「女だらけの戦艦大和」・内務科人事異動2

内務長は、松本兵曹長と別れた後すぐに百川分隊長を呼びつけた――

 

百川分隊長は何事か、とあわてて科長室に飛んできた。その百川分隊長に内務長は「まぁ、落ち着いて」と椅子を勧めて紅茶を手ずから淹れてやった。その紅茶に軽く手を合わせて一口すすった後百川分隊長は

「で、運用長直々のお呼びとは何か・・・不始末でもありましたか?」

と言った。その顔に不安が見て取れたので林田内務長は

「そんなことじゃないんだ、ないんだが。あのね、実は――」

と先ほど松本兵曹長から聞いた岩井少尉の話をした。話を聞き終えた分隊長は衝撃を隠さなかった、そして深いため息をついた後で

「それは・・私も知りませんでした。分隊長としては職務怠慢と言われても仕方がありません。そうですか彼女そこまで思いつめているとは。――わかりました。私から彼女に分隊士にならんかと勧めてみましょう。彼女なら、岩井少尉なら分隊士の役目をしっかり務めてくれると私も思います。あれくらい几帳面で生真面目でそれでありながら融通も利く。そして何より周囲の人間からの信頼の厚い士官はいませんからね。適任ですね。では早速私は岩井少尉を連れて来ましょう」

といい腰を上げかけた。

内務長は「ちょっと待って」と片手をあげてそれを押しとどめた。はい?ともう一度腰を椅子に下ろした百川分隊長に林田内務長は

「わかっているとは思うがこの件はほかの連中には一切他言無用だ。松本兵曹長との堅い約束でもある。それだけは願いますよ」

と念を押した。百川分隊長はしっかりうなずいた。そして

「承知しました。誓って他言いたしません」

と応えた。分隊長は、林田内務長に一礼すると部屋を出て岩井少尉を探しに出た。何か心が逸ってひとりでに走り出した。

途中行きあった内務科の兵隊嬢に「岩井少尉はどこか?見つけたら私のところに来るよう言ってほしい」と言いつけてさらに走る。

岩井少尉は下甲板の電線通路にいた。突然の分隊長の訪れにびっくりしたような顔の岩井少尉に百川分隊長は

「林田内務長からお話がある。大事な話なので私も同席する。来てほしい」

と言って内務長の部屋に連れて行った。部屋では内務長が待っていて岩井少尉の顔を見ると微笑んだ。そして「まあ座りなさい」と椅子を勧めた。岩井少尉は、はい、と言ったが座らない。分隊士が「ほら」と岩井少尉をつついてうながし、一緒に隣り合った椅子に座った。それを見届けて林田内務長は

「楽になさい」

そう言って内務長はテーブルの上の菓子を少尉に勧めた。はい、と言いながら手に取らない少尉に笑いかけ内務長はその一つを取って少尉に手に取らせた。

そして内務長は

「いきなり呼びつけてすまなかったね、驚いたことだろう。――単刀直入に言おう。岩井少尉、あなたに<分隊士>になって貰いたいのだ。電機分隊の分隊士だ。異存はあるかね?」

とやおら切りだした。そう切り出されて岩井少尉は少し戸惑いを見せた。そして手にした菓子に視線を落として

「私が――分隊士ですか?しかし電機分隊には猪瀬分隊士が居られます」

と言った。その声には何か力が感じられない、そしてその声音の底には拒否の意思が横たわっている。百川分隊長はその話し方に以前話をした時にはなかった力のなさと何か不吉なものを感じ取っていた。それは内務長も同じで(気持ちを病んでいるのではないか)と不安な気分になっていた。

(何とか盛り上げねば)

内務長は焦ったが(ここでせいては事をし損じる)と一息深呼吸をした。そして

「猪瀬がいる、と言ったが彼女は内地に着き次第分隊士を解任する。異例のことではあるが、まあいろいろあってだね。そこで百川分隊長とあれこれ考えたんだが、人格も人望も仕事の正確さなど勘案してやはり君が適任だ。最適なんだ。どうか我々の願いを聞いて欲しい」

と一気に話した。内務長は話しながら前に乗り出した身体に気がついてそっと戻しながら

「本当はここで答えが欲しいところだが急にはいそうですかとはいかないかもしれないね。そうだなあ、あと二日ほどでサイパンに着くからその時に答えを出してほしい。いいかな?」

と言った。岩井少尉は内務長の顔を見た、内務長の瞳には慈母のような愛情があるのを少尉は見て取った。少尉は

(私は信頼されているということだろうか、そう取っていいのだろうか)

と考えた。その少尉の隣で分隊長が優しい視線を送っている。岩井少尉の心は揺らいだ。しかし、と少尉は思った。

(ひとを簡単に信用してええんじゃろうか?たとえそれが一緒に寝食を共にしている上官とはいえ)

声に出しては言えないが少尉の心には人に対する不信感が根強く残っている。少尉が本当に信頼できるのは松本機関兵曹長だけである。岩井少尉の心は結婚してから結婚生活が終わるまで、ひとに傷つけられずたずたの状態であった。海軍に入ってからもその心の傷は治ってはいなかった、それが松本兵曹長の優しさ・思いやりで何とか修復しかかっている状態である。

