2017-10

青の中から2<応> - 2013.11.15 Fri

・・・いずことも知れぬ 深い海の中

    眠れるおとうと

   いつ帰る 我がこの腕に・・・

 

私の手元に古いアルバムがあります。私がここの家に嫁に来た時からですからもう何年・・・いえ何十年の時を一緒に過ごしたことになりましょうか。

このアルバムを開くと私と夫の結婚式の写真があります。そして次のページには、懐かしいあの子の・・・。

 

私が十八でこの家にお嫁に来たその日、式が始まるまでの時間私と私の親や兄弟、親戚の十名ほどは十畳を一室を借りてお茶をいただいて待って居りました。わたしはきれいに縫った口紅が落ちてしまわないかとお茶をいただくのをためらっていました。

と、部屋のふすまがそっと、小さく開きました。その向こうに可愛い男の子がいて中を覗いています。フッと私と目が合った瞬間、その子は「お人形がいる!」と言うとあわててその場を走り去って行きました。これが――終生忘れられないシーチャンとの初めての出会いでした。

あの時シーチャンはわずか九つ。

そしてその日からシーチャンと私は大の仲良しになったのでした。

シーチャンはまだ物心も付かないうちにお母様を病で亡くされ二人の兄とは年も離れ、さみしい思いをしていたようです。家に女性と言えば、親戚のおばさまがたまに手伝いにいらっしゃるくらいだったそうで、私が嫁入りしたことで「家の中が明るくなったよ」と夫にも夫のすぐ下の弟にも喜ばれたのが昨日のようです。

一番喜んでくれたのがシーチャン、あなたでしたね。あなたは私を「お姉ちゃんおねえちゃん」と呼んで私の手伝いをよくしてくれましたね。私に最初の子供が生まれる時も

「お姉ちゃん、赤ちゃんが生まれたら俺が遊んであげる」

と言って、娘が生まれるととてもよく面倒を見てくれましたね。年子で生まれた次女にも面倒をよく見てくれましたね。

娘たちが少し大きくなるとシーチャンは学校の勉強の合間に一緒に散歩に行ってくれたり、ごはんの用意を手伝ってくれましたね。「お姉ちゃん、これどこに置こうか」「お姉ちゃんこれでいいの?」あの声が今も私の耳に残っています。

 

日本を取り巻く世界の状況が厳しくなり、大きくなったシーチャンは海軍の学校を受験しましたね。その頃にはもう、シーチャンは少年から「青年」になりつつありましたね。そして受験に合格したシーチャンは「姉さん、今までありがとうございました。わたしはこれから海軍軍人の道を歩みます」とうれしそうに報告してくれましたね。

そして学校のお休みで帰って来た時には娘たちと幼いころのように夢中で遊んでいましたね。そして夫に学校生活の愉快な話をしては笑わせていましたね。台所に来ては「姉さん手伝いましょう」と言ってお皿をあらってくれたり、娘たちと一緒にぬか床をかきまわしてくれました。

 

しかし、戦争はその間にのっぴきならないところまで来ていました。

南方で、大陸で、多くの将兵のみなさんたちが戦死されこの町から出征して行ったたくさんの兵隊さんも白木の箱で帰ってくる日が多くなりました。わたしは、大事なおとうとのシーチャンが無事でありますようにと鎮守様に参っては、娘たちと手を合わせていました。

シーチャンは学校を出てすっかり立派な士官さんになっていました。紺の軍服姿もりりしいその姿に、私も夫も感無量でした。

あの年の夏、休暇で帰って来たシーチャンは、昔と同じ笑顔で私たちに接してくれましたがその笑顔の底に今までとは違う何かを私は感じました。シーチャンは、縁側に私と座って庭で遊ぶ娘たちを見ていましたが、不意に

「姉さん。わたしはみいちゃんやれいちゃんを守るためならこの命なんか惜しくはないんだ、喜んで死ぬよ。でもね、自分のことしか考えないいい年した大人の為に死ぬのは正直腹が立つよ。情けないよね、こんなことでこの戦争に勝てるわけないじゃないか。

姉さん、この戦争はね若い者がもっともっとドンドン死んで日本中が軍神で埋まらなきゃ終わらないと思う。だからねえさん、私が死んでも決して悲しまないで兄さんと笑ってよくやったって言って欲しいんです」

と語り、その瞳には揺るがぬ決意がみなぎっていましたね。

 

それから秋が過ぎ、冬が来たころ。

シーチャンは二度と帰らぬ出撃行に出たのですね。わたしたちはシーチャンが何処で何をしているのかまったくわかりませんでしたがシーチャンは手紙をくれました。その手紙には

「蒸し風呂に中にいるようでなにをするのもおっくうなんですが優しい姉上様のお姿をしのびつつペンを取ります」

と書きだされていて、ああ多分シーチャンは南の方へ行ったんだなあということがわかりました。胸が締め付けられるように感じました。

その長い手紙には、今までの感謝の言葉と娘たちへのいたわりが書かれていました。そして幼いころから今までの思い出。私がお嫁に来た日のことも書かれていて私は懐かしさと悲しさに涙しながら文字を追いました。

「姉さんの花嫁姿、今でもしっかり目の奥に焼きついて居ります。初めてねえさんをふすまの間から見た時、なんてきれいな人なんだ、まるでお人形のようだと思って思わず言葉に出してしまったことも覚えて居ります」

ああ、あの日のこと・・・私の脳裏にもう何年も前の嫁入りの日が浮かびます。あの日のシーチャンの驚いたような、まん丸に見開いたかわいい目。

もう一度、時間をあの時に戻すことが出来るなら――。

 

昭和二十年が始まり、シーチャンからはそれ以降手紙も来なくなりました。夫もシーチャンを思っているのか、時折遠い目をしては空を見つめそれから勤めに出て行きます。娘たちも陰膳を据えた仏壇にその手を合わせてから学校に行きます。

シーチャン、一体どこにいるの?そして元気でいるの?

私は南の空を見つめてはシーチャンに問いかける毎日でした。

 

一月も終わりに近づいたある晩、眠りについていた私は「姉さん!」というシーチャンの声に飛び起きました。シーチャンが帰って来たんだ、とあわてて綿入れを肩にひっかけると玄関に行きました。

「シーチャン!」と叫んで玄関の戸をあけました。が、シーチャンの姿は何処にもなく月明かりが玄関の敷石を冷たく照らしているだけでした。しばらく呆然と立っていると夫が「どうした?」とやってきました。わたしは今あったことを言うと夫は黙って戸を閉め、鍵をかけると私の背中をそっと押して部屋へと戻ったのでした。

 

翌朝のラジオを聞いていた私達は信じられないニュースを聞いてその場に立ち尽くしました。

シーチャンは、神潮特別攻撃隊員として南方の海に散華したというのです。シーチャンのほか数名の方のお名前もありました。でももう、私には聞きとれなかった・・・

 

シーチャン。シーチャンは護国の神となられたのですね。

そして昨夜私にお別れを言いに来てくれたのですね。

シーチャン、シーチャン・・・私の可愛いおとうと。

あなたは立派に軍人としての務めを果たされましたね。

 

でも、湧いてくる悲しみと涙を止めることはどうしてもできません。

 

シーチャンの戦死の公報が入ったのは、その年の夏日本が連合国に降伏した後でした。それと前後してシーチャンの私宛の最後の手紙が届きました。短いその手紙の終わりは

「姉さん、私は最後の時姉さんと叫んで死にます」

と結んでありました。その言葉通り、シーチャンは「姉さん」と叫んでそして死んでいったのですね。シーチャンの思いを私はしっかり受け止めたのです。

 

 

戦争が終わって何年もしてから、シーチャンと一緒に出撃して兵器の故障で生還したお仲間お二人が訪ねて来てくれました。シーチャンが乗って行ったのは「回天」という魚雷を改造した兵器であることを私は初めて知りました。そしてシーチャンのいた隊の出撃前に撮った写真をいただきました。シーチャンは昔の面影がそのまんま残った顔で笑っています。手には錦の袋に入った短刀を持って、数名の方たちと笑っています。

これが死に行く人の顔なのかというくらいすがすがしい笑顔です。お仲間のお話によれば、シーチャンは隊長さんのあとに続いてゆき、大きな戦果をあげたということでした。

「シーチャン・・・」

と私は写真のシーチャンの顔を指先でそっと撫でていました。涙が次から次へと流れて止まりません。それを見て夫も泣く、お仲間がたも泣く。

シーチャン、大きな手がらを立てておめでとう。我が家の誇りです・・・

そうは言ってみたものの、どうして死んでしまったの?どうして生きて「姉さん」と言ってくれなかったの?という思いが残ります。

どんなに大きな声で「シーチャン」と叫んでももうこの声は遠いところに去っていったあなたには聞こえないのですね。

・・・シーチャン・・・

 

