2017-10

「女だらけの戦艦大和」・高田兵曹、オトメチャンを心配する2<解決編> - 2015.03.15 Sun

オトメチャンは「貴子姉さんに相談しよう」と心に決めた――

 

そして翌日課業の合間合間に彼女は<見張家>唯一の理解者・新井貴子姉にあてて手紙を書いた。亡き生みの母の実家、桜本家の祖父の逝去、そして初めて出会った伯父と伯母。そしてその二人から示された親愛の情…。

そして「私の籍は見張家にあると思いますが継母(あのひと)から縁を切った、私からも縁を切ってやると啖呵を切った以上籍を入れたままではお互い不本意であると思いますし実際そうですので、これは母の実家とも相談せねばなりませんが桜本家との話し合いが成立した暁には、見張家から籍を抜いていただきたいと思うものであります」と何度も考え書き直しながら便箋に書きつけた。

(これでええじゃろうか?)

と見張兵曹は便箋を目の前に持ってきて考え込んだ。今日は天気が悪いので第一艦橋での業務であった。窓の外をチラリ見やった兵曹は、雨に煙る呉の街の先にある<故郷>を思った。

そこに華やかな声が二つ、山中副長と繁木航海長が入ってきた。

慌てて敬礼するオトメチャンに二人は返礼し、副長が

「今日はここでの当直でしたか、ご苦労様です」

と丁寧に言ってオトメチャンは恐縮した。繁木航海長が「オトメチャンのかしら…これ?」と足元に落ちていた便箋の一枚を拾って差し出した。

「あ!ありがとうございます、うちの書きかけの手紙です」

オトメチャンはそれを受け取って軽く三つにたたむと三種軍装のポケットに突っ込んだ。山中副長が「そんなにしてはくしゃくしゃになってしまいますよ、せっかく書いたのに」と気にした。

オトメチャンは心酔する副長の申し出に

「はい…」

と便箋すべてを引き出してきれいにそろえると三つに折った。

繁木航海長が

「オトメチャンが手紙を書くとはちょっと珍しいね。もしかしてラブレター?」

と言って笑った。オトメチャンも笑いながら

「そげえな人がおったらええんですが、これは姉にちいと相談事がありまして」

と告白した。この二人に隠し事はしたくなかったし、できたらアドバイスをもらいたいという気持ちもあった。副長が

「相談ごと、ですか。もしよかったら私たちにも教えてくれないかしら?私たちで助言できることならしたいし。ねえ、繁木さん」

と言って繁木航海長も

「そうですよ。差支えなかったら教えてほしいですよ」

と言ってオトメチャンは今回貴子に書いた中身を二人に教えた。

 

「うーん。桜本家のみなさんは多分、異存はなかろうがね。まず桜本さんの意向を聞いたほうがいい。そのうえで話を進めたらいいのだろうが…見張さんのご継母さんとしっかり話をしないといけないんだが、そういう環境が作れるのだろうか」

山中副長はそう言って考え込んだ。

繁木航海長は

「ご継母さんはご体調が悪いとうかがったが…失礼なことを言うようだがその具合如何によっても話を急がんといけませんね。新井少佐にお話をして話をしていただきましょうよ」

と言った。

副長が

「あなたにはその、義理の中のご兄弟が大勢いらっしゃると聞いたが、そうなるとその皆さんに意見を伺う必要も出てくるね。連絡をとれるのだろうか」

と少し考え込む表情になった。見張兵曹は

「海軍省に居る麗子いう姉さんの下にざっと十人は居りますが皆海軍に居ると聞いてますけえ、連絡は取れる思います」

と言って副長と航海長は「十人!?」とやや驚いた顔になった。

それでも気を取り直し

「ではその手紙をあなたは新井少佐にお出しなさい。その返事次第で私たちができることをしてあげる」

と約束してくれた。

見張兵曹はうれしそうな笑顔を満面に浮かべると

「ありがとうございます!――ほいでもうちの個人的なことに巻き込んでしもうて申し訳ありません」

と謝った。しかし副長も、航海長も

「仲間ですもの、仲間が困ったときは助け合うのが我々の精神です」

と胸を張って言った。

 