(また傷つきたくない。うちをいいように持ち上げてまた貶めるつもりじゃないか?もううちはそんな目えにあうんは嫌じゃ)

岩井少尉の心は、内地で待ちかまえているであろう元夫への恐怖・怒りと不信で満ちている。

(どうせ・・・うちはみんなの玩具でしかないんじゃ。みんな都合のええようにうちを担ぎ出して、上手くいかんくなったらうちを捨てるんじゃろ。信用ならんわ)

元夫からの手紙が来て以来、少尉は心をゆがめてしまっていた。それでもなんとか平静を保てたのは松本兵曹長の存在があったから。

「いいね岩井少尉。サイパンに着いたら答えを聞こう。それまでよく考えて置くように」

内務長は黙ったままの岩井少尉にそういうと

「まあ、ここでゆっくり菓子を食べて行きなさい」

というと分隊長に「後をよろしく」と言って部屋を出て行った。そのあと5分と経たないうち、内務長の従兵が「林田中佐からです、どうぞ」と緑茶を持ってきた。玉露である。百川分隊長は「おお、高級な日本茶だ。やはり日本茶はいいなあ」と言って湯呑をもち、岩井少尉に「あなたもいただきなさい」と言ってすすった。

少尉ははい、というと湯呑を持って茶を口に含んだ。香り高い玉露が少尉の体いっぱいに広がったような気がして、少尉は瞬間ほっとした。そしてさっき内務長から渡された菓子を見つめて「――これ、いただきます」と言うと食べ始めた。

百川分隊長はうなずいて茶を飲む――。

 

その晩、内務長は松本兵曹長とひそかに会い「岩井少尉に分隊士就任を打診して置いたよ。しかし、何か彼女は力がなかったなあ。心配だ。松本兵曹長からもそれとなく様子を見てやってほしい」と伝えた。松本兵曹長は

「わかりました。私でお役にたてるならなんなりとお言いつけください」

と言ってその日は別れた。松本兵曹長は林田内務長の後ろ姿を見送ってから暗い最上甲板にひとり立って海を見つめていた。舳先が波を切る音が聞こえてくる。

視線をはるか上にやれば前牆楼の上方で見張り員が数名、当直をしているのがちらりと見えた。交替の時間なのか動きがある。そしてさらにその上には満天の星空。

見上げる兵曹長の目に、一条の流れ星が映る。

(岩井少尉、どうか、どうか早まらんでつかあさい。うちはほんまにあなたが心配です。そしてうちはほんまにあなたが――)

兵曹長は思わず知らず、両手を夜空に向けて合わせていた――。

   (次回に続きます)

 

         ・・・・・・・・・・・・・・

内務科長に呼び出された岩井少尉ですが・・・果たして分隊士を受けるのでしょうか。意外と深い岩井少尉の心の闇、本当に解きほぐされる時は来るのでしょうか??

次回をご期待下さい。

 

お茶とお菓子です。お菓子は、千葉市の菓匠・ささやさんの「落花生大将」「ち菜っちゃん」です。とてもおいしいですよ^^。

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Secre

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!コメントありがとうございます^^。
身体の傷は何とかいやせるけれど心の傷は簡単には癒せるものではないですよね。岩井少尉はまさにそれで、親と元夫から受けた大きな傷が治っていなかったのです。
魔の結婚生活とその後の母と元夫の付きまといで実は心を病んでいたのです。

本当を言えば今回の岩井少尉と私・・・ダブらせている部分があります。
にいさまさすが鋭いです!

心に深い傷を負った人は、努力してもなかなか心開けないのが普通ですよね。それも純真な人であればあるほど。誰かがしっかりと愛してあげなきゃ癒えません。
岩井さんは生きて地獄を体験した人。女性の幸せも打ち砕かれた結婚生活。
>(ひとを簡単に信用してええんじゃろうか?たとえそれが一緒に寝食を共にしている上官とはいえ)
常人であれば考えもつかない心の不確かさ。とてもつらい言葉だなと思いました。この岩井さんとも見張り員さんの今の我慢と、小さい頃からのこれまでの様々な確執がダブるのですが。
考え過ぎですよね。失礼しました。

いなばさんへ

いなばさんおはようございます^^
「艦これ」湯のみではないですが私もメラミンカップと陶器製タンブラー持ってます実は・・・(^^ゞ
メラミンカップのほうはよく使っていますよ~♡

Re:

こんばんは~。お久しぶりです。「艦これ」の湯飲み、持ってますよ。眺めてばっかりで、未だにお茶を入れてません。(笑)

KAZUさんへ

KAZUさんこんばんは!

なんともう「永遠の0」をご覧になっていらしたんですね、いいなあ~。
「永遠の0」は原作もよかったですから映画もきっといいだろうと思っていました。ぜひ観に行きたいです。

こういう映画を「良い」「良かった」と言える最後の世代かもしれませんね、わたしたち・・・。

お話はちょっとずれますが、永遠の0見てきました^^
良かったですよ。
と、おもうのは私達の年代だけでしょうかね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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