「女だらけの戦艦大和」・叱られて1

 これは蝙蝠事件で『大和』を降りて行った野田兵曹のその後の話である――

 

野田兵曹はあの日、生方中尉に伴われて実家へと帰っていった。すっかりうなだれた野田兵曹を生方中尉は

「実家に帰ってゆっくり休め。貴様は少し疲れているのだろう・・・『大和』もしばらく呉にいるから安心してゆっくり休め、な?」

と汽車の中でも言ってきかせたのだった。しかし野田兵曹はうつろな瞳を宙に泳がせるだけで返事もない。生方中尉はかすかにため息をついて車窓の風景を見つめていた・・・

 

野田兵曹の実家は駅からバスに乗って三十分ほど走った静かな町の中にあった。

生方中尉は「貴様はここで育ったのか。良い町だな、静かだし美しい」と言って兵曹を振り返った。が兵曹はずっと後ろの方で立ち止まったままである。

生方中尉は「あれっ!」と言ってマントを翻して走って戻り

「どうした野田兵曹?貴様のうちはもうすぐそこじゃないか。何を立ち止まってる?」

といい、外套を着た背中をドン、と押した。野田兵曹はその勢いで少し前にのめったがまたも足を踏ん張って動こうとしない。手にしたカバンの持ち手を、その両手でぐうっとつかんでいるのがわかった。生方中尉は野田兵曹の顔をそっと覗きこんで

「どうした一体?もうすぐ貴様の家なんだろう?早く帰って親御さんに顔を見せてやればいいのに」

と言った。が野田兵曹の表情に苦衷の色が浮かび出したので生方中尉はあたりをそっと見回した。一軒の甘味処が目に入ったので「あの店に入ろう、心配すんな代金は私が持つ」といい聞かせ甘味処に入った。店の親父が、珍しい海軍嬢二人の客に緊張した面持ちで注文を取りに来た。そして二つの湯呑を二人の前にそれぞれ置いた。

生方中尉は野田がぜんざいに目が無いのを知っていたので「ぜんざいを二つ、願います」と言って親父に微笑んだ。その微笑に親父はほっとしたような顔になると

「はい、では少しお待ちを」

というと店の奥へと引っ込んだ。それを目で追ってから生方中尉は湯呑を手に取り熱い番茶をすすった。外の寒さでかじかんだ手のひらに湯呑の熱さが心地よい。そして中尉は対面して座る野田兵曹を見つめた。野田兵曹は相変わらずうつろな表情のままで木のテーブルの上に置かれた湯呑を見つめている。

(何か言った方がいいのか、そうでないのか。どうしたものか)

生方中尉は正直、出方を失って途方に暮れる思いであった。しばし中尉は窓の外の風景に見入って、何も話さなかった。

やがて親父が「はい、おまちどおさまです」とぜんざいを二つ持ってやってきた。生方中尉は

「ありがとうございます」

と軽く礼をして、その時やっと野田兵曹の顔にかすかに微笑みが浮かんだ。生方中尉は箸をとりながら

「野田、貴様ぜんざい好きだったな。たくさん食え、足りなかったらお替わり注文してやるから遠慮するな」

と言って笑った。野田兵曹の微笑みが続いた。

二人は「いただきます」と言ってあとは黙ってぜんざいを食べた。懐かしい内地の味に二人は舌鼓を打った。やがて野田兵曹が食べ終わって椀を小さな盆の上に置いた。生方中尉が

「野田、どうだもっと食わないか?」

と尋ねると野田兵曹は恥ずかしげに「ええでしょうか・・・あと一杯」と小さな声で言った。生方中尉は愉快そうに笑いながら

「あと一杯、なんてけちな事言わんで何杯でも食べろ。遠慮するなと言ってあるだろう」

と言って親父にぜんざいを頼んでやった。野田兵曹はやっと人心地ついたような顔になると姿勢を正して

「生方中尉、ありがとうございます!そして・・・申し訳ございませんです」

と言って深く頭を下げた。深く下げ過ぎてテーブルに額を思いっきりぶつけた野田兵曹、「いてえ」と言って顔をあげると生方中尉の必死に笑いをこらえた顔が見える。生方中尉は食べ終えた椀を盆ごと横へ寄せると少し身を乗り出し

「野田兵曹。貴様何か元気がないな・・・それほどあの蝙蝠のことが気になっているのか?」

と尋ねてみた。すると野田兵曹はそっとかぶりを振って

「いえ・・・蝙蝠(あのこ)たちのことはもうふっ切りました。私はあの子たちに嫌われてしまったんですけえ。今私が悩んどるんは<母親>にどげえにこのことを言おうか思うて悩んどってです。問題起こして艦をしばらく下ろされたいうんをそのまま言うたもんか」

と言って苦しげな顔になった。生方中尉は

「どう言おうって、貴様の母親あてに高射長からお手紙を書いていただいたじゃないか、それを見せればお母様もわかって下さるのではないか?わたしから口添えもさせてもらうが」

と言った。そこへ親父がぜんざいを運んで来て野田はこの時は嬉しげな顔になると大事そうに受け取った。そして小さな声で

「母がわかってくれるとええんですが。あの母親はいびしいですけえ」

と言って「いただきます」と言って両手を合わすとぜんざいを食べ始めた。生方中尉はその言葉を聞いた瞬間何やら不穏な予感に胸の中を支配されたが(いや、思いすごしだろう)とその予感を否定した。

結局野田兵曹は、ぜんざいをそのあと三杯おかわりして店の親父を驚かせかつ喜ばせた。二人は軍帽をかぶり中尉はマントを、兵曹は外套を身につけ勘定を済ますと店を出た。野田は大変恐縮して

「いつかきっとお返ししますけえ。今回は堪えてつかあさい」

と何度も言った。中尉はそのたび、軍帽の廂の下の目を細めて

「いいというのに。返すというなら貴様早く元の通りになって艦に帰ってこいよ」

と言ってやった。

そこから一五分ほど歩いた時兵曹が行く手を指して

「あれがうちです。・・・相変わらずさえん家です」

と言った。生方中尉は「そんなこと言うな」と軽く叱って野田家への歩を早めた。一陣のつめたい風が二人に吹きつけ、中尉と兵曹は軍帽の廂を思わずつかんだ。

家の門構えはなかなか立派である。中尉は感心してほう、と声を上げた。そして後ろに控えている兵曹を見返ると

「貴様の家は大したものだな。門構えを見ればわかる。貴様<お嬢様>だったんだなあ」

と言った。兵曹はびっくりして片手を顔の前で横に激しく振ると「いえとんでもないことで!そげえなことありません。屋敷がでかいというだけの話ですけえ」と否定した。そして兵曹は門を開けて中尉を「どうぞ」と中に入れた。玄関まで細い道がありその先に大きな母屋がある。

兵曹は玄関まで小走りに行くと扉を開けた。ガラガラとガラスの付いた扉が開いて生方中尉が

「ごめん下さい!」

と声を張り上げた。数瞬の間をおいて奥から「はーい」と女性の声がしてかすかな足音が近づいてきた。玄関に上がりに置かれた衝立の向こうから初老の女性が現れて二人の海軍嬢を見た。野田兵曹の母親である。

まず中尉がピッと姿勢をただすとしっかり敬礼して

「私は生方幸子海軍中尉であります。野田佳子上等兵曹の直属の上司として、本日兵曹を送り届けに参りました」

と言った。我ながら妙な挨拶だとは思ったがほかに言い方がないので仕方がない。野田兵曹はその後ろでうつ向いている。野田の母親はその場に正座すると

「まあまあ・・・それはありがとうございます。遠方からお疲れ様でございます、さあ、どうぞおあがり下さいませ」

と言って頭を下げて中尉を中に招じ入れた。野田兵曹もそのあとに続く。

二人は母親のあとをついて客間に入った。洋風の客間でしゃれたソファとテーブルがあり室内は極めて綺麗に整頓されている。ソファを勧めて母親は

「ただ今お茶をお持ちしますけえ、お楽になさってつかあさいね」

とほほ笑むと部屋を出た。生方中尉は客間から見える庭を見て「すごいなあ、野田の家は。お父様はどんなお仕事をしてらっしゃるのか?」と尋ねた。野田兵曹は

「はあ、米屋をしとりました。ほいでも父がのうなった後は兄が米屋を継いどってです」

と答えた。生方中尉は「ほう、米屋。大したものだ」と感心しきり。

そこに母親が紅茶と菓子を持って入ってきた。さあ、どうぞ私が作った菓子ですがお口に合いますでしょうかのう、という母親に生方中尉は「お手作りですか!これは素晴らしい」と心から感激して言った。母親は若いころミッションスクールに学び西洋菓子の作り方も少し学んだと言った。

紅茶を喫し、菓子を食べ終えて落ち着いたころを見計らい生方中尉は

「実は」

と河崎高射長からの手紙を母親に手渡した。その手紙を中尉から押しいただくようにして受け取り中身を読み進むうち・・・母親の表情が今までとは激変して来たのに生方中尉は気がついた。

そして――

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・

お騒がせ野田兵曹のお話です。

『大和』を休養のため降ろされた兵曹は生方中尉の付添のもと帰郷しました。そして、事の顛末を書いた河崎高射長からの手紙を手渡した生方中尉ですが・・・。

次回をお楽しみに!

ぜんざい(画像お借りしました)
ぜんざい 

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Secre

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは。

野田兵曹、実家に行くのを嫌がっておりましたがさあいったい何が起きるのでしょうか??
母親ってたいがい厳しいものですが・・・野田家の場合は??

次回ご期待下さい^^。

見張り員さん    こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
蝙蝠の件で大和から実家に生方さんに連れられて
帰っていく途中野田さんが動こうとしないのに甘味処
がありぜんざいが大好きな野田さんと一緒に食べて
から実家に行きお母様は厳しい方で野田さんとの
確執が知りたいですね。

れい姉さんへ

れい姉さんこんばんは!
私もぜんざい三杯くらいなら・・・なんとかw。
ときどき無性に食べたくなりませんかこういうもの!あの甘さと言い風味と言い・・・たまりませんね^^。

野田兵曹のおかれた境遇、あるいは共感できる人結構いらっしゃるかもしれませんね。
母と娘っていろいろありますから・・・(-_-;)。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
私は方言を調べるのが好きです。この話を書くようになって広島の方言を調べています、その中にありまして良いなあこの感じが!と思う言葉の一つです。
大分でも使われますか?

娘と母の確執のようなものが最近注目?されているようです。
そしてこの野田親子の場合は一体どんな関係だったかそしてどうなってゆくのか???見ものです。

おはぎを13個!!
サザエさんの磯野けの御先祖が確かおはぎを10何個か食べたって話があってそれを思い出しました。おばあちゃんは作ったものをたくさん食べるととても喜んでくれますものね。
大丈夫その時のツケはもう償却済みですよ^^。

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
やはり、すぐに云えることといえないことってありますよね。いずれ解るにしても言えないつらさ。

本当に長い人生には様々あると痛感します。
野田兵曹、達観したのか諦観なのか?ぜんざい三杯で踏ん切りついたか??
そして母親とのやりとりがこのあと!!
ご期待下さい^^。

こんにちは(=゜ω゜)ノ

ぜんざい3杯までなら全然おっけーでございますwww。
いやー、写真のぜんざいがあまりにも美味そうで(*´¬`)www。

それはさておき、野田サンのお気持ち、凄くよく分りますねぇw。ワタクシもこういうシチュエーション、覚えがありますよw。

いびしい……、久々に目にした言葉です。よくご存じでしたね。
こぎれいにされている実家の雰囲気と全く異なる野田さんのいつもの不衛生さ。このギャップの根源はこの母親でしょうか。もしかしたら潔癖症の母の育てられたトラウマが。これからの展開が楽しみです。
僕は中学生の頃、祖母手作りのおはぎを一度に12個(13個だったか?)食べたことがあります。最後の数個は祖母を驚かせ喜ばせたかったんだと記憶しています。その暴食のツケが今しっかりと(涙)

昔はミスを犯して降格左遷させられたことがありましたが、このことは女房には言えませんでした。結局はすぐにばれることなんですがね。
長い人生いろいろあります。野田兵曹も分かっていることなんでしょうからぜんざいを3杯もお代りしたんでしょう。でも厳格そうな母親の前では再び落ち込みそうですね。

ぜんざい3杯、胸が焼けそうです(笑)。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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