「女だらけの戦艦大和」・医務科の猛特訓2

日野原軍医長が聴診器をひねくり回しながらにやついて考えていた訓練の実行日はそれから間もなく来たーー

 

その日日野原軍医長は、医務科の皆を前甲板に集めると

「いよいよ最大の訓練を行うときが明後日に迫った!この訓練は今までの艦内で行ったものとは趣を異にするものである。どういうことかと言えば上陸したうえで行うものである!」

と言った。そこまで行ったとき、居並ぶ兵隊嬢たちの顔に不審げな表情が浮かんだのを軍医長は見た、そして

「皆が不審に思ってはいけないので訓練内容をここで知らせる。驚かないように。まず明後日、艦内要員三名を残して後は上陸訓練だがその内容は、三名一組となって一人は患者役として担架に乗ってもらう。そしてあとの二人は担架を海軍病院まで運ぶものとする」

と言ったその時、士官嬢から兵隊嬢までの間に軽いどよめきが起きた。磯崎一衛曹が「えっ…担架に誰ぞを乗せて?しかも、しかも」と言葉を詰まらすとそれを引き取って栗山一衛曹が

「海軍病院まで運ぶんかね?こりゃあえらいことじゃわ。まかりまちごうて…」

というとこっそり医務科の皆を見回した。

その中にひときわ大柄の衛生兵、遠藤水兵長がいる。

「ほいでもまあ、」

と磯崎衛生兵曹が栗山兵曹にささやき返す、「担架に乗るんは士官さんじゃろうな。遠藤水兵長はどう見てもありゃあ担ぎ手じゃけえ、心配せんでもええじゃろ」と。

するとそんな下士官嬢の言葉が聞こえたわけでもあるまいが日野原軍医長はおほんと咳払いをすると

「なお、担架に乗る役と担ぐ役目はこちらで勝手に決める。どのような組み合わせになっても文句を垂れるな!」

と言い切り、栗山兵曹と磯崎兵曹は

「いけんでこりゃ、絶対遠藤水兵長は担架に乗るで」

「ほうじゃな。えらいさんがこげえに面白いことを見逃すわけがないけえのう。ああ、うちは遠藤水兵長と同じ組になりとうないわあ」

と言ってがっくりきたのだった。周囲の兵隊嬢もやや顔色を青ざめさせてしまう始末。不穏な空気が一部に蔓延する中、…いよいよその日を迎えることになった。

 

その日の朝まだき、医務科の残留組に見送られて訓練部隊は呉の町に向かっていった。内火艇には日野原軍医長はじめ数名の軍医佐官が乗り、後続のランチには士官連中や下士官嬢。そしてカッターを漕いで兵隊嬢たちが続く。

カッターを漕ぎながらふと思いついたように一人の衛生兵嬢が

「なあ、訓練じゃいうてなあも荷物がないのう。目立ったもん言うたらうちらの装備だけじゃ。…もしかして担架訓練いうんはハッタリと違うかのう?単なる市内行軍じゃないかしら」

と言った。数名がほうじゃね、きっとはったりじゃわと同意したが遠藤水兵長だけは

「そげえに楽観せんほうがええよ。日野原軍医長がそげえに物わかりがええとか優しい人じゃ想うたらえらい目ぇにあうで。日野原軍医長、あれで結構がんぼたれなおばさんじゃけえね」

と言って後は黙ってオールを動かす。

遠藤水兵長は(下手したらうちは患者を二、三人背負わされるかも知らんけえな。こういう時体がでかいいうんは損じゃ。体がでかくて得するんは機関の松本兵曹長みとうにえらあになってからじゃなあ。ああ、はよううちも下士官になりたいのう)と思っている。

そして皆、上陸場に降り立った――

 

衛兵所を過ぎたところで皆は整列している。

そこに日野原軍医長が進み出て

「今から組み合わせを発表する。そのあとそれぞれの組はこの先に停車しているトラックから担架を受け取り患者役を担架に乗せて駆け足で海軍病院まで行くこと。途中要所要所に海軍病院の職員が立ってくれているからその指示に従ってゆくこと。なおまだ早朝であるから大声など発して市民に迷惑をかけないことを厳命する」