そのあと第一艦橋を出たオトメチャンは、高田兵曹と出会った。高田兵曹は

「手紙書いたんか?早いほうがええよ。生みのお母さんの実家と貴様のあの少佐の姉さんに言うてな、戸籍のことはしっかりしとけえや。前にも言うたが、話に聞く貴様の継母やら一番上の姉さんいうんがうちにはどうも気にかかる。貴様が見張の姓を名乗っとると、あの家のものだとこの先絶対ええことないで?あん家ときちんと縁を切ったほうがええ!――いうても貴様にとっては大事なお父さんの苗字じゃけえ大事にしたい言うんはわかる。じゃがのう、貴様自身をもっと大事にせんといけんよ?貴様はこれから先を生きてゆくんじゃけえね、ええね?」

ともう一度さとした。

そして

「お母さんの実家に行くんが一人ではやねこいなら、うちが一緒に行ってやるけえ。声掛けえや」

と言ってほほ笑むと歩き去って行った。見張兵曹はその後ろ姿に(ありがとう、高田兵曹)と思いを込めて頭を下げた。

 

この話は麻生少尉も知って、

「ほうじゃね。うちも見張の家からきちんと籍は抜いたほうがええ思うわ。継母もオトメチャンのことなんぞ縁を切った人間じゃ思うておるんじゃろ?ほんならいつまで籍を入れとったらようないわ。桜本さんにはうちからも口添えしてみよう。ほいで、新井少佐にはもう手紙を出したんか」

と言った。オトメチャンは

「はい姉には今日の便で手紙を出しました」

と答え、麻生少尉は

「ほいじゃあ次の上陸日に桜本さんのところへ行こう。向こうさんの意向も聞かんならんけえ」

と言い、二人は二日後の上陸日、桜本家に赴いた。

桜本の祖母、亡き母の兄姉はオトメチャンを養女にという話にぱっと顔を輝かせた。祖母は

「うちはずうっと気になっとってです…トメちゃんがあん家にいる言うことで悲しい目えにおうてるんじゃないかと思うて。時間はかかる思いますが、どうかよろしくお願いいたします」

と麻生少尉に三つ指ついて頭を下げた。

長男の凱男は

「麻生少尉さん、そして艦の皆さんにもよろしゅうお伝えください。トメは果報者じゃ、こげえに皆さんに想われて」

と言っていとおしげに見張兵曹を見つめた。長女のきゑ子も

「ありがたいことじゃ。それがうまいこと済んだらトヨも喜ぶじゃろう」

と言ってオトメチャンを見つめる。亡き妹によく面差しの似た姪をきゑ子は心から可愛いと思った。

「ほいで、あちらの家のオトメチャンの継母いう方は今ご病気じゃ伺いましたが」

と麻生少尉が言うと祖母が

「二年位前からじゃねえ、体の具合がようない言うて今はほとんど臥せっとりんさる。あげえにトメちゃんに意地悪しんさったけえ、天罰じゃ。ありゃあ長ごうないで」

と怒ったような声で言った。かあさん、と凱男が軽くたしなめる口調で言ったがそのあと彼の口の端が笑いを軽く含んだように見えて麻生少尉には(まあ、ある意味当然じゃね)と思った。

麻生少尉は

「なるほど。ではこう言うては大変不謹慎ではありますが継母さんの生きとるうちに話をせんと厄介ですな」

と言った。きゑ子が

「最近、あん家に長女がよう帰って来とってですよ。麗子さんいう、ほら海軍省にお勤めのいかず後家」

と口を挟んだ。今まで黙って聞いていたオトメチャンの表情が硬くなった。

「そういうたら、あん人は海軍省を定年退職になるいうて聞きました」

そう麻生少尉が言うときゑ子がうなずいて

「あん人は昔っから気ぃが強うて居ったけん…あん人が口を出して来よったらちいと厄介じゃねえ」

とため息をついた。

凱男が

「ほいでもかわいい姪のためじゃ。何があろうと俺たちでトメちゃんをあん家から正式に離してやらんといけんぞ。――トメちゃんもそれでええな?」

と力強く言いオトメチャンもしっかりうなずいたのだった。

 

 

そのあと姉の新井貴子少佐から手紙が来た。少佐は今、水雷学校の教官職についていた。

桜本家の人たちと心をつなげた喜びを書き綴った後で

>麗子は今月末で海軍を退職し広島へ帰郷します。母の具合は大変悪く麗子は正直参っているようです。ほかの姉妹たちはまだまだ海軍の現役将校ですので麗子の援助は出来ません。交渉するなら今が潮時と私は思います。

