2017-09

「女だらけの戦艦大和」・大志を抱け!3 - 2014.10.09 Thu

 キリノが日本へ行く日が明後日に近づいた――

 

キリノは、準備のため海軍診療所の寮をその日の昼過ぎに出て、一度実家に戻ることにした。同室の看護婦や、同僚や先輩の看護婦たちが名残を惜しんだ。中でも一番涙流して別れを惜しみ、「内地に着いたら絶対手紙頂戴ね、元気でね、そして絶対また帰ってきてね」とキリノに抱きついたのは、以前一番キリノをいじめた同僚であった。

キリノはその同僚の両手をそっと取って

「アリガトウ。手紙たくさんカキマス。アナタモどうぞお元気で。私、またここにカエッテきますから」

と言って微笑んだがキリノの瞳からも涙がこぼれ落ちた。

そしてキリノは村岡軍医大尉の運転の自動車で実家に向かった。みちみち、村岡軍医大尉は

「おまんが行っちもうと寂しくなるなあ。でもまあ、今度けえって来るときはまっと(もっと)大きな人間になってけえってくるだなあ。俺もうかうかしちゃあいられんさ、キリノに追い越されちもうもんな」

と言って笑った。キリノは「ソンナ…ムラオカ大尉さんをオイコスナンテ」と恥ずかしげにうつむいた。

キリノの家に着くと大尉は後部座席からキリノの荷物を取り出した。キリノの母親が出てきて大尉にあいさつしたのへ応えてから大尉は家の中に荷物を入れた。

そして

「ほいじゃあキリノちゃん、明後日の朝〇五三〇に迎えに来るからここで待ってろし?持ち物なん、ほんねん要らんからたくさん持ってきちょし?日野原軍医長の病院で用意してくれるッちゅうからね、必要なもんだけにしろし」

と言って笑った。キリノが「ヒノハラ軍医長さんに色々してもらってワタシモウシワケナイね」と言ったが村岡大尉は

「気にしちょ。日野原軍医長はキリノちゃんを<できる人材>と見込んだずら。あとは、キリノちゃんが出来るだけそれに応えるこんだな」

というとその肩を優しく叩いて「ふんじゃ明後日な。内地へは村上軍医長が同行してくれるッちゅうから心配しなんでいいよ。――ではごきげんよう!」というとキリノとキリノの母親に敬礼して自動車へ戻って走り去っていった。

出発まで中一日空けたのは軍医長たちの配慮である。一日だけだがキリノが両親や兄弟と一緒に過ごして気持ちよく行かせたいという心である。そして村岡大尉が「荷物などたくさん持ってくるな」と言ったのも、それほど豊かではないキリノの実家への配慮である。娘の晴れの出発に当たって両親が経済的に無理をするようなことがあってはいけないと、これは日野原軍医長直々の注意であった。

「キリノの親に無理をさせたくない。こちらがキリノを呼びたてるのだからこちらが生活に必要なものを用意するのが筋だ」

との日野原軍医長の思いである。

 

キリノは明後日、ここトレーラーを輸送艦で発ちサイパンまで行き、そこで巡洋艦に乗り換えてまず呉まで行く。そこで日野原軍医長とあって日野原と一緒に東京へ行くというものである。呉までは『武蔵』の村上軍医長が同道する。村上軍医長の留守の間の「武蔵」医務科は横井大佐が診療所と兼務する。

横井大佐は「いやー!あの『武蔵』に行けるなんて夢みたいだねえ。嬉しいわあ。村上さんどうぞお気をつけて内地へ行ってらっしゃい。留守中は私がしっかり預かりますからご心配なく」と言って村上軍医長を安心させた。

 

そして二日ののち。

キリノは東の空を見つめていた。夜明けにはまだ少し早いが新しい朝の光はうっすら空を走り始めている。キリノの両親、そして兄や妹たちがキリノの後ろに立ってその姿を見つめている。遠くから自動車のエンジン音が近づいて来て、キリノはそちらへ顔を向けた。家の前に通じる道の向こうに、ギラリとヘッドライトが光って村岡大尉の運転の自動車がやってきた。

自動車は一同のそばに停車、そして中から村岡大尉が下りてきたが今日はいつもの防暑服姿とは違って二種軍装の正装である。今日はキリノの大事な旅立ちの日であるからきちんと見送ってやりたかったのだ。

キリノは村岡大尉の前に立つと、深くお辞儀をした。それにならってキリノの親兄弟たちも頭を下げた。村岡大尉はうなずくとキリノに「別れはできたか?しばらくは会えないが…たくさん便りを書いてあげなさい」と囁いた。キリノはもう覚悟が決まっているのか涙一つ見せないで微笑んだ。そして両親たちに向き直ると

「オトウサン、オカアサン。今までアリガトございました。キリノはニホンでたくさん勉強してきます。ダカラマッテテください。なんにもサミシイコトないから。キリノは頑張ってキマス」

