「女だらけの戦艦大和」・結婚ものがたり7~瀬戸の花嫁

 野村中佐を乗せた内火艇は上陸桟橋に静かに横付けされた――

 

野村中佐の両親が駆け寄ってきた。父は羽織はかま、母は黒留め袖。中佐は藤村少尉の手助けで内火艇から桟橋に降り立つと両親に向かって一礼した。白い角隠しの下の美しい顔が両親を見て微笑んだ。数瞬の間娘の晴れ姿に見とれていた中佐の母が「次子さん…きれいですよ」と少し涙ぐみつつ言い、父親は満足げな笑顔で何度もうなずいていた。

そこに一種軍装に身を包んだ衛兵所長がやってきて

「本日は誠におめでとうございます。野村中佐の末長いお幸せを衛兵所員一同心からお祝いいたします。早速ではございますが自動車が参りましたのでご案内いたします」

と言った。藤村少尉は「では、参りましょう」と副長の手を取り直して言い、副長は内火艇の艇長を見返ると「どうもありがとう、気をつけて艦へ戻ってください」と礼を言った。

そして一行は花嫁姿の副長と介添えの藤村少尉を先頭に歩き出す。衛兵所を通るときには一種軍装に身を包んだ所員嬢たちが一斉に敬礼する前を一行は通ってゆく。中佐は彼女たちに軽く会釈して微笑みかけながら通り過ぎ、皆は「綺麗じゃわあ!ええなあ、うちもあやかりたいわ」と身もだえる。

 

黒塗りの立派な自動車は梨賀艦長が呉鎮守府に掛けあって借りたもの。艦長は「全海軍期待の弩級艦・『大和』の副長の嫁入りなのだ、しかも相手は呉海軍工廠期待の星の大佐である。その嫁入りに町なかの埃だらけの道を延々あるけと言うのか!みっともないことはさせられない!どうあっても一台都合してもらいたい。できないとあれば…」と誰も貸さないなどと言ってもいないのに半ば脅すように言って借りることに成功したものである。

その自動車に、まず副長が乗り込み続いて両親が、そして最後は藤村少尉が助手席に乗り、鎮守府からの運転手役の兵曹長がドアをそっと閉め運転席に入り、エンジンがかかる。自動車は、山中大佐の待つ家へと一路、走り出した――

 

その頃丘の上の一軒家では山中大佐が愛しい野村中佐の到着を今か今かと待っている。羽織はかま姿で立ったり座ったりと落ち着きにまったく欠ける。黒留め袖のシズが笑いながら「新矢さんちょっとは落ち着きなさいよ。自動車で坂の下までいらっしゃるそうだからすぐわかりますよ…いらしたらお知らせするからお座りなさいな」と言って大佐を座らせる。

これも羽織はかま姿の兄の一矢も「おお。お前はそこで今夜の予習でもしとけや」と笑いながら声を掛けシズに「あなた昼間からへんな事言わないでくださいねっ」と叱られる。手伝いに来ている山中大佐の部下や近所の女性たちも笑うが、めでたい日だけにどの声も笑いを含んで険がない。笑いがはじける。

大佐は時間と体をもてあまし気味で、ふいと席を立つと二階の部屋に上がった。ベッドの上には中佐の家から運び込まれた婚礼寝具がすでに延べられ今宵新婚の二人がそこに身を横たえるのを待っているようだ。

大佐は部屋を見回した。中佐の家からはほかに鏡台やタンスが二棹搬入されている。そして中佐のカバンが一つ。

「おお、このかばんの中のものをたんすの引き出しに入れておくんだった。忘れていた、いかんいかん」

と大佐はあわててカバンの口を開いた。中には風呂敷に包まれた中佐の私物――おそらく肌着やなにかだろう――がいくつかあって、大佐はそれをそのまま引き出しにそっと入れておいた。いくらなんでも女性の肌着をじかに触れるわけにはいかない。

すべて出し終えてふとカバンの底を見れば一冊の本が入っている。「なんだ、何の本だろう」と取り出して見れば本には「おめでとう野村中佐。これでしっかりお勉強なさってね。ご主人さまもご一緒に。謹呈・棗佐和子海軍主計特務大尉」と手書きの帯が巻かれている。「は!?なんだこれは…結婚祝いの贈り物か?」と本のタイトルを見ればまあなんてうれしい…「新婚初夜の医学事典」ではないか!

