2017-09

「女だらけの戦艦大和」・大志を抱け5 - 2014.10.14 Tue

 キリノは、村上軍医長とともに『大和』の日野原重子軍医長の元へ――

 

日野原軍医長は大和の右舷に立ってその訪れを待っていた。やがて一艇の内火艇が接舷し、村上軍医長に続いてキリノがおそるおそるラッタルを登ってくるのが見えた。やがて登りきって甲板に立ったキリノは『大和』の大きさに度肝を抜かれたようで、しばしぽかんとしていた。が、「ようこそ『大和』へ。キリノちゃん、久しぶりですね」という日野原軍医長の声に我に返った。

そして一種軍装に身を包んだ日野原軍医長の顔を見るなり「ヒノハラ軍医長サン!」といつもの人懐っこい笑顔を浮かべて、日野原の前にきちんと立つと、海軍式の敬礼をして敬意を表した。日野原軍医長は返礼してその手を下した。キリノの手が降りたその時日野原軍医長はキリノに駆け寄ってその細い体をしっかり抱きしめていた。そして

「よく来たね、キリノちゃん。立派になったなあ、立派な海軍診療所の看護婦だよ」

と涙のこもった声で言った。軍医長の脳裏にはずっと以前にキリノに出会った日のことが思いだされていた。あの時、村上軍医長との宴席のあと、料亭の女将の言いつけで大きな重箱を抱えて持ってついて来てくれたキリノ。骨折で働けなかった父親の代わりに慣れない料亭での仕事をしていたキリノ。あの時出会っていなかったらこの子のその後はどうなっていただろう。

日野原軍医長は、しばらくキリノを抱きしめていたがやっとその腕を解くと

「寒くないかな?風邪をひくといけない、中へ入ろう。村上さんもほら、行こうよ」

と中へといざなった。甲板上には、春にしてはつめたい風が吹きつけている。

 

日野原軍医長は二人を連れて艦長室に行った。艦長からは事前に「本来は甲板上で出迎えるのが礼儀ではあるがそれでは暑い国から来たキリノにこの寒さは負担になろう。来たらすぐに艦長室へ」と言われていたのだ。

キリノは艦長室の前でこれ以上ないというくらいの緊張した面持ちで日野原・村上の両軍医長を見上げた。村上軍医長が優しくその背中を撫で、日野原軍医長は片目をつぶって笑って見せた。そして日野原軍医長は艦長室のドアをノックした。「日野原大佐です」というと中から「どうぞ」と艦長・梨賀幸子大佐の声がして、ドアは内から開かれた。ドアを開いたのは艦長従兵の見張兵曹であった。この日は大事なお客さまをお迎えするので彼女も一種軍装に略帽のいでたち。

几帳面な敬礼をする見張兵曹の前を軍医長二人は返礼しつつ歩いて、キリノは見張兵曹の前に立つと丁寧なお辞儀をして応えた。見張兵曹はそれに驚いて敬礼の手をまだ下ろせない。キリノも頭を上げない。

それを見て日野原軍医長が「ほらどうした、二人とも。それじゃあいつまでたっても動けないよ」と笑ってキリノの身体を起こさせ、見張兵曹はやっと、敬礼の手を下した。そこで初めてキリノと見張兵曹は顔を見合わせると微笑みあった。これが、見張兵曹とキリノの初対面の時である。

 

キリノは初めて、『大和』艦長と副長、そして森上参謀長に接見した。

キリノの身上についてはすでに日野原軍医長から話を聴いていた三人はキリノのトレーラー海軍診療所での勤務のよさを褒め心からその働きをたたえた。キリノは勧められたソファに浅く腰かけ、緊張の顔のままで三人の佐官からの称賛を受けた。

話が一段落したところで見張兵曹が皆の紅茶と菓子を持って入ってきた。兵曹は皆の前に紅茶と菓子を置くと一礼してその場を去ろうとした。キリノが「ドウモありがとうゴザイマス」といい、見張兵曹はまたちょっとびっくりした顔をしたがすぐににっこりとほほ笑んだ。そして踵を返して艦長室を退室して行った。

