「女だらけの戦艦大和」・それを人は恋わずらいという5

 野村中佐が上陸桟橋を上がり、衛兵所を通過すると向こうから母親がやってくるのが見えた――

 

「次子さん」と母親は小走りに中佐へと駆け寄りその前まで来ると深々と頭を下げて「お疲れ様です。お帰りなさい」とあいさつをした。

母親にこんなに丁重な挨拶をされて中佐は戸惑った、がピンと背を伸ばし几帳面な敬礼をして

「お久しぶりです。戻りました」

と挨拶を返した。母親はやっと顔をあげると嬉しそうにほほ笑んで中佐を見つめた、そして感慨無量といったふうで

「立派になりましたねえ、次子さん」

と言ったまましばし言葉を失くしたように佇んで娘を見つめている。野村中佐は苦笑して「そんなに見つめられたら困りますよ。――お父さんはどうなさいました?」と言った。母親はその言葉でやっと我に返ったようになり

「お父さんは旅館にいらっしゃいますよ。お見合いの刻限は今日のお昼ですからまだ時間もありますしね。旅館に行きましょう」

と言って歩き出す。中佐もそのあとに従う。

 

しばらく歩いて一軒の大きな旅館についた中佐は、軍帽を取り父親の前に両手をつき内地帰還のあいさつをした。「このたびは帰艦の御挨拶が遅れましたことお詫びいたします。お父さんには御機嫌麗しゅう」

そう言って頭を下げる娘を嬉しそうに見つめる中佐の父親は「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにして楽にしなさい」と言って相好をくずして中佐を見つめた。はい、と言ってそれでも正座を崩さない中佐に父は「次子も立派な海軍軍人だなあ。中佐で、大きな艦の副長を務めているということだが・・・つらくは無いのか?」と言って座卓の上の菓子鉢をそっと娘の前に押しやった。

母親が二人の前に茶を出して勧めながら「本当に立派になって。私は見違えてしまいましたよ。でも・・・本当につらくないの?」と尋ねた。野村中佐は苦笑した、そして

「つらくあるはずないですよ。私には大勢助けてくれる仲間がいますからね、なにもつらいことなどありませんね、全く平気であります」

と言って母の淹れてくれた茶をすすった。はあ、おいしいと中佐は笑って両親も笑った。

母親は、座卓の隅に置いてある夫の腕時計をちら、とみて「次子さん、あなたちょっとお化粧を直した方がいいわ。こっちに来て?」と中佐に声をかけると次の間の鏡台の前にいざなった。短剣を腰から外して中佐が鏡の前に座ると母親は娘の長い髪をほどいて櫛を入れ始める。

母親は「随分長くなりましたねえ、切らなくていいの?」と言いつつ髪を梳く。中佐は鏡の中の母親に微笑んで

「いいんですよ。何かあるようなときにはきちんとまとめているんですから」

と言った。髪を長く伸ばしているのは、梨賀艦長の為でもあるのだがそれは言えない。

母親の鏡の中の表情がかすかにこわばり「なにかあるようなとき・・・」と小声でつぶやいた。なにか、とはとりもなおさず戦闘のことであろう。大事な娘の身を母は心から案じた。その母の思いを中佐は厳粛に受け止めてあえて、何も言わなかった。そして髪を母に預けてしばし、彼女の心は無心の空間を漂った。

 

その同じころ。

山中大佐がこれも鏡の前に立ってあちこち矯めつ眇めつしている。(おかしくないだろうか、これであの人の前に立って笑われないだろうか?)軍帽を何度もかぶり直したり短剣の位置を直したり一種軍装の裾を引っ張ってみたりと忙しい。

そして深呼吸をすると愛しい野村副長を呼び出す手はずからその先までをもう一度心のうちで復唱した。(・・・まず呉桟橋に行って・・・衛兵所に行き・・・呼び出しの発光信号か電話を発信してもらう・・・それで彼女が来たら、衛兵所のそばでは具合が悪いから・・・町中の静かな喫茶店かあるいはそうだ、亀山神社の境内に行ってそこで!――よし、これでいい。そして彼女にこの胸の内を打ち明けよう)

山中大佐の胸の鼓動が大きくなった。

 

一一二〇(ひとひとふたまる、午前十一時二十分)になるころ。

野村中佐一行は旅館を出て見合いの会場となる料亭へ向かう。

道すがら、中佐は「そういえばお母さん、私はお相手のかたのおなまえをまだお聞きしてはおりませんが?どういったわけです?」と問うた。母と父は一瞬ぎくりとした表情をしたがすぐにそれも消え、母は作り笑いを浮かべて

「向こうに着いたらお知らせしますからね。――あら、向こうからいらっしゃるのはあなたのお知り合いじゃなくって?」

と話をそらした。中佐は(なにか、みょうだなあ。なんで名前を聞いたらいけないのだろう)と不信感が増している。

 

三人は料亭についた、まだ相手は来ていないという。約束の刻限にはまだ時間が十分ほどある。通された部屋の中に落ち着いた三人であったが中佐は居住まいを正すと

「お母さん、先程のお話ですがお相手のお名前を教えて下さい」

と言った、そのまっすぐな瞳に母親は瞬間ためらいの表情を見せたが「いいこと?決してお名前を見いて驚いたり笑ってはいけませんよ」と前置きすると懐から一枚の名刺を差し出した。

目の前に出された名刺には

経御 国三

と書いてある。中佐は(なんだどんなに変な名前なのかと思っていたら普通じゃないか)と拍子抜けして母親に

「けいご、それともきょうご、ですか? くにぞう、さんとおっしゃるんですね?別に笑ったり変に思うようなお名前と違うじゃないですか。お母さんもおかしなお人だ」

と言って微笑んだ。が父親の一言に笑いが止まった。

「ちがうぞ、それで<へお こくぞう>と読むんだそうだ」

「えっ!!」

中佐の動きが止まり表情が凍りついた。へ、へ、へおこくぞう??へをこくぞう・・・

とたんに、中佐はその場に転げ回って笑いだした。すさまじい笑いで部屋が振動せんばかり。帯剣が畳に触れてガチャリと鳴った。笑いは止まらず、中佐は転げ回り片足が座卓に当たり座卓の上に置かれた軍帽が跳ねた。父親が「だから早く言っておこうと言ったのに!」と母親を叱るように言った。「大事な見合い直前にこんなことを聞かされたら・・・」

母が「ちょっと、(つぐ)ちゃん」と思わず子供のころの呼び方で声をかけその背中を叩いた。それでも中佐は笑い続ける。長いまとめ髪が畳に流れる。父親が「おい大丈夫か?医者を呼ぶかそれとも艦に連絡しなきゃいけないか?」と心配して声をかけた。

中佐がやっと笑いを収めたのは、見合い相手が来るたった五分前のこと。相手が遅刻してくれたのが、中佐には幸いとなった。

相手は両親と、間を取り持った両家の共通の知り合いとともにやってきた。

料亭の仲居が「いらっしゃいました」と声をかけ、野村家の三人は居住まいを正した。中佐は、座卓の上に置いた軍帽の前を相手に向けるように置いた。彼女なりに威厳を示そうと思っている。大笑いをこいたバツの悪さも手伝っている。

かすかな足音が聞こえて、見合い相手の一同が入室して来た。最初に入ってきたのは共通の知り合いという男性、

「いやあ、野村さん。お待たせして申し訳ない」

と言いながら入り、後ろに「さあ、もうお待ちかねですよ」と声をかけた。年老いた母親と父親が「遅くなりまして」と恐縮しながら入り、そして肝心の<お相手>が・・・

恥ずかしげにうつむきながらその人は来た。「早くお入りなさいな」の年老いた母親の声に促され席にすとんとついた男性の顔を見て、中佐は正直げんなりした。

(これが相手なのか。私にはちょっと)

写真で見たよりずっと年上で風采の上がらない感じ、若い中佐には似つかわしいとは言えない相手。

男性はどこか気弱な感じでなかなか視線を上げない。恥ずかしいのか気が弱いのかわからないがこちらを見ないのが中佐のカンに障る。がしかし、男性――経御――が座卓の端に置かれた中佐の軍帽を見た瞬間、その気弱な表情が一変した。

ガバッと座卓にのしかかるようにして中佐の軍帽をつかんだ。ハッ、と息をのんで軍帽を取り戻そうとした中佐の手を、左に座る母親が押さえた。なぜに?と目で問う中佐に母親はそっとかぶりを振る。男性は軍帽をひねくりまわしながら見つめ、五分ほど経ってから初めて中佐のほうを見た。

ハッ!と男性が息をのみ「これは失礼しました。わたくし経御国三と申します」と丁寧に自己紹介した。再び笑いが吹きあがりそうになったが中佐は何とかこらえて自己紹介をする。その中佐を食い入るように見つめる経御に野村の両親も経御の両親も、そして紹介者の男性も(これはうまく行くな)と確信を持っている。

しかし、肝心の野村中佐が(いやだなあ。なんでこの人私のことを舐めるような視線で見るんだろうか?それとも見合いってものはこういうふうに互いを舐めるように見るのが作法なのかしら?でもそんなこと、繁木航海長は言ってなかったけどなあ)と居心地悪い思いで居るのを誰も気がつかない。

そして一同に食事が出され、親たち和気あいあいで進む見合いの席。食事が済んだ後、紹介者の男性が「おおそうだ、若い人はちょっと散歩に行ったらどうだろうか・・・若いもの同士で話したいこともあるでしょうしね?経御くんお願いね、我々はここで待ってるから」と切り出し、中佐と経御国三は料亭の外へ出ることになったのだった――

    (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・・・

 

いよいよ始まりました副長の見合い!

しかし変な名前(って人の名前をあれこれ言ってはいけませんが)、もっと早く聞いておけばよかったのに。そのうえちょっと変わった人なんでしょうかこの経御さん。

二人で出た散歩、何事もなく済んで副長はこの人と結婚するんでしょうか?

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Secre

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
「屁をこくぞ!」みたいな(下品ですね(^_^;))名前をふいっと思いついて使ってみました!
若し見合い相手がこんな名前だったらどうしましょう~~~(-_-;)!私は正直嫌ですね、てかそれより人物そのものが問題ですが。

さあこの変な男性の正体が次回明らかに、そして・・・!
御期待下さいませ❤

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
満を持して出ました、『経御 国三』!
名前も変なら挙動も不審なこの男一体どう出るのでしょうか??そして副長はこの男と結婚するのでしょうか??

そして、副長の心を占める艦長ともう一人の人。彼女はどっちを取るのでしょうか??実に難しい選択ですね、私ならどうするだろうかとしばし考えましたが・・・二兎を追うものは一兎も得ずともいうし。
そのへん上手に使い分けるのか副長~~!

次回をお楽しみに^^。

見張り員さん   こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
お見合いの相手の名前を副長は笑っていましたが
読んでいた私も笑ってしまいました。
お見合いの相手の方は座卓の端に置かれた中佐の
軍帽を見た瞬間にその気弱な表情が一変してガバッ
と座卓にのしかかるようにして中佐の軍帽をつかみ。
軍帽を取り戻そうとした中佐の手を母親が押さえら
れた軍帽とお見合い相手の男性の正体も気になり
ます。

挙動がおかしな経御さん。はたしてその正体は一体。
そしてこの名前はいけませんね(笑) その名のとおり出物腫物ところ構わずの不思議なキャラかもしれません。大切な人、梨賀さんの素敵な名前と大違い。
まわりの人に巻き込まれずにこの見合い、難なくスルーしてもらいたいなと祈っています。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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