「女だらけの戦艦大和」・ここが私の故郷だ4

オトメチャンは祖父の家の居間に一歩足を踏み入れたがそこに居並んでいた村の人々の視線瞬間、たじろいだ――

 

一人の年配の女性が傍らの中年女性の耳元に「あれ、見てみ?見張の家の厄介もんじゃろ」と囁き中年女性は「見張さんじゃもうとうに縁を切ったいうてきいたで?ほいでもまあ、ようここにこれたもんじゃねえ。恥ずかしげもなく」と言って二人は鋭い視線を無遠慮にオトメチャンにぶつける。

しかしオトメチャンの祖母はそんなオトメチャンを抱きしめるようにして祖父の休む布団の横に座ると

「よう来てくれたねえ…ずいぶん立派になってじゃ。お爺さんが生きとったら喜んだじゃろうに。あれからトメちゃんはそこに行っとるんじゃろうとか元気にしとってじゃろうかとか…会いたがっとってよ。ほいでもまあ、お爺さんちいと風邪ひいた思うたらあっという間に」

とそこまで言って口元を袖で抑えると泣いた。

オトメチャンも目にいっぱい涙をため、布団に寝かされているいとしい祖父を見つめた。眠っているような安らかな死に顔、もう物言わぬ祖父に向けてオトメチャンは

「おじいちゃん、トメです」

と話しかけた。

泣いていた祖母は顔を上げて

「ほらお爺さん、トメちゃんじゃ。会いたがっとったでしょう、トメちゃんが来てくれんさったよ」

と言って夫の顔を見る。そしてまた見る見るうちにその瞳に涙を盛り上げる。

オトメチャンは

「もうちいとはように逢いたかったです、いつかみとうにうちが美味しいもの作ってあげたかった。おじいちゃん、ごめんなさい」

というと布団の端をつかんで号泣した。

三人の水兵長たちももらい泣きしている。

花ちゃんもサダッペも、タケもこの老夫婦からはあれこれよくしてもらっていたし友達の祖父母であるということを知ってからは不遇な友人・見張トメの代わりとなって二人きりで住んでいたころのこの夫婦を気遣っていた。

「トメは、どうしとってかねえ」

が、お爺さんの口癖だったとサダッペは思った。彼女たちが休暇を取れて帰省のたびここによってはお茶などいただいて話をして帰ったものだがそのたびこの老夫婦は孫娘のトメを思っていた。

その直後、事業で成功した長男が実家であるこの家を建て直し、夫を亡くした長女が子供もないので実家に戻って親の面倒を見るようになった。

ほかにこの家には遠くへ嫁いだ娘――トヨの姉――が二人いるが、未婚のトヨがトメを生んだのを知って激怒し以来ここへは寄り付かないようになってしまった。

だから今回の実の父親の訃報に接しても二人は来ていない。

「桜本の一番末の娘はかわいい顔しとってじゃが、やるのう」

そういって村人たちは嘲笑した。サダッペや花ちゃんタケもそんな話を聞いて育ったがトメとは普通に友達として付き合い遊び、悪さをしそしてトメが呉の海兵団に入団するときは紙製の日章旗に寄せ書きしたものを贈った。その時、そっと物陰から老夫婦が孫娘を見送っているのを三人は見ていた。

(トメちゃんも苦労してここまで来たんじゃ。お爺さんはどのくらいトメちゃんを心配していたものか。ほかの連中にはわからんじゃろう)

一度も、堂々と孫と言ってこの村を連れて歩けなかったこの祖父の哀しみを三人は改めて思い知った。

祖父の蒲団のそばに打ち伏してなくオトメチャンに、かける言葉を三人は知らなかった――

 

そのころ『大和』では見張兵曹の祖父の訃報を山中副長から知らされた梨賀艦長が

「そうか…見張兵曹は村では肩身の狭い立場と聞いた。――そうだ副長、私が弔文をかくから誰かに届けさせてほしい」

と言って筆を執った。

副長は(艦長、素晴らしいことをなさる。『大和』艦長からの弔文が届いたとなればそうそう誰も、オトメチャンをむげには扱えない。さすが艦長、私も見習わないといけない)と感じ入っている。

