「女だらけの戦艦大和」・あなたの胸は私の船渠(ドック)1

副長はずたずたになった心とプライドを艦長に修復してもらった――

 

とはいえそう簡単にはいかないのが人の心である。副長は「酒の上のことだから水に流せ」とあっさり言われたことにやはり納得いかず「酒の上のことなら何をしてもいいんですか?人の心や体を踏みにじるような真似をしてもですか?そんなのおかしい、おかしいじゃないですか。それで帝国海軍軍人だなんて絶対おかしいですよ!」と艦長に訴えた。

艦長も「森上のあの言いぐさは自分勝手だ。これはきちんとしないといけないね。そして一番の問題は彼女が記憶を失いとんでもない行動に出るほどの量の酒を食らったことだ。保健衛生上の問題とも抱き合わせてこれは誰かに相談しないといけない」とうなずき

「そういったことならやはりあの人しかいないでしょう」という副長の提案で日野原軍医長に相談をすることに決まった。しかし、いきなり核心から入って行っても軍医長だって面食らうだろう。

「今回のことや・・・もしかしたら私たちの関係を日野原軍医長に話すことになるかもしれないが副長はそれでもいいかな」

梨賀艦長はそう、穏やかに尋ねた。すると副長は笑みを浮かべて

「はい、平気です。そうしなければ話が出来ないとあれば致し方ございませんね。軍医長も以前『我々医療従事者には守秘義務というものがあるから』とおっしゃってました。軍医長のことですから口外なさらないと確信しています。ですから私は平気です」

と即答した。

艦長は

「ことによったら診察もされるかもしれない。それでもいいのか」

と重ねて尋ねた。少し副長の表情が苦衷の色を帯びたが、それでも「はい、必要とあれば診察を受けます」と気丈に答えた。梨賀艦長はその答えの裏側に、どれほどの苦しみや怒りといった感情があるのだろうかと思うと副長が可哀そうで、気の毒で愛しくて仕方なくなった。副長の手をそっととり自分の手で包みながら躊躇しつつも

「で・・・最後までされたのかな。その晩」

と尋ねてみた。副長は何か重いものを飲み込むような表情をしたがまっすぐに艦長を見つめると「お話しいたします」と言ってあの日の事を話し始めた。羽根つき大会の時に興奮した参謀長が手を握ってきたこと。でもそれはびっくりはしたけど特にどうって言うことではなかった。

でも、その晩夜風に吹かれていた私を強引に部屋に引きずって行ってお前が好きだからお前を抱く、梨賀はどんなことをしてるんだ、俺はあいつとは違うことをしてやる・・・そして私を辱めました。

とても痛かった。艦長の時とは全然違って荒っぽかった。言うのも恥ずかしいことをたくさんされました、で、一体どのくらいの時間がたったのかわからないけど参謀長はいびきをかいて眠ってしまいました。私はそっと部屋を出て自分の部屋に帰りました。そしてあまりの悔しさに泣きました。

その晩はそのまま眠ってしまったのですが翌日起きて下帯を変えようとしたら・・・

 

そこで副長は言い淀んで、艦長は「したら?」と先を優しく促した。副長はうつ向いたが顔をあげると

「血が・・・付いていたんです。下帯に。そして今もちょっとですが出ています」

と言って顔をうつむけてしまった。艦長は「出血したとは、よくないな。なおさら日野原軍医長に診てもらわねば」というと急に胸が込み上げて来て副長をぎゅうっと抱きしめていた。

なぜか――艦長の心の中では副長と自分の二人の娘が重なっていたのだった。

 

翌日、午前の課業の後艦長は副長を伴って日野原軍医長の部屋を訪ねていた。日野原軍医長はいつものように温顔をほころばせつつ

「どうしました?珍しいですねえ、艦長と副長御一緒にいらっしゃるとは」

と言って二人に椅子を勧めた。そして首に掛けた聴診器をはずして机の上に置いた。机の上には医学事典が開いてありノートには何やら難しげなことが書き連ねてある。それを見て艦長は

「忙しかったんではないですか?申し訳ない」

と謝ったが軍医長は事典を閉じて「いやいや忙しくなんかないですよ。ただ、これを見ていないと落ち着かないだけです」と言って笑った。それを聞いてちょっとほっとしたような顔になった艦長は

「実は、聞いていただきたいことが」

と言って羽根つき大会の済んだ晩のことを話しだした。日野原軍医長は(ははあ、あの時参謀長に引っ張られていったそのあとそういうことがあったんか)とちょっと暗然とした思いになった。

艦長は「――ですから軍医長。今後こういうことがないように酒の管理を幹部にも徹底させたいと思います。全くお恥ずかしいことです・・・帝国海軍の参謀長ともあろうものが酒を飲み過ぎて正体失くして破廉恥なことを、副長にしでかすとは。――しかし本当に正体をなくすほど酔うなんてことがあるものでしょうか、私は今も信じられない思いです」と言ってため息をついた。

日野原軍医長はその艦長をじっと見つめてその視線を副長に移した。そしてもう一度艦長を見つめると

「参謀長は普段それほどお飲みにならないのでしょう。それが急にお飲みになったということはきっと―ー久々に内地に帰ってきたということのほかに何か、参謀長のお心の中に酒を飲みたくなるような出来事がおありだったのだと私は推察いたしますね。それがいいことかそうでないことかは私には測りかねますが。で、副長に対してはもしかしたら複雑な感情をおもちかもしれないですね。たんに好きとか嫌い、では表現できないような。

これは私の当て推量、と言ったらおかしいかな?でもほかに言い方がないからこれで失礼、当て推量だが参謀長は」

と言って一旦言葉を切った。艦長と副長が日野原軍医長の瞳を覗き込むような姿勢になった。日野原軍医長はその二人を等分に見て、ちょっとだけためらった後

「副長に嫉妬してらっしゃるような感じを受けます」

と言った。艦長はおもわず「嫉妬ー!?」と大声を出していた。副長さえぽかんとして軽く口を開けたまま。ややして副長が

「嫉妬、参謀長が私の何処に嫉妬なさるんでしょうね」

と不思議そうに言った。日野原軍医長は机の上に置いた聴診器に触れながら

「なんて言いますかね・・・そう、副長の若さ。その若さでこんな大きな艦の副長になったというあたりとか、それにあなたは人望がある。そして美しい。その辺のもろもろに参謀長は知らず嫉妬心を持っていたのかもしれませんね」

と独り言のように言った。そう、あの晩副長を引きずって行く参謀長の顔をちらと見たがまるで復讐をするかのような顔つきだったもの。

「そんな・・・」

副長は戸惑ったような声を出して顔を両手で覆ってしまった。嫉妬なんてしっとなんて、ああ私はそんな対象じゃないはず。参謀長が思うほど私は大した人間じゃない・・・

梨賀艦長がポツリと、

「これは軍医長、一度彼女にも話を聞いてみないとなりませんかね。このままじゃ副長だって心穏やかじゃない。軍医長お立会いのもとで話を聞いてみたいと思いますが、近いうち良いですか」

と言った。軍医長はうなずいて

「そうですね、参謀長の心のうちも知っておかないと公平な話は出来ませんからね。――で、副長あなたのその出血が気になるんでちょっと診察したいと思いますんでね。診察室へ願いますよ」

と言って三人は<婦人科診察室>へ。軍医長は「衛生兵はつけませんからご安心を。私がすべていたしますから」と言ってくれて副長は安心した。診察室へ入り軍医長は念の為に鍵を締めた。そして副長に下帯を取って診察台に上がるように言いその間に手早くゴム手袋をつけ器具の消毒をした。診察台に寝た副長に「では、失礼しますよ」と声をかけ器具を挿入。ちょっと苦痛の表情を浮かべ身を軽くよじった副長に「動かないで・・・大丈夫痛くしませんからね・・・もう少し」

