2017-09

「女だらけの戦艦大和」・真冬の紫苑1 - 2014.02.24 Mon

松本兵曹長は一月四日、所用で上陸する機関科の椿兵曹に二件ほど頼みごとをした――

 

「せっかくの上陸を悪いがこことここに行ってこの手紙を渡してきてほしい。そしてその場で返事をもろうて来てほしいんじゃ。文書でなくてええ、兵曹が聞いて来てくれればええからの」

と松本兵曹長は言って椿兵曹に二つの封筒を手渡した。手渡された椿兵曹はそれを一種軍装の胸ポケットにしっかり入れると

「わかりました。ではこの二件はいの一番に済ませますけえ、どうか安心しとって下さい」

と言って上陸して行った。松本兵曹長は「すまんのう、じゃがこういうことは椿兵曹のように信用ある人間でないと任せられんのじゃ。ほんまに申し訳ない」と言って椿兵曹を送りだしたのだった。

椿兵曹は、呉の町に上がるとまず指定された喫茶店を探しそこに入った。店主に手紙を渡して事情を話す。店主は「ああ、松本さんから」と言って手紙を読んだが、やがて「わかりました、ではその日にきちんと手はずを整えておきますとお伝えください」と言って、椿兵曹は「では兵曹長にお伝えします」と言って敬礼すると外へ出て、もう一軒旅館へ走った。

そこでも宿の女将に手紙を渡して事情を話すと、手紙を読んだ女将はしっかりうなずいて

「わかりました。その日に用意しておきますけえ、松本さんによろしゅうお伝えください」

と言って頭を下げた。椿兵曹は「願います・・・では私はこれで」と敬礼してそこを出た。椿兵曹は、(これで兵曹長の御用を無事済ませた)とほっとすると今度は自分の用を済ますために歩き出した。

 

その日の夕方『大和』に帰還した椿兵曹は、松本兵曹長に

「お言いつけのご用はすべて済ませました。そしてどちらからも『その日に手はずを整えます』とお返事をいただきました」

と伝えた。松本兵曹長は椿兵曹の肩をそっと叩くと

「すまんかったね、ありがとう。助かったよ・・・あ、ほうじゃこれを」

と言って事業服のズボンのポケットから小さな羊羹を二本出すと兵曹の手に握らせた。椿兵曹は「そんな、こげえなものをいただいては」と遠慮したが兵曹長は

「ええからええから。大事な時間をこれで、いうんはちいと酷じゃがうちの気持ちじゃ。取っといてくれんか?ほいで一人で食うてくれや」

と笑った。椿兵曹も笑って「ほいじゃあ遠慮のういただきます」と言ってそれを押しいただくと自分のポケットにそっと入れた。そして「ほいじゃうちは仕事に戻ります」と言って礼をすると歩いて行った。

その後ろ姿を見送って、松本兵曹長は(いよいよじゃ。いよいよ岩井少尉を困らすあん男と決着をつける時が来る)と身の引き締まる思いをしていた。

そしてその晩巡検が済んだ後、いつものように副砲前で岩井少尉と会い「少尉、例の件場所の確保が出来ましたけえ。あとは上手くやるだけです」と報告した。

岩井特務少尉は嬉しそうに微笑んで松本兵曹長の両手をつかむと

「ありがとう松本兵曹長。うちはほんまに嬉しいて言葉に出来んほどじゃ。では七日にうちはあん人と話をしてそのあと兵曹長のねった作戦を決行しよう。兵曹長には面倒に捲きこんで本当に申し訳ない思うが、どうかよろしく願います」

と言って頭を下げた。その少尉に松本兵曹長はあわてて

「岩井少尉いけません、頭をあげてつかあさい。うちは岩井少尉をいじめるあん男を懲らしめてやりたいんです。そのためにはうちはどがいなことも惜しみませんけえ。なんでもいうてつかあさい」

と言って思い切り岩井少尉を抱きしめていた。そしてその耳元に

「もう絶対岩井少尉をあん男のもとへなんぞ返しませんけえね。あん男としっかり縁を切りましょう」

と囁いた。岩井少尉は抱きしめられながら「はい・・・」とうなずいた。

 

そして七日。

岩井少尉と松本兵曹長は呉の町に上陸し、少尉は元夫との面会をすることになり松本兵曹長が指定した喫茶店『青葉』に入ることに。松本兵曹長が先に『青葉』に入り店主に「前に言ったように願います。少尉はこの席に、少尉の相手はその向かいに。うちはここから様子を見ますけえ」と耳打ちして衝立の蔭の席に陣取った。

店主は、松本兵曹長とは昵懇の仲だからしっかりうなずいて「わかりました。心配せんでつかあさい」と言って笑った。

そして兵曹長が店で待つこと五分後、打ち合わせた通りに岩井少尉が『青葉』に入ってきた。すこし心細げな少尉に店主はコップの水を出しに行ってそっと「平気ですよ・・・向こうにいらっしゃいますけん」と囁いて安心させた。少尉がほっとした表情を浮かべてコップの水をそっと飲んだその時、店のドアが開いて――野住が入ってきた。

岩井少尉の頬が緊張のあまりこわばったのを兵曹長は衝立の蔭から見た。野住は岩井少尉を見ると「おお、待ったかいの」といいながら少尉の座る席に来ると少尉の前に椅子を引き出して座った。

店主がコップの水を持って行き、野住はコーヒーを二つ注文した。店主が下がると野住は嬉しげに岩井少尉の顔を見つめて笑った。その笑い顔を見て松本兵曹長は(なんじゃ、いやらしい顔しよって。少尉あがいな男と別れて正解じゃの)と胸がむかむかしてくるのをこらえた。そして衝立の蔭からそっと様子をうかがい続ける。

野住はうつむいたままの岩井少尉に

「しんさん、ようやっと俺と会ってくれる気になったんか。うちともう一遍やり直してくれる気になった思うてええんかいのう」

と話しかけた。岩井少尉はうつむいたままである。野住はテーブルの上に置かれた少尉の軍帽を見つめて「それにしても・・・しんさんは偉うなったのう。少尉さんか。海軍は大変なんじゃろう?海軍をやめて俺とやり直すか?」

と語りかけた。岩井少尉はうつむいたままかぶりを振った。野住は

「まあ、やめんでもええわ。やめんでも俺ともう一度やり直してくれるならええ。それとも――やりなおす気はないんか?無いならないでもええが、そしたらわかっとろう?<あの晩>みとうにするだけじゃ」

と言って少尉の顔を見つめた。

<あの晩>と聞いて岩井少尉はハッと顔をあげた。松本兵曹長は衝立の蔭で(あの野郎が、いやなことを思い出させよって)と唇をかんでいる。岩井少尉は脳裏に結婚した晩の恐怖がよみがえるのを覚えて知らず体が震えた。しかし(この後ろには松本兵曹長が居る・・・大丈夫大丈夫。気ぃしっかり持たんといけん)と思い直し、今度はしっかり元夫・野住の顔を正面から見つめた。野住は岩井少尉の顔をもう一度見直した。

岩井少尉はそのまま元夫の顔を見つめ、かすかに笑みさえ浮かべると

「うちも今ではえらい忙しい身になりましてな。元日付けで分隊士を拝命いたしました。たくさんの部下を持ってうちは責任の重さを感じ取るところです。うちの近況はそがいな感じですな。――で、野住さん。明後日なんじゃがもう一度会えますかのう?」

と言った。松本兵曹長は衝立の蔭で緊張して聞き入っている。

野住の顔に喜悦の色が広がった、それを岩井少尉はしっかり見た。そして野住は

「会えるも会えんも、会えるにきまっとろう?――で、何処で会うんじゃね」

と身を乗り出して聞いて来る。岩井少尉はつとめて落ち着いた声音で

「明後日、夜になりますがええでしょうか」

と言った。夜と聞いて野住はいやらしい笑みを顔いっぱいに浮かべた、そして(こいついよいよ俺とよりを戻す気になったんじゃろか、それとも断る?いずれにしても俺はええ思いを出来るわけじゃ)と真っ赤に下心を広げている。

その元夫の顔を冷静に見つめつつ岩井少尉は

「二〇〇〇(ふたまるまるまる。午後八時のこと)・・・言うてこりゃ海軍の言葉じゃ、午後八時に『紫苑荘』という旅館で待っとります。旅館に着きんさったら玄関でうちの名あを言うてくだされば案内して下さる手はずになっとります。――ほいじゃあ、これで。うちはもう艦に帰る時間ですけえ」

