2017-10

「女だらけの戦艦大和」・医務科の猛訓練3 - 2014.08.17 Sun

「磯崎兵曹、いけんで!」 栗山兵曹の緊迫した声が朝の空気を切り裂いた――

 

必死に歯を食いしばりあえぎながら担架を持ち上げよろめきながら走る磯崎兵曹は鬱陶しげに「ああ?なんね?」と言って顔だけ少し振り向けた。

栗山兵曹は

「磯崎兵曹…周りをよう見てつかあさい」

と言って担架の棒を握りしめた。そしてゴクリ、と唾をのんだ。走りつづける磯崎兵曹が

「周り?周りより足元をよう見ながら走らんといけんで。すっころんだら大事じゃ。こげえな大きなおん」

とそこまで言って不自然に言葉を切った。兵層は「こげえな大きな女を転がしたら、」と続けたかったらしい。

その磯崎兵曹の言葉が切れ、

「おい、だれも他に居らんじゃないか。どういうことじゃ?」

と言って立ち止まった。振り向いた磯崎兵曹のほほが、少し青ざめていた。栗山兵曹が

「ほかにだれもおらん、言うことは…つまり」

「つまり…」

そこで栗山兵曹は震える声で

「うちらは…置いてきぼりをくろうた、と思うんじゃが」

と言った。すると見る見るうちに磯崎兵曹の唇が震えだした。そして担架の棒を持つ手さえ震えだした。その震えが、担架の上であろうことか軽いいびきさえかきはじめた遠藤水兵長の体を伝わり、そして栗山兵曹の手へと伝わる。

「ま、ま、まずい!」

二人は同時に叫ぶと、担架の棒を握りなおした。担架が大きく揺れ、遠藤水兵長はさすがに目を覚ました。水兵長が眠い目をこすってふっとみれば、足元を持つ栗山兵曹の形相がすさまじいことになっている。歯を食いしばり、眼を血走らせ、鼻息荒く…とても「女」海軍さんには見えない。まるで仇討か助太刀に行く侍のようだ。

そしてまた頭のほうを見れば磯崎兵曹も同じような顔つき。

「な、なんぞあったんですかのう?」

さすがに遠藤水兵長がびっくりして聞くと前を行く磯崎兵曹が必死の形相で前を見つめたまま

「黙っとれ。貴様気が付かんか?まわりにはもう担架隊は誰も走ってはおらん。言うことはだ、うちらが最後じゃいうことじゃ。最後いうことはびり、いうことじゃ。びりになったら貴様、どがいな罰がまっとるかわかったもんじゃないで?じゃけえうちらは今から最大戦速で走るけえな、貴様振り落とされんよう気ぃつけえや」

と怒鳴るなり、「いくで!!栗山あ、最大戦速ぅ!」と叫んでそれに栗山兵曹が応えた――と次の瞬間。

遠藤水兵長を乗せた担架は今までとは全く違うスピードで呉の町を走り出したのだった。

 

さあやる気全開になった二人の兵曹の両足にはまるで韋駄天でも憑りついたようであった。その両の足は地についているのかいないのか、本人たちでさえもう頓着していないようである。ある意味、神の領域に入ってしまったような二人の女兵曹。行き交う人々や、バスの乗客でさえぽかんと口を開けてそれを見送っている。

そして担架の上の遠藤水兵長はもう居ねむっている余裕などかけらもなくなっていた。今までのように天を仰いで担架に寝ている状況ではなくなり腹ばいになって担架の上で体を固くしていた。

そして

「栗山兵曹、磯崎兵曹!うちを振り落さんでつかあさいーっ」

とこれも必死の形相で叫んでいる。すると一瞬それをぎろり、と見た栗山兵曹が

「黙れ、そがいなんいちいち見とれんわ。貴様の面倒は貴様が見いや!」

と一喝して水兵長を黙らせてしまった。

鉄兜をかぶってしっかりと戦闘装備に身を固めた奇妙な担架隊はやがて坂道に差し掛かっていた――

 

