2017-09

「女だらけの戦艦大和」・叱られて3 - 2014.05.25 Sun

 野田兵曹は、テーブルの上に置かれたままの飲みさしの紅茶カップに手を伸ばし、わずかに残った紅茶を飲み下して咳払いを一回するとさらに話を継いだ――

 

――父親は佳子の海兵団行きを賛成し母親は何も言わなかったので兵曹は了承されたものと思い、海兵団入団の準備を始めた。入団試験も間近のある日、ちょうど父親が米問屋の集まりでしばらくの間東京に行っていたがそれと入れちがいのように、東京の、母親の兄がやってきた。兵曹にとっては伯父である彼はもう一人若い男性を伴ってやってきた。

母親は至極当たり前のように、驚く様子もなく二人を迎えた。兵曹は(何かおかしい。単純に遊びに来たいうんとは何か違うようじゃ)と直感していた、そのくらい自然に二人を迎えた。そいえば昨日母親は客間や玄関など入念に掃除して私にも「あなたもお部屋をきれいになさい」と言いつけてた、私はきちんとはしなかったが――。

兵曹はかれらが来る前になぜか晴れ着を着せられて「お母さんなんで晴れ着を着んといけんのですか?うちは窮屈でたまらんです」と文句を垂れたら母親は怖い顔をして「お客さまをお迎えするんにええ加減な格好では失礼と思わんのね?きちんとするんが礼儀です」と兵曹を睨んだのだった。今まで伯父が来るくらいでは晴れ着など着たことはなかったので不審に思った。

そして、今。客間に兵曹が紅茶と母親手作りの菓子を運んで行った。

伯父ともう一人若い男性の前にそっと紅茶と菓子を出して一礼した兵曹は部屋を出ようとしたが母親に

「ここに座りんさい、一緒にお話をしましょう」

と言われ渋々ソファに腰をかけた。すると伯父が満面の笑みで以て兵曹を見つめて

「佳子は綺麗になったなあ、幾つになった?――そうかあ早いもんだなあ、あのよちよち歩きがもうこんなにきれいな娘になって、なあ!じゃあもうそろそろ嫁入りを考えないといけないんじゃあないか?」

と言った。兵曹はあいまいな笑みを浮かべて「――いえ、うちはまだ・・・」と小さな声で言った、がその声も聞こえぬか伯父はとなりの男性を見て

「おお、そうだ彼の紹介をまだしてなかったな。彼は私の会社の、部署は別だが課長職だ。佐野君と言ってね、トテモ頭の切れる男だよ」

と言った。佐野と呼ばれた男は丁寧に頭を下げると「はじめまして佐野と申します。香川さんにはいつもお世話になっております」と言った。瞬間兵曹はこの男に<母親と同類>の匂いを嗅ぎつけた。つまり、自分を押しとおすタイプの。

まあ素晴らしい方ね、と母親が嬉しそうに言って伯父はさらに

「うちの会社はね、今度南方に支店を出すんだよ。で、彼がその支店長に抜擢されてね。ただ、一人で行くのも何かとたいへんだから女房がいるというわけで」

と言った後兵曹の顔をひたと見つめると「佳子、お前彼の嫁になって一緒に南方に行け」と<命じた>。

「ヒエッ!」と兵曹が驚きの声を発すると伯父は「そんなに嬉しいか、ワハハ!佐野くんよかったなあ、佳子は嬉しいってぞ」と言って佐野の背中をドンドンと叩いた。佐野はぎこちない微笑みを浮かべると

「よろしく。佳子さん」

と言った。野田兵曹は(なんだこれは!こんないきなりな話があってええもんじゃろうか!?)とあっけに取られて言葉も出ない。そんな兵曹を尻目に伯父と母親、そして佐野は今後の話に没頭し始めた。

兵曹は(こげえな結婚話あってええわけない!うちは絶対お断りじゃ)と腹をくくった、なんとしてもこの話は断って海兵団に入団したい。もうひとのいいなりになって生きるのはいやだった。

しばらくして話が一段落したのか、伯父が「若いもんは若いもん同士がよかろう。庭に出て話をしてきたらどうだね」と言ったので、兵曹はある作戦を考えついた。この男性には気の毒な方法ではあるがショックを与えてこの話を<彼から>断らせようと思ったのだ。

二人は庭に出た。佐野は「大きなお宅ですねえ。さすが米問屋だ」と感心している。兵曹は「そげえなことありません」と謙遜しつつ、ゆっくりと歩を進めた。池にかかった小さな石橋を越えるとその向こうには兵曹の部屋がある。兵曹はこの先に自分の部屋があるということをさりげなく言った後、「見てつかあさい、鯉があげえに」と言って指差したりしながら無邪気な様子を作った。佐野も「大きな鯉ですねえ、一体幾匹飼ってらっしゃるんでしょう」などと言いながら、二人は石橋を渡った。

そして、兵曹の部屋の前まで来た。何気なく濡れ縁に目をやった佐野は、その先の部屋を見て絶句した。彼の視線の先にはめちゃくちゃに散らかった兵曹の部屋があったのだった。それでも兵曹はそ知らぬ顔で自分の部屋の前を通り屋敷中を案内して回った。

