2017-10

「女だらけの戦艦大和」・結婚ものがたり4~女の不安、男の心配。 - 2014.11.15 Sat

 野村副長の挙式まであと五日となった――

 

副長はすでに、式服の調達も済ませ先ほどその式服一式が届いたばかりである。副長室の一隅に白無垢の打ちかけが掛って華やいだ雰囲気を醸し出す。電燈の明かりに、金鵄銀糸で縫い取られた豪華な『櫻に錨』がきらきら光る。副長は椅子に座ってそれを見つめた。

(いよいよあと五日で私はあの人の花嫁になるんだ)

嬉しいような不安なような複雑な気持ちが彼女の心を占めている。そして私はここからあの人の元へ嫁いでゆく。私の念願が叶おうとしている。

副長の心は弾んだ。

そして(明日は上陸して山中さんの兄上様ご夫婦と顔合わせ、楽しみだわ)と思う副長である。たしか、新矢と兄は十四,五才の年の開きがあったはず。新矢が物ごころついたころにはもう兄の一矢は大学生だった。あまり構ってももらえず寂しかったのだろう、だからこそ副長の夫となる山中新矢は子供のころから野村次子を妹のようにして可愛がっていたのだろう。

子供のころの思い出にふけっていた副長は、自室のドアをノックする音に我に返った。あわてて「どうぞ」と言って立ち上がると、ドアが開いて繁木航海長と花山掌航海長そしてその後ろから梨賀艦長が顔を出した。

「こんばんは副長。花嫁衣装を拝見に来ました!」

そう言って三人はにこにこしながら入ってきた、副長もにこやかに「さあ、どうぞ。みてやってください」とうちかけのかかる方へ手を差し伸べた。繁木航海長、花山掌航海長が「うわあ、綺麗」と歓声を上げながらうちかけの前に立って「いいなあ、やっぱりいいなあ和服は」などと騒いでいる。

ふと梨賀艦長がデスクに目をやってギョっとした表情を見せた、そして「副長、これが例の?」と言った。副長は困ったような笑顔を浮かべて

「はい、棗主計大尉が持ってきたんです。返そうと思ったんですが『休暇後に返してくれればいいですよ~、ぜひご主人さまとご一緒に読んでくださいな~』って言って、にこやかですが断固として返却に応じてくれないんですよ」

とこぼした。すると花山掌航海長が振り返って「じゃあ私が副長の休暇中は預かりましょうか!」と弾んだ声で言って繁木航海長が笑いだす。繁木航海長は

「そうだね花山さん。花山さんの後学のためにも副長、そう願いますよ」

と言って笑う。そして笑いを収めると白無垢の打ちかけの前に立って「ああ。やはり良いですね。白無垢…これを着て式に臨むあの気持ちは人生最高ですよ」と副長を見て言った。繁木航海長は自分の挙式を思い出し感無量になっていた。副長は深くうなずいてから

「その後、ご主人はお変わりなく?」

と尋ねた、繁木航海長は少し頬を赤らめて「はい。おかげさまで。山中大佐とご一緒させていただいて例の研究の一端を担っております」と言った。副長は「それは何より。そしてあの研究が一日も早く首尾よく行くよう祈りたいですね」とほほ笑んだ。

梨賀艦長はうちかけを見つめて(ああ、ツッチー。いよいよ人の妻になってしまうんだね)と寂しい思いに支配されている。でも、(ツッチはこれからも私のよい片腕)と思い直してひとりうなずいた。そして副長の方へ向き直ると

「野村中佐、今度のことは本当におめでとう。挙式まで後わずか、体をいといなさい。無理ないように」

と優しく言った。副長の瞳がほんのり潤んだ、そして「ありがとうございます艦長。そしてまた今度のことでは三週間も休暇をいただいてしまうことになって…皆にはたいへんな迷惑をかけてしまいます。繁木航海長も花山掌航海長も御迷惑でしょうけれどどうかよろしく願います」と言って三人に頭を下げた。