副長はその様子を見て(キリノというこはなかなか躾のよい子だな。これなら東京の病院でも可愛がられることでしょう)と思っている。

みなは紅茶を喫し、菓子に手を伸ばす。なかなか菓子に手を出さないキリノに森上参謀長は「ほら、おあがりなさい。遠慮しないで」と菓子を勧め、手ずから菓子をとってやった。キリノは恐縮しながら菓子――クッキー――を押しいただくとそれを食べた。するとキリノの目が見開かれ「オイシイ!」と声が出ていた。その可愛い顔が思い切りほころんだ。

梨賀艦長が「それはよかった。このクッキーは『大和』の主計科員が焼いたものです。あとで伝えておきましょう」と言って嬉しそうにほほ笑んだ。森上参謀長は「それじゃ…」というと大皿に盛られたクッキーを皿ごとキリノの前に押し出して「全部食べなさい、いいよ」と言って皆は同意。キリノはびっくりしていたが森上参謀長や副長たちを等分に見つめ

「アリガとございます。私…ウレシイ」

と言ってその瞳を潤ませたのだった。

そのあともさまざま話をした六人であったが、日野原軍医長が「そうだ。私はキリノに大事な話があった」といい、村上軍医長も「私もありました」という。日野原軍医長が「では、村上さんからお先にどうぞ」というと村上軍医長はうなずいて

「キリノちゃん。この先いろいろ心配はあろうがどうか何も考えず東京の日野原さんの病院で研さんに励んでほしいのです。で、あなたが一番気に掛けているかもしれないこと――」

そう、残されたトレーラーの家族の経済問題である。キリノの父親は漁師であるが収入は少ない。不漁の日が続けば収入は全くない。キリノの看護婦の給金で家族五人の生活が成り立っている状態である。キリノが日本へ行くことになって、「収入が途絶えるのではないかと心配だったろう。だが心配はいらない、キリノは内地への出向扱いで基本給を出すから何も心配しないでいい。ということはだ、トレーラー海軍診療所に籍があるということだから勉強を終えて帰ってもきちんとキリノの居場所はある、ということだよ」と言ってキリノは感激した。

そして今度は日野原軍医長が

「キリノが日本で勉強してくれることになって本当にうれしい。キリノの決断に感謝します。でね、キリノちゃん。キリノちゃんはこれから日本で生活するわけだが私は出来るだけキリノちゃんが快適なようにしたい。それで、私はキリノちゃんが日本に居る間は<私の娘>ということにしたいのです。ですから私は日本に居る間の名前としてあなたに『日野原桐乃』という名前をつけたいんだが…どうだろうか?」

と尋ね、名前を書いた紙を差し出した。そこには見事な日野原軍医長の筆で「日野原桐乃」と書いてある。難しげな顔つきでそれに見入るキリノに日野原軍医長は

「これはあくまで提案だよ。押しつけではないよ、キリノちゃん。こうしなければいけないというわけではないから嫌なら嫌で全く構わないんだよ」

といい添えた。

キリノは顔を上げると「日野原軍医長サン、ステキナ名前ヲありがとうゴザイマス。――これで、キ・リ・ノ、ト読めるんですね」と言って文字をなぞった。その瞳は輝いている。

梨賀艦長、野村副長たちの顔に笑みが浮かぶ。日野原軍医長は

「そうだよ。ここでキリ。これはノ。桐というのは日本で大事にされている植物のひとつでね。とても皆の役に立つ樹になるんだよ。乃は、片仮名のノとひらがなの『の』の元になってる字で意味はいろいろあるが「すなわち」という意味があるんだよ。桐のように世間の役に立つ人になって欲しいという意味を込めたのだよ」

と説明してやった。キリノは頬を赤く染めて「ウレシイ!日野原軍医長サン、ワタシウレシイ。キリノの名前、ニホンゴでもそのまま。ソシテすてきなジヲありがとうゴザイマス。キリノは<桐乃>。コレカラナマエニ恥ナイようがんばりマス!」と力強く言った。