そして伯父の待つ客間に二人で帰った。母親と伯父が笑顔で迎え、兵曹もご機嫌を装ってソファに座った。佐野だけが妙に硬い表情でいる。それを伯父と母親は若い男性のはにかみだと思っていた。伯父はあるいは、佐野が結婚の意思を固めたと思ったかもしれない。

そのあと四人は夕飯を共にし、その後伯父と佐野は「宿がとってあるから」と言って広島へ行った。母親は「いい人でよかったわね。あなた海兵団に行くよりお嫁に行った方が絶対幸せになるわよ」とすっかり決まったような口ぶりである。そんな母親の喜びをめちゃめちゃに砕く知らせが来たのはそれから二日ののちだった。伯父が「佐野が・・・断ってきた」とがっかりしたような声で電話をしてきたのだ。母親は「どうしてです!佳子はあんなに乗り気だったのに」と言ったが自分の兄の言葉に絶句してしまった。

「片付けのできない女は・・・いやだ・・・って」

電話の後、母親はその場にへたりこんでしばし呆然としていた。が、やっと我に開けるなり「佳子、佳子さんちょっと来なさい!」と兵曹を呼び付けた。そして「いったいどういうことです?あなたはちゃんとお部屋を整理したはずでしょう、それなのに!」と言うと兵曹の部屋へと走った。部屋のふすまを開けると――そこには乱雑に物が散らかった座敷があった。

「あ、あなたって人は――」

母親の悲痛な嗚咽がその場を引き裂いた――

 

「とまあ、そげえなことがありました」

野田兵曹は語り終えてふっと息を吐いた。生方中尉は

「そうか・・・それで兵曹は海兵団に入ったのか」

とつぶやいた。中尉の脳裏にそんな実家から逃げるようにして海兵団へと行った彼女の姿が見えるようであった。

兵曹ははあ、と言って「うちの母親はうちみとうなもんが邪魔だったんです。じゃけえ嫁にやろう思うて伯父さんにあの男の人を連れてこさせたんじゃ思います。うちみとうな言うこときかん、母親の気に入らん娘なんぞ必要ないのですよ。この家には兄が居ってですけえ、兄さえおりゃあええんです。うちは邪魔もんなんです」と一気に言うとすすり泣き始めた。

生方中尉はすすり泣く野田兵曹の背中をそっと撫でてやった。そして

「兵曹はお母さんに反感を持っていたんだな。それを表に出せなくてつらかったろう。その思いがわざとチェストを汚くしたりという行為に走らせたんだな。――野田兵曹、もう自分を解放しろ。いつまで母親に心縛られていてもつまらんぞ。お前はお前の道をもう歩いているんだから、妙な形で反抗心を燃やすんじゃない!お前はもっと素直な人間なはずだ、本来の自分に戻れ。すべて捨てて生まれ変われ!」

と言って兵曹を抱きしめた。野田兵曹は子供のように泣きながら生方中尉の胸にすがった。つらそうな、悲しそうな泣き声が中尉の胸をえぐった。それにしても、と中尉は、佐野なる男性の男のメンツを慮って相手から断りをさせるよう仕組んだ兵曹が健気にも、哀れにも感じていた。

 

そして、落ち着いた母親が客間に戻ってきたがもう、兵曹を見ることはなく視線を落としている。兵曹も母親を見ない。生方中尉は

「野田兵曹、私はこれで失礼する。貴様はゆっくり休養を取りなさい」

と言った。果たして兵曹は「ここ(・・)()()いやであります」と答え、母親は顔をそむけた。母親のそのしぐさから娘に対する強烈な拒否の意思が感じ取れた。

中尉は当然の答えが出たと思いながら「それではどうするのだ?」と尋ねた。兵曹は「生方中尉と一緒に艦に帰ります、帰りたいであります!」と言ってまた泣いた。母親は顔をそむけたまま

「申し訳ございませんが連れて帰ってつかあさい」

とだけ言うと客間を出て行ってしまった。ドアがパタン、と閉まり乱れた足音が去った後の部屋には兵曹の泣き声だけが満ちている。

 

二人は見送る人もなく野田の家を出た。

弱い日差しの照る道を駅に向かって歩きながら生方中尉は「今日のところは・・・私の下宿に来るといい。そのあとのことは私が艦に帰って高射長たちにご相談申し上げて決める。それでいいな?」と言った。一陣の風が吹きつけ、中尉のマントを翻した。野田兵曹が、軍帽の廂をつかんで風をやり過ごしながら

「はい。ご面倒をおかけして申し訳ございません」

と謝った。生方中尉は「貴様が謝ることでもあるまい」とつぶやくとあとは黙って歩きだす。兵曹もそのあとを黙ってついてゆく。

 

二人はあまり口を利かないまま呉に戻った。生方中尉の下宿に行き、「おばさん、ただ今」と声をかけると下宿の女主人が「まあお帰りなさい生方さん!」と嬉しげに出迎えてくれた。生方中尉が

