「女だらけの戦艦大和」・逢いたいあなた。

山中次子中佐は、今夜一人静かに夫の山中新矢大佐を想っている――

 

あの結婚式から早二月が過ぎた。三週間の長い休暇をもらい中佐は夫と楽しく過ごした、そして休暇を終え『大和』に復帰した。

結婚式の前、艦長の梨賀幸子大佐は「繁木航海長と同じに副長も土曜日に上陸して月曜の朝帰艦するようにしなさい」と言ってくれてはいるが、なかなか忙しくて上陸するに至らない。副長の仕事は多岐にわたり(これでは私の休暇中、黒多さんは大変だったろう)と気の毒になるほどである。

そのうえ進級を控えた下士官兵が今回多くその人事の処理にも忙殺される。副長は半徹夜の晩も多くなった。

繁木航海長などはその様子を見ているから

「副長が上陸できないのに私がするわけにはいかないです」

と言って毎土曜の上陸を断ったが副長は

「関係ない、貴様は上陸しろ!」

と一言で航海長を黙らせた。

航海長は副長の一見厳しいようなその言葉の中に(私への思いやりがあるのだ)と感じた。しかしそれを長い言葉にすれば何か嘘っぽくなる―ーそう副長は思ってあの一言に集約したのだろう。

繁木航海長は(ごめんなさい、私だけいい思いをするようで心苦しいですが…早く副長も上陸できますよう祈ります)と心の中で手を合わせて詫びながら今日土曜日、上陸していったのだった。

副長の本心は(やはり…上陸してあの人に会いたい)だった。それは新婚の女性なら当然の思いだろう。夜、巡検が終わり一人の部屋に戻りベッドの中に潜り込むと浮かんでくるのは夫・新矢の面影。

次ちゃん、次ちゃんと呼びかけて微笑む夫の顔。

次ちゃんが大好き、と言って抱きしめてくる夫。

そして閨の中での夫の力強くもやさしいあの行為。

山中副長はそれらを思い出してたまらなくなって思わず自分の一方の肩に手をまわした。

ため息をついて

(新矢さん…しん兄さん。会いたい。会いたい。ずっと一緒にいたい)

とベッドの中で苦しんだ。

 

浅い眠りで夢ばかり見た。いつも同じ夢を見る。

夫を追いかけて家へと続く坂を必死で登る夢、なかなか夫に追いつけなくて泣き出す中佐は「しん兄さん、あなた!お願い、待ってください」と叫ぶ…夫は中佐に背を向けたままスタスタと坂を上ってゆく。悲しくて悲しくて、中佐はその場に座り込んで泣いた。

と、そこで目が覚める。

枕が涙でぬれているのがわかり、はっとしてほほを手の甲で拭う。

(夢だったのですね…でもなんて悲しい夢)

副長はそう思いつつ身をベッドから起こす。

枕もとの時計を見ればまだ深夜の二時過ぎ。舷窓をそっと開ければ暗い海が広がり周囲は寝静まって静かである。

副長はもう一度ベッドに体を横たえると

(なんであんなに悲しい夢を見るんだろうか。新矢さんは私に背中を向けたままで坂を上って行ってしまった。もしかして新矢さんの心は私から離れてしまったのではないかしら。まさか…でもあれからずっと会えていないからもしかしたら?)

と勝手な妄想をしている。

(あの人が、もしもほかの人を好きになってしまったら私はどうしたらいいのでしょう。誰に相談したらいいのでしょう、ああ、そんなことのありませんように)

副長はまた、静かに涙を流し始める。

それでも朝になればそんなことをおくびにも出さず山中副長は任務をこなす。梨賀艦長は(副長無理をしているな)と分かるがこればかりは交代してやるわけにもいかず艦長としてもつらい立場ではある。

 

 

そんなころ、呉海軍工廠の研究棟でも山中新矢大佐がひそかにため息をついている。

(次ちゃん、次ちゃんはどうしているだろうか)

まさか私を忘れてはいないだろうなあ、と子供っぽい考えにとらわれて少しばかりさみしくも悲しくもなる彼である。それでも研究に没頭している時間はまだいい、問題は勤務時間がひけて自宅に帰るその時である。

(ああこの道、次ちゃんと話をしながら歩いた)

(ここで次ちゃんが振り返って私を見つめた)

(私は次ちゃんの手を握って…)

(その樹の陰でだれもいないのを確かめてから、そっと次ちゃんに接吻したっけ)

帰る道すがら山中大佐はそんなことを思い出しては寂しさに圧倒されそうな心に喝を入れる。しかし思いはすぐに次ちゃんに飛ぶ。

家への坂道をあがりながら

(この道を、花嫁姿の次ちゃんは歩いて私のところに来てくれた)

と思う。あの婚礼の日の美しい次ちゃんの姿を思い出す。春うららかなあの日、白無垢に身を包んだ次ちゃん、人形のようだった。金糸銀糸で縫い取りされた「桜に錨」がまぶしかった、それに目を細めた次ちゃん。次に私を見つめたときのあの美しい瞳、何があっても忘れられない――

 

新矢はそう思いつつ坂を上がる。家の前まであと少しのところで彼は呉湾を振り返った。

点々と、大小艦艇が停泊しているのが見て取れる。その中で沖のほうに、月明かりに照らされて他よりひときわ大きなシルエットが見えるそれこそが(『大和』、次ちゃんが今あれに乗っている。何をしているのだろうか)。

山中大佐はしばらくの間それをじっと見つめていた。

 

ちょうどその時、山中次子副長は呉側に向いた舷窓から家のほうを見つめていた。

(新矢さん、お元気ですか。私は一所懸命がんばって任務をこなしております。近いうち上陸できるよう私は粉骨砕身、はげみますからね!どうか、どうか待っていてくださいませね)

図らずも、二人の視線が呉の空に絡み合っていた。

 

それから数日後の晩、副長は眠れなかった。

逢いたい思いがつのってどうにも身の置きようがなかったのだ。そっとベッドから抜け出すと三種軍装を着こんで甲板に出た。

甲板に出るとそこは壮絶なまでに蒼い月の明かりに照らされて別世界のようである。

副長は足音を忍ばせて歩き、第一主砲塔の前まで歩いた。そして主砲塔を背にして月を見上げた。

(新矢さん)と心の中で呼びかけた。

そしてそっと瞼を閉じれば浮かんでくるのはいとしい夫の微笑み。涙が溢れそうになったけれど懸命にこらえる。

そうでないと夫の面影が涙とともに流れてしまいそうだったから。

そして目を開ければ呉の街並みが目に入ってしまう、美しい街呉。私たちの家のある素晴らしい街。二人の思い出がありすぎて見たら最後、やはり泣いてしまうかもしれない。

副長は懸命に涙をこらえ、瞼を閉じていた。

が、とうとう涙がその瞼からあふれてきた。次々に涙は流れて三種軍装の胸が濡れる。

思わず膝を甲板につき、両手で顔を覆うと嗚咽してしまった。

 

甲板の 冷たき鉄にくらぶれば 君がみ胸のあたたかきかな

 

 

山中大佐もたった一人の家の、二階の寝室で黙って寝台に座っていた。彼の胸の内には、休暇を終えて艦に帰る妻の姿が思い出されている。

 

手を振りて 去りゆく君の面影を 慕いてわれは 一人夜を寝る

 

 

副長はしばらくの間泣いていたがやがて涙にぬれたほほを、ハンケチで拭いた。時折ひくひくと喉が鳴った。切なさというものはこんなにつらいものなのか、と副長は感じている。

(これが…『愛』というものなのだろうか)

愛などということは何か恥ずかしいもののような気がして口には出せない気がしている。仲間内でも「そんな、愛なんてアメちゃんの専売特許みたいなこと、帝国海軍軍人が言えますか。ねえ!」と笑い飛ばしてきた。だが、実際誰よりも好きな人が出来てみれば。

 

愛と言ふ 言葉の大きな風呂敷に 包み切れぬはわが思ひなり

 

副長は出口のない思いを抱えてその場に立ち尽くしていた。やがて決然と顔を上げた副長は、自宅の方向を振り向くとしばし、瞑目した。

 

 

山中新矢大佐は立ち上がると部屋のカーテンを開けて目の前に広がるくらい呉湾を見つめた。(ついこの間までここに、私のこの横に次ちゃんがいた。早く戻ってきてほしい)

見上げる空には満天の星がきらめき蒼くかかる月が彼の心を見抜いているかのように輝いている。大佐はカーテンを閉める前もう一度振り返って呉湾を見つめた。

 

月見ても 星見てもまたわが胸に 思い出づるは君が微笑み

 

 

きっとまた会える。きっとすぐにまた会える。

二人は互いの場所でそう思い願っている――

 

振り返へり 振り返へり見つ 海と街 わが思ひをば伝へよや風

 

                ・・・・・・・・・・・

 

切ない思いの新婚夫婦・山中新矢大佐と次子中佐でした。

どちらも忙しい身、なかなか会えないつらさがありますが再びまみえたときの喜びは大きいことでしょう。その日を――楽しみに。


関連記事

コメントの投稿

Secre

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
お返事遅くなってごめんなさい。

切なさの吹き上げる物語にしてみました。
いつもですが河内山さんの読み方の深さに驚きと同時に感謝を覚えます。人物をここまで読み解いてくださるなんてうれしいですね!
この先もどうぞよろしくお願いいたします。

お互いを

想い合う2人、切ないですな。

どちらも責任感の強い方でありますし、特に次子さんは、幾分落ちつかれてきたとはいえ、大和の面々の中でも堅物ですから、余計に理想の副長像を追い求めてしまう。
もちろん家庭においてもそのままに。そこが次子さんの長所であり、短所なので難しいですね。

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!

忙しさ故に逢いたくても会えないって本当につらいものだと思いますね。しかもその忙しさというものが自分以外の人にはできない仕事だったら…。
そんな辛さと切なさを抱えた山中夫妻、いつになったら逢いまみえることができるでしょうか。早く会えるようにしてやりたいと思っています^^。

明日は姪御さんのお手伝いでちょっと大変ですね、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ!!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
おお、今度こそ記事を読めるんですね^^!うれしいことです、タブレット万歳!オスカーさんが読んでくださってさらにコメントを頂戴するのが楽しみですのでこれはうれしいことですね^^。旦那様にありがとうと申し上げたいです♪

山中夫妻。
切ない思いを抱えていますがきっとまた会える時が来ます。
ご懐妊はまだみたいですがそっちも意外と近いかもしれませんね、お楽しみに^^。

見張り員さん  こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
山中夫婦も忙しく福長さんは家に帰れなくて
山中大佐も副長さんのことを考えられて淋し
く思う気持ちは一緒でも中々会えないのは辛
いですね。
お互い呉にいても海と陸で早く福長さんが帰
れるようになるといいですね。

明日私は姪の部屋の最後の手伝いになりますが
妹が仕事を終わってから1時過ぎに行ってきま
す。

こんにちは。
なんと切ないふたり~でも昔話で夢の中で契ったらお子が出来た!なんてのがありませんでしたっけ? 愛しています、を月がとってもきれいですねと訳した漱石を思い出す美しいお話でした。

ダンナが職場で使うパソコンを購入し、おまけにタブレットがついてきたので、私がメインで使うようにしました~見張り員さまの読めなかった記事も読めました~!!
まだケータイの方がコメントは打ちやすいので(笑)タブレットで読んでケータイでコメントになるかと思いますが……。
お身体に気をつけてよい週末を(´∇`)

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます^^。
バスに乗って…前のことがあるから余計に嫌な予感を感じてしまいますね。でも前と今回は違いますよ!あまり考え込まないでくださいね、いいほうへ考えましょう!

山中夫妻。あまりに切なすぎるこの夫婦にこの先きっといいことがたくさんあるように祈らずにいられませんね。この話はこの二人の結婚話を書いた時から温めていましたもので、「素晴らしい作品」とお言葉をいただいてうれしい限りです!

まだ気温も一定ではありませんね、どうぞ御身大切にお過ごしくださいませ。

純粋がゆえの切ない思い。陸と海で重なり合う思い。身を焦がすとはまさにこのようなふたりのことでしょうか。
美しい風景と若夫婦の思いが渾然一体となった素晴らしい作品になりましたね。

僕も結婚してからずっと嫁がバスに乗って何処かへ行く夢ばかりを見ていました。現実になった時の愕きと自分には予知能力があるのではないかという怖さに気付きました(笑) ところが今度はそのバスに従弟が乗っているんです。何だか嫌な予感がしています。
次ちゃんの夢は恋しい人への一途な愛であるようにと祈っています。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

最新記事
最新コメント
フリーエリア
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
FC2ブログランキング
FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード