2017-09

「女だらけの戦艦大和」・ありのままに私は生きる2 - 2015.01.11 Sun

 野田兵曹は、生方中尉に茶と茶菓子を出すと差し出された母親からの手紙を手に取った――

 

生方中尉は茶を喫しながら兵曹の表情を注意深く観察している。天敵ともいえる母親からの手紙、しかも内容が内容だけに兵曹が錯乱したとておかしくはない。何があっても素早く対応できるよう生方中尉の全神経は野田兵曹の一挙一動そして表情の細かな変化にまで注がれる。

モンペ姿の野田兵曹は静かに手紙を最後まで読み終えて、便箋を封筒に戻した。生方中尉は若干の拍子抜けを覚えたがさりげなく

「――というわけなんだが」

と言った。中尉もなんと言っていいやら見当がつかない状態である。続ける言葉に困って中尉は自分の一種軍装の膝のあたりに視線を落としたままである。

野田兵曹は封筒を自分の前に置くと生方中尉に笑顔を向けた。意外な行為に生方中尉は内心ぎょっとした。まさかこんな手紙を見せつけられて野田は正気を失ってしまったのではないかと中尉は思った。

しかし野田兵曹は至極まともであった。

生方中尉に「こげえな詰まらん手紙をわざわざ届けてくださって…申し訳ありません」と謝ってから

「これは最終手段です。うちはそう受け取りました、あん人はうちをもう他人にしとうてたまらんのですね。うちももう、あの家とは絶縁してもええんです」

と言った。妙に達観したような表情に生方中尉はあわてて「そんな、早まるんじゃない」と声を上げた。が野田兵曹は微笑みを浮かべて

「ええんです。うちはその指定の日に<水無月亭>へまいります。ほいで生方中尉、折り入ってお願いがあるんですが」

と言った。

その、野田兵曹の申し出に生方中尉は心底驚かされることになったが、野田兵曹の真剣な申し出にとうとううなずいたのだった。

 

<見合い>当日…野田兵曹は仕舞ってあった一種軍装を取り出してそれを着た。高田が「<水無月亭>言うて場所はわかりんさる?うちがついて行ってあげようか?」と心配してくれた。野田兵曹は詳しい場所を知らなかったので「ほいでは大変申し訳ありませんが高田さん、近くまで案内してつかあさい」と頼んだ。そして<水無月亭>の前に来た時高田は

「佳子ちゃん。決して早まったことをしてはいけんよ?おばさん、あんたを信じとるけえね。――終わったらはようお帰り」

と言って思わず野田の手を握った。その高田に微笑んで野田兵曹は

「はい。うちは平気です。冷静ですから心配せんでつかあさいね。終わったらすぐ帰りますけえ、まっとってつかあさい」

と言って敬礼した。高田には一種軍装の野田が誰よりも凛々しく雄々しく見えた。

その頃。

<水無月亭>の女将から野田兵曹の見合い場所を聞き出した生方中尉とその部下の谷本少尉はその部屋の見える塀の上にしがみついていた。木々が彼女たちを隠してくれてはいるが念の為頭に樹の枝で擬装をして。これこそ野田兵曹が「折入ってお願いがある」と言ったことである。ふたりは見合い現場を「見ていていただきたい」という野田の願いを聞いてここにいる。

谷本少尉は「なんで私達が野田のためにこんなことをしなきゃいけないんですか?みっともないですよ、大の女の海軍士官が料亭の塀の上でこんな恰好をしてるなんて、絶対変ですよ」とブツブツ文句を垂れた。が生方中尉は

「谷本少尉。野田は我々の仲間だよ、そしてあれはかなりの苦労をしてきた女だ。親との確執でああいう性格になってしまったが今回の長期休暇で随分変わったよ。谷本少尉もきっと驚くくらいだ。そして今回野田は意を決して見合いに臨み――なにかをしようとしているらしい。その可愛い部下のいわば回天の時だ。文句を言うものではない、そういう心では貴様この先昇進しても部下の心をつかむことなどできないぞ」

と厳しくいさめた。生方中尉が谷本少尉を選んでここに連れてきたのにはわけがある。谷本少尉は兵学校での成績はなかなか優秀であったが部下の人心掌握が下手で時折部下の兵隊嬢たちと衝突することがある。谷本少尉の心うちには(自分は裕福な家の出でしかも海軍兵学校の出である)というエリート意識が普通より多くあるようだ。確かに兵学校を出れば世間はエリートとみなす。が、(本当のエリートとは部下から心底慕われてはじめてなれるもの。その意味においては私もまだまだエリートではない)と生方中尉は思っているから谷本少尉の考えや行動が今一つ気に入らなかった。

だから今回、部下たちの心や今までの生活の一端、それを含めた人間というものはどういうものかを見せるよい機会だとあえて彼女を選んで連れて来たのだった。

谷本少尉は「そうですかねえ」と半ばふてくされた物言いで「一種軍装を着て来るんじゃなかったですよ、こんなに汚れちゃって」とまだぶつくさ言っている。

と、「静かに!来たぞ」と生方中尉が谷本少尉を押さえた。ふたりは見つからないようそーっと塀の上から眼だけのぞかせる。

 

その少し前、野田兵曹は通された小さな一室で一人時を待っていた。兵曹は一種軍装の胸ポケットから一葉の写真を取り出して見つめた。兵曹が中学に入る前の家族写真。父と母、そして兄と兵曹がほほ笑む写真。兵曹は食い入るように写真を見つめ(ほらやっぱり…絶対うちの勘はあっとる。今日は、今日こそはそれを確かめんと)と緊張している。

そして野田兵曹は「お母様方がいらっしゃいましたよ」と仲居に呼ばれ、小さな部屋を出た。廊下で母と兄に会ったがふたりとも兵曹と目を合わすことなく仲居に案内された部屋へ入った。

「こちらでお待ち下さい」

と仲居が出て行ったあとも母も兄も黙りこくっている。野田兵曹はふたりから発せられる強烈なまでの拒否の雰囲気を痛いほど察している。兵曹は軍帽を座卓の上にそっと置いた。

(そげえにいやならうちなんぞ呼ばなきゃええのにね。変な人たちじゃ)

そのへんがこの人らの融通きかん言うところなんじゃろうねえと、野田兵曹はそう思ってなにか笑いたいような気にさえなった。ふ、と彼女の口元がゆるんでしまった時、廊下を渡るいくつかの足音が聞こえてきて三人はすっと背筋を伸ばした。

ふすまが開いて、「やあ遅くなって申し訳ない!」という大きな声がまず飛び込んできた。その声の品のなさに野田兵曹は軽く顔をしかめた。

そして兄の友人だという男とやや年上の男性二人が入ってきた。男ふたりは野田の三人の前に胡坐をかいて座る。野田兵曹は(最初は正座をするもんじゃ、こいつらあほか)とあきれた。

野田の母は至極丁寧に挨拶をし、「これが――佳子でございます」と言って顔だけ野田兵曹に向けた。兵曹は背筋を伸ばしたまま

「野田佳子海軍上等兵曹であります」

と言って軽く頭を下げた。兄の友人だという男が、連れの年上男性を見て「なかなかいいじゃないですか、ふふっ」と笑い、年上男性も「ああ、上玉だ」と言って笑う、その笑いが何かいやらしいような下卑た笑いで兵曹はいたたまれないほど苦しくなってきた。

年上男性はこれも品のない大きな声で

「もう聞いているだろう?お前は俺と一緒に満洲にわたるんだよ。お前は、片付けが出来ねえんだってな。でも心配ねえぞ、お前はなんにもしなくていいんだ。黙って座ってりゃそれでいい。お前の身の回りのことはほかの女どもがするからな」

とやくざなものの言い方をした。兵曹の鋭い眼が年上男性を射た。兵曹は顔色一つ変えずに

「どういうことです?うちはなあも聞いとりゃあせんが」

とぶっきらぼうに言った。母があわてて兵曹の膝をつついた。兵曹は動じないでまっすぐに相手を見つめたまま

「ご説明願えませんかのう。うちを一体どこに連れてゆくおつもりなんでしょうかのう」

と言った。その口元には不敵な笑みさえたたえられている。年上男は口ぶりのわりには肝が小さいのか、兵曹の気迫に何やら押されているようだ。兄が「佳子!わきまえんか、貴様」と叱責した。この時初めて野田兵曹は兄を睨みつけた。兄はその形相にたじろいだがすぐに「貴様のためを思っていい話をまとめてやったんじゃ、ありがたい思え。この罰あたり」と怒鳴った。