と訓示。一同(ああやっぱり担架訓練するんだ)と少々げんなりしていた時、黒川軍医大尉が

「では、組合せを発表する。詳細はこの紙に書いてあるので従うこと」

と言って傍らに立っていた二名の准士官が紙を手近の兵に手渡して其の紙は次々にわたってゆく。

と、そこここから安堵と悲憤のそれぞれのため息が漏れてきた。

安堵のため息は

「ああよかった!このペアならなんとかやれる。担架に乗る役も小柄な軽井一衛だし!フフフッ、普段の行いがいいと得だねえ~」

であるが悲憤のため息のほうは

「うわっ!やられた…。担架に乗る役が何でよりによって遠藤水兵長なんだよう。しかも私と栗山兵曹が担い手ときとる。あげえなこと言わなきゃえかったかのう」

と嘆く磯崎兵曹である。

ともあれそれぞれのペアは寄り合ってトラックの待つほうへと歩いてゆく。

建物の裏側に小さな空き地がありそこにトラックが二台停まっている。そのうちの一台から二人の下士官嬢が下りてきて幌のついた荷台に上がると中から担架をいくつかくくったものを下し始める。それを見た『大和』医務科の数名が手助けに走り、担架はすっかりおろされてくくった縄が解かれた。

日野原軍医長がおもむろに現れ、

「では時間である、それぞれ担架を持って配置につけ。…よし、担架おろせ。患者乗せろ。担架前後付け。よし…かかれ!!

と号令をかけた。

患者役を乗せ、前後の担架の担い手は一斉に立ち上がるとまだ薄暗い呉の町の中、海軍病院目指して走り出したのだった――

 

最初の頃こそ調子よく走り出した一同であったが十分も走り始めると差が出始めてきた。乗り手が小柄な担架の担い手のペアたちは調子よく走ってゆく。

途中に立っていた海軍病院の職員嬢は

「その調子です。その調子でええですよ!しっかり!」

と発破をかける。

するとそう声をかけられたペアは「よーし、ほいじゃあ飛ばすで、ええかあ!」と叫んでさらに加速する。職員嬢は早朝なので声のトーンを落としつつも

「そげえに急がんでも!危ないですけえもうちいとゆっくり行ってつかあさい」

と注意するが気分の高揚したペアには届かない。

患者役の少尉嬢でさえ担架の上で腹這って「おういいぞ!もっと速く走れ、そらもっとだ!」と余計な檄を飛ばす。

少しだけ患者役が<重い>ペアは

「どうせ誰も監視しとらん。じゃけえちいと患者役替われ。交代で担架に乗って行って、病院に近うなったら元に戻したらええんじゃ」

と提案し、その兵曹は患者役と、担い手の相棒の兵曹長から

「おお、貴様頭ええのう!ほいじゃまずお前から乗らんかい」

と褒められ担架に乗ったはいいが五分も走らないうちに乗用車で見分しに来た日野原軍医長に

「こら!そこのペア、患者役が登録と違うぞ、不正はいけない。キチンとやれ、やらんと罰直だ!」

と叱られて泣き泣き元に戻す羽目に。

 

さてあの、大柄な遠藤水兵長を患者役に迎えた磯崎・栗山両兵曹たちのペアはどうしたであろうか。

このペアは、出発当初から大変苦労していた。遠藤水兵長は担架の上にどずっとばかりに寝転ぶと

「ほいじゃあ磯崎兵曹に栗山兵曹。よろしゅう願います~」

と言って両手を体に沿わせて置いた。先頭の磯崎兵曹が軽く舌打ちをしたのを、栗山兵曹は聞いた。

そして「かかれ!」の日野原軍医長自らの号令に合わせ、担架を「せーの!」で持ち上げ走り出したのであったが。

 

「うっ!お、重~!」

担架を持ち上げた瞬間から栗山兵曹は呻いた。重い、本当に重い。

(なんてことじゃ。うちのこの華奢な腕がぶち折れてしまう…それにしてもなんて重い女なんじゃろうこの遠藤兵長言うおなごは。こげぇなおなご、戦争終わったら相撲取りになるしか使えんじゃないか??