大佐はニヤニヤとして本の表紙を手のひらで撫でると「これはありがたいものを頂戴して…さっそく今夜」とベッドの掛け布団をはぐってそこに入れ込んだ。(いよいよ今夜、次ちゃんと)と山中大佐は思って胸を高鳴らせたが階下からの

「坂の下に自動車が来ましたよ!新矢さん、お出迎えの準備を」

と言う兄嫁の声にハッと我に返って「はーい。今行きます」と叫んで階段を駆け降りた。

 

大佐の家の下、坂道を三分の二ほど上がって自動車は止まった。ここから先は道が細いので自動車は入れない。副長たちは自動車を降りた。副長の両親そして副長は心から運転の兵曹長に礼を言った。副長は「艦長がご無理を申しあげたのではないですか?鎮守府長官によくよく御礼申し上げて下さいませね」と言って頭を下げ、兵曹長はあわてて「そのようなこと…全く平気であります…。どうぞお幸せに。心よりお祝い申し上げます」と敬礼。そして副長と藤村少尉を先頭にそのあとを両親がついて坂を登る。副長は(この坂、最初来た時は急に感じたけど今はそんなに感じない…どうしてかしら)と少し不思議に思っている。それはきっとあの日は初めて男性の家に行くという緊張感があって、それで坂をきつく感じさせたのかもしれない。

自動車がついた時から近所の人たちが「お嫁さんじゃわ」「婚礼があるんじゃ」と言って集まり見送っている。副長は何か気恥ずかしいがシャンと背を伸ばして歩き続ける。

と、藤村少尉が立ち止まり「野村中佐。『大和』からお祝いが」と言って後ろを見返った。え、大和から?と副長も見返ると「大和」がその姿をきらきら光る呉湾に浮かべているのがよく見えた。

そして「オメデトウ オメデトウ タイヘンウツクシイ セトノハナヨメ オシアワセニ ノリクミインイチドウヨリ」と発光信号が読み取れた。これは山口通信長からの餞である。

「みんな…」副長は涙をグッとこらえて『大和』へ一礼した。両親もそれにならって一礼。そしてもうすこしゆるい坂を上がると、もう目の前に「山中」の表札の付いた門がありその前で山中の兄夫婦が待っていた。まず藤村少尉が先に立って「本日はおめでとうございます。花嫁様、ご両親様をご案内いたしました」と言って敬礼。山中大佐の兄夫婦が敬礼を受け、「ありがとうございます。どうぞ」と門の中へといざなう。そこに山中大佐が立っていて花嫁姿の野村中佐を見るなり「はっ!」と息をのんで立ち尽くした。

春の優しい風が吹き付け、うちかけの「櫻に錨」がきらきらきらめいて副長はまぶしげに眼を細めた。そしてその瞳をあげて大佐を見つめた。大佐は中佐を見つめたまま動けないようだったが兄にそっとつつかれてやっと我に返り中佐の横に並ぶと玄関へ向かった。

「間もなくご媒酌の呉海軍工廠の江崎少将ご夫妻がいらっしゃいます。御臨席の皆様もそろそろ参りましょう…それまでどうぞごゆっくりなさってくださいね」

山中シズが中佐とその両親そして藤村少尉にそう言って桜湯を出してくれた。そのそばで山中大佐は中佐を食い入るように見つめたままである。中佐は低い椅子に座ってうちかけの両そでを膝に重ねている、その姿が(花嫁人形そのものではないか、なんて美しい)と山中大佐には信じられないほどの美しさで眼に映る。普段から美しい中佐がもうこれ以上ないほど、まさに天女の美しさ。

(私は果報者だ。これほど美しく賢い女性を妻にできるのだから)

大佐は縁と言うものに感謝をささげる――

 