早いほうがいいでしょうから、来月初旬には見張の家へ行かれたほうがいいと思います――

と書かれていた。

 

その手紙を見せられた高田兵曹は

「ほうか、ほんなら早いほうがええ。麻生少尉に言うてすぐにでも行ったほうがええよ。善は急げいうしな。なんならうちも行ってやるけえの」

と急がせた。そして

「うちはこれ以上オトメチャンが連中のおもちゃになったりええように利用されるんをみとうないんじゃ。うちもそげえな目に合うたけん、他人事と思えん。はよう桜本さんの人間になって幸せを掴まんとな」

と言った。その瞳には慈愛があふれていてオトメチャンはうれしさにしばし瞑目した。

 

数日後。

麗子が見張家に戻ったという話を聞いたオトメチャン・麻生少尉・そして高田兵曹に繁木大尉はオトメチャンが子供時代を過ごしたあの家を訪れた。繁木大尉は麻生少尉から「是非に、オトメチャンの上司としてぜひ!」と頼み込まれての登場。

険しい表情でオトメチャンを見た麗子は、

「何の御用です?こんなに大勢で。あなたお忙しい艦の皆さんにご迷惑をかけて申し訳ないと思わないのですか?」

とまずなじった。

が、繁木航海長は「我々が自発的に来たのであって、見張兵曹のせいではありません」と言い切り、肝心の話をし始めた。

麗子は黙って聞いていたが、ふすまの向こうにふせっているらしい母親に

「お母さん聞いてましたね?どうします、この娘をうちの戸籍から抜きますか」

と声をかけた。布団がこすれる音がして、やがてふすまがそっと開いた。オトメチャンがふすまの向こうから姿を見せた継母の変わりようにぎょっとした。

継母はすっかりやせ衰え、昔日の面影はなかった。病が進行し、彼女の命はいくばくも無いことがうかがえた。

継母はよろよろと皆の前に出て、そして正座すると皆の前に頭を下げた。

海軍のみなも頭を下げると継母は

「トメを…離縁いたします」

と言った。あまりにあっさりとした言い方に、オトメチャンも麻生少尉も皆拍子抜けした。麗子がふうとため息をついて

「そういうことです。あなたをこの家から離縁します。あなたも望んでたことでしょう?私たちもこうしたかったのですよ、あなたみたいな人がこの家にいるってのは大迷惑ですからね。言いたくはないですけど私の父の不祥事ですからね。あなたという人が生まれなければよかったんですけどね、たとえトヨさんとどういう関係になろうと。でもあなたは生まれてしまった、しかも病気にもかからず健康で大きくなってしまった。

まあそれでもちいとは利用価値があればと思ってはいたけど、結局あなたにはこれっぽっちも利用価値はありませんでしたね。――え?どういうことだって?つまり見張家(うち)の役には立たなかったということです。以前あなたに見合いをさせたのも、言ったとは思いますがあなたをこの家から消すためでしたがね、見事に壊されてしまって私のメンツを丸つぶれにしてくれたわよね。そのあともいろいろ私は考えてみたけどいずれにしてもあなたにかかわればかかわるほど私たちが不幸になるのは目に見えていました。ほんとはね、もっと早くこういう話をあなたにしようと思っていたんですけどね。皆忙しくてできませんでしたが、あなたのほうから申し出てくるなんて渡りに船。

ああ、もっと早いうちあなたを厄介払いすることができたのに、あなたは海軍という逃げ場を見つけてしまったから。それだけは残念だったわ」

と語った。オトメチャンの表情は硬く麻生少尉たちの表情も凍り付いたように動かない。

オトメチャンの唇が震えて「海軍が逃げ場ですか…」と言った。麗子は母の肩から落ちかけた半纏をかけなおしてやりつつ

「はっきり言いましょうこの際だから。あの当時私たち――貴子の腰抜けは知らないことですけどね――あなたを外地に売るつもりだったのよ」

と言い放った。皆の視線が麗子を射抜き、高田兵曹が

「なんてことを!この、この人でなし!」

と怒鳴った。高田兵曹も先ごろ同じ目にあいかけた、その時の驚愕や悲しみなどの複雑な感情が噴出した。しかし、その高田を繁木航海長は押さえた。「耐えろ。ここで騒動を起こしてはいけない」と兵曹の耳元で鋭く叫んだ。

