「女だらけの戦艦大和」・結婚ものがたり6~登舷礼で送られて

 その日の朝が来た――

 

野村副長は自室で化粧や着付けを済ませて静かに椅子に座りその時を待っていた。運用長がじかに指名した三人の兵曹・兵曹長が副長の化粧・結髪と着付けを行った。その一人の化粧担当・斉田兵曹は「きれいじゃわあ、副長。あがいに綺麗な人をうちは今まで見たことがないわ。こがあに素敵な花嫁さんのお世話が出来てうちは嬉しいわあ」と言って見とれた。

着付けを担当した田尻兵曹長と宮部兵曹は「ほんまじゃ。それにこの衣装も素敵じゃわ。この衣装を着こなすんは副長にしかできんで。ええわあ、うらやましい」と声をそろえて称賛した。

副長は角隠しに、白無垢のうちかけには金糸と銀糸で豪華に「櫻に錨」が刺繍されている。佐官の挙式用にあつらえられたうちかけであるから豪華この上ない。そして副長の可憐な唇には紅がひかれ、副長の若さと初々しさが匂い立つようである。高島田は副長が今まで大事に伸ばしてきた自分の髪で結い上げた。髪に差し込んだ鼈甲のかんざしの飴色が美しい。

そこへ林田運用長と梨賀艦長、森上参謀長がやってきて副長室のドアをそっとノックした。運用長が「入ってよろしいですか」と声をかけると田尻兵曹長がドアを開け「どうぞ。我々はこれにて失礼いたします」と言ってから副長に向き直り三人は礼をした。副長は准士官と下士官嬢に感謝の思いを込めて頭を下げ「どうも有難う」と礼を言った。準士官たちはもう一度敬礼した。

艦長たちが部屋に入ると交替して準士官たちは出て、ドアが静かにしまった。

副長は部屋の真ん中に置かれた椅子に座っていたが艦長たちが入るとそっと立ちあがってゆっくりと頭を下げた。

そしてもう一度頭をあげた時艦長たちはその美しさに息をのんだ。「ツッチ…」と艦長は言って感激のあまり瞳を濡らした。森上参謀長も「おお…きれいだ」と言ったまま言葉を失っている。林田運用長は微笑みながら

「副長、とてもきれいですよ。天女もさもありなんと言うくらいです。いやあ、山中大佐は幸せ者ですね。こんなに美しい人を妻にできるなんて男冥利に尽きるってものですよ」

と言った。副長は頬をほんのり赤く染めた。艦長は感激の涙を指先でそっと拭うと

「ツチー、疲れるから座りなさい」

と副長を椅子に座らせた。森上参謀長は、副長から目を離せないままで「野村、新居への荷物は昨晩のうちに運んでおいたから心配ない。今日は身一つで行けるからね」と言ってやった。副長は「ありがとうございます、何から何までしていただいて。申し訳ありません、皆さんのお手を煩わせてしまって」と言った。

参謀長は面映ゆげに視線を外すと「そんなこと…あたりまえじゃないか。仲間だもの」と言った。そして「今までも、これからもずっと仲間だよ。それを忘れないでくれよ」と言葉を継いで副長に微笑みかけた。そこにドアをノックの音がして見張兵曹がドアの向こうから「桜湯をお持ちいたしました」と声をかけた。運用長がドアを開くと見張兵曹が人数分の湯呑を盆に載せて立っていた。

「おお、ありがとう」

と林田運用長が受け取ってから見張兵曹に「ほら。副長の晴れ姿を見て差し上げなさい」と言って部屋の中に入るよう声をかけた。兵曹は恐縮しながら副長室に体をそっと入れたが「わあ…副長」と言ってその場に立ちつくした。普段から副長は艦内の皆の手本となるべく身ぎれいにしていた、「綺麗な御方じゃわ、副長は。うちもああなりたい」とひそかに思う見張兵曹であった。そのあこがれの人の花嫁姿を目の前にして、見張兵曹は両手を胸の前で合わせて見つめているばかりである。

副長が「オトメチャン。私はしばらく留守にしますがその間みんなと助け合ってね。よろしく願います」と声を掛け、見張兵曹は我に返って「はい!しっかり務めます」と宣言した。感激に浸るオトメチャンに森上参謀長が