花山掌航海長は「いやいや、何をおっしゃいますか。この花山、めでたいことですから喜んでなんでもお引き受けいたす所存です。どんなことでもお言いつけください」と嬉しそうだし繁木航海長もうなずいて「どうかご心配、お気兼ねなく。各科長、掌長たちと連携はしっかりできていますから。そして副長代理は黒多砲術長が相つとめます、このことは彼女にとっていい経験になるでしょう。ともかく皆、のちほど改めてご挨拶に参りますのでよろしく願います」と言って微笑んでいる。

花山掌航海長はにこにこ顔のままうちかけを振り返ってみて「いいなあ、副長。私も結婚したいなあ。いいなあ」とうらやましそうである。このセリフは、繁木航海長が結婚する時も彼女は言った。その場の皆は、花山掌航海長の胸の内に大きな結婚願望があるのを見てとった。

(花山さんにもいい御縁がありますように)

そう、野村中佐はひそかに祈った。

 

そして中佐の上陸日。やはり山中大佐が上陸桟橋まで迎えに出てきて、衛兵所の面々は「いいなあ。またあの大佐がお迎えにいらしてる。野村中佐は女冥利に尽きるでしょうね」とうらやむ。

ともあれ、中佐の姿が見えると山中大佐は両手を差しのべて「野村中佐!待っていましたよ」と叫んでほかの上陸員たちはクスッと笑ったりうらやましげな表情で行きすぎる。

野村中佐は大佐の前に立つとカバンを下に置いて几帳面な敬礼をして「お待たせしてごめんなさい」と言って微笑んだ。大佐はそのほほ笑みにしびれつつもほかの連中の目があるのでデレッともできず懸命にしかつめらしい顔で

「いや。私は今さっき来たばかりですから…さ、行きましょう」

と言いながら返礼のあと、中佐に寄りそって歩き出す。温かい春の風が吹き付けふたりをくるみ、衛兵所の皆の羨望のため息をも包みこんでゆく。

 

ふたりは、大佐の家に。大佐が玄関のドアを開け「にいさーん、戻りました」と大きな声を出した。すると奥からふたりの足音がとたとたと聞こえると間もなく

「おお!お帰り」

と言う声とともに大佐の兄の一矢が顔を見せ、その後ろに隠れていた彼の妻がひょいっと顔をのぞかせて笑っている。その妻の顔を見た野村中佐は思わず「司令!司令ではないですか!?」と声をあげていた。司令、と呼ばれた一矢の妻は

「お久しぶり!旧姓『猪俣』陸戦隊司令、今『山中シズ』!十年前退役して一般民間人でーす…分隊長、立派になりましたねえ」

とひょうきんなあいさつで笑わせた後感激のあまりその瞳を潤ませた。山中シズは以前野村中佐が陸戦隊にいたころの上司である。その時は中佐は「分隊長」として活躍していたのだった。

皆は大広間に入って畳に落ち着くとシズが

「新矢さん。あなたいい人を見つけましたね。私はこの人の上官だったから言うわけじゃないけどこの子は『買い』よ!こんなにいい子はほかに私は知らないわ。軍人としても立派で勇敢だし、女性としてもよく気がつくし優しいし。素晴らしい<やまとをとめ>ですよ。良かったわね」

と言って又感激の涙で瞳を潤ます。山中大佐は大いに照れて席をはずしてしまった。

中佐は「そんな…」と恥ずかしげにうつむいたが次の瞬間ハッと顔をあげて座布団から降りると、

「いけない私とした事が。ご挨拶を忘れておりました…お兄様、お久しぶりでございます。このたびは御縁を得て、山中新矢大佐と結婚の運びとなりました野村次子でございます。どうぞよろしくお願いいたします。そしてお姉さまにもどうぞよろしくご指導のほどをお願いいたします」

と三つ指ついて頭を下げた。

一矢もシズもうれしそうにほほ笑みながらあいさつを受け「こちらこそ、よろしく!」と返した。シズが「ほら、きちんとしているでしょう分隊長は。あんなに小さい体で頑張っていたこの子が今は『大和』の副長とは。出世したわね、立派ですよ」と中佐の働きをねぎらった。

中佐は「司令のご指導のおかげです」と言って微笑む。そこに大佐がお茶をお盆に載せて持ってやってきて中佐は「ごめんなさい!あなたにさせてしまって」とあわててお盆を大佐の手から受け取る。