そう思いつつ、重さにあえぐ兵曹である。

その想いは先頭の磯崎兵曹も同様である。担架の棒を握る手と、支える腕の苦痛に顔をゆがめながら

(ああもう、なんてえらい目に合うんじゃろう。いったい誰じゃこげえな過酷なことをさせるんは。日野原軍医長はがんぼたれじゃな。こげえなことをしてよろこんどるなん、趣味悪いわ。はあもううちの腕は抜けてしまいそうじゃわ…ああもういけん!)

と心の内で日野原軍医長のイジワルと罵りながら必死で担架を持ち上げるようにして小走りに行く。その担架の上で遠藤水兵長は黙って目を閉じて患者役をこなしている。

 

「うう…重い」

銭湯の磯崎兵曹がうめきながら担架の棒を握りなおした。ゆらり、と担架が揺らいで遠藤水兵長が薄目を開けた。が何事もないと知ると再び目を閉じた。

それを目の当たりにしている栗山兵曹は

(このおなご、ええ気になりよってからに!居眠りでもこいとるんと違うじゃろうか)

と腹が立ってきた。

そのころにはようやく、周囲に朝の光が満ち周囲の家では朝餉の用意を始めている音や、だし汁のにおいが通りにまで流れ出してきている。海軍工廠に勤める男性技師の姿も散見できる。技師はこちらをちらりと見たようだがあわてて目をそらしてしまう。

(見てはいけんもんじゃ思われたかいな。いやじゃのう)

磯崎兵曹はにがりきって担架の棒を持つ手に力を込めた。

と、背後から栗山兵曹が緊迫した声を投げてきた。

「磯崎兵曹、いけんで!」――

      (次回に続きます)

              ・・・・・・・・・・・・・・

 

久々の「女だらけの大和」の更新となりました。書き出す前はどうなることか問われながら心配になりましたがどうにかここまで書けました^^。

 

父の死去から今日一四日でまるまる二週間となりました。

少しづつ前を向いて歩いてゆこうと思って書き出してみました。子供のころからお話を書くのが好きだった私、父に見せると喜んで読んでくれて「この表現がいい」とか「ここはこうしたほうがいいよ」とアドバイスをくれたのを思い出します。編集者らしい的確なアドバイスだったと思います。今、この話を見せたら父はなんというでしょうね。

 

再開なった「女だらけの大和」、またどうぞよろしくお願いいたします。皆様のブログにもお伺いさせていただきますのでその節はどうぞよろしくお願いします!


関連記事

コメントの投稿

Secre

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんにちは!
こちらこそいつもありがとうございます!!
こんな訓練があったら辟易ですね(-_-;)。しかも坂道の多い町だったら!想像するだけで気絶ものですw。
こういう場合だけはペアになる相手は小柄がいいですよね。
昔子供の小学校時代の運動会で、小柄な子が大柄な子をおんぶしないとならず、大変苦労していたのを思い出していたところです…(-_-;)。

はづちさんへ

はづちさんこんにちは!
このところやけに『相撲』が気になっていてw。遠藤さん頑張ってほしいですね^^。
私自身は担架を持ったことはないんですが、父が入院の際救急車に乗るとき担架のようなのに乗せるのを見ていて「こりゃ大変だあ」と実感していました。エレベーターなしのマンションの三階から降ろしたのですが救急隊員四人でなさっていました。

だいぶ落ち着きを取り戻し、来週頭に私は自宅へ帰ります。替わりに娘の一人がしばらく実家にいてくれます。いまだに父がいないことが信じられないのですが五十日祭が九月半ば、それが済んだらやっと実感できるのかもしれませんね。