「もう少ししたら総員で見送りの時間だから、準備をなさい」

と言ってオトメチャンは「では失礼いたします――野村副長、末長いお幸せを祈ります」と言って敬礼すると副長室をでて行った。

 

そんなころ各居住区では「まだかのう、まだ甲板に出たらいけんのかのう」と皆やきもきしている。それぞれの一種軍装はアイロンをかけたり寝押しをしたりで変な皺ひとつなく、副長の門出を祝うにふさわしい。

いつも「熱くなれ熱くなれ」とやかましい松岡中尉も今日はしおらしくしている。それが航海科の皆にはちょっと気味が悪い気もするが、「副長の一世一代の日じゃ。黙っててもらえたらそれでええ。ちいとあん人も黙る言うことを覚えたらええんよ」と麻生分隊士は口をひん曲げて笑った。

そこに樽美酒少尉がきっちりと一種軍装を着こんで登場、皆はそのりりしさに目を奪われている。小泉兵曹などとなりに立っている酒井上水に「樽美酒少尉の方が松岡中尉より堂堂としとられるねえ。樽美酒少尉の方が分隊長に適任じゃないかねえ」と言ってはふたりでくすくす笑う。

そこに噂の松岡中尉がマツコとトメキチを伴ってやってきた。マツコもトメキチも、きちんと一種軍装に身を包んでなかなかの器量よしである。澄まして立っているのがなにか皆には可笑しい。

松岡中尉はラケットをブン!と振ってから

「さあ、みなさん。今日はいよいよ野村副長のお輿入れの日です。そして今日は皆で、登舷礼のようにして副長をお見送りしますからね、失礼があってはなりませんよ?いいですね、もう一度自分の姿を互いに見あって変なところがないようして頂戴な?――ほら亀井一水、水兵服の襟の右っ側が跳ねてますよ?イシバチャン、襟章の片方ひん曲がってますねえ。麻生さーんあなたの顔曲がってますよ」

と最後に余計なことを言い、麻生分隊士は「なんですと!うちの顔の何処がまがっとる言うんですか分隊長は!失礼なお人じゃわ」と大激怒したが、そこへ戻ってきた見張兵曹が「分隊士、今日はおめでたい日ぃですけん、それに免じて」と袖を引いたので何とか怒りを収めたが分隊士は「全く失礼な女じゃわ、分隊長は。いつかこの怒り百倍返ししてやるけえの!」と鼻息荒い。

そしてふっと兵曹の顔を見て「ほうじゃ、副長の花嫁姿を見たかのう?」と尋ねた。見張兵曹は「はいー」と得意げに微笑んで先ほど目にした副長の可憐な花嫁姿を皆に話して聞かせた。

「うわ~、はよう見たい」

「ええのう、副長は」

「うちもはよう、結婚したいわ」…

などなどその場の皆は羨望のため息をつく。マツコが「そんなにきれいなの…副長。良いわねえ、あの人にはアタシ、幸せになって欲しいと思ってるのよ。だってさあ」とそこまで言って感涙にむせんで言葉を切った。トメキチが「だって、なーに?マツコサン」と先を尋ねるとマツコは翼の先で涙をきりりとぬぐって

「あの人いつも朝は早くっから夜遅くまで働きづめなのよ。いろんな仕事があって休む間もないくらいなのよ。だもの、休暇がたくさんあって当然よ、それで幸せにならなきゃいけない人なのよ」

と言いきった。トメキチは「そうねマツコサン。僕も幸せになって欲しいと思うわ。副長さんとっても優しい人だものね」と言って二人は顔を見合わせてうなずき合った。その、マツコの一種軍装につけられた大きなポケットの中で三毛の仔猫の「ニャマト」が眠っている。

 

そして。

刻限となり、皆は甲板上に上がり自分の配置や舷側に立ち並んだ。この日の空はたいへんよく晴れて風も穏やか、日差しがうらうらと温かい婚礼日和となった。海さえ副長の結婚を祝福しているようでたいへん穏やかである。

