2017-10

「女だらけの戦艦大和」・それを人は恋わずらいという4 - 2014.06.22 Sun

 「そりゃあ、艦長。副長は――」と日野原軍医長は、艦長の話を聞いた後切りだした――

 

日野原軍医長は、机の上の医学事典に片手で触れながら

「副長は、きっとどこかの誰かに恋をしているんじゃないかと思いますね、あの顔つきはそうですよ。そしてね、艦長。あなたとその人の間で悩んでるんじゃないかと思うんですよねえ。副長はあなたが大事なのは確かです、それは私にもわかります、でも、彼女はほかに思う人がいるんですよ。しかもその人と言うのは<見合い相手>ではありませんね――と言ってもこれは私の全くの推量でしかありませんがね」

とまるで独り言のように言った。

梨賀艦長は半分口を開いて日野原軍医長を見つめた。そして

「ツッチーが、いや、副長が誰かに恋をしているというのですか?」

と言った、動揺を隠せないのかその視線は宙を泳いでいる。日野原軍医長は事典を触る手を膝に下ろしてうなずいた。そして

「誰なのかは、私にもわかりませんが。でもあの雰囲気は、絶対ですよ。いわゆる恋わずらいですね」

と言って艦長に微笑んだ。そして一つ咳払いをすると

「副長の御性格から言うなら、名前も聞かされていないお相手に写真だけで恋をするなんぞ考えられません。きっとほかに誰か心奪われる人がお出来になったんだと思います。

そして艦長。あなたが副長を愛しく大事に思う気持ちはよくわかります。そして副長があなたを思う気持ちの深さもわかっているつもりです。先ほど申した通りです。でも艦長、副長には副長の人生もあります。そして恋という感情は止められないものです。彼女が誰に恋をしていたとしても――艦長、温かく見守ってほしいと私は思うのです」

と言った。その瞳は穏やかな色を湛えて艦長を見つめている。

艦長はしばし瞑目した。その眉間に、苦衷の色が見える。日野原軍医長は黙って艦長を見つめている。

と、艦長がまぶたをそっと開け軍医長を見つめ返した。そして「わかりました日野原軍医長」といい

「副長が誰に恋をしようと私は構いません。――いや、構いますよ」

と言い放ち、軍医長は艦長をじっと見た。艦長は一呼吸置くと

「その相手とやらがきちんとした人間で――そして副長のことを心底思っている人でないと――私は嫌です」

そう、きっぱり言い放った。それを聞いた軍医長は満足そうな顔をして微笑むと、「さあ、一献」と言うと戸棚のウイスキー瓶を手に取った。

小さなグラスに注がれたウイスキーを一口含んで、艦長は言いようのないせつない思いに胸をかき乱された。

 

その晩、山中大佐は自宅の布団の中でもんもんとしていた。自宅ではあるが全くの一人暮らしである身、夜になれば周囲もしんと静まって寂しさとせつなさが吹きあげて、胸の奥を疼かせる要素が多すぎる。(こんな状況で三日も休暇だなんて、つらすぎる)と山中大佐は思いつつ寝がえりを打つ、そのたびに彼の脳裏を横切るのは愛しい野村中佐の面影である。

山中大佐は(あの人には、誰か想う人はいるのだろうか?居るんだろうなあ、きれいだし聡明だし。女性としても帝国海軍軍人としても非のうちどころのない人だもの、きっと誰か素晴らしい想い人がいるんだろうなあ)とひとりで勝手に思って悲しくなっている。

しかし、と彼は布団の上に置きあがった。そして

「あきらめてはいけない!あのへんなラケット中尉も言っていたじゃないか、『あきらめるな、今日から君も富士山だ』って。全く意味はわからないが元気は出る。そうだその意気でぶつかろう。当たって砕けろだ。そしてもし彼女に想う人がいるならあきらめるし、そうでないなら必死の決死の玉砕精神で押しまくろう。そうだそうだ!俺は男じゃないか、やってやるぜ!休暇を終えるその日まで告白の練習だ、そして三日後、見てろよ~」

とひとり気炎をあげて、「野村中佐!大好きだー」と言うと厚い掛け布団をガバッと抱きしめたのだった。掛け布団に愛撫をしながら、山中大佐は<来るべきその日>を心待ちにしている――

 