やがて手紙を書き終えた艦長は

「誰か見張兵曹の母親の実家を知っている者はいないだろうか」

と副長に尋ね、副長は艦内を駆け回ってたずねあるき、しかし誰もいないことを知ると肩を落として艦長室に帰ってきた。

「だめです艦長。誰もいません」

山中副長はそう言って艦長を見つめた。そうか、と梨賀艦長は言ってデスクの上の手紙を見つめた。では、と艦長はつぶやくと

「藤村少尉に鎮守府に行ってもらおう」

と副長に向かっていった。見張兵曹は海兵団の出身だから鎮守府に行けば出身地くらいはわかる。

山中副長は

「わかりました。では早速藤村少尉を呼びます」

というと、艦長室に藤村少尉を呼びつけた。そして藤村少尉は艦長の言いつけ通り、見張兵曹の出身地を調べてそして艦長の手紙を携えて見張兵曹の故郷へと向かったのだった。

 

藤村少尉が見張兵曹の母の実家―ー桜本家を探し当てたのはその日もすっかり夜の帳も降りたころである。少尉は鎮守府の自動車でここまで連れてきてもらったのだった。

運転手嬢に「申し訳ないがここでしばらく待っていていただきたい」と言って少尉は桜本家の玄関の扉をたたいた。

扉が開き、少尉は中に招じ入れられた…

 

藤村少尉は見張兵曹の祖母に

「このたびはご愁傷さまでございます。――「軍艦大和」艦長・梨賀幸子大佐からの文でございます」

と艦長からの弔文を手渡した。

祖母はびっくりしたような顔でそれを押し頂いて、長男の顔を見てそれを手渡した。長男は藤村少尉に頭を下げてその包みを開いた。

そして

「トメは…『大和』に乗っとるんですか!本当じゃったんですね?」

と声を上げた。

その声に長女と、近所の連中が一斉に彼らを振り向いた。オトメチャンの祖母は、かすかに震える声で

「あの子が…あの子が『大和』に乗っとるなんて…えらい出世じゃ。――なあお爺さん、ほいで艦長さんからお手紙まで頂戴して…ありがたいことじゃ、なあお爺さん」

と言って藤村少尉に手を合わせた。長男も手紙を開いて手紙と藤村少尉を交互に見詰める。

近所の連中は

「あがいなおなごがあの大きな軍艦にじゃと?嘘に決まっとる。不義の娘じゃ、そげえなものが―ー」

と話していたが藤村少尉の厳しい視線を感じて慌てて黙り込んだ。

藤村少尉は小うるさい連中を見渡したが(オトメチャンがいない?)と思った。しかし時間も時間であるから少尉は

「それでは私はこれで失礼いたします」

というと軍帽を直して踵を返した。そのあとをオトメチャンの祖母と、その長男が見送りに出る。

玄関前に止まっていた自動車に乗り込みながら藤村少尉はそっと周囲を見回した。

(オトメチャンはどこにいるんだろうか)

その時自動車はエンジンを震わせて走り出した。ヘッドライトが漆黒の闇を切り裂いて遠ざかってゆく

 

――オトメチャンはタケの家の古い納屋にいた。

明日が葬儀なので「うちはおじいさんを見送りたい」とオトメチャンはこの村にとどまることにした。が、どこも彼女を一晩泊めてくれるような家などない。祖父母の家も、亡き母の兄姉がいる。祖母だけならともかくもまだあったことのない母の兄姉と一緒に過ごすのも気づまりであった。

花ちゃんが

「どうします兵曹。野宿いうわけにもいかんでしょう…できるならうちに泊まっていただきたいんですが…」

と困り果てた表情で言った。この幼馴染たちは全く見張トメに偏見も何も持っていないのだがその親たちが問題で、この三人のうちの一人の親は赤ん坊だったトメを抱いて貰い乳に歩く義姉の見張貴子に「あんたはいったい誰の味方じゃ!あんたのお母さんを裏切るんか、そげえな不義の赤ん坊、川に放ったらええんじゃ!恥を知れ」と罵声を浴びせたことがあった。

むろん本人たちは知らないことだが、貴子は今でも覚えている。

いまだに見張トメを毛嫌いしているのをここに居る三人は知っている。それをいくら「もういい加減やめてくれんか、トメちゃんはうちの大事な友達じゃ」と怒っても親どもは聞く耳を持たない。