というと立ち上がった。そして野住の分のコーヒー代も払うと『青葉』を出た。松本兵曹長は、その少し後に野住が店を出たのを確認し、店主に「ありがとうございました、妙なことにお店をつこうて申し訳ないです」と謝った。が、店主は笑顔で「そげえなこと気にせんでえですよ・・・それにこのことは『人助けじゃ』言うて聞いとりますからね。うちの店が人助けに一役買ったならほりゃあ嬉しいことです。松本さん、今度はゆっくりいらしてつかあさいな」と言ってくれた。

「人助け・・・」

松本兵曹長は、椿兵曹がきっとそう言い添えたのだと思った。ただ場所を貸してほしい、というだけではいくら昵懇の中でも不審を抱きはせぬかと椿兵曹はそっと気をまわしてそう言い添えたのだ。(椿兵曹、ありがとうな)と松本兵曹長は心の中から呼びかけた。

そして『青葉』を出た兵曹長は最初に約束した通り『青葉』の裏手で少尉と落ち合った。少尉は兵曹長を見るとほっとしたような表情になって

「あん人はもう、駅の方へ歩いて行きんさったよ。――松本兵曹長、ほんまにありがとう。うちなんだか今日は偉い勇気が湧いてきよったわ」

というと最後は笑った。兵曹長が「ほうですか、ほりゃあえかった」というと少尉は肩を揺すってハハハ・・・と笑い、松本兵曹長はいささか驚いた。今までこのように少尉が笑うところなど見たことがなかったからである。

(ふっ切られたのう。この分なら明後日は上手くゆくで!)

確信を深める松本兵曹長、岩井少尉に「ほいじゃあ、飯でも食いに行きますか!」と元気に声をかけ、岩井少尉も「おう、行こう行こう!」と兵曹長の肩に腕をまわして行く手を指差したのだった――

    (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・

さあ、いよいよ岩井少尉と松本兵曹長による「元夫・撃退戦」の始まりです。今回はまず敵情視察と言った感じでしょうか。元夫は変な確信を持っているようですがさあどうなりますか。

岩井少尉と松本兵曹長、首尾よく行きますように。

次回をお楽しみに!

 

                ~~~~~~~~~~~~~~~~

こんな手拭いを手に入れました。『大和『』武蔵』『信濃』の絵柄が入っております!
DSCN1338.jpg

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● COMMENT ●

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
本当に下卑た男です野住。こういう奴をどう懲らしめたものか??今あれこれ考えております!

人助けって昔は当たり前にありましたよね。そしてそれをさりげなく行っていたような気がします。そういうった行為の消滅、ひいては日本の消滅につながりゃせんかと気が気でございません。

次回をどうぞお楽しみに^^。

野住が野性に見えて仕方ない粗雑で下品な元夫ですね。
「人助け」、今ではすっかり忘れ去られようとしている言葉ですが、助ける方も受ける方もなんとなく気分が晴れやかになる素敵な行為なのに勿体ない文化の消滅ですね。

さて明後日。どうなりますのか!! 愉しみにしています。

すっとこさんへ

すっとこさんこんばんは!
「人助け」、聞かなくなりましたね。さみしい限りです・・・
なんだか私は昔からの言い回しが妙に好きです。と言って流行語を使わないというわけでは全然ないんですがふっと口を衝いて出る古い言葉に「新鮮ですね」「久々に聞いた!」と喜んでくださる人がいるのがうれしいです。

野住をどう懲らしめますかw。
こういう奴はああしてこうして・・・フフフ、お楽しみに^^。

私は変に嗅覚が鋭くてこういうマニアックなものをすぐに見つけてしまいます。そして買ってしまいます、ゆえにうちは変なものだらけです・・・(^^ゞ

ホンマに「人助け」は美しい言葉ですのう。
見張り員さんは美しい日本語をきっちり使われて
尊敬しとります!敬礼!(海軍式の肘をくっつけたアレで)

さあて。
どうやって野住をとっちめるか?
思いっきりやっておくんなせえ!

それにしても、こういう手ぬぐい、よく入手されましたね笑!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
自分で書いておいてなんですが、「人助け」と言う言葉をきかなくなってほんと久しい気がします。たまに聞けば「人助けなんかするもんじゃあないわよ」みたいな感じで否定的なことに使われていますね(-_-;)。なんだかさみしい世の中になったものだと思いますね。

さあ、この物語はどうなりますか!
こうご期待でありますっ!

こんにちは。「人助け」久しぶりに聞いた美しい言葉です。昔は当たり前に口にして行動していた気がします。よい結果になりますように!←見張り員さまですからもちろんグッドエンディングだと信じておりますよ(笑)


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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