「今日は私の妹分を連れて来ました、野田佳子上等兵曹です」

と紹介した。野田が丁寧に頭を下げ「野田と申します」とあいさつすると女主人は野田の顔を見るなり「まあ、なんて可愛い!私には生方さんは娘みとうなもんじゃが、もう一人娘が出来たわ!よう来て下さいましたな、寒かったでしょう?さあおあがりなさい。ちょうど汁粉を作ったとこじゃけえ食べてつかあさいな」と喜んだ。

野田兵曹の、今まで硬かった表情が少し和らいだ。

生方中尉と野田兵曹は、女主人のあとをついて居間へと入ってゆく――

     (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・・

野田兵曹にもつらい過去があった・・・。

野田母子は心をすっかり離してしまったのでしょうか。そして生方中尉の下宿で手放しの歓迎を受けた野田兵曹の堅くなった心はどう変化しますでしょうか。そして何より野田兵曹の休養はどこで取れるのでしょうか!

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● COMMENT ●

れい姉さんへ

れい姉さんこんばんは!
昔はきっとこんなものだったのでしょうね、よくそんな話を聞いたものです。本当に今では「うそじゃろ?」って感じですが。

野田兵曹の母親…この後どんな態度に出るのでしょうか?ご期待を。

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは。
その後いかがでしょうか、治っていますか?

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
野田兵曹頭を使いました。
強引さは反発を招くだけですね、野田の親も親族もわかっていなかったですね(-_-;)。
その昔のお見合いは当人の思惑なんかほとんど考えなかったらしいですからね~。

昔の見合いについては祖母たちの経験談やその世代の人たちから聞いた話が結構あります(^_^;)。

こんにちは(=゜ω゜)ノ

当時はお母様のような母親が多かったんじゃないかな?と思います;;。
現在からは想像も出来ませんがww。

子供は親の所有物、というのが当たり前の時代でも、やはり子供にだって自我はございますw。
お母様もある程度、態度を軟化してくれれば良いのですが…w。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

野田兵曹の作戦勝ちでしたね。
いくら親といえども強引な仕掛けはよくないですよね。娘といえども反発してしまいます。
昔はそういうお見合いが多かったようですね。子供の人間性なんてあってないようなもんです。
結局は自分で納得できる結婚が一番です。

見張り員さんも昔のお見合いシーン、詳しくご存知なんですね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
人が一人その人生を生きるとたいへんな量の出来事や思い出が詰まったリュックが出来ますね。
その中身、良かったり悪かったり。
私もぶちまけたい思いがリュックの中にはちきれそうです^^。でも私はこれを書いてふだんのうっぷんを晴らせるから幸せです^^。

>野田さんの海図に綺麗な航跡を描いてほしいですわ
素敵なお言葉をありがとうございます!
この先野田兵曹人生の転換点を迎えます!お楽しみに❤

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
私の祖母くらいの時代まではまさに「親が決めた結婚」だったようです。男性だけが遠くから女性のすたがを見て決めたりというのもあったらしいです。
野田兵曹はそんな大人たちの勝手な思いを振り切って逃げだしたのでした。

実は野田に対しておもいやりを持っていた生方中尉でしたね。この先どうなりますか、御期待下さい^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
そもそもが生い立ちの問題のあった野田兵曹でした。しかし伯父のいいなりにならず、いろんな人がいる海軍に逃げたのは彼女にとっての最善策でした。
さあ、この後彼女はどうするでしょうか。
野田兵曹が大きく変われるチャンスがやってきます!いったいどんなチャンスが・・・?
ご期待下さいませ。

昨日はたいへん暑かったんですが今日は南風がものすごく強くってそのせいかちょと肌寒ささえ感じました。大分は今日は雨だったでしょうか?
にい様も御身大切にお過ごしくださいね。いつもありがとうございます^^。

こんばんは。人に歴史あり…といいますか、どんな人にも積み重ねてきた時間ってあるんですよね。それがフワフワした綿菓子みたいな思い出がいっぱいになる人もいれば、ガラクタがいっぱい入ったリュックの人もいる…そしてそれをぶちまけたくても出来ない人もいるし……いろいろ考えてしまいますね。
これを機会に良い方向に進んでいってほしいです~野田さんの海図に綺麗な航跡を描いてほしいですわ。

見張り員さん    こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
昔は親がかってに決めてお見合いしたりとかがあり嫌でも今と違い
家に帰って来るなと言われて大変な時代があり野田さんは相手に
断られるようにしてよかったです。
本当は心優しい可愛い野田さん今までのことが吹っ切れるといい
ですね。
生方さんも優しい方だったんですね。

荒っぽいやり方ながらこんな方法でしか逃れることができなかった佳子さんが不憫でしたね。
でも結局は「同類」の中に紛れ込まずに済み、素敵な仲間たちのいる大和で過ごせることになったのですから人生ってわからないものです。
しかし佳子さんもぼつぼつきれいに整えることを覚えなきゃいけない時期がやってきているような。それは本物の愛情が芽生える前に!! 
苦い話の前後に甘いお汁粉で口直し。さすがに見張り員さんは優しいね。

今日の東京は随分と暑くなったのでしょ。いよいよ梅雨と夏がやって来そうですね。お体を大切に。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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