さて、三日ののち。

緊張でかすかに青ざめた野村中佐が自室で化粧をしている。仕上げのおしろいを丁寧につけ終えたその時、そこにドアをノックする音が響き、中佐は「はい?」と声を上げた。と、「いいかな、お邪魔して」と梨賀艦長が入ってきた。

「あ、艦長」

とあわてて椅子を立つ野村中佐に梨賀艦長は「いいからそのまま続けて?ごめんね忙しい時に」と謝りながらドアを閉め中佐のそばに立った。中佐は立ち上がり、

「いいえそんなことありません。艦長それより私の上陸を許可して下さったこと感謝いたします」

そう言って頭を下げた。そしてそのきれいな顔をあげて艦長を見つめた。二人の視線が絡み合った。と、梨賀艦長の両手がいきなり副長の身体を抱きよせると、副長の体は艦長の胸にすんなりと収まっていた。副長は、艦長の胸にそっと両手を当てその額をそっと付けた。その副長の背中に両手を回し、しっかりその身を抱きしめる梨賀艦長。二人の時間が静かに流れた。

やがて艦長が沈黙を破り「ツッチ」と声をかけた。再び副長が顔を上げ、艦長は副長の唇に自分のそれをつけた。副長の両手も、梨賀艦長の背に回り二人はしっかりと抱き合った。ややして唇が離れ、艦長は「化粧が取れてしまうといけないね」とほほ笑んだ。

と、なぜか副長はその瞳に涙を盛り上げた。艦長はあわてて軍袴のポケットからハンケチを出すとそれで副長の目元をそっと叩いた。「どうしたの?泣いちゃいけないでしょう、今日は・・・めでたい日だよ」という艦長に、副長はかすかに首を横に振ると

「めでたくない」

と駄々っ子みたく言った。艦長は「どうして?だって今日はお見合いじゃないの。めでたいことだよ?それにもしも、若しも――結婚が――決まったなら」と最後は少し言い淀んだ。副長はまたもその瞳を濡らして

「めでたくない。艦長、私その人の顔こそ写真で知ってはいるけど名前を知らないんです。なんか変です。これがもしも、どこかで見染めあった仲で名前を知らないというならそれはロマンティックとでもいうんでしょうけど見合いでありながら名前を知らないなんて絶対おかしい!なんか私、裏がある様な気がします。単なる私の母親の粗忽ではないような気がします」

と一気に話した。涙が遂にその紺の軍装の胸に落ちた。艦長は「ほらほら・・・だめじゃないの。せっかくのお化粧が落ちちゃうよ」とまるで子供に言い聞かせるように言ってハンケチでもう一度、彼女の目元を優しく拭った。そして

「わかったよ、副長がめでたくないというなら私にもめでたくは無いことだ。でも、お相手に会って気が変わったらそれはそれでいいことだからね。私に気兼ねすることなどない、結婚を考えたらいいよ。だから気楽な感じで行きなさい。いいね?」

と諭した。副長は涙をさらに落として下を向いた。暫くの間、副長は泣いていたがやがて決然と顔をあげると涙を拭き、化粧を直した。そして軍帽をしっかりかぶり白手袋をはめ、腰の短剣を触って確かめると

「行きます」

と言って艦長に敬礼した。梨賀艦長は、その副長に慈しむような視線を当てるとうなずいて

「気をつけて行っておいで。――首尾よくいくよう祈ります。ごきげんよう」

と言って返礼した。

 

副長が内火艇に乗り込むのを、航海科の麻生分隊士や見張兵曹、小泉兵曹たちが防空指揮所から見ている。見張兵曹が「あ、副長じゃ。何処へ行きんさるんじゃろ」とつぶやいた。小泉兵曹が「おう、随分しっかり化粧されとってじゃねえ。もしかしてお見合いかねえ」と答える。

麻生分隊士が二人を自分の左右に引き寄せると「貴様らこれはここだけの話じゃけえ誰にも言うたらいけんで?副長は今日お見合いなんじゃと!」とこっそり教えた。二人の年若い兵曹は「きゃ!ええのう~」と言ってはしゃいだ。

副長の乗った内火艇は、艦長や航海長、掌航海長たちの見送りの中呉の上陸場目指して春の気配の深くなり始めた海上を軽快に走っていった。

『大和』のトップではマツコとトメキチもそれを見送っている。マツコは遠ざかる内火艇にずっと視線を当てて無言のまま。トメキチはマツコを不思議そうに見つめ「マツコサン。どうしたの?」と問うた。マツコはやがてその金色の瞳をトメキチに移すと

「――きょう、野村に何かが起きる」

とだけ言うとそのまま目を閉じた。トメキチは呆然としてその大きなくちばしを見つめている。

 

内火艇の中で、副長は前をしっかり見つめ白手袋の両手を握りしめていた――

     (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

風雲急を告げる!?人間模様が展開中です。そしていよいよ副長の見合いが始まる!――山中大佐はどうするのでしょうか、そしてマツコの予言めいた言葉は??

