんだ。そしてそれを両親の前に差し出すと

「ほら」

と手渡した。

父親が手に取ったそれは一葉の写真。

そこには日野原軍医長はじめ日野原家の人々に囲まれて幸せそうにほほ笑む桐乃の姿があった。

母親が食い入るように写真を見つめて

「キリノ。みなさんにコンナニ良くシテいただいて。綺麗なフクヲ着て笑ってる。幸せ者ネ、キリノ。モットモット勉強してリッパニナッテ帰ってきてホシイネ」

と言って写真の桐乃のほほを指先でそっと撫でた。

父親が

「ダイジョブネ。キリノは、あの子はヤルヨ。いつか絶対リッパナお医者さんニナッテくれる。村岡大尉サンみたいな、横井大佐サンミタイナりっぱな。タノシミダネ」

と言ってうれしそうに妻の肩を抱き、写真を見つめる。

と桐乃の母が不意に不安げな顔になると大尉に

「デモ、大尉サン。あの子お医者さんニナル学校行く、デモウチニハお金ない。ドシタラいい?」

と尋ねた。

これこそが一番の心配事だろう。いくらキリノの基本給は支払われているといっても医学校に行けるような金額ではない。

しかし、村岡大尉は豪快に

「何を心配してるでえ?ほんなこと心配しなんでいいよ。今桐乃は日野原軍医長の娘っちゅうことで日本にいる。だから、そういう費用は全部日野原家が持つだよ、心配しなんでいいよ」

と言ってのけた。

がこんどは父親はが

「ソノオカネ、いつかはお返ししないとイケマセン。貯金、デキルカドウカわかりません」

と心配そうに言う。これは桐乃本人の心配でもあったが。

村岡大尉はガハハと笑うとその背中をバン!とたたいて

「だから!心配しちょって言ってるら?桐乃が立派な医者になることがそのお返しなんだよ。日野原先生方は些末なことを気になさる方たちではない。つまらん心配なん、しちょし?」

と言って初めて二人も微笑みを浮かべた。

 

午後の診療が始まるので診療所を辞した桐乃の両親は、見送る村岡大尉に深々と頭を下げて

「お忙しいところゴメンナサイ。アリガトゴザイマシタ」

と言って帰って行った。

その胸にはいとしい娘キリノからの手紙が抱きしめられている。

 

二人はまっすぐに家には戻らずに浜辺へ向かった。

海は、桐乃のいる日本へとつながっている、その思いで時々海を見つめる二人である。

午後の陽ざしを受けてキラキラと輝く海のさらにその先を見つめて親たちは心の内で桐乃に呼びかける。

(キリノ、お前はシアワセモノダヨ。みんなに感謝シテこの先もガンバッテ勉強しなさい。オトウサンオカアサンはここでお前の幸せと成功ヲ祈ってイルヨ)

 

そう祈る二人に、やさしい生まれたての風が吹いて去って行った――

 

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・

 

桐乃不在中のトレーラーの様子でした。

桐乃は世話になった海軍診療所の所長や村岡大尉を忘れていませんでした。そして誰より愛しい両親も。桐乃の今後は苦労もあるでしょうけど頑張ってほしいものです。

 

山梨県の夕暮れ。村岡軍医大尉は山梨県出身の設定です。


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Comments 6

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見張り員  
河内山宗俊へ

河内山宗俊さんこんばんは!
>一人称が「わし」ですから
なんと!私も一時期「わし」と言っておりましたよ!奇遇だなあ^^。
高校時代の同級生は女の子でしたが「俺」と言って平気でした。でも幸せな結婚をして一児の母です。

河内山宗俊さんもお嬢様に関してあれこれご心配はあるでしょうけど大丈夫、杞憂に終わりますよ^^。結構子供って親が思うよりずっとしっかりしてるものですから!
獣医さんを目指してらっしゃるんですか、素晴らしい!動物好きなやさしい女の子なんですね♡本懐を遂げられるよう祈ります。

お祭り好き、いいですね!威勢の良い女の子かっこいいですよ。

2015/03/30 (Mon) 22:12 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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見張り員  
オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
「ほうずら?」
「ほうさ」
なんていいなあ!そんな風に話しながらゆく女の子たちを見ながら歩いてみたいですね^^。

この話の村岡大尉の言葉を書きながら私が思い出していたのは亡き祖母の甲州弁。塩山でお嬢様として生まれ育ち結婚後は徳島・東京で過ごし昭和20年五月から10年間、夫の里で姑にいびられながら暮らした祖母の甲州弁は何か芯の強さを感じたものでした。

最近高校時代の友人から近況報告の手紙をもらいとてもうれしかったですね、私も書こうと思っています!

2015/03/30 (Mon) 22:04 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
河内山宗俊  
うちの娘などは

一人称が「わし」ですから、桐乃さんのような女性とは正反対でありますね。大体からしてどこへ出かけるにしても、必ずといって良いほど、忘れ物の常習者でありますから、この先どうなることやら。こんなのが獣医を目指したいとかいってるのですから、危険きわまりないですよ全く。お祭り大好きなので、男の子だったら最高だったのかもしれませんが、こればかりは神の思し召しであることですので、おいらには何ともしがたいですね。

2015/03/30 (Mon) 07:12 | EDIT | REPLY |   
オスカー  

こんばんは。
甲州弁が懐かしいです~まぁ街中で若い娘さんたちが「ほうずら~」とか言っているのを聞くとドキッ!としますが←やはり品がないですし(; ̄ー ̄A
近況報告の手紙っていいですよね。喜ぶ皆さんの顔を想像してこちらも笑顔満開です(≧∇≦)

2015/03/29 (Sun) 22:46 | EDIT | REPLY |   
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見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
桐乃は心遣い・気遣いの女性ですね、まだ年若いですが彼女は日本的な心を十分に持っています。
>桐乃さん、つまりは見張り員さんではなかろうかとも。
うれしいお言葉をありがとうございます、いやいや私なんぞ桐乃の足元にも及びません。こうあれたらいいな、と思うだけです。

礼儀作法って大事だと思いますね。どんなに時代が変わろうともその国に連綿と受け継がれてきた大事なものってありますが最近はなおざりにされてこの国は将来どうなるのかと不安でたまりません。
それににいさまのおっしゃるようになんでも簡単に済ませていたら危急の際誰も振り返ってはくれないということもありますね。

「おさおさ怠りなく」
肝に銘じたいです。

2015/03/29 (Sun) 20:58 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

それぞれの人に送った手紙。桐乃さんの優しさと賢さが眩しいくらいです。今どきこんな日本女性がいるだろうかと羨ましく思っています。桐乃さん、つまりは見張り員さんではなかろうかとも。
今の時代、若い女性もその母親も日本の礼儀やら作法なんてほとんど無視ですもんね。相手あってのことなのに。あまりに簡素簡略していたら、イザって時にどれだけの人が手助けしてくれることやらと考えないのでしょうか。
「おさおさ怠りなく」。若い母娘にとっては鬱陶しい言葉なのかもしれないですね。

2015/03/29 (Sun) 20:26 | EDIT | REPLY |   

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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)