麗子はそんな小さな騒ぎにも目をくれず、「汚れた女にはそれが丁度いいんですよ。ほかにどこで生きる場があるんですか!私たち姉妹に迷惑かけて、母を泣かせて…だから、だからそんな娘にはそれなりの仕打ちをしてやりたかったんですよ!いけませんか!?あなただってわたしの立場ならそうするでしょうが!」

と怒鳴った。

高田兵曹は、繁木航海長に片手を掴まれたまま麗子をしっかりと見据えると

「人でなしはどっちな?何の罪も無あ子供をそげなめに合わせて。恥ずかしい思わんのですか?――でもまあ、もうええな?オトメチャン。こげえな連中と縁を切れるんじゃ、えかったのう」

と言ってオトメチャンを見た。

オトメチャンは衝撃的な麗子の告白にも黙っていたが、突然居住まいを正すと麗子と継母に向かって深々と頭を下げると

「今までありがとうございました」

と言い、麻生分隊士も繁木航海長も、そして高田兵曹も少なからず驚いた。だが、一番驚いたのは麗子と継母だったかもしれない。

一同はそれを合図のようにして席を立った。

 

悄然と座ったままの継母と麗子はしばらくの間動けなかった――

 

帰り道、麻生少尉は見張兵曹に「あれでえかったんか?もっと言いたいことがあったんと違うか?」と囁いた。がオトメチャンは笑って

「ええんです。うちはもう、人を恨んで暮らすんは嫌ですけえ。もう過去のことはきれいさっぱり忘れてうちは新しいうちになります。みなさんこれからもうちをよろしゅう願います」

と宣言し、皆その場に立ち止って微笑みをもって見張兵曹を見つめたのだった。

高田兵曹は気がかりだったオトメチャンのことが解決できたことにホッとして足取りも軽くゆく。

オトメチャンは今、これまでの半生でなかったほどの解放感を味わっている。

 

 

――しかしどうやっても消せない過去は、ある――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

聞きたくないことを聞かされたもの、決着をみたオトメチャンの見張家離籍問題でした。

それにしても継母は病み衰えて、きっとオトメチャンを苛め抜いたその報いなのかもしれません。麗子の海軍を定年になりこの先どんな人生を歩むでしょう…しかしもうオトメチャンにはどうでもよいことなのかもしれません。

この後のオトメチャンを見守ってやってくださいませ。


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● COMMENT ●

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
いい年して困った人です、麗子さん。あまり人間に愛着のない人なのでしょう、というか身内以外は認めないタイプかもしれません。いずれにせよ他人になれたことはオトメチャンには良いことでした。

そうですね、そろそろオトメチャンにも本当の恋の一つくらい経験させないといけませんねw、ただ麻生少尉がどう出るか…(;´・ω・)。
しかしお年頃ですからねw。

いや~

麗子さん、相変わらずとんでましたね。
半分とはいえ血のつながった姉妹に言う言葉でしょうか?オトメちゃんの冷静すぎる対応との対比がすごいです。
高田兵曹の過去を考えると、人間変われば変わるものという感じがいたします。
あとはオトメちゃんにすてきな男性が現れれば・・・、これは禁句ですね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
麗子はオトメチャンを憎んでいましたがそれにしてもひどい言い方に人間性を疑います。
でもオトメチャンそんな義姉と継母にきちんと挨拶をしました、けじめですね。オトメチャンの人格の崇高さが光る反面継母たちの非人間性が浮き彫りになりました。
えてして人間ってこんなものかもしれませんね。悲しいですが。

この先オトメチャンはも少し世間の荒波にもまれる時がありますが彼女は強いですから乗り越えます。期待してやってください^^。
そして継母は…!

同じ釜の飯を食い、一緒の艦の中で生活する仲間はもう家族以上の存在ですね。階級も関係ない連帯感がそこにあります。

捨て台詞にしてはあまりにひどい。
これが人間の恨みの極め付きだとしても鬼のような人間にただただ驚きです。
オトメチャンの威厳と感謝に満ちた端然とした謝辞に胸のすく思いがしています。大きな決別を意味しているのでしょう。
失った人、無くした存在の大きさにこれから見張家はきっと後悔することでしょうね。継母さん、人生の最期、晩節を綺麗に出来なかったものかと残念です。

反して大和のみなさんの優しさ。いつもながら仲間の意味の深さと有難さを見る思いがしています。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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