2017-10

「女だらけの戦艦大和」・叱られて2 - 2014.05.20 Tue

 生方中尉は、休養を命じられた野田兵曹をその実家に送り届けに来たのだった――

 

中尉は河崎高射長からの、今までのことを書きつづった手紙を野田の母親に手渡した。そしてそれを読んでいた母親の表情が激変して来たのに気がついてぎょっとした。

(ものすごく・・・怒っている!?)

生方中尉はなにか、全身総毛立つような恐怖を感じて思わず腰を上げかけた。思わず隣に座る野田兵曹を見るとこれも真っ青な顔色に変化し、一種軍装の膝がガタガタ震えているのが見えた。

野田の母親は、手紙を読み終え丁寧に畳むと封筒の中に収めた。かすかにその手が震えている、怒りを抑えかねているようだ。ふうー、と一息吐いた。

そして、しっかり野田兵曹を見据えると

佳子(よしこ)

と静かなしかし、重々しい声で言った。ゾクッ!と生方中尉と野田兵曹の背筋が、同時に冷えた。すると野田の母親は

「あんたは一体何をしていたんね?前からちいとも片づけが出来んで、海軍に入ったらちいとは整理整頓ができるようになったか思うとったが余計悪うなったじゃないね!?そのうえなんです、自分の物入れを汚し放題で艦の皆さまにご迷惑をかけて、褌にきのこを生やした?ゴミを艦の中の捨ててはいけないところに捨てた?蝙蝠を物入れの中で飼って物入れを汚した?服をフンだらけにした?そのうえあなたはその蝙蝠を殺そうとした?

――私はあなたをそういう娘に育てた覚えはありませんよ!私は昔っから言ってるじゃないですか、整理整頓はきちんとなさいって。大体あなたは子供のころからだらしないんですよ。一体だれに似たのかしら・・・お父様もおじい様も、いえ、おばあさまだってきちんとなさっているというのにあなたったら。こんなことでは佳夫さん(兵曹の兄)も笑い物になるんですよ!?世間様にこんなことが知れたら『野田米穀の娘は海軍でも名うてのだらしない女』と言われて家名に傷がつきます!いいですか佳子、うちは元は士族の出。その誇りをあなたはなんと考えているんです?おじい様が一所懸命にここまでにした野田家をあなたはつぶす気ですか!」

と最後は金切声で叫ぶように言った。手紙がその手でぐしゃりと握りつぶされた。生方中尉は野田の母親の言葉が東京言葉になっているのに気がついた。野田の母親は東京言葉のままで娘を罵倒している。

野田兵曹は下を向いたまま母親の厳しい、いや、厳しすぎる言葉にただ打たれているだけである。生方中尉はさすがに野田兵曹が気の毒になってきた。

生方中尉が野田の為にとりなそうとしたその時野田の母親は

「あなたのために生方中尉さんはお気の毒に、お忙しいところをこんな遠くまでいらっしゃる羽目になって。本当にお気の毒ですよ、佳子あなたひと様に迷惑をかけて平気なの!?いい加減になさい。どうしてこんなに自堕落な女になってしまったのか・・・私のしつけが悪かったのかしら・・・」

といい、そしてその瞳がうるみだした。生方中尉はなんだか事態がのっぴきならない方向へ動き出した気がしてならず、何とか収拾せむと考えてそっと「――あの、お母様」と話しかけた。

野田の母親は、生方中尉の問いかけに中尉を見つめた。中尉は

「あのお母様、そうおっしゃいますが野田兵曹は艦では部下を大勢抱えています、たいへんよくやってくれています。お母様が思われるほどいい加減な女ではないと私は思うのでありますが・・・」

と言った。確かに野田には生活面では随分困らされもしたが、実戦ではなかなか勇敢なところがあって生方中尉は(悪い人物ではない)と思っている。しかし、野田の母親は

「お言葉ですが生方中尉さん。あなたはそうおっしゃってくださいますがこの娘のいい加減なことはもう、この家では皆ため息をつくばかりなのです。何度言っても部屋は片付けない。きれいにしてあってもすぐ散らかす。反抗する。――これをいい加減と言わないで他に何がいい加減なのですか。私はもう情けなくって」

とそこまで言うとふっと席を立って部屋を出て行ってしまった。部屋のドアがバタンと閉まって母親の足音が足早に去っていった。涙を見られるのが嫌だったのかもしれない。テーブルの上には、河崎高射長が野田の母親に宛てた手紙が残されている。生方中尉は(一体高射長はなんと書かれたのだろうか)と気になって封筒に手を伸ばし、中の便箋を引きだした。母親があれほど怒りをあらわにするようなことが書いてあったのだろうか。

野田兵曹は苦いものを食ったような顔でドアを見つめているままで中尉の行動を見てもいない。中尉は野田の母親が握りつぶした便箋をそっと開いて読み始めた。

冒頭は時節の挨拶、そのあと「母上様には、突然のご令嬢の長期休暇に驚かれることかと思ひますが」と本題に切りこんでいる。そして野田兵曹が今まで起こしてきた事件があまり深刻でないように気を使って書かれている。例の蝙蝠を床にたたきつけようとした件も「愛しさが余つての感情の高ぶりと我々は考へ」、「海軍病院での静養も考へましたがやはり、ここは精神的にも落ち着けるご実家での静養をと思ひ」野田兵曹をしばらく実家に返すことにしたと河崎少佐らしい心遣いで書かれている。

少佐の手紙の中には野田に対して<だらしない>とか<いい加減>という文言は一切書かれていない。ばかりか、「野田兵曹はわれわれにとつてはかけがへの無ひ艦の仲間であります。暫くのあひだとは言へ、不在にされるのは寂しくもありつらひ物がありますが」とある。

(母親にとってそれほど打撃のある内容とは思えないのだが)

生方中尉は頭を抱えてしまった。さらに読むと手紙の最後は

「だうか野田兵曹を優しく迎へてやつてくださひ。野田兵曹は、長ひあひだの勤務で少し心がつかれてしまつたのでせう。しかし野田兵曹が弱ひといふのではありません。誰にでも起こりうることです、ですからだうか、兵曹を優しく休ませてやつてくださひ」

と結ばれている。

生方中尉は「野田・・・」と言って高射長からの手紙をそっと渡した。その手紙を読んだ兵曹の瞳はあっという間に濡れて、大きな雫が軍袴を濡らした。そしてその唇が震え「・・・高射長・・・」と声が漏れた。

生方中尉は野田兵曹の波打つ肩にそっと手を置いて

「高射長も、我々も貴様を嫌っている訳ではないのだ。わかってほしい、その手紙に書かれた高射長のお言葉は、本物だ」

といい聞かせた。そして

「野田兵曹は・・・何かに反抗してわざと汚くしているような気がしてならんが・・・もし自分の中で何か・・・心当たりと言っていいのか・・・あるならば聞かせてはくれまいか?」

と野田の両手をつかんで言った。

野田兵曹は、しばらく嗚咽を漏らしていたがやがて何とか泣きやむと腫れたまぶたの下の瞳で中尉を見つめると話し始めた――

 

野田兵曹は子供のころから厳しく母親に躾けられてきた。親戚の集まりがあると、大人のようなふるまいを要求され気づまりだった。しかし母親は「こどもらしく」振舞うより「おとなのように」振舞うことを良しとし、兵曹は親戚の集まりが嫌いになっていった。特に母方の親戚の集まりは嫌だった。東京に行けるのはよかったがいとこたちとはしゃぐといつも兵曹が叱られた。

そしていとこたちが部屋を散らかした時一番叱られたのは兵曹だった。母親の言い草は「あなたが片付けなさい、あなたが散らかしたんでしょう!」で、兵曹の「私じゃないの、この子たちが」という言葉を母親は「いい訳をしない!!」の言葉とげんこつで黙らされた。ざっくりと傷ついた兵曹の心であった。

そのあと学校に入ってからも母親は兵曹の机の中を、兵曹が学校に行っている間に「片付けておいた」ということをされ、兵曹が隠していたさえない点数の試験やら友達にもらった手紙などが床に広げられていた。そして母親はそれについて一つ一つ、兵曹の説明を求めた。そして納得ができないと怒って兵曹を叩いた。

そんなことをされるうち、兵曹の心の中に母親に対する反抗心と言うべきものがむくむくと盛り上がってきて、母親の言うことと反対のことをしてやろうと思うようになった。

本来、兵曹は「汚な好き」ではない。だが母に反抗するためには汚いことをしなければならない。心ならずも散らかす日々が続いた。そのたび兵曹は母親にきつく叱られ、時には男のわりにきちんと整理整頓ができる兄と比較された。中学に入り進路を決める際、兵曹は『海軍兵学校を』受験すると担任や親に申し出た。その時まだ存命だった父親は「やってみなさい、出来るはずだよ」と言ってくれたが母親と担任は「やめんさい、どうせ受からんけえ」といい母親は「受からなかったらうちの恥じゃけえ」とさえ言った。それでも兵曹はその時は踏ん張って、大変勉強をした。

が、結果は不合格で「それ見たことか」と母親や担任に鼻で嗤われた。さらに深く傷ついた兵曹は投げやりになって本当に部屋も掃除しなくなってしまった。そんな兵曹を見かねてか、同級の友人が「佳子さん、兵学校が受からんでも海兵団があるけえ、そっちに行ったらどうじゃ?すぐに士官さんにはなれんがあれこれ勉強できてええらしいで。うちの姉さんが海兵団から今は陸戦隊に居るよ」と教えてくれた。

そこで兵曹はまず、父親に相談した。父親は「佳子がそうしたいならしたらええよ。わしは佳子ならどがいな境遇でも上手くやる思うとるからやってみたらええ」と言ってくれた。勢い付いて兵曹は母親に打ち明けた。

母親はその時は何も言わないで黙っていた。兵曹はそれが、母親の了解のしるしだと思っていたが――そんなに甘いものではなかったというのをそれからしばらくの後、知ることとなるのだった――

    (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

なんだかどうしたらいいのかわからない展開になりました。生方中尉も困ってしまっています。そして野田兵曹の身の上話、なんだか衝撃的告白がありそうな・・。

次回をお楽しみに!   
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● COMMENT ●

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
私もぐうたらです(^_^;)、そして更年期がひどくなってきてなおさらぐうたらに拍車がかかりました(-_-;)・・・

ええっ!?フルーツバットってそんな奴なんですか?イメージと大ちがいで・・・言葉なしw。でも生き物を飼うって言うのはなかなか大変ですよね、うちも犬一匹で大騒動しますからねえ(-_-;)。

さあ野田兵曹心の平安を取り戻せるでしょうか?祈ってやってくださいませ^^。

こんにちは。ぐうたら母ちゃんなワタクシ、野田ママと足して2で割ったらいいかも…と思いましたわ(-o-;)
野田さんがご執心だったコウモリ、ちょっと本屋で立ち読みしたらフルーツバットの場合は大食いで食べるものをよこせ!とわめき散らし、餓死してしまうこともあるとか。何にしても生き物を買うのは大変ですね。野田さんにあらたな安らぎが早く訪れますように!

れい姉さんへ

れい姉さんこんばんは!
親の立場となれば――どちらの気持ちもよくわかるようにはなりますね。でもなかなか、母と娘の関係には難しいものがありますね・・・
しかし兵曹はもういい大人ですからあまりのことをすると将来に禍根を残しかねませんね~どうするのか野田と野田の母親は!
そして野田の母親は次にどんな手を打ってくるのでしょうか??

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
女親と娘ってときに激しく対立しますね。このごろそう言った「母と娘の確執」で悩む人が多いらしいです。
さて野田兵曹はどうなるのでしょうか。
母親は一体何を考えているのでしょう・・・次回をお楽しみに^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
白蓮さんも厳格な家庭が故の様々なおもいがあったのでしょうね。野田兵曹も意外なことに名家の生まれでした。躾自体はしっかりされているのでそれほどひどい女性ではない・・・まろにい様の読みは当たっていますよ!
さあこの先、兵曹はどうするのでしょうか。実家にいて静養するのかそれとも??

たいがいの場合家柄の善しあしはその人の品格にもつながる場合が多いようですね。持って生まれたものは結局は捨てられないような気がします。

このところ気温の上下が激しいです。体調はいまいちですねw。いつもご心配をいただきありがとうございます、何とかやっております!
にい様も御身大切になさってくださいね^^。

こんにちは(=゜ω゜)ノ

母上様の行いも、理解出来んでもありませんねぇw。この頃の女性の立場は、ちょっとした気の緩みで一気に悪化する危ういものでございましたからw。
しかし、厳しくするにも子供の年齢を考慮しなければ、逆効果になるってことですねw。
親の心子知らず…といいますが、幼い子供に親の心なぞ分るワケがございませんからw、
その辺りは母上様もご理解されるべきだったように思いますねw。

見張り員さん     こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
野田さんは厳しいお母様に反抗してきたんですね。
お母さんは野田さんのことを自分の思いのままに
育たないことに腹が立っていたんでしょうね。
お互いの誤解がなくなり仲良くなれるといいですね。
お母様の反撃も気になりますね。

やはりそうでしたか。
厳格な家庭で育ったゆえの反動。名家にひとりやふたりは必ずいる異端の人。白蓮もそうでした。
でも野田さんの本来の姿はきっと清楚で心も清らかな女性ではなかろうかと思い始めました。
こんな家柄のお嬢さん。そしてこれだけしっかりとした母親から育てられた娘さんである素養はそうもろくはないはず。きっと一気に開花するのではないか。人が見まがうほどの美しい女性に戻るのではないか。そう空想しています。
家柄というのはとても邪魔な時もありますが、人生に於いて役立つことの方が多いのではないでしょうか。それが生まれ持った品格や人格にもなると。

体調は如何ですか。寒かったり暑かったりの不安定なここのところですが無理しないようにね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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