いつも温かきお言葉をありがとうございます!はづちさんも暑き折からご自愛くださいませね。

見張り員さん  こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
日野軍医長が訓練を今迄艦内で行ったことを上陸して行うので
訓練内容を知らされて驚かないようにと言われても艦内要員3名
を残して上陸訓練を3名一組になって一人を患者役で担架に乗っ
てもらい海運病院まで運ぶことに士官嬢から兵隊嬢までの間に軽
いどよめきが起きるのは分かります。
訓練部隊は呉の町に向かって行き紙を見せられてああよかったと思
う人はこのペアならなんとかやれると担架に乗る役も小柄な軽井一衛
普段の行いがいいと得だねえと言っているのは分かりますね。
磯崎・栗山両兵曹さん達は遠藤水兵長を担いで重さに悲鳴が聞こえて
きそうです。
磯崎兵曹が栗山兵曹にいけんでと言って何があったんでしょうね。

おじゃまします

こんにちは

栗山兵曹の「戦争終わったら相撲取りになるしか使えんじゃないか??」という言葉で、
あれ?もしかして・・・と思ったのですが、
遠藤水兵長って、やっぱり大相撲の「遠藤」がモデルだったんですね。(笑)

日野原軍医長がにやつきながら考えていたのは、
これまた随分とハードな訓練ですね。
以前、何かの教習でやったことがありますが、
担架で人を運ぶのってかなり大変なんですよね。
みなさん、お気の毒・・・。
さあ、栗山兵曹の緊迫した声は、一体なにごとでしょうか??

慌ただしく2週間が過ぎて、そろそろ落ち着きを取り戻し、
見張り員さんやお母さまの胸の中で、
悲しみや寂しさや喪失感が大きく膨らんできていることでしょう。
お察しいたします。
にもかかわらす、こうしてまた書き出された見張り員さんは、本当に立派だと思います。
お父様も、こうして書き続けることを望んでおられるでしょうし、
昔と同じように喜んでくださっていると思います。
お疲れも溜まっていることでしょうし、
くれぐれも無理のないよう、どうぞご自愛くださいますように。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは!
実際にはありえなかったことをさもあったかのように描く私のやり方ですww!
さあいったいこの後どうなるでしょうか、大柄の遠藤水兵長、なんだか大相撲の「遠藤」を彷彿とさせます(ってそのままイメージしました!)。
ご期待くださいませ。

父の葬儀からあっという間に日にちだけが立ってゆきます。母の夢枕に先日、なき祖母が立ち「Rちゃん(父の事)、まだこっちに来ちゃあいんだよ。どうしたずら?」と言っていたとかw。飲み仲間の多かった父、特に親交深かった小田実さんや開高健さんたちに囲まれて盃を交わしているのでしょうw。
もう誰にも遠慮なく酒が飲める世界に行った父がある意味うらやましくもあります。

今日は終戦の日。あれこれ思うことはありますが記事にするだけの気力がないので過去記事を再掲載しようと思っています。
追悼式に集積なさっていた百歳のおばあちゃま、夫を南方で亡くし以来、どのようなお気持ちでここまで暮らしてこられたのか。それを想うとき、しっかり父を見送れた我々は幸せだと思いました。

非常に熱い今日です。兄様にはくれぐれもご自愛くださいますよう。

てんやわんやの駕籠競争のような訓練風景ですね。思惑が入り乱れて、そのうちにマジ本気になって誰かがキレたりして。日野原軍医長のなさることです。きっと深い意味のある組み合わせではと思ったりしています。

早いですね。もうふた七日になりましたか。
お父上、きっと四十九日まで見張り員さんの傍にいて、この女だらけの戦艦大和をご覧になっているかもしれませんね。
不思議なことに四十九日の前後になるとお仏壇に設えているお鈴の音色が軽くなるそうです。どうやらそれが仏様になった合図だとか。まだまだお近くにいて下さっているはず。いろいろとお話になるのも喜ばれるのではないでしょうか。
今日は終戦記念日。お父上のお見送り後ゆえ靖国参拝はできないでしょうが見張り員さんのご英霊に対する気持ちはきっと通じていることと思っています。

大変しんどい今時分ですが、どうかくれぐれもご自愛専一に。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

最新記事
最新コメント
フリーエリア
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
FC2ブログランキング
FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード