「女だらけの戦艦大和」・友あり南方へ帰る5<解決編>

野田兵曹の魔手から助け出された蝙蝠三羽は、副長の胸に抱えられて医務室へ――

 

この風変わりな一行を、日野原軍医長は驚きの目を瞠って迎え「畑さん、畑大尉。君の出番だよ」と畑軍医大尉を呼んだ。畑軍医大尉は

「どうしました・・・おや、今日はちょっと変わった患者ですねえ」

と言って聴診器を首に掛けた聴診器を揺らしながらやってきて副長の手から三羽の蝙蝠を受け取った。そして診察台の上に彼らをそっと置いて診察台の下の箱から何枚かのタオルを取りだした。その周囲を副長、艦長、松岡中尉やほかの兵員嬢たちが取り囲んだ。蝙蝠たちはぐったりとして診察台の上に寝ている。その瞼は閉じられている。

畑大尉は慣れた手つきで彼らの片足を縛るひもを解き、蝙蝠のそれぞれの心音を聴診器で聞いている。皆は固唾をのんで見守る。畑大尉はそれぞれの蝙蝠の心音を目を閉じて聞いて、やがて目を開けると彼らの胸の辺りをそっとさする様な事をしてもう一度聴診器を彼らの胸のあたりに当てた。そして軽くうなずくと今度は縛られていた方の足をよく見始める。

そして畑大尉は「森本兵曹、傷薬をお願いー!」と声をあげ、森本兵曹と呼ばれた衛生兵曹嬢がさっと傷薬の瓶を持ってやってくる。おお、ありがとうと畑大尉はそれを受け取り瓶のふたを開けると中の薬を蝙蝠の足に塗り付けた。丁寧に塗り込んだ。

皆その手つきに見とれている。誰も一言も発しないで、治療の音だけが診察室に小さく響く。

やがて畑大尉はそれぞれの蝙蝠をタオルでそっと包むと診察台の下にあった籐のかごに並べて寝かせた。そしてふっとため息をついた。

それを合図のように野村副長が

「畑大尉。この蝙蝠たちはどんな具合?」

と尋ねた。皆の視線が一斉に大尉に向く。すると大尉は

「何かショックなことがあったのでしょうね、少し心拍数が落ちているようですがこれはマッサージで回復しました。足はひもで縛られていたせいで傷が付いていましたがこれも塗り薬で治ります。今夜一晩ここで様子を見ますよ」

と言って聴診器を首から外しくるりと丸め、白衣のポケットにねじ込んでほほ笑んだ。見守る皆の間からほうっと安堵のため息が漏れた。

それを診察室の外から見ていたマツコとトメキチ、マツコは

「良かったわね、あの三人命にはどうもないらしいわ」

とトメキチに教え、トメキチも

「ホント!?マツコさん。良かったね、あの人たちとても怖がっていたから・・・でも床にたたきつけられなくってほんとによかった。もしされてたら命も危なかったわね」

とほっと胸をなでおろした。そしてちょっと暗い表情になると

「あの人たちかわいそうね、信じてついてきた野田さんにあんな目にあわされて。聞いたマツコサン、あの人たちの声。『助けて助けて、ノダサン助けて』って、それでもあのひとたち野田さんを信じてたのよ」

と言って、マツコはその金色の瞳をトメキチに向けてから

「聞いたわよ。必死だったわね、そりゃあそうよ・・・足を縛られて振り回されて挙句に床にたたきつけられそうになったんだもの。これは立派な裏切り行為よ。野田の奴ちょっと痛い目に遭えばいいのに」

と悔しげに吐き捨てた。トメキチが同意してうなずいた。

そうしているうちに艦長を先頭に皆がぞろぞろと医務室を出てきた――

 

翌日、麻生分隊士他航海科の分隊員は松岡中尉から昨晩の出来事を聞かされた。石場兵曹も部屋の外からあの一件を見ていて暗黒の一重まぶたも重々しく

「あがいな女だとは思わんかったで。野田の奴、かわいがっとった蝙蝠を終いには床にたたきつけて死なそうとしたんじゃけえのう。血迷うにも程がある。あいつは厳罰じゃな」

と言って見張兵曹は「床にたたきつけて・・・そがいなん人間のすることじゃあないですよ!」と憤った。麻生分隊士も「騒ぎは聞いとりましたがはあ、そげえにすさまじいことがあったとは。野田兵曹は普段おっとりしたようにうちは見よったんじゃが、人というもんは見かけによらんもんですなあ」と腕を組んで考え込んだ。

そして顔をあげて松岡中尉を見て

「ほいで分隊長。野田兵曹の処分はどがいになっとるんです?」

と尋ねた。これこそ皆が知りたいことではあったが分隊長はラケットを撫でて

「まだ決まってないようだね。今、艦長副長それに砲術長以下が集まって審議中だと聞いてるよ。まあ、野田さんも熱くなり方を間違ってしまったね。生き物相手にあれはなかった・・・まあ、愛情の裏返しなのかもしれないがでも。野田兵曹の処分は今日中には出ると思うよ。まあ君たちは気にしないで勤務に励んで頂戴ね、これ修子のお願い!」

というと片手を振って歩き去って行った。

 

そんなころ医務室では畑大尉が籠に寝かせた蝙蝠を診察していた。蝙蝠はくるまれたタオルの中でおとなしく一夜を明かし、朝になって目を覚ましたようだ。かごに寝かされタオルにくるまって目をぱちくりさせている蝙蝠たちに畑大尉は

「おお、ちっとは元気になったかい?どれ、傷を見てみようか」

と言って一羽ずつタオルを取ってじっくり診察。蝙蝠もおとなしく診察を受ける。畑大尉は「心拍はよし。足はどうだろうか・・・」と言って蝙蝠の足の傷を診察。「うーん、傷はもうちょっと薬をつけるようだね。森本さん、昨日の薬を頂戴」と言って傷薬をつけてやった。そしてもう一度タオルにそっと包むと

「今日中はこのままでいてちょうだいな。明日になって傷がもうちょっとよくなってたら別のかごに入れてあげようね」

と話しかけ籐のかごに一列に寝かせたのだった。

 

さらにその頃、艦長室では野田兵曹の処分について副長、砲術長や高角砲の責任者たち数名が、そして医療の方面から日野原軍医長が集まって話し合いをしていた。野田兵曹の言い分は昨晩彼女が落ち着いてから聞きだしたが

「要するに可愛さのあまり手離すのが嫌になったというらしいのです。で、手離すくらいならいっそ殺して自分も――と一瞬思ったらしいです」

と副長は昨晩野田兵曹から聴取した話を皆に話した。梨賀艦長は座っていた椅子の背もたれにもたれかかって額に手を当てると

「なんてこった。殺すなんて極端なことを。帝国海軍軍人としてあるまじきことだ」

と嘆息した。日野原軍医長は意見を求められ

「愛しいものをずっと手元に置きたいという感情は誰にでもあるものだとは思いますが、それがかなわないと知った時ああいった行動に出るというのはちょっと極端かなと。彼女の中になにかうっ屈したものがあったとしか思えません。勤務に対する不満なのかそれとも他のところにあるのか今の時点ではわかりかねますが、彼女は自分と向き合う時間がいりますね。たった一人で冷静になって考えさせるのが必要ではないかと思うんです。生方中尉、今まで彼女を見てどうでした?」

と応えた。高角砲の生方中尉はこれまでの野田兵曹の事を考えてみたが不満を持っているとか何かそういうものは感じられなかったと言った。特に和を乱すということもなく、気になるのはチェストを汚すというだけ。日野原軍医長はうーん、と頭を抱えた。

長い時間が過ぎ、やがて梨賀艦長は「こうしていても仕方がない、私が結論を出そう。――野田兵曹は艦からしばらく下ろす。軍医長、海軍病院に入院させるか実家に行かせるかどちらかがいいと私は思いますが」と日野原軍医長を見た。

軍医長は皆の視線を浴びて座りなおすとおもむろに

「そうですな私も考えていましたが・・・病院よりは実家でしばらく静養させた方がいいでしょう。今までの彼女の話を聞けば特に病的なものは感じられませんからね。とりあえず・・・艦がここにいる間は静養させたらいいでしょう、そのあと様子を見て乗艦させるかどうか決めましょう」

と言った。生方中尉が視線を落して

「ダメなら・・・『退艦』、海軍をやめさせるということでしょうか」

とつぶやき、副長が静かに「それも仕方あるまい?またこのようなことをしでかさないという保証はないからね」と言った。

一同ひとの心の中に踏み込む難しさを痛いほど感じつつ、「野田兵曹は一時退艦」として散会したのだった。

 

野田兵曹が艦を降りる同じ日、蝙蝠たちは『蚊取』に移乗するため松岡中尉が特注した籠に入れられて最上甲板にいた。見送りは松岡中尉や野村副長、あまり事情を飲み込めない森上参謀長そして梨賀艦長。高角砲からは生方中尉が代表ででてきた。

松岡中尉は『蚊取』に彼らを持って行くため内火艇を仕立ててゆく。お伴に谷垣兵曹。

今日は珍しく風がなく日差しが心地よい。副長は籠にそっと寄って蝙蝠たちに

「ひどい目にあわせてすまなかったね。トレーラーに帰ったら自由に生きなさい。元気でね」

と言った。蝙蝠たちはそれがわかったのか籠の前に三羽張り付いて副長をその小さな瞳で見つめた。松岡中尉が

「時間です・・・では『蚊取』へ行ってまいります」

と言って谷垣兵曹と籠を持ちあげた。梨賀艦長が

「ご苦労だがよろしく。『蚊取』の皆さんにもよろしく」

と言って松岡中尉は礼をして歩きだした。ちょうどそこへ野田兵曹が名淵軍医大尉と二人の衛生兵嬢に伴われてやってきた。彼女も退艦する時間であった。

蝙蝠の入っている籠を目にした野田兵曹は駆け寄って行ったが蝙蝠たちは彼女を恐れて籠の奥に張り付いてしまった。立ちつくす野田兵曹に名淵大尉が

「そのうちトレーラーに帰ったら会えるかもしれないよ?そん時はもう、縛ったりしないでやりなさい。彼らは縛られるのが嫌だったんだよ。彼らは人じゃない、蝙蝠なんだからね。ひとには人の、蝙蝠には蝙蝠なりの生き方があるんじゃないのか?」

と言ってその背中をさすった。野田兵曹はあふれる涙をぬぐいもせず艦を降りて行くかごを見つめていたが

「うちが悪かった。うちの一方的な思いがいけんかった。・・・うちはあの子たちを殺してしまうところじゃった、なんてことをうちは考えたんじゃろう。済まん事をした、済まん事を・・・許して呉れえ」

と絞る様な声で言うとその場に伏して大声で泣き出した。

その場の一同は何とも表現できない感情に心を支配されて野田兵曹を見つめていた。

 

その頃、高角砲の居住区ではチェストの大掃除が始まっていた。野田兵曹の<置き土産>、チェストの中の蝙蝠の糞やらなにやらを総出で片付けていた。臭いがすさまじいし、ちょとやそっとでは取れない汚れに一人の一等兵曹嬢は「もうここは<開かずのチェスト>にしたらええ。こげえな臭くて汚いチェスト、だれも使えんで!」とヒステリーを起して、皆何か可笑しくなって一斉に笑いだしその笑いに一等兵曹嬢もついに笑い出してしまった。

 

そして―ー野村副長は苦手だった蝙蝠を克服したという自信に充ち溢れて今日も颯爽と艦内を歩いている。副長はあの後、梨賀艦長にこう言った「だって艦長、あの子たちの必死な瞳を見ていたら苦手だのなんだの言ってられなかったんです。すがるような瞳を捨て置けますか?」、と――

 

                ・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな結末となりました。

野田兵曹の心の中は誰にもわかりません、きっと本人にも分らない部分もあるかもしれませんね。そのうち彼女がきれいな心に戻って帰艦する日を待ちたいと思います。

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明智半平太さんへ

明智半平太さんこんばんは!
そうですよね、男性同士であれ女性同士であれ性を同じくする同士が狭い空間にいると軋轢やらなんやら生まれるものなんですよね・・(-_-;)
野田兵曹のケースはあるいは、それほどレアなケースではないかもしれませんね。

野田さんにはこの処分が最良だったですね。

matsuyama さんへ

matsuyamaさんこんばんは!
人の心、感情ほどわからないものはないですね。それにしても最近ではやたらと感情を爆発させる人が多くて怖いと思いますね。どうしてそんなに自分を抑えられないのか理解できないのか??不思議です。
それだけ今の社会にはストレスのもとが多いということでしょうか。震災にあって心の傷を負った子供たちには手厚いケアが必要ですね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
うちの後ろの家にある桜(もともとはうちの桜の枝から大きくなったもの)は花をつけ始めていました!明日はずいぶん暖かいそうなので私が九段に行く前に満開になってしまうかなあ~とちょっと心配です^^。
桜並木の下を散策したいなあと思います!素敵でしょうね・・・

野田兵曹、しばしの実家での休息で生まれ変われるといいのですが。

軽いめまいがずっとしてはいますが何とかやっております!
いつもご心配をありがとうございます^^!

同性だけで船という限られた空間で過ごすのは大変ですよね。
野田兵曹のようになにかに執着する気持ちもわかります。
病んでしまうのも致し方ないのかなと。
処分は出来うる最高の対処法だと感じました。

一件落着ですね。
ま~、人の感情とはその場その場で変わりますからね。その人のその時の気持ちの持ちようによっても変わるようです。特に感情の起伏が高い女性の場合、どんな手段に出るか予測もつかないですからね。女性ばかりではないです。最近では感情を抑えきれない男性も増えてきたようですけどね。怖い世の中です。
心のケアが大切な時代になりましたね。震災児にも言えそうです。

こんばんは。
江戸の桜は如何ですか。目黒川の桜並木はまだもう少しのようですね。下馬に住んでいた頃、散歩がてら歩いたことを懐かしく思い出しています。
体調は如何ですか。偏屈野田さんの騒動を美しくまとめていらっしゃるところを見るとお元気になられたかと。
それにしても懲りない人にみんなが振り回されているのも滑稽と言えば滑稽ですね。

いなばさんへ

いなばさんこんばんは!
(爆)、そうなんです・・・今も「開かずのチェスト」として存在しております・・・
「何とかしてえ」という高角砲分隊員の悲鳴が今日も響いています!!

ところで、あの「チェスト」は「開かずのチェスト」として、艦内にですか!?

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!
いよいよ東京も桜が咲いたようです^^。春本番、今日は家の中なんか24度もありましたよ~!!

蝙蝠は助かったし、野田さんは実家に送還。副長は苦手を克服できてよかったです、あとは当の野田さんがきれいな心になって帰ってくればいいだけですね^^。

やっぱり寒いよりあったかい方が好きな私です♡

見張り員さん      こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
蝙蝠は無事で良かったですね。
副長さんも苦手な蝙蝠を助けられて苦手を克服
されてよかったです。
野田さんもきれいな心に戻って帰ってきてほしい
ですね。
昨日・今日とこちらは20℃を超えて暖かく桜の花も
近いうちに咲きだすのが楽しみです。

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます!
お返事遅くなってしまいごめんなさいね。

こと野田に関しては、何事もうまくいかない・裏目に出るようですね(-_-;)。
なんだかよくわからない女ですが、きっと生まれ変わってくれることでしょう。その日をお楽しみに♪

だいぶ暖かくなってきましたね、これでちょっとは具合もよくなるかな?お互い健康で春を楽しみましょうね~♡

こんばんは。アニマルセラピーとかありますが、野田さんには逆効果になりそうですね。情が深いのか欲が深いのか…生まれ変わった彼女にも会いたい! 見張り員さま、ご一考を!!
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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