それから一時間後。双方の招待客が集まった。山中大佐側は海軍工廠と広航空廠の技術士官たちと大佐の旧友たち。野村中佐側は『大和』艦長以下の科長たち。

ふたりの挙式が始まった。大広間に金屏風が立てられその前に新夫婦の二人が座り、江崎少将の息子と娘が男蝶女蝶を務める。まだ幼いふたりではあったが事前に母親からきっちり教え込まれていたらしく落ち着いた態度でしかし、幼子らしい可愛らしさで皆のほほ笑みを誘った。

山中大佐と野村中佐は緊張でかすかに震える手でもってそれぞれの盃を干し、ここに新夫婦が誕生した。盃を置いたふたりはそっと瞳を見かわして微笑んだ。野村中佐は角隠しの下の瞳を輝かせて夫となった山中大佐を見つめ(たった今から私はあなたの妻となりました。至らぬ私ではありますがどうぞ末永くよろしくお願いいたします)と瞳で語る。

大佐も(私も今日この瞬間からあなたの夫となりました。ふたりで人生の航海に乗り出しましょう。どうぞよろしく)と瞳で返す。

列席の一同も盃を干して、これで挙式は無事終了した。皆の間にほっとした空気が流れ、藤村少尉がふすまをそっと開け「写真撮影の準備が出来ました、皆様お庭にお出まし願います」と言った。

 

記念写真はまず、新郎新婦ふたりだけのものを撮影。見守る中佐の両親や大佐の兄夫婦は嬉しそうに、大佐の仲間や『大和』の士官たちはそれを羨望のため息で見つめる。木航海長は「いいですねえ副長。とっても綺麗。私も副長くらい綺麗だったらよかったな」とまぶしげに副長を見て言い山口通信長は「あなたもとっても綺麗でしたよ。いやしかし『大和』は美人揃いで素晴らしいですね」と言って微笑む。

浜口機関長は「副長、気合いで素晴らしい男性を射止めましたね!さすが副長、気合いだ気合いだ気合いだー!オイオイオイ~~!」と例のごとく気合いを入れ始め工廠の技術士官たちの笑いを誘う。

そして参列者たちもそろっての集合写真。まぶしい春の日差しを浴びて幸せそのものの表情の新夫婦と参列の皆の嬉しそうな表情が印象的な写真となった。

撮影が済んだ時、上空に飛行機の爆音が響いて梨賀艦長が「副長、あれを」と空を指差した。副長がそっと見上げると零戦が五機、飛来して来た。そして皆の頭上で素晴らしい編隊飛行を繰り返す。

梨賀艦長が「副長の海兵同期のお友達が婚礼の話を聞きつけてね、ぜひ祝いたいと言ってきてくれたんだよ」と副長の同期の仲間の名前を言った。航空の道に進んだ仲間であるが同期のよしみで駆けつけてくれたのだ。副長はその心の感謝しながらそっと片手をあげて手を振った。山中大佐がそっと副長に寄りそうように立って零戦を見上げて手を振る。

零戦の編隊は翼をバンクさせるとやがて飛び去っていった。

 

そしていよいよ披露の宴が始まり、二人の婚礼はいよいよクライマックスを迎えるのである――

        (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

結婚式が始まりました。

いよいよ夫婦となる若い二人にどうぞ拍手を。そして山中大佐、妙な本を見つけてしまいましたね…この後が大変気がかりですがゆっくりその時を待つことにいたしましょうか。

 

瀬戸の花嫁(小柳ルミ子)。なつかしい。

 


(十一月二十二日遅くに発生の長野県での地震で被害に遭われた皆さまへ心よりお見舞い申し上げます。大ごとになりません様祈るばかりです)

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柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
ふたり無事に式も拾う縁もすみましたが問題のあの本…!大佐は枕の下に隠していましたがさあどうなってしまいますか…たいへん心配ですね~(-_-;)。
心配しながら次回をお楽しみに(ってなんだか変ですねw)。

昨日の東京はなにか肌寒く、今日は朝から一日雨でした。明日も雨みたいです。
どうぞ御身大切にお過ごしくださいね^^。

こんばんは♪

見張り員さん   こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
野村副長さんに山中大佐の挙式は無事終了
して記念写真も撮られて披露の宴が始まり
山中大佐が変な本を見つけられてベットに
入れていましたがその本で何か起こらない
といいですね。