そんな頃、到着地点の海軍病院の前庭にはすでに先着隊がいくつかいて、順番札を日野原軍医からじかにいただいてその場に座って待機していた。

一番の札をもらったのはやはり、小柄な軽井一衛を擁したペアである。前棒を担った少尉は

「よかった~。軽井一衛が患者役でほんとよかった。私が思うにやっぱり普段の行いの良さだよね、うふっ」

と笑い、後ろ棒を担った上等水兵も

「その通りですね少尉。うちらのこの足取りの軽さがあればどんな戦闘でも負傷兵を迅速に運べますね、うふふっ」

と笑う。

その間にも次々担架隊が戻ってきて軍医長から札をもらっては「はあ、うちらは九番か」とか「意外と速かったな。兵曹のおかげだ」などと言い交しては笑いあう。

日野原軍医長が皆を見回して

「もうこれで皆到着しているか?ならばーー」

と言いかけた時、黒川軍医大尉が

「待ってください、軍医長。札がいちまい落ちています」

と軍医長の足元から一枚、札を拾い上げた。担架隊の総数一五番目の札である。日野原軍医長は

「おお、わたしとしたことが。はて…そするとまだ帰ってこないのが一組あるということか、いったいどのペアだ?」

と言いながらあたりを見回した。だが…正直その時は思い当たらなかった日野原軍医長は、

「まあも少し、待ってみようか。いったいどのペアだっけなあ」

と首をひねりつつ、大尉が差し出してくれ折りたたみ椅子に座る。

 

さらにそのころ。

磯崎兵曹と栗山兵曹は坂道を駆け上がろうとしていた。磯崎兵曹の背中で救急袋が跳ね、鉄兜が朝日に鈍く光る。そして汗さえ光って飛んだ。

栗山兵曹の額にも汗がにじみそして流れ、背中にたすきにかけた救急袋の紐と防毒面収納袋の紐のあたりに汗がたまったように感じ始めている。

遠藤水兵長の緊張も最高潮に達しつつあった。

「あとどのくらいなんじゃろう」

遠藤水長は担架の上で唸った。そういえば要所要所にいるはずの海軍病院職員の姿が見当たらない。「居るなんぞいうて…ほんまはおらんのじゃろう!ええかげんじゃ」と怒りを覚えたが、実を言えば海軍病院職員たちは磯崎・栗山・遠藤のペアがここに至る十五分前に「もうさっきのペアで仕舞いじゃね。じゃあうちらはもう引上げじゃ」と言って帰ってしまっていたのだった。

それを知らない遠藤水長は担架の揺れに耐えつつ一人、唸りをあげている。

そんな大騒ぎのペアのもとに上空から厄介な訪問者が。

誰あろうハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチである。このふたりは朝の散歩と称して『大和』から飛来していて<おかしな>ものを見つけた。

「トメキチ、あれ見てよ」

というマツコにトメキチは

「あ、あれって医務科の人たちじゃない?なにしてるのかしら」

というとマツコをつついて降下を促した。マツコはトメキチを背中に乗せたまま担架をめがけて降下、そして担架の上に腹這う遠藤水兵長の背中に降り立った。そして

「ねえ関取、何してんのよう?」

とその大きなくちばしでつついた。と、

「やめええ!貴様らどけえ、どかんかこらあ、変な鳥ぃ!」

と後方を担う栗山兵曹の大声が響いて先頭の磯崎兵曹はびっくりした。首だけ後ろに振り向けて「わあ、なんじゃ思うたらハシビロとトメキチかい!乗ったらいけん、乗るな、うちらこれから大急ぎで行かんならんのじゃ。頼むけえどいてくれんね!」と叫ぶ。

その尋常ならざる声音にさすがのマツコも度肝を抜かれたようで

「な、なんなの!?…わかったわよう、トメキチなんだか取り込みみたいだから行くわよう」

と言って一羽ばたきすると水兵長の背中から飛び立っていったのだった。

鉄兜の端を、ちょっと左手でもち上げてそれを見送った遠藤水兵長、「なんじゃ、あの鳥うちを<関取>言うたような気ぃがしてならんのう」と一人ごちた。

 

と。

坂道を駆け上がっていた磯崎兵曹が何かにつまずいた。あっ、と叫びをあげて磯崎兵曹が担架の棒から両手を放してぶっ倒れ、遠藤水長が放り出され栗山兵曹が倒れた。

遠藤水長はすぐに立ち上がって

「磯崎兵曹、栗山兵曹!しっかりしてつかあさい」

とそれぞれに駆け寄った。しかし、磯崎兵曹は転んだ拍子に肩を脱臼したようだし栗山兵曹は右足首をねん挫したようだ。しかも栗山兵曹は棒の端で腹を打ったようで口から泡を吹いて苦しんでいる。