と声をかけ軍医長は診察を続ける、その副長の手を艦長が握っている。副長の掌が汗ばんでいるのを艦長は感じて、握る力を強くした。

やがて診察を終えて身支度を整えた副長が診察室の小さな机の前の軍医長のもとへ。

軍医長は「確かにちょっと小さな傷が中に出来てましたね。でももうほとんど治っているから大丈夫ですよ。出血ももう止まるでしょう・・ただ傷ですからね、抗生物質を三日ほど飲んで置いて下さい。胸の傷の方はいい塗り薬を出しますからそれを塗っておけば大事ないですよ」と言ってほほ笑んだ。

やっと、副長の顔にもほっとした笑顔が浮かんだ。艦長もほっとした笑みを浮かべて副長の肩に手をそっと置いた。

 

副長は仕事の都合かあるからと、軍医長に礼を言って先に診察室を出て行き、艦長も軍医長に

「面倒をかけてすみませんでした・・・森上大佐との話の節はよろしく願います」

と言って軍医長の両手を握った。その梨賀艦長に日野原軍医長はそっと、

「艦長、お子様とはゆっくりお話しできましたか?と言ってもたった二日やそこらでは却って別れがつらかったでしょうね。次は長い休暇をお取り下さい、艦はしっかりしたあなたの部下がお守りいたしますから」

と囁き、艦長は思わず瞳がうるんだのだった――

   (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・・

日野原軍医長の推察は当たっているのでしょうか。森上大佐への聞き取りも近そうです。一体彼女の真意はどこにあるのでしょう。

そして艦長の瞳のうるんだそのわけは?

次回に続きます。

 

軍人勅諭の歌。参謀長もう一度勅諭を読みなおしましょうか・・・。


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Comments 4

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見張り員  
すっとこさんへ

すっとこさんこんにちは!
「軍人勅諭」の歌、なかなかいいですよね、これ軍人でなくても一般の人にも当てはまりそうです。ひととしてどうあるべきか、そうしたことが忘れられ自己チュウに走る今こそもう一遍聞き直したい歌ですね♪

副長の件、さあこれから参謀長はどうなるのでしょう・・・酒の上で何でも許されると思うたらまちがいじゃっ!
一番たち悪いですよね(-_-;)。

さあ次回をお楽しみに^^!

2014/01/27 (Mon) 15:26 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは!
最近では「医は算術」らしいです。怖いことです・・・
日野原軍医長は艦内の最年長でもあり経験豊かな医師でもありますので、その辺から様々な機転や機微が生まれるのです^^。
私は聖路加病院の日野原さんが好きでこの話に名前をお借りしました。100歳を超えてもなお医療に情熱を燃やす日野原さん、現在医師として働く人やこれから医師を目指す人には見習ってほしいと思う大先輩ですね。

寛容の心って難しいですね、私もそうそう人を許せません(^^ゞ。
でも狭い艦内では寛容の心がないとやってゆけないのかもしれません。
さあ、この先艦長はどう出るでしょうか。ご期待ください。

2014/01/27 (Mon) 15:23 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
すっとこ  
いけんのう。

軍人勅諭の歌。
初めて聞きました。日本語は端正で美しいですね!
UP有難うございます。

なにか胸の締め付けられる思いのする歌でも
あります。

胸が締め付けられるといえば副長、大変でした!
酒の上のあやまちこそがあやまちなんじゃぁぁあああっ
ですよね!許せんぞ!

2014/01/27 (Mon) 13:17 | EDIT | REPLY |   
まろゆーろ  

さすがに日野原さんですね。人の心の機微まで分かっている。
医は仁術なりと言いますが人の心の傷まで見通すことが出来てこその医者なのかもしれません。聖路加の日野原先生の風貌を思い出しました。真に優しい人はさまざま体験があってこそのようですね。
罪を憎んで人を憎まず。僕には出来ないかもしれない寛容の心。艦長のこれからの采配ぶりが楽しみです。
しかし上に立つ人ってもはや人間としての卑しさや汚さなんて無いのかもしれませんね。心が広いというか純粋というか。やっぱり身に備わった寛容の心のようですね。

2014/01/27 (Mon) 08:42 | EDIT | REPLY |   

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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)