こちらは暖かい日でしたが明日と明後日は
雨マークです。

はづちさんへ

はづちさんこんばんは!
副長が人妻となって「女だらけの大和」は人妻の色香漂う艦になるのでしょうか!!??と言ってもこの艦にそれほど人妻はいないのですが(^_^;)…この先増えるかな?w。

山中大佐は果報者で男冥利に尽きますね。きれいで聡明な妻をめとって!
しかしその大佐、夜の方は大丈夫なのでしょうか。あの本の存在が妙に気になるところですが、続きをお楽しみに!!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
今日はなんだか曇りの寒い日でしたね、予報と違ってた気がします(-_-;)。

さあ、大佐があの本を見つけてしまいましたがどうなるのでしょう??そんなテクニックを披露したら…いやいやそれ以前にそんなことできるのだろうか…心配が渦を巻く結婚ものがたりでございます!!

長野の地震、夜中の自身の始末の悪さを痛感します。尤もどんな時間に来ようと地震は嫌なのですが周囲が暗いと逃げるにも気を使うことでしょう…もう大きな揺れのないよう願いたいものです!

おじゃまします

こんにちは

拍手喝采!(゚∇゚ノノ"☆(゚∇゚ノノ"☆(゚∇゚ノノ"☆パチパチパチ!!!
ああ、とうとう副長が人妻に・・・。
いやいや、とても素敵な挙式で、
果報者の山中大佐に嫉妬してしまいますな。
その大佐ときたら、例の本を見つけてしまい・・・。
ど、どうなるのでしょうか・・・ドキドキ

おはようございます。今日は曇りで寒くなりそうですね。お身体に気をつけて下さいね。
とうとうあの棗マニュアル(笑)の存在が新郎にも……イヤイヤ、いきなり高度な(?)テクニックとかまずいでしょ~とおばちゃん、ドキドキしています。続きを心待ちにしています。
自然災害の恐ろしさ……人間はおごってはいけませんね。これ以上の被害がありませんように。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
まろにい様の脳裏に見える景色はきっと私が見ているものと同じだと思っております!

真心、という言葉が今ほど大事な時はないのでは?と思うことがしばしばあります。真心、あるいは赤誠と言いましょうか。掛け値なしに相手を思う心、そして場合によっては命がけの真心。それをなくした時ひとはひととして存在価値さえなくしてしまうのではないかとさえ思うのです。
そんな真心・赤誠の集まりがこの物語でもあります。

この物語の中の戦争が終わり、それぞれがそれぞれの場所に戻ったらそれもまた一つの話になりそうですね。そうなるとどんな人生が待っていることか、考えるの楽しみですね^^。

私はしゃべり言葉は汚い方なので(-_-;)、せめて書き言葉は綺麗にを心がけています。正しく美しい日本語はわが日本人の財産ですから、次代に正しく伝えたいです。

疲れ――感じてはいますが快い疲労です。これからこの章の一番の目玉シーン??がありますからねw。これはもうどうなるかぜひお楽しみになさってくださいませ^^!

佳い挙式でした。まるで映画のワンシーンのような副長の花嫁姿と優しい風景の美しさ。そしてすべての人々の心づくしのお祝いの気持ち。日本人はこうでなければと改めて感じ入っています。
心憎い上司、同僚、愛しい部下や後輩、同期の友人。両親、義父母、そして素敵な伴侶に恵まれた副長のこれから益々の幸せをと心から願っています。人格優れた人には善い人ばかりがまるで吸い寄せられるように集ってくるのでしょうか。
「女だらけの戦艦大和」の趣旨に副いませんが、早く戦争が終結して此処に居るすべての人々の身の上に平和が訪れますように。いつか「その後」の皆さんを見てみたいです。

見張り員さんの操る日本語の美しさ。言葉に心を込めるとこんなにも輝き放つこと。よい勉強をさせて頂いています。
大切な挙式の描写に心身もお疲れではないでしょうか。消耗なさったのでは?? 
披露宴と続き、もうひと頑張りを願います。新郎さんや棗さんと同じくらいにいよいよの夜に大きな期待をしております。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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