初々しさがあふれて、思わず見とれる兄夫婦である。

 

四人は昼食を食べた後、シズは「分隊長と二人で話がしたい」と言って中佐とふたり、ベランダに出て昔話やらこれからの生活についてのアドバイスなどを始めた。中佐としても聞きたい話があったのでちょうどいいタイミングである。

中佐は

「司令――、私は海軍勤務と家庭の両立が自信ないのです。どうしたらうまくできるのか、とても不安です。それに艦が外地に行って内地に残る大佐の不便を思うと私…」

と前々からの不安を吐露した。シズは「私も不安でしたよ」と言って呉湾に浮かぶ『大和』に視線を当てた。そして『大和』を見つめたまま

「一番のコツは、その時出来ることはその時しっかりやる。出来ないことまで手を出さないってことだと思うわ。無理したら絶対続かない。そんな無理を新矢さんも望んではないと思うわ。そしてなんでも自分で抱え込まないこと。困ったら新矢さんに頼んだらいいのよ。どんなに気持ちがあってもあなたは一人しかいないんだから、出来ることにはおのずと限界があるでしょ?そのへんは新矢さんはしっかりわかってるから大丈夫よ。あなたの艦が外地に行ってる間だって心配しないで。あの人も帝国海軍の一員ですからその辺は大丈夫解っていますよ。だからね、いろいろ心配しないで自然体で生活したらいいの。そしていつか――」

とそこまで言って言葉を切った。野村中佐はシズの横顔を見つめて「いつか?」と尋ねる。するとシズは笑顔で中佐を見ると

「いつか赤ちゃんが出来たら本当に役割分担をきちんとしないといけませんよ。今からあれこれ悩んでいてはだめですよ」

と言って笑って中佐の肩を優しく叩いた。野村中佐は「赤ちゃん…」と言うと頬をポッと赤らめてうつむいた。幸せな気持ちが中佐の胸いっぱいに広がった。

 

そんな話を女二人がしている時階下では兄と弟がなにか深刻な顔で話をしている。どんな深刻な話かと思えば

「なあ新矢。俺心配があってさ――お前いくらなんでもその年だ、もうとっくにペンダウンはしてるだろうな」

と兄の一矢が心配そうに尋ねている。一矢も海軍工廠の人間だから士官隠語に通じている。山中大佐はこれ以上ないくらい顔を真っ赤に染めると「ぺ、ぺ、ペンダウンって兄貴一体何の話をしてるんです?」としどろもどろ。一矢はそっと顔を弟に寄せると「だってなんだかお前はそっちの方が疎いような気がしてならないんだよなあ。まさか次ちゃんでペンダウンするつもりじゃないかって思ったら気が気じゃなくなった」と言う。

大佐は「兄貴っ、そんなそんなどうして私が次ちゃんでペンダウンしなきゃいけないんです!そんなまるで彼女で試すようなことしたら失礼でしょう?私だってね、そっちの経験の一回くらいありますよッ」と顔を赤くしたまま抗議した。

すると兄は思い切り驚いた表情で

「なんだ、たった一回か??それでお前初めての晩をしっかりできるのか?…大丈夫かなあー俺は心配だよう」

と言って頭を抱えてしまった。大佐は「そんな兄貴が心配することじゃあないでしょうが。なんでいったいそんな話になるんだか。私は理解できませんよ」と言ってそっぽを向いた。

一矢は「そうかあ?そんならいいんだが…もしも初夜を失敗したらお前一生次ちゃんに嫌われちゃうからな。それだけは俺、忠告しとくよ。――て言うかもしかしてもう彼女と婚前交渉したの?」と言い、大佐はきっぱりと

「してません。我々は結婚式のその晩まで互いを知らないでいようと決めたのです。指一本触れてはいませんし、私は自信がありますから大丈夫です。黙って見ていて下さい」

と言いきった。しかしこの言葉には嘘が紛れ込んでいるがそれは大佐のみしか知らないこと。

「ほう」と一矢は感心して声を上げた、「それは殊勝な心がけた。その時まで互いを知らないでいよう、か。いいぞ新矢。まあいざとなれば経験なんかなくたって出来るからな。頑張れよ」そう言って一矢はウフフフと笑うと菓子鉢の中のせんべいを摘まんでかじった。