日野原軍医長は「ありがとう。そしてこれから頑張ろうね。あなたの有為なる前途をお祝いします」というと立ち上がって拍手をした。次いで艦長以下が立ちあがり日野原軍医長に倣う。キリノも立ち上がると皆に深々と頭を下げた。次に顔を上げた時、キリノのその瞳にまた良決意のようなものがみなぎっているのをその場の全員が感じていた。

 

キリノの事は、見張兵曹から聞きだした小泉兵曹によってあっという間に全艦に広まっていた。そして手隙の兵員嬢が艦長室に近い場所に陣取ってキリノが出て来るのを今か今かと待っていた。その一人が長妻兵曹で

「えらい可愛いんじゃと。うちも見たいわ、どがいな女の子か。トレーラーの子だ言う話はきいとってじゃが顔を見んことには何とも言えんけえのう」

といいつつそわそわしている。やがてキリノが村上軍医長、日野原軍医長とともに現れると彼女たちは偶然を装っていきあい、敬礼で三人を見送ったがそのさいもキリノは頭を下げて長妻兵曹たちに敬意を表して長妻兵曹たちは「ええ子じゃわあ。あがいにされるとなんじゃ、尻のあたりがこそばいいのう」と言って嬉しがった。

キリノは、日野原軍医長・村上軍医長とともに『大和』艦内を歩いて乗組員たちから歓迎された。キリノは感激して一人ひとりと握手して歩いた。この日はキリノにとって終生の思い出に残る日となったのは間違いない。

その晩、『大和』に村上軍医長とともに宿泊したキリノは(ワタシ、モウドコヘ行ってもコワクない。「ヤマト」のみんながついていてくれる気がシマス。ママ、パパ。キリノはトッテモ良い人たちにカコマレテシアワセデス)と遠いトレーラーの両親に祈ったのであった。

そして翌日、キリノは『大和』乗員たちとの別れを惜しみながら東京へ向かうことになった。日野原軍医長とともにキリノは甲板に立って梨賀艦長、野村副長それに森上参謀長他の見送りを受けている。各機銃軍や高角砲、見張所などから兵員嬢たちがキリノを見送る。

キリノは梨賀艦長からの選別としてもらった洋服を身につけている。淡い春らしい黄色のワンピースがキリノによく似合っていて皆は見とれた。キリノはことのほかこの贈り物を喜んだ。彼女は洋服など人から買って貰ったことなどなかった。いつも兄のお下がりを直して着ていた。だから自分の為に与えられたこの服を(ユメじゃないかしら)と思った。

そして野村副長からは 汕頭刺繍のハンカチ五枚。これは以前に副長が中国に赴任中仲間と汕頭に旅行した際買ったもので今まで大事に引き出しにしまっておいたもの。副長は「女の子はこういうちょっとしたところのおしゃれも必要ですよ」と言ってキリノに渡した。ハンカチなど今まで使ったことがないキリノはたいへん喜んだ。そして森上参謀長からは大きな間にびっしり詰まったクッキー。これは

「昨日キリノちゃんがおいしいって言ってくれたから主計科員が張りきって作ったんだよ。荷物になるが持って行って汽車の中で食べて欲しい」

というものでキリノは「コンナニたくさん!どうもアリガトウございます」と感激した。

そしてキリノは何度も振り返り振りかえりして、『大和』乗り組み員嬢たちの歓声に送られて――日野原軍医長の実家の病院へと向かっていったのだった。

東の方角に新しいキリノの居場所が両手を広げて待っている――

        (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『大和』幹部や乗組員嬢たちに好印象を残したキリノでした。

さあ、日野原軍医長の病院「聖蘆花病院」に到着します…!新しいキリノの人生の扉が開きます!

