「女だらけの戦艦大和」・幻の本3<解決編>
森脇兵曹は、それを封筒からひっぱり出した――
その手には、和綴じのけっこう分厚い本が掴まれている。表紙には鮮やかな色彩遣いで真ん中に戦艦の正面図そしてその四方に女将兵やかっこいい男性の姿や飛行機など書かれている。そして表紙の上部分には「大和をとめ倶楽部通信・1」
と真っ赤な文字で書いてある。
「これが、<幻の本>ですかのう。森脇兵曹」
と覗き込んでいた谷垣兵曹が囁いた。森脇兵曹は表紙を眺めていたが皆をずらっと見回すと
「うーむ・・・多分ほうじゃと思うわ。ただ、うちはしっかり見んかったけえ何とも言えんが・・・まあほかにそれらしいもんもないしのう。たいがいこれじゃろう」
といい皆は「見せて見せて、はよう読ませて!」と殺到する。副長が
「まあ待って。そんなにみんなで引っ張ったら破れてしまうでしょう。順番に見ていったらいい。それでもしなんならこれを複製して艦内に配ってもいいんじゃない?さ、皆から読むといいよ」
と提案し皆大喜びした。そして皆円陣を組んだような形になると麻生分隊士から回し読みを始めた・・・が。
「随分分厚い本ですねえ」
と樽美酒少尉は言ってあまり関心がないのか表紙だけちらりと見ると、右隣の石場兵曹に渡した。石場兵曹は暗黒の一重まぶたも重々しく目次を眺めて
「こげえにいろんな内容の本は読んだことがありませんな。本・・・というより雑誌のようなできじゃありませんか。最初に戦闘機についての考察のようなものが書いてあるみたいですよ、きっと見張りの達人たちの本かあるいは搭乗員たちの体験記ではないかと思いますが?」
と言って隣の石川水兵長に渡す。水兵長は、酒井一水と頭を寄せ合って見ていたが二人は突然ハッと顔を見合わせあった。それを副長が見て「どうしました、二人とも」と尋ねる。その副長に石川水兵長が
「はい。この中身と言いなんと言い、すべて『趣味仲間雑誌』のような気がします」
と言った、副長も他の連中も「趣味仲間雑誌?」と合点がいかないような顔つきである。酒井一水が補足説明して
「趣味仲間雑誌いうんは同じ趣味の人間が集まって雑誌を作るんです。個人で作る場合もあるんじゃが、これは何人かの中まで寄って作ったものじゃと思います。本の裏側に<大和をとめ聯合>と書いてあるんですがこれがその趣味仲間の輪の名前じゃと思います」
と言った。松岡中尉が
「ほう、君たちはずいぶんその辺に詳しいんだねえ。・・・趣味仲間の輪か。英語で言うとサークルとでもいうんだろうねえ。あ、趣味仲間なら<同人>ってことか。ふーん、それは要するに<同人誌>ということになるねえ。どれ、きっと高尚な短歌や俳句、小説が載っていてたいへん熱くなれる内容なんだろうね」
といいそれを手に取った。
谷垣兵曹や石場兵曹、麻生分隊士たちが「ああ、同人誌と言ったら<アララギ>とか<ホトトギス>みとうなものじゃろ?なんて高尚な趣味なんじゃろう、一体だれが書きんさったんじゃろうねえ。うちらもやってみたいわあ」と話している。
その間に本はオトメチャンに回った。
がオトメチャンはページをめくりながらだんだんおかしな顔になってくる。その頬が真っ赤に染まりやがて
「分隊士。うちはこげえな本、よう読めません。もう結構です」
というと森脇兵曹に返してしまった。麻生分隊士は
「よう読めんって・・・そげえに難しい本じゃったか?ほいでも何度も読むうちにわかってくる思うんじゃが?いくら高尚な内容でも」
と言って谷垣兵曹も
「ほうじゃオトメチャン、オトメチャンみとうに頭のええ子なら」
と言ったが石場兵曹が「ちいと待て、あの顔は」と二人の袖を引いた。オトメチャンは頬を真っ赤にしたままなぜか分隊士たちを睨んでいるような瞳である。するとそれまで黙っていた小泉兵曹がそっと森脇兵曹の手から本を借りるとページを繰った。
とたんに小泉兵曹はあわてて分隊士たちのそばに駆け寄った。そして
「いけんです、分隊士。こげえな内容じゃオトメチャンには理解できません」
と囁いて本を開いて見せた。分隊士は
「なにいうてんじゃ、そがいな言い方まるでオトメチャンの頭が悪い言うとるようなもん――」
と言って本をみた分隊士の言葉が止まった。いったいなにが?と石場兵曹が覗き込んだそこには
>男と男の愛の苑・満開の薔薇のもとで
というタイトルとともに男性同士の絡み合いの漫画が。そしてそのあとをめくると