副長の登場を今か今かと待つ皆、その時艦長が前牆楼入口から姿を現し次いで白無垢姿の副長、森上参謀長、そして各科長掌長が続いて出てきた。

皆の間に声にならないどよめきが起きた…。まずは士官連中が副長を真ん中にしての記念撮影。そして艦長は副長の手を取ると、甲板上をゆっくりと一周した。これは副長が「皆にもれなく挨拶してゆきたいから」との希望であった。左右両舷に立った将兵嬢たちは次々に敬礼の手をあげて副長を祝福する。マツコとトメキチがたまらずに駆け寄ってきたので、副長は小さな声で「ありがとう」と言ってふたりをそっと撫でた。ニャマトがマツコの服のポケットから「ニャ、ニャ、ニャ」と副長に声をかけたのへもそっと微笑みかけ「ありがとう」と答えるとそれもそっと撫でた。

やがて一周した艦長と副長は参謀長以下が待つ舷門に戻ってそこで副長は皆に一礼した。参謀長は深くうなずいた。そこで艦長から藤村甲板士官に介添えが移った。藤村少尉は緊張の面持ちで副長の隣に立った。梨賀艦長はしばし目を閉じていたがやがて目を開けると

「おめでとう副長。新たなる門出をお祝いします。幾久しくお幸せに。後ほど式場で会いましょう――藤村少尉、あとをよろしく」

と言って敬礼、参謀長以下も敬礼した。それに頭を下げて応える副長。副長は藤村少尉に手を取られて舷門から今日の為に特別に作られたラッタルを降りてゆく。幅は大きく傾斜は緩く、揺れもないようにあつらえられたラッタルを降り、ふたりは内火艇に乗った。

副長は内火艇に乗ると、『大和』を振り向いて一礼した。総員「帽振れ」で副長を祝い見送る。内火艇は静かに進み始める。

艦上に居並んで帽子を振る全将兵を見つめる副長に、藤村少尉は「寒くありませんか?」と声をかけた。副長は「いいえ。平気です」とほほ笑んだ。

副長を乗せた内火艇は、『大和』の周りを一周した。内火艇の甲板に立って『大和』を見つめる副長の胸大和』初乗艦から今までのあれこれが去来する。優しい海風が吹き付け、うちかけの袖がふんわりと舞う。

内火艇は『大和』の艦首に回ってきた。金色に光る菊の御紋に副長は最敬礼した。そこから内火艇は進路を上陸桟橋へと取り始める。

副長は江田島の方角へ頭を下げた。(私をここまでにしてくれたのはまず、江田島あってのもの)と言う想い。兵学校での四年間は厳しくも楽しい毎日だった。と、藤村少尉が「ご覧じませ」と言って右舷方向を指差した。

そこにはたくさんの巡洋艦・駆逐艦が居並びその中の一艦――朝霜――から発光信号が。

「ゴケッコン オメデトウ スエナガイ オシアワセヲ イノルモノナリ クレザイハクカンテイカイヘイ●●期イチドウヨリ」

副長の海軍兵学校の同期からの祝福の発光信号である。朝霜に乗り組みの、野村副長の同期の小瀧駆逐隊司令が今回の話を聴いて「それでは祝電ならぬ祝信号だ」とほかの艦の同期に声をかけて実現したものである。

副長の瞳がうるみ「ありがとう…みんな」とつぶやきが漏れた。そしてそれらの艦艇の甲板にも多くの将兵たちが居ててんでに帽子を振っては「おめでとう。おめでとうございます」と叫んでいる。その中でも少尉候補生たちは「素敵だわ、素敵ね!私もあのお姉さまみたいにしてお嫁に行きたいわ」と感涙にむせんでいる。

内火艇の艇長を務める中尉嬢は気を利かせてそれらの艦艇のそばまで走り、副長は彼女たちにも深く頭を下げた。歓声が一層大きくなった。「朝霜」の小瀧司令が艦首で「野村さーん。おめでとう、おめでとう!」とめちゃくちゃに帽子を振っているのが見えて副長も思わず片手を胸のあたりまでそっと上げて手を振り返した。

 

内火艇は、そこで進路を上陸桟橋にまっすぐとって走る。

上陸桟橋にはもう、副長の両親が今か今かと待ち構え見つめる瀬戸内の海はきらきらと宝石のように輝いている――

       (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・

挙式の日となりました。白無垢の副長、きっと素晴らしい美しさなのでしょう。

この章を書くのに随分推敲を重ねましたがそれでもまだ不完全な気がしています。頭の中には映像があって、まるで映画のシーンのように動いているのですがそれを文章にするのはなんて難しいのでしょうか!