「しっかりしてつかあさい!」

遠藤水兵長は一瞬どうしよう、と迷ったが(こうしてはおれん!)と思い直すと肩の脱臼らしい磯崎兵曹を背負い、担架の棒の左右に包帯を渡してしっかりと縛って、その中に自分が入れるようにした。そして腹を打って苦しむ栗山兵曹を担架に寝かせると

「栗山兵曹、ちいと辛抱願います」

というと大八車を引くがごとく、担架を引いて走り出した。その耳元で磯崎兵曹が「…遠藤、すまんなあ。すまんなあ」と繰り返すのへ遠藤水兵長は

「うちは体がでかいんと力が強いんが取り柄ですけえね!任せてつかあさい」

と安心させるような声でいい、一気に坂を駆け上がった――

 

「どうしたのだろうか、あともう一組のペアは」

さすがに日野原軍医長やその下の軍医少佐や大尉がさざめき始めたころ。

「あ、来ましたっ!」

と南二等兵曹が叫び、その指さすほうを見ればなんと大柄な遠藤水兵長が背中に一人を背負い、台八を引いているかのようにして担架に誰かを乗せて引いてくる。水兵長の顔は真っ赤になり汗がだくだくと流れている。

「どうした!遠藤水兵長ではないか」

日野原軍医長があわてて駆け寄り皆もその場から立ち上がると駆け寄って行った。

磯崎兵曹は水兵長の背中から降ろされ、栗山兵曹も担架から降ろされた。担架の端っこは地面との摩擦でぼろぼろの状態。

水兵長と二人の兵曹は「…遅くなりまして申し訳ございません…ただ今到着いたしました」といい敬礼。日野原軍医長たち幹部は

「よくやりました。遠藤水兵長、頑張ったな!」

とねぎらった。すると水兵長の全身から力が抜けて、その場にくずおれてしまった。

 

磯崎兵曹と栗山兵曹は早速海軍病院で治療を受け、大事なく済んだ。磯崎の脱臼もほどなく完治するであろうと言われほっとする皆。

夕方近くに隊列を組んで上陸場へと行軍する『大和』医務科の一行の顔は明るい。その皆を見て日野原軍医長は

「どうなるかと思ったが、やはり私の見込んだだけ皆であるね。さすがだわ。正直落伍するものがあると思っていたのだが…皆の育てた衛生兵、どこに出しても恥ずかしくない!」

といい、軍医士官や准士官は

「それは軍医長のおかげであります。日野原軍医長あってのわれわれであります」

と言った。

 

医務科の長い一日は、こうして終わったのだった。

 

しかしあと一回、これこそ本当の意味での最大の『訓練』が医務科の皆を待ち構えているのを軍医長以外はだれも知らない――

      (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・

書いているだけでも息切れがしそうな物語でした。遠藤水兵長、素晴らしい力を見せつけてくれました。気は優しくて力持ちな遠藤水兵長。早く下士官任官できるといいな。

しかしマツコ、「関取」だなんて、しっかり遠藤水兵長の心の耳には聞こえていたようですね。

 

そして<本当の意味での最大の訓練>って???次回をお楽しみに。


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● COMMENT ●

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんにちは
お返事遅くなってごめんなさい。

なんだか情けない私になりました。空を見ては涙し、人ごみを見ては父の面影を探しております。こんな弱い私ではないはずなのになあなんて思っておるのですが。
近所の人の「どうしようもないもの、あきらめなきゃ」というあっさりした言い方に一層鬱気分に拍車がかかってしまい…誰もいないところに行きたいというのが正直な心境です。

でも生活を立て直さないといけません。ブログも再開して我とわが身を励まします!
頑張ります、いろいろとありがとうございます!