というと飛びきりの微笑みで居並ぶ一同を見た。するとそれまで泣き顔だった両親もつられて微笑んだ。兄弟たちも笑みを浮かべた。

村岡大尉は「そうだな。キリノは元気で日本に居るんだからなにもさみしいことはない。ここの空は日本とつながっているんだから、さみしくなったら空を見たらいいだよ」と言ってこちらの方が涙ぐんでいる。そしてキリノは小さなカバンの取っ手を握りしめると

「村岡大尉サン…ジカンデスネ」

と言って、村岡大尉は我に返り

「おお、そうだね。――では皆さん、キリノさんをお預かりいたします。内地までは村上軍医長が一緒ですのでどうぞご安心を。それでは、ごきげんよう」

とキリノの両親たちにあいさつした。両親が再び頭を下げ兄弟たちはその手をそっと振った。キリノは一礼した後、自動車の助手席に乗り村岡大尉がドアを閉めた。

朝の静かな空気をエンジン音が裂いて、自動車はするするとその場を走り去った。

「キリノー!」

自動車のあとを、キリノの母親の声が追い掛けた。泣き崩れる母親を、キリノの父親がしっかり支えた。そして「ナイテハいけないよ。キリノの為にミンナ、ニホンノヒトよくしてくれる。ウレシイコトね」と言った。父の瞳は娘の、異国での成功を祈ってしばし閉じられた。

自動車の中のキリノは、歯を食いしばってなにかに耐える表情をしていたが懐かしい我が家が見えなくなったころ顔を伏せた。そして嗚咽を漏らした。

村岡大尉が声をかけようか否か一瞬迷った、が次の瞬間キリノは決然と顔を上げ

「ゴメンナサイ村岡大尉サン。キリノ、潔くない。泣いたらイケナイネ。キリノ嬉しい。みんなにキリノ、よくしてもらってウレシイ…ウレシイのになんで涙がデルノカ解らない…」

と言った。村岡大尉はたまらなくなり、車を止めるとキリノの肩に両手を置くと

「キリノ、無理しなんでいいだよ?泣きたいときゃ泣いたらいい。故郷離れて遠い、知らん国に行くだから泣きたくなっても良いじゃんか。泣け、泣け!」

と言って揺すった。村岡大尉の瞳は濡れていた。キリノは「ムラオカさん」と言った後、一基にその瞳に涙を盛り上げると村岡大尉の胸にしがみついて号泣した。

 

それから二時間ほどしてキリノは『武蔵』の村上軍医長とともに内火艇に乗って輸送艦へ向かっていた。輸送艦と言っても帝国海軍が誇る大型輸送艦である。輸送艦では二人を歓迎してくれた。村上軍医長はキリノに

「この輸送船にサイパンまで乗るよ。そのあと巡洋艦に乗り換えて内地に行くからね」

と教えてやった。輸送艦の宮田艦長は

「数日間の航海になると思います。その間何は不自由なことがあれば遠慮なく言ってくださいね」

と二人に言ってキリノは「ヨロシクお願いいたします」と深々と頭を下げた。宮田艦長は(なんて躾の良い子なんだろう。これなら内地に行っても十分やっていける、可愛がってもらえるだろう)と思った。初対面の艦長がそう思うほどキリノは好印象を残したのだった。

そして輸送艦は順調に航海を続け、四日ののちサイパンに到着した。村上軍医長とキリノは、宮田艦長以下の輸送艦乗組員に心から礼を述べて輸送艦を降りた。

キリノは輸送艦を振り返って「村上軍医長、ミンナいいひとバカリでしたねえ」と名残惜しげだ。村上軍医長は

「ああ、そうだね。海の女はみんな気のいいやつばかりだよ。――そうかキリノちゃんは艦に乗ったことはなかったんだね」

と言って、「巡洋艦は、輸送艦とは少し違うが乗ってる兵隊たちは良い奴ばかりだよ、心配しなくていいからね」と笑った。キリノも笑った。

そして二人は巡洋艦に乗り、艦長の波佐間大佐にあいさつ。波佐間大佐はキリノを優しいまなざしで見つめて

「そうですか、あなたが。みんなが期待していると思うと重く感じる時もあるかもしれませんがそう気張らずに。あなたはあなたのペースで行けばいいと私は思いますよ。なんといってもあなたはまだ若い。若すぎるくらい若いのですから焦らず急がず、周囲の風景を楽しむ余裕を忘れないでくださいね」

と言葉を贈った。

キリノの顔が喜びに満ち、「アリガトございます!私、ハザマ艦長さんのオッシャルことココニいつも置いてオキマス!」というと自分の胸のあたりをそっと両手で押さえた。

そんなキリノをいじらしい、と一層愛おしく思う村上軍医長である――

      (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・・・

 