>うねるアワビの吸いつき合い
というこれまた唖然とするようなタイトルの<百合小説>、しかもご丁寧に挿絵まで付いている。どうやら全編男同士、女同士の絡みばかりで石場兵曹が目次だけで見た「戦闘機云々」も相当怪しい代物である。
麻生分隊士はあわてて
「オトメチャン。こ、これは――」
と言いかけたがオトメチャンは「こげえなくだらないもんが<幻の本>ですかのう?うちは期待してきて損しました!全くどこまで・・・」と言って顔をそむけた。その剣幕に野村副長が
「なにがあったというのよ、見張兵曹は」
と言って本を見れば・・・まあなんと恥ずかしい。というかほんとは自分と艦長がしてることそのまんまみたいなことが書かれていてドキッとしたというのが本音だがそれをおくびにも出さないで副長は静かに
「見張兵曹、まあ聞きなさい」
と言ってその場に胡坐をかいた。オトメチャンを自分の前に座らせた。
そして優しくオトメチャンの顔を見つめて
「オトメチャンにはこういうものが汚らしく見えて我慢がならなかったんだね。その気持ちはわかるよ。誰でもそう思う時が一度はあるだろう。オトメチャンは特にそういう経験がないからね。でもね、ここが肝心なんだよオトメチャン。ひとにはそれぞれ考えというものがあってあれが好き、これが好きというものはあるわけだよ。それにふたをすることはできないし、してはいけないと禁じることもできない。特にこういう閉鎖された艦橋内ではうっぷんも溜まろう。それをこうした形で晴らすならそれはそれでいいとは思わない?」
と諭した。すると小泉兵曹が
「ほうじゃ、副長のおっしゃる通りじゃ。それに――オトメチャンもこげえなこと分隊士とやっとってじゃろ!うちも艦内の誰も知っとるけえいまさらカマトトぶっても誰も本気になんぞせんで!」
と言い放ち、オトメチャンは分隊士とのことは図星であるから「わっ!」と叫んで顔を覆ってその場に伏してしまうし麻生分隊士はあわててそっぽを向いてしまう。副長でさえ十分身に覚えがあるからオトメチャンくらい頬を真っ赤に染めてしまった。
すると松岡中尉が小泉兵曹の肩をつかむと
「小泉君、その言い方はいけませんよあなた。そんな人の秘密を暴露して何が楽しいんですかあなた。あとで私のとこまで来なさいね。まあ問題はこの本の真実の姿を知らないでいたということで、これはでも誰も責められませんね。特年兵君もいつまでもそんな顔してないで、少し大人になりなさい。
あなたの大事な麻生君が困ってるじゃないですか。あなただいじなひとを困らせてはいけませんよ?というわけでもういいですね、<幻の本>は以前艦内かどこかで結成された同人の作った雑誌だった。それがこれ。というわけです――では航海科のみなさんは字引を探して居住区にお帰り!」
と一気にしゃべって終わらせた。
そして樽美酒少尉とマツコ・トメキチを促して図書庫を出て行った。
あとに残った一同、中でも見張兵曹はたいへん気まずげな顔で麻生分隊士を見た、そして
「分隊士・・許してつかあさい。うち、ちいと頭に血ぃ上ってしもうて。失礼なことをしました、どがいなお咎めでも受けます」
と謝った。しかし麻生分隊士は笑顔でオトメチャンの肩を優しくたたくと
「ええんじゃ。うちはなんも気にしとらん。オトメチャンはそれでこそオトメチャンじゃけえ。いやなものは嫌なものでええとうちは思うで。なあ、石場兵曹」
と言って石場兵曹を見た。石場兵曹も「その通りじゃ思うでオトメチャン。オトメチャンはオトメチャンらしゅうしとったらええよ。考えを換えんでええからのう」と言ってオトメチャンは嬉しげにうなずき皆はほっとした。そして航海科の連中は図書庫内の字引を借りて居住区へと引き上げて行ったのだった。
そのあと問題の「同人誌」は回収され副長の手によって復刻された。そしてなぜかどうしてか、石川水兵長と酒井一水が販売窓口として副長直々に指名され、就寝前などに『大和』将兵に一部十銭で販売している。その表紙には『軍艦大和内で発見された<幻の同人誌>!いま堂々の復刊』と副長の考えた文言が帯になって巻きつけてある。
さらに。
主計の森脇兵曹は(あれが幻の本とは、うちの聞いた話とちいと・・いやずいぶんちごうとる気がしてならん。うちは艦内将兵の教育の本じゃと聞かされとったはずじゃがのう)と思ってこれも時間を見つけては図書庫に籠もって探していた。