あれからもう何十年もたちました。アルバムの中の写真はすっかりセピア色になりましたが写真の中のシーチャンは昔のまんまの笑顔で今も笑っています。

そして今も「姉さん」と呼びかけてくれているようです。

シーチャン、私ももうすぐあなたのそばに行きますよ。あなたの兄さんたちとは会えましたか?

私は最近、死ぬのが怖くなくなりました。

なぜって・・・そう、そちらの世界に一足早く行った夫やそして――シーチャン、あなたに逢えるからです。

 

古いこのアルバムを胸に抱えると今も聞こえます、シーチャンが遠くの青い海の中から私を呼ぶ声が――

 

若人の 清し(すがし)思ひを 人よ知れ

皇国(すめらみくに)の つづくはてまで



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● COMMENT ●

matsuyama さんへ

matsuyama さんこんばんは^^
このお話のモデルにした人のことを次回書きたいと思っています。

自分が赴く先も、使用する兵器の話も一切できないまま出撃して行く思いはいかばかりだったかと思いますね。自分が散華する場所をそれとなく知らせて行った人もいるにはいたらしいですが・・・。

愛する家族のために死んでいった人たちは大勢いました。彼らのことを少しでも思い出すことが供養になると思ってこうして書きつづっております。

いいお話を聞かせていただきました。涙なくしては語れないですね。
死を意識しておりながら、身内にはその辛さも国の戦略も語れない、心の葛藤があったのでしょうね。当時の青年は少なからず皆さん同じ気持ちを抱いていたことと思います。
その意地らしい純粋な気持ちが手に取るように分かるようで、お身内にとっては辛いことですね。
家族のために、お国のために死んでいった若い方々。他にも大勢このような若き軍人さんがおられるんでしょうね。今更ながらご冥福をお祈りします。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
この話にはモデルにした人がいますがその方のご遺書には義理の姉に対する深い尊敬と愛情の念がうかがえ、涙なくして読めません。
本当に純粋な青年だったことが察せられます。
おっしゃるようにこれこそが大和魂だと思います、大和魂とは単に勇ましい・雄々しいだけではないと思います。純粋に人を愛し、尊敬できる心も大和魂だと思いますね。

次回はこの話を書いた顛末を書きます。

本日「戦史検定」を受検してきました。
結果は…今回ほとんど勉強していない素のままですので心配です^^。12月8日に結果がわかります・・・ドキドキ。

さまざまな愛情があるなかの、ひとつの深くて清い愛情を見た思いがしています。
姉さんへの思慕と憧れのまま死にゆく彼。清廉潔白、純粋というのでしょうか。
到底まねのできない大和魂の美しさに感動しています。
素晴らしい話をありがとうございました。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
耳をすませただけじゃ聞こえない声がある、それは戦没者の声。彼らの声は心で聞かねばなりません。
彼らの声に真摯に耳を傾けた時、彼らは私たちをしっかり包んでくれる…そんな気がしますね。

この物語を・・・ですか?
なんだか気恥ずかしいですね、冊子にして読んでくださる方がいるかなあ~(-_-;)。
でも、考えてもいいかもしれませんね。思いを伝えるために。

Re:

こんばんは。
森村誠一さんの『魂の破片ばかりや秋の雲』という句を思い出しました。
海の声と空の声と陸の声……たくさんの聞こえない言葉が私たちを取り巻き、またまもってくれているのかなぁと思いました。
やはりこのものがたりは冊子にして、たくさんの方に読んでいただくべきではないかと思いました。やさしくうつくしい言葉、忘れな草の色の紙に印刷してほしい~ご一考を(笑)

かっつんさんへ

かっつんさんこんばんは^^
コメントありがとうございます。
本当にそうだと思います。誰のためではない、未来の日本と日本人のために彼らは命をなげうったのですから、その人たちを大事にしないなら天罰が下ることでしょう。

涙させてもらいました

日本のためだと信じて命を投げ出してくださった先輩たちを大切にしなければ
罰が当たります


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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