ああもう兄貴と一緒にいると碌な事を言われない、と思った大佐は席を立って二階へ行こうとした。その背中にさらに一矢は

「おーい。式の晩には『ゴムかぶと』忘れちゃいかんぞ~」

と声を投げかけ笑っている。大佐は「ああもう、うるさいなあ。余計な世話じゃ」と言って二階への階段を駆け上がった。階段下には兄の陽気な笑い声が漂っている。

 

そんなころ。女だらけの『大和』では棗主計大尉が副長の部屋にそっと入り「これは絶対忘れちゃだめよぉ。これは初夜のバイブルよ、うふっ!」と言ってあのヘルブックの山から<新婚初夜の医学事典>を引き抜くと、新居への荷物の中にそっと入れこんだのだった――

         (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・

意外な人が「きょうだい」になることになった副長、心のうちの不安を取り除いてくれたようで何よりです。やはり年の功と言うものでしょうか。

それにしても山中大佐の兄さん、変な心配ばかりしておりますが首尾よく行ったかどうかを見に行くのだけはおやめになって欲しいものです。

そしてまた棗大尉はまたもや余計な御世話を…(-_-;)

 

小林明子『心みだれて』。私のカラオケでの定番曲♪


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● COMMENT ●

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
書いていてふっと気が付いたのですが、棗大尉はあの給糧艦のスケヒラ艦長に似てるなあと思いました(^_^;)。そっちの方ばっかり関心があってそれ以外は知ら~~んてのも困りますがこういう人はほっとくしかない!

「蜜姫村」なんだかムラムラ来るようなタイトルですね、しかもそのお勉強とは。。。気になるわあ~~(-_-;)。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
いやはや、どうなることでしょうか。本当に山中大佐は「一回」の経験があったのかさえ不安になってきましたね。これは、その時が見ものとなってまいりました!

山中シズのあの言葉は私のモットーでもあります。シズの言葉としてツッチーに贈りました。
ツチーはきっと幸せになれることでしょう。いい人がたくさんいるということはとりもなおさず幸せなんですよね^^。

梨賀艦長嫉妬のあまり変なことしなきゃいいですが。まあ大丈夫と思いたいですね^^。

錦織選手の一連の活躍を見つつも、「錦古里ケイ」少尉候補生だの松岡中尉がちらついて困りましたw。

こんにちは。
棗さんの関心は夜の秘め事ばかりで、ふたりの日常生活には全く…なんですね。この前読んだ『蜜姫村』という本では嫁入り前のお嬢様にお付きの女性が春画を見せて毎晩お勉強させていました……(;´д`)
ふたりのことはふたりのペースでよいではないですかね~気にはなっても知らんぷりが一番ですわ。

おはようございます。
いやはや心みだれてしまうのは男の方で。どんどん深みにハマッていく……、ハメられていくようなような(笑) 本当にその時は大丈夫なんでしょうか。何だかにっちもさっちもいかなくなって幼いその夜になったりして。それもまた良しですが。
しかし心強い義姉の登場でよかったですね。
>一番のコツは、その時出来ることはその時しっかりやる。出来ないことまで手を出さないってことだと思う。
端的でとても素晴らしい言葉だと思いました。こんな方が姉としている家に嫁ぐのですから幸せです。ツッチーのこれからのプラーベートの方の人生にきっと大きな影響を与えてくれるのではないかと思っています。公私ともに素晴らしい人たちに恵まれてこれも人徳でしょうね。
さて梨賀艦長に一抹の嫉妬とかはないのでしょうか。好きな人を取られるという思い。僕だったら自分のことは棚に上げて嫉妬してしまいそうです(笑) やはり人間としての器の違いが歴然と。
結婚式までいよいよ秒読み。美しい白無垢姿のツッチーの姿を心待ちにしています。きっとドラマチックなことだろうなぁ。棗さんの存在が生々しいですが。

錦織選手の強さはラケットにありというニュースを見て当然のように笑ってしまいました。大和の松岡!! 見張り員さんの眼力にも敬服です!!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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