緊迫の次回をお楽しみに。

「そうだその意気」という歌を見つけました。


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● COMMENT ●

KAZUさんへ

kazuさんこんばんは!
私も子供のころ親類の集まりで聞いたような記憶があります。私達の子供のころはけっこう軍歌だとか国民歌謡を歌うおじさんたちがいましたね!

戦後も70年になりますね。だんだん遠くなる戦争の記憶をなんとかとどめて行かねば!と思いますね。

おはようございます!最後の唄ですか、亡き父が酔ったときに
歌っていたような気がしますね。そう昭和40年代ですよね。
まもなく戦後も70年を迎えようとしてますね。

ウダモさんへ

ウダモさんこんにちは!
おいそがしいところをありがとうございます!嬉しいです!!

ハンケチッて昔よく言いましたよね^^、祖母たちの世代は「ハンケチ」だったようですね。私も同じことよく言われましたよ。たしなみの一つでしたね。
小学校では「ハンケチちり紙検査」とか言ってその二つを机の上に出してさらに爪も切ってあるか検査があったなあと思いだしました!

こんばんは!

やっとここまで来ましたww

文中にある『ハンケチ』という言い回し?、なんだか突然、キュンとしてしまいました。
大好きだった亡き祖母がよく言っていた言葉を思い出したからです。
『女の子は外出する時はハンケチちり紙を持つんだよ』…と。
今時の人は『ハンカチ』だとか『ハンドタオル』だとか言いますけど、ハンケチと言う言い方が何故か好きです。
懐かしさと恋しさ(祖母への)を、たったひとつの言葉で蘇らせくれるなんて!なんだかすごく素敵な気分になりました♪
見張り員さん、ありがとうございます☆彡

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
日野原軍医長は年齢をほかの乗組員より高めに設定してある関係上、人生経験豊富な人物として描いています。ですのでなにかこういう問題があった際、あれこれ適切なアドバイスを出せる人となっています^^。

艦長の心、副長を離れることはないですのでこの先大変です(^_^;)。

見張り員さん   こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
日野原軍医長は野村中佐の悩みが分りお見合いの
人ではない人を想っていることを分って梨賀艦長に話
をされて誰か心奪われる人ができたことを話されて
艦長も心の準備ができますね。
艦長に副長を温かく見守ってほしいと日野原軍医長は
言われてすんなりと想いが伝えられたらいいですね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは!
素敵な詩をありがとうございます^^!そして誕生日のお祝いの言葉嬉しくいただきました!
「幼い私」はきっと、あの家のどこかにまだ住んでいて私が帰るたびにその姿をそっと現すのかなあと思いました。
オスカーさんの見たご両親の夢、なにか暗示的な気さえしますね。「ちゃんとうちに泊らなきゃだめ」、これはおやとしての本音かもしれないなあと思いました。


さあそしてこのお話は一体どうなりますか?
予言者の貫禄のマツコの言うように野村に何か起きるのでしょうか・・・また長い物語になりそうですがよろしくお付き合い願います!!

こんにちは。いよいよお見合いですか~コチラもドキドキ(◎-◎;) マツコに預言者のような貫禄が出てきましたね!
遅れてしまいましたが、お誕生日おめでとうございました! 八木重吉さんの短い詩があります。頑張ってきた見張り員さまを思い出しました。


『幼い私』

幼い私が
まだわたしのまわりに生きていて
美しく力づけてくれるようなきがする


私は今朝、両親の夢をみて(父はなぜか和菓子職人に!)母から「顔を見せればいいってもんじゃないの!ちゃんとウチに泊まらないとダメ!」と言われました。見張り員さまも思いようにいかず大変なことが多いと思いますが、お身体に気をつけてまたたくさん実りある1年にして下さいね。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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