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● COMMENT ●

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
いよいよ「日野原桐乃」としてキリノが東京で活躍を始めます。
むかしはこういう孝行娘が多かったですね、しかしその背景には農村部のたいへんな貧困があってかの2・26事件の前年などは東北は凶作で娘の身売りが多かったと聞いています。悲惨な歴史が日本にはあったことを忘れてはいけないと思っています。

さあキリノ。この子が先々どうなってゆくかが楽しみですね^^。

「日野原桐乃」いい名前ですね。本人も名前負けしないような立派な女性じゃないですか。
自分の給料で家族を養う娘。昔の困窮時代は良くあったケースですよね。
今は幸か不幸か自分の給料は自分のおしゃれに注ぎ込む。それだけ時代は豊かになったんでしょうね。

東京の病院に務められるんですね。東京の色に染まらないよう頑張ってほしいですね。

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
実際の戦艦大和の全長は263メートルあったといいます。これは東京駅舎の全長より少し短いくらいです。あの当時の人にはたいへんな驚きだったと思いますね^^。

さあ。キリノはここでも皆に愛されてそして、いよいよ東京に…。東京の病院では何が待っているでしょうか??ご期待下さい♪

朝夕と昼間の寒暖差が大きいですね(-_-;)、どうぞお風邪など召しませんように^^。

見張り員さん    こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
キリノさんは大和に乗船して大きい艦に驚いた
でしょうね。
会う方達に丁寧に挨拶されてみんなに好感を持
ってもらい素晴らしい方ですね。
日野原軍医長から日野原桐乃の名前をもらい
これからの病院で使う名前でキリノさんは大和
の方に見送られて日野原軍医長の実家の病院
に向かわれたんですね。

昨日は1日寒かったですが今日は朝は冷え込んで
寒かったですが晴れてきて昼間は暑かったです。

はづちさんへ

はづちさんこんばんは!
『大和』で歓待を受けたキリノです^^。やはり性格の良さが皆に伝わったと見えます。人は素直な物や人にひかれるのでしょう。大人気キリノちゃんでした。
そうです、ぜひはづちさんのハンバーグでおもてなししてあげて欲しいものです!!

私は兄弟がいないので、逆にお下がりがあこがれでした。中学生になった時、親戚のお姉さんのお下がりがたいへんうれしかったです。

さあ。東京の「聖蘆花病院」では何がキリノを待ち受けているでしょうか!!ご期待下さい❤

おじゃまします

こんにちは

とうとう、大和に到着ですね。
ここでも皆さんから好感をもたれるとは、
キリノちゃん、たいしたものだといいますか、さすがと申しましょうか。
私も、たくさんハンバーグを焼いて、
おもてなしをしてあげたかったなあ。(笑)

そういえば、私も子供の頃は、誰かのお下がりの服ばかりで、
ごくたまに服を買ってもらったときは随分と嬉しい思いをしました。
自分のために与えられた服って、ものすごく特別な感じで嬉しいものですよね。

次回はついに病院に到着ですね。楽しみです。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは!
ありがとうございます。女だらけの『大和』の乗組員はいわゆる自己中ではなく、相手のことを思いやる軍人です。本当の皇国臣民というのはこうでないかと思って書きました。
そしてキリノには、この先とてもすごいことが起きます。それはもうちょっと先にはなりますがどうぞご期待下さいませ。

桐。日本を表す植物の中でも高貴、高潔な雰囲気を漂わす桐は私は好きなもののひとつです。さまざまな紋章にあしらわれている意味が、その樹を見ると解りますね。

日野原桐乃として日本で第一歩を踏み出すキリノ。
きっと日本でも愛されることでしょう^^。

大和の威風堂々とした姿と同じように皆さんの心の美しさと大きさに感嘆しています。
みんな、素晴らしい!! 人を幸せにするという筋金がみなさんにはそれぞれあるのですね。そしてこれからそれに応えようとするであろうキリノさんの活躍に期待大です。

やはり日野原さんはそこまで考えていたのでしたか。日野原桐乃、なんという高潔な名前でしょうか。陛下にお仕えする者として桐の一文字はなんとも名誉なことですね。
命名した見張り員さんの趣味の良さと優しい人柄がにじんでいますよ。立派です。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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