が兵曹はもう負けていない、

「なにが罰あたりじゃ。ばちあたりはどっちな。人の知らんところでこげえな話勝手に進めよって押しつけて。うちはこげえな下品な人は好かんわ。こげえな話御破算にしてつかあさい!」

と言い放った。兄は「なんじゃと…もう一遍言うてみい!」と怒鳴ると立ち上がり母の向こうに座った野田兵曹の元へ行きその一種軍装の腕をつかんだ。そして

「このあほったれが!」

というと殴りつけようとした。が、兵曹はそれをなんなくかわして逆に兄の腕をとってねじった。痛い、やめんか佳子と兄は悲鳴を上げた。兄の友人と年上男は意外な展開に呆気に取られている。野田兵曹は座卓の向こうの男二人を睨みつけると

「貴様ら…女衒じゃな」

と低い声で言った。男どもは不自然に眼を泳がせた。図星である。兵曹は兄をねじあげたままで

「よう恥ずかしげものう来れたもんじゃのう。大体が現役の海軍軍人を買おうなんか勘違いもええとこじゃ。それに兄さんも母さんもうちを売ろうとしとったんじゃな…この…」

というなり兄からいったん手を放し、次の瞬間もう一度兄の腕をとって背負い投げた。ものすごい音をたてて兄は座卓の上に落ち、跳ね返って畳の上に転がった。

「佳夫さん!」「佳夫君!」「野田さんー!」

三者三様の叫びが響いた。野田兵曹はこぶしを握った手をかすかにふるわして座の一同を見回した。そして低いが威厳のある声で

「帝国海軍軍人を愚弄するものはさらに手痛い目に遭うぞ。遭いたいものはかかってこい」

と言った。男ふたりはあまりの事に驚いて物も言えない。野田の母親は真っ青になって、畳に転がった息子の背中を支えている。口元がけいれんして、なにかを言いたいようだが言えないふうに見える。

外の塀の上からこの光景を見ていた生方中尉は驚いて塀に爪をグッと立てた、谷本少尉はこれも真っ青になってガタガタ震えている。そして小さな声で「あの、あの野田兵曹が、野田兵曹が」と繰り返すばかり。今まで谷本少尉は、野田と言えばあいまいだったりいい加減な言動をしていることしか知らなかった。が、今目の先にいる野田兵曹は不正に敢然と立ち向かう颯爽とした海軍軍人である。

(私より、軍人らしい)

谷本少尉はそう思った。

そして二人がさらに見ていると、震えの収まった野田の母親の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した――

     (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とんでもないことになりました。

野田兵曹はこの後どうするのでしょう、そして母親の口から出た聞き捨てならない言葉とは?次回をお楽しみに!

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● COMMENT ●

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
これでも親か?というやつですね。
戦後はそういう話に事欠かなかったように聞いていますが女性も生きるために必死だったのでしょうね。どんな思いでその仕事をしていたのか考えると胸がふさがる思いです。
戦時中も女衒はいて、例の『慰安婦』問題にも関連するのではないかと思います。

野田兵曹かっこよかったですね。馬鹿兄、ぶっ飛ばされて当然です!

No title

見張り員さん  こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
しかし酷い親がいますね。
戦後はやくざが吉原の今はソープランド
ですが親を亡くした女性などを売り飛ば
した話などを聞いたことがありましたが
戦時中でも女衒と言う風習があったのに
驚きですね。
野田兵曹はしっかりされていて鬼兄を殴り
飛ばしてスッキリしました。

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは!
>殺るときは殺る!
なんか高倉健か菅原文太の極道ものをほうふつさせて良いですねえ~w。コーフンもまた良しです^^。

この物語にたま~に出現するくず人間が登場です。そして毅然とした野田兵曹、今までのあの曖昧でいい加減な彼女からは考えられない行動と言動です!
そしてこのあと…野田佳子兵曹はある事実を知らされます。
野田兵曹のこの後、必見です!

えらい風が強くて日の丸がふっ飛ばされそうで気が気ではありません(-_-;)。どうぞ温かくしてお過ごしくださいませ^^。

殺るときは殺る! あ、ちょっとコーフンして「やる」の字が違いましたが、こんなヤツラは社会的に抹殺すべきですね。人として本当に恥ずかしい。やむにやまれぬ事情があるわけでなく、自分たちのためだけの卑しく卑怯な行動、言動。ああ、野田さん、カッコいい! ただ母親が気になりますね……バッサリ縁をきってほしいです。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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