そしてある日。
森脇兵曹は福島主計大尉から「ねえこんな本が私のたんすの奥から出てきたんだけど」と古い本を渡されて驚いた。それこそが――
探し求めていた<幻の本>で、内容はというと
「艦内での将兵諸君の正しい過ごし方」
というもので初めて艦に乗り込んできた初年兵や見習士官の為の教育冊子であった。しかもこれも手作りなのはいいが誤字脱字満載のうえ、挿絵の下手さは噴飯もので
「それがきっとウケて皆が持ちだしたんだな、納得」
とひとりうなずいた森脇兵曹であった。そして彼女は(これが本物の<幻の本>だとは口が裂けても言うまい、例の同人誌が<幻の本>でええわ。それでみんなが幸せならばのう)と思ったのであった。
今日も航海科・石川水兵長と酒井一水のもとへ<幻の復刻本>を求めに来る将兵の姿が――。
・・・・・・・・・・・・・・・・
オトメチャンの「最低!!」という叫びが聞こえるような話でございました。
同人誌。花盛りですね、先日秋葉原のア○メイトに行きましたら同人誌、BLのものがとてもたくさんあって表紙を眺めるだけでも良い、眼の保養になりました。
秋葉原と言えば、艦これグッズのご紹介。
艦これグッズを買いましたらレジでこれをいただきました。メンコです、なつかしいなあ~~。子供のころメンコが流行って私も何枚も持っていましたよ!
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コメントの投稿
matsuyama さんへ
私が子供のころ遊んでいためんこの絵柄は当時の人気アニメのキャラクターが記憶に残っています。そう直径20センチはあろうかという大きなものがあったのを覚えています。
遊び方はmatsuyama さんと同じ、相手のメンコを自分のメンコでひっくり返すものでした。
あとメンコに書かれたじゃんけんで遊びましたね!
男の子たちはめんこの奪い合いに没頭していましたよ、懐かしいかつてのワンシーンがよみがえります・・・w。
鍵コメさんへ
こちらもみな元気でおりますーー^^ご心配をいただきありがとうございます。
ツイッターにまたコメントさせてもらいますね❤
寒くなりましたくれぐれも御身大切になさってくださいね♪
NoTitle
昔のメンコは武者姿とか戦艦とか野球選手とか。勇ましいものばかりでしたけどね。直径20㎝位の円形ものや小さな長方形のものでした。
こちらの田舎では「バッタ」と言ってましたね。四角い板の上に置いた相手のメンコを、自分のメンコで打ち付けるんですよね。四角い板、いわゆる土俵から追い出すか、ひっくり返すとそのメンコを奪えるんですよ。気に入ったメンコを奪うと有頂天になっていましたね。負けた子は悔しいから相手を見つけてメンコを奪い返すんですよね。
他愛のない遊びでしたが、その当時は真剣でした。見張り員さんたちのメンコ遊びってどんなんでした?
管理人のみ閲覧できます
まろゆーろさんへ
同人誌はやはりこうでなきゃいけません(と勝手に決める私)。
お弟子様のオスカーさんは優雅な薔薇湯、しかし東京の妹は下品なお話でにいさまの下半身に雲を呼び嵐を呼んでおります(-_-;)。
しかし世の中にはまだ知らない世界が広がっておりますね、私も来年はそういうものを探しに歩こうかと思います!
12月、いろいろとお忙しいとは思いますがどうぞよろしくお願いします^^。
オスカーさんへ
おお!内地での同人誌即売会、それもいいですねえ~~ww!
石川水兵長と酒井一水を表に出し裏で糸ひくは副長・・・なんて^^。
オトメチャン何のコスプレがいいでしょうね、考えると楽しいわ~~、麻生さん張り付いたまんまでしょうなww。
次回どんな話にしようか…あれこれとかんがえておりまする、ご期待くださいませ❤
NoTitle
12月の華やぎの季節に「ふふふ」の同人誌の中身が分かって、さらに「ふふふ」の大分兄です。
昨日は我が弟子であるオスカーさんから、「薔薇湯」を勧められて何やら奇妙なワクワク感を感じたものでしたが、今回は妹の見張り員さんから肉棒男祭りやら吸い付きアワビの活き造りの生唾ゴックンもの。
離婚して幾星霜、ぼちぼち他の世界に目覚めて見なはれという神さまの優しすぎるお導きでしょうか。まさかね。
12月も大いに楽しませて下さいね。
Re:
次回はシリアス路線でしょうか?また楽しみにしております!