キリノ、いよいよ内地へ向かって出発です。キリノの親は、わが子を遠い日本へやることに不安や寂しさもあるでしょうがキリノの幸せを祈って手放しました。

さあ、キリノは日本についてどうなりますか。お楽しみに。

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● COMMENT ●

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
さあいよいよキリノちゃんは聖蘆花病院へ行くことになります。
こう言うと切って本人はともかく後に残る親は大変な心配をすることになるんですよね。でもきっとキリノの親はそれを乗り越えていくことでせう。

またぞろ大きな台風が!!もう一度くればおおたくさんなんですがどうしてこうも狙い澄ましたように来るのやら(・・;)。
本当に大きな被害がないよう祈るばかりですね。

ここのところまた咳が出始め、しかも腰を痛めて閉口です。寒くなる前に腰はなおしたいと思っています。
いつもご心配をありがとうございます、ケイさんも御身大切になさってね^^。

見張り員さん    こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
キリノさん日野原軍医長の実家である聖蘆花病院
でさらなる高度の医療の勉強をされて一緒に働い
ていた方達に夢と希望を与えられますね。
実家のお父様・お母様も嬉しいでしょうね。
最近は家族の中の驚くような事件がありますね。
キリノさんの家族は忘れられた昭和の家族で暖かい
家庭ですね。

大きな台風が日本を縦断のコースできていますができたら
海の上を通ってほしいです。
被害がないことを祈るだけです。

見張り員さん体調は大丈夫でしょうか?
無理をなさらないでお大事になさってください。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
こういう別れもせつないですよね。しかも海を隔てて遠くの異国ときたら、やはり・・・。いざ自分の子供が長いこと異国に行くとしたら笑っては送り出せないかもしれません。
泣いちもうかもしれんよ。
同じ地球上に居るのにやっぱり距離は距離。ちょっくらちょいと会える距離でないから寂しく悲しいのですね。

キリノは、この後東京で新生活を送ることになります、どうぞキリノを見守ってやってくださいませ。

デカイ台風が来ておりますが何事もなくさっさと過ぎてくれることを切望しますね!!

はづちさんへ

はづちさんこんばんは!
親にとって子供が成長してそしてわが手元を離れるって言うのはとても悲しくさみしいものなのですね。子供は新しい生活に期待をもって出てゆきますが親はその場に取り残された感じになるのかもしれません。
はづちさんのお母さんの気持ちが何だかわかるような気がします。

キリノはしんの強い子ですのでなにがあっても大丈夫です。きっと日本とトレーラーの医療界の架け橋になるでしょう!
台風19号、ちょとは遠慮してくれるといいんですがねえ…(-_-;)。何事もないことを祈るばかりです。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
キリノ、まろにい様からも太鼓判をいただいてすっかり安心しております^^。

家族愛が廃れたような今の日本、『家族』という輪が無くなり「個」が幅を利かすようになってしまいました、と同時に家族をめぐる凄惨な事件も多くなりました。人間の生活の原点である「家族」をもう一度とり戻さないといけない…そんな思いをキリノの家族に込めました。そして礼儀の大切さ。家族であってもつけるべきけじめはつけ、他人にはきちんと礼を尽くす。
本来当たり前ですがこれも廃れて来たようで情けない。

次回はキリノの「聖蘆花病院」訪問記と相成ります、ご期待下さい。

大きな台風がまた!もううんざりです。そのせいか昨日あたりから咳が止まりません(・・;)。まろにい様も、お母様もお大事にお過ごしくださいませね。

こんにちは。
旅立つ時、見送る方も見送られる方もせつないですね。「こっちはこっちでやるからいいよ。うんと勉強して偉くなれし。手紙も泣いちもうからよこさでもいいよ。ほら、待ってるから早く行けしな」って送り出せるかしら…なんて考えてしまいました。
新しい世界が光り輝くものであることを祈っています~! ガンバれ~!!

おじゃまします

こんにちは

・・・。
あうう・・・・゜・(ノД`)・゜・
。゚(゚´Д`゚)゚。
泣けますな、今回は・・・。
なんだか、大学へ通うために家を出た時のことを、
思い出してしまいました。
うちのオカンも寂しがって泣いてましたなあ・・・。

キリノには、ぜひ頑張ってもらいたいですね!
この子なら、きっと大丈夫ですよね。
また台風が来ましたけれども、
ここはひとつ、健気なキリノの門出に免じて、
穏やかに通り過ぎてはくれまいか・・・。(-人-)

ふむ。キリノさんなら大丈夫!! きっと日本で立派な医療従事の女性に成長するでしょう。
しかし家族の愛というのはその人の人生を左右する大きな要因というのを垣間見た思いがしました。キリノさんの家族のあたたかさ。佇まいのやわらかさ。そして礼儀をよく知っている。今の日本人に無い精神ですね。この土壌こそが彼女が人さまから愛され認められ包まれているという立派な人間の素地ということでしょうか。
大勢の人々の優しさは逆を解せば大きな期待でもあります。これからのキリノさんの活躍が楽しみです。
台風の影響で体調が芳しくないのではないでしょうか。大事に過ごして下さいね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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