というようなわけで、見張トメは今夜の宿をタケの家の古い納屋に決めたのだった。この納屋はもう何年も使われていないのでそういう意味では格好の寝場所ではあるが。

タケが

「すまんのう、トメちゃん。帝国海軍の下士官にこげえな場所で寝てもらうなんかあってはいけんことなのに。トメちゃん、いつかきっとうちがトメちゃんをええ温泉宿に招待しますけえ、今日のところはこらえてつかあさい」

と平謝りに謝った。

タケはトメより年が上である。そのタケが身を小さくして謝る姿にオトメチャンは申し訳なさを感じ、

「こちらこそ申し訳ないタケちゃん。ほいでもここを貸してくださってありがとう。お父さんやお母さんに見つかったらうちのせいじゃ、うちが強引にここを貸せいうたって言うてつかあさい」

と言って三人の水兵長に頭を下げた。

サダッペが

「嫌じゃのうトメちゃん。水臭いのう、幼馴染じゃないねうちら。今夜だけここでかんべんな。で?タケちゃんトメちゃんの明日の朝飯、大丈夫か」

というとタケはニィッと笑って

「ほりゃあ任せてつかあさい。トメちゃんには決してひもじい思いはさせませんけえね」

と言い切った。

四人はあまり声を立てないようにして笑い、その晩は別れた。

オトメチャンは一種軍装を脱ぎ丁寧に畳三、肌着だけになってタケがこっそり用意してくれた厚い布と掛布団の間に入り込むとふうっと一息ため息をつくと体を小さく丸めて眠りについた――

 

    (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

いとしい祖父母の家に赴いた四人です。

オトメチャンを待っていたのはやはり村の人の冷たい視線。そして亡き母の兄姉たちは妹の忘れ形見をどう思っているのでしょうか…

次回をお楽しみに。

DSCN0830_2015030421211115d.jpg

「戦艦武蔵」らしい艦がフィリッピンのシブヤン海で発見されたそうですね。戦後70年目のこの発見がなにか私には英霊からの通信のように感じられてなりません。
このニュースがあの戦争を、戦没した多くの将兵の皆さんをしのぶよすがになればと思う次第です。


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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは^^。

「武蔵」発見のこのニュースは私も歴史群像で大特集してほしいと思いますね。わりに地味な扱いの武蔵ですが、その建艦から沈没までをじっくり特集してほしいものだと思っています。

梨賀艦長粋でしたね^^、オトメチャンの立場を思いやっての行為でしたがさあこの後葬儀に関しても…ですよ、ご期待くださいませ!

それにしてもやはり女はどこでも口やかましい(-_-;)。

こんにちは。
武蔵のニュース、歴史群像でもきっと取り上げてくれると思うので、また発売されたらじっくり読んでみたいです。
オトメちゃんに対しての心遣い、ありがたくて嬉しいですね。どうかきちんとお見送りができますように。しかし…やっぱり田舎のオバチャンたちは……ですね(`Δ´)

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
オトメチャンはひどい悲しい生まれではありましたが自分自身の力と周囲の力で皆がうらやむ戦艦大和という大戦艦で勤務できるようになりました。自分を卑下せず生きてきたその苦労を神様が認めてくれたのでしょう。
艦長の弔文そしてこの後…。村人がぶっ飛ぶことが起きますのでお楽しみに^^。

武蔵。
大和に比して扱いこそ地味ですが同じ『大和型』の二番艦。いずれの艦もその命はとても短かったですがそれに乗り込み生活しそして戦い散華した人々の功績は未来永劫語り継いでゆきたいものです。どうかこの日本の国をお見捨てなくと祈りました。
今日も動画がニュースで流れました。思わず食い入るように見てしまいました^^。

神様は良く配分をしてくれるようで、オトメチャンがそのような生まれ星であったにせよ戦艦大和という素晴らしい世界の中でイキイキとした今があるということ。それは一般人には到底叶う(敵う)ことの出来ない素晴らしい人生の一端かと。ましてやオトメチャンを慮って艦長が弔文を託すなんて。
これからの口さがない村人の驚愕と豹変ぶりを楽しみにしています。

終戦70年のこの年に武蔵が見つかるとは。海神の御神威だと思います。
海深くに眠るご英霊、きっとこれからも日本を護って下さるでしょう。
武蔵のニュースに見張り員さんの喜ぶ様子が見て取れていますよ。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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