お父様のご葬儀滞りなくお済になられたようですね。
お疲れになられましたでしょう。葬儀が終わって、ふっと緊張感から解放されると、とめどもなくお父様の思い出が過るんですよね。涙があふれてきます。
覚悟はしていた親との別れ。とはいえ人間の情は深いものです。ふつふつとその悲しみが湧きあがってきます。気持ちが落ち着くまで暫くお父さんの思い出と一緒にお過ごしください。

それにしてもお気持ちの切り替え、お早いですね。もうシリーズのご執筆活動を始められてるんですね。これからもめげずに頑張ってください。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
な、なんと…!そのようなことがあったんですね、実は私も今から10年ちょい前心臓が痛くなって救急車を呼んだのですが当時の体重やはり80キロ手前でしたので救急隊員さんがウンウン唸りながら担架で運んでくれました。なんだか似たような経験ですね(^_^;)・・・
でも患者としてもつきそいとしても乗るのは嫌ですね、この五月に父を救急車に乗せて病院に行った時も、嫌でしたもん(-_-;)。
それにしても救急隊員さんって「すごい!」と思いましたね、ほんとに感謝ですよ^^。

そんな経験が頭をよぎって今回の話になりました!

今日も暑かったですね(-_-;)、どうぞ御身大切にお過ごしくださいませ。

こんばんは。
まだ子どもたちが小さい頃、ダンナが真夏に野球の試合をして帰宅、シャワーを浴びたのはいいのですがフラフラで救急車を呼びました。その当時でも80キロはあった座り込んだダンナを隊員の方が苦労して担架に……子どもたちはしばらく救急車ごっご!と言って遊んでいた当時の出来事を思い出しました。看護師なので、救急車に患者としても付き添いとしても乗ったのが自慢らしいです……イヤ、もう患者はやめて(/´△`\) 隊員の皆さまには感謝であります。

まだまだ暑い日が続きますね。お身体を大切にして下さいませ。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
まさに人生もこのようなものですね、時に荷物が重くなったりはたまた軽くなってみたり。

「女だらけの大和」の登場人物には私の<日本人にはこうあってほしい>という理想を押しつけてありますw。人を憎まない、そねまない、恨まない。時にはエッチにハメをはずしそうになることもあるけど人としての生き方にハメは外さない。
私の生き方の理念です(えらそうに(^_^;))。

自宅へ戻り今日20日ぶりの仕事でした。どうしたことかこのごろ突然涙が流れてしまいます。時も場所も関係無しなんです。父が闘病中「父が亡くなっても絶対泣かない」と言っていたのは単なる強がりだったのだ、といまさらながら思い知らされております。
やはり悲しい。

そうなんです、神道では亡くなった人はその家の守り神になるのです!どんな守り神になるのやらw、それでも何か心強い気がしております。
いつも力強くも温かきお言葉をありがとうございます!こころの支えになっております!!

人生も担架でかつぐ苦楽の連続ですね。
しかし大和は何やかやと言いながらもみんな爽やかですね。これも見張り員さんならではだと思っています。さてこれからますますどうなりますことやらでありますね。

ご自宅へ今日お戻りでしたか。お疲れになったでしょう。あちらこちらで心休まる場所も時間もないでしょうがもうひと頑張りして下さいね。娘さんが頼りになって何よりではありませんか。
神道では亡くなったあと家を守って下さる神様になるとか。お父上がきっと見守って下さいますよ。これからずっと。

はづちさんへ

はづちさんこんにちは。
お返事遅くなりごめんなさい!

躍動感あふれる?物語、喜んでいただけたでしょうか^^!大柄な女兵士が一人を担ぎもう一人を担架で引いて走る様…想像するだにすさまじいですね(-_-;)。
そして次なる日野原軍医長の訓練とはいかなるものでしょうか。ご期待ください。

本日夕方、自宅へ帰ります。母の具合が今一つよくないので心配ですが、娘を一人置いてゆきますので少し気が楽ですが…
来月半ばの五十日祭までとりあえずも気を張っておかなければ!と思っています。いつもご心配をいただきましてありがとうございます!

おじゃまします

こんにちは

遠藤水兵長、大活躍でしたね!
なにせ担架で人を運ぶという過酷な訓練なので、
汗だくで息苦しいような雰囲気のお話になるのかなと思いきや、
かなり疾走感と緊迫感のあるお話で、ワクワクと楽しませていただきました。
ただ、遠藤水兵長を担ぐ役になったり、転んで怪我をしたりで、
磯崎兵曹と栗山兵曹のお二人にはとても気の毒でしたが。(^_^;)
怪我がたいしたことなくて、良かったです。
それにしても、日野原軍医長には、まだ何か企みが!?
続きも、楽しみにしております。

ご自宅にお戻りになるそうで、お気をつけてお帰りくださいませ。
磯崎兵曹たちみたく、転ばないでくださいね。(笑)


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プロフィール

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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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