登舷礼と言うのは本来、貴賓の送迎などの際行われるものですがここでは大事な副長の門出と言うことでおこなってみました。

そして登舷礼で思い出すのが映画「トラトラトラ」の冒頭シーンです。あの印象深い音楽がこれを書きながらずっと頭の中で鳴っていました!


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コメントの投稿

Secre

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
むかしは花嫁さんが居るとあとをついて歩いたりしましたね^^。憧れでした…綺麗な着物がうらやましかったですね。
そして野村副長も皆からうらやましがられてお嫁入りです。山中大佐、今か今かと待っていることでしょう^^。

そちらはずいぶん冷えこみましたね!こちらも今朝は6度くらいでした。そのうえ午後から雨がけっこう降って散歩も寒くて嫌でしたw。
ケイサンもお風邪に気をつけて下さいね!

はづちさんへ

はづちさんこんばんは!
新しい人生への門出、ウレシイのですがなにか涙ぐんでしまうことがありますね…それが自分であれひと様であれ。

松岡中尉もおとなしくしてくれてほっとしましたね^^。自分の艦から嫁いでゆく、これはもう「女だらけの海軍」ならではの世界です!!

今回は本当に呻吟しました。冒頭から悩み、何度も書いては消し書いては消し(-_-;)。頭の中の映像と文章の一致は難しいものと知りました(-_-;)。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
むかしは町中の美容室で花嫁姿を整えて…というスタイルが多かったですね。「サザエさん」の原作本にもそういう風景が描かれていたと思います。いい時代でしたね。

さあ皆の歓呼の声に送られて副長は挙式へ向かいます。
どんな式にそして初夜❤になりましょうか!!お楽しみに^^。

こんばんは♪

見張り員さん    こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
野村副長さんの花嫁姿は綺麗でしようね。
今は式場で済ませますから家から花嫁さんが
出てくる姿は見れなくなりましたが子供の頃は
お嫁さんを見に行ってお菓子をもらってことが
懐かしく思い出されます。
山中大佐さんも野村副長さんの花嫁姿が早く
見たくて落ちつかないで待っているでしょうね。

こちらは昨日・今日と気温も0℃と冷え込んで
寒くなりました。
東京の方も寒さが厳しくなっていると思いますが
暖かくして風邪などにお気をつけください。

おじゃまします

こんにちは

ああ・・・なんでしょうね・・・
どう言い表したらいいのか分かりませんが、
ウルッと涙ぐんでしまいますね、これは・・・。
松岡中尉が出てきてドキッとしましたが(笑)、
さすがに今回は何事もなく、厳かに、温かく、
みんなに見送られて嫁いでいく、
とても素敵な情景ですね。

私なんぞ、いくら推敲を重ねても、
これほど素晴らしい描写はできませんから、
見張り員さんの表現力を少し分けていただきたいですね(笑)

こんばんは。
小さい頃、近くの美容院から出てくる花嫁さんをドキドキしながら待っていたのを思い出しました。
紺碧の海にまぶしく白い打ち掛け、響き渡る祝福の声……歴史的な1ページですね。素晴らしいです~見張り員さま(´∇`) 次回もワクワクドキドキお待ちしています!!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
身に余る嬉しいお言葉をありがとうございます!
遠く離れた場所に居るにいさまとお心が一本の糸でつながったような気持ちがしております^^。この「結婚ものがたり」は特に私が力を入れて書きたいお話でして、頭の中に映像を流しながら書いております。その映像がにい様に伝わったなら…この話は成功です。

そして優しい日本人本来の心を伝えたい、そんな気持ちも込めてあります。読みとって下さったまろにい様に私も心から感謝いたします。
ありがとうございます!

あまりに美しい描写に不覚にも涙が出ています。
見張り員さん、貴女は本当に素晴らしい女性です。
優しくて心配りができて、正しい目を持っている人でなければ書けない今日の物語。まるで映画のよう。いや、まるで自分も瀬戸内の海に居て眺めているような思いがしています。
今夜は見張り員さんに僕は心から感謝したいと思います。
大和の魂をありがとう。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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