青の中から1<問>

・・・・周りは一面 深い青

    時にはまぶしい青になり

    わたしのそばを青は過ぎ去り

    私のそばを青はまた来る・・・

 

ここはどこなのでしょう。

私はいつからか気がつけばこの青い色の中を漂っています。わたしにはいつしか、身体というものがなくなってしまったようです。ですから周りの青の正体がなんなのか、触れることはできません。それでも私は過去を思い出すことはできるようです。

ですから、今日はあなたに聞いていただきたいのです。わたしが――ここを漂っているそのわけを。

 

 

私がそれに乗ることを志願したのは、誰に強制されたからでもないのです。ただ、一途に思いつめていました。わたしたちがそれを志願せねば、この国が滅ぶ。そして何より大事な家族や友人、近所の人たちまで滅されてしまうかもしれない。そんな居ても立っても居られない危機感がそうさせたのです。

その話を聞いた時、私は一も二もなくすぐに志願しました。これ程に私達憂国の情に燃える青年の心を打った兵器はありませんでした。その名は――

「回天」。

九三式三型酸素魚雷を転用し、人間がそれに乗りこめるようにした<特攻兵器>、海の中を行く眼のある魚雷です。

また、「回天」の意味は天をめぐらし劣勢を挽回するということで、あの時の日本の状況にしっかり当てはまるものだと私は思いました。無論、これに搭乗して出撃して行ったなら当然生還など出来るものではありません。でも生還など私たちは初めから問題にしてはいませんでした。自分の命をなげうつことで大事な、何よりも大事なものたちが守られるなら何をためらうことがあるでしょうか?

厳しい難しい回天の操縦訓練を重ね、士官も下士官たちもいよいよ出撃の順番(とき)が迫ってきました。わたしは私より先に、年若い予科練出身の下士官が出てゆく時、さすがに涙腺の緩む思いをしました。今まで一緒に訓練に励んだ仲間です、彼らが行ってしまうのが寂しかった。置いてきぼりにされたような気がしました。そして私たちは彼らの成功を心から祈りました。彼らは笑って、伊号潜水艦の上に固定された「回天」の上に乗って手を大きく振って、そして水平線の向こうへと消えてゆきました。彼らは、遠いグアムの海にその若い身を散華させました。

 

そして。

とうとう待ちに待った私の隊の出撃の日が来ました。我々回天搭乗員を乗せた伊号○○潜は南方目指して走り出しました。どのくらいたったのか、いよいよ敵のいる海域に入るその前夜、私はいろいろなことを考えてなかなか寝付けませんでした。

――眼を閉じれば生まれ育った故郷の町が脳裏に浮かびます。小柄なお婆さんが駄菓子を売るあの店や夏にはアユを釣ったあの川。懐かしい我が家、そして家族。わたしは母を幼いころに病で失っていましたのですが、わたしをここまでにしてくれたのは父親と年の離れた長兄、次兄。そして誰より長兄の妻である私の義理の姉さま。姉さまはこんな腕白で言うことを聞かない私を実の子供のように慈しんでくださいました。時には厳しくそして優しく、実の母も及ばぬ様な慈愛に満ちたまなざしで私を見守って下さいました。その恩返しと言ってはおこがましいですが、長兄と姉さまの娘――私の可愛い姪っ子たち――には私の精いっぱいの愛情を注ぎました。姪っ子たちも私になついてくれ、楽しい思いをたくさんいたしました。浴衣を着て行った夏祭り、秋にはススキをたくさん取ってお月見をしましたね。

私はこの可愛い姪っ子たちを守るために死んでゆくのだと言っても過言ではないのです。可愛い姪っ子たちと優しい姉さまを守るためなら喜んで死んでゆけます。

 

どのくらい眠ったでしょうか、潜水艦内に緊張が走りました。この先に敵の輸送船団らしきものがいるというのです。いよいよ、私たちの出番です。

艦長が「回天戦用意!」を叫び、私達回天搭乗員は鉢巻きをグッと締め、艦長はじめお世話になった皆さまにお礼を申し上げました。私の回天を整備してくれた整備兵曹の瞳が涙でキラキラ光ります。その兵曹に私は敬礼をし、心から感謝の意を示しました。兵曹もしっかり敬礼を返してくれましたが次の瞬間下を向いてしまいました。

私達回天搭乗員五名は、交通筒を伝って回天の中に入りました。ここから先潜水艦との連絡は電話だけで行います。わたしの艇は「二番艇」。一番艇は隊長、三番艇以下は予科練出身の兵曹です。

私の艇に艦長から連絡が入り、私は一番艇に続いて出ることになりました。

緊張で汗が手のひら全体ににじみます。失敗はできません。

艦長から敵船団の位置をお聞きし、射角表で敵船団と私の回天との角度や速度を計算します。

そして――一番艇の隊長の回天が、固縛バンドを外してスクリューの音を立てつつ走ってゆきました。

「隊長!」

部下思いの優しかった隊長、兵学校出身で物静かなひとでした。誰からも好かれた優しい隊長が、今回天を駆って敵に突入してゆきました。

やがて大きな爆発音がして潜水艦自体が少し揺れました。しかし、船団の本隊はまだ健在のようです。

「二番艇!」

艦長の声が電話から響き私は反射的に「行きます!今まで本当にありがとうございました、伊号○○潜のご武運を祈ります」と叫びました。私は回天のエンジンを始動させ、やがて固縛バンドの外れるガタンという音が響き、私の回天は走りだしました。熱走です。
所定の措置を済ませ私は艇の震度を0にし特眼鏡をいっぱいにあげました。特眼鏡の中に見える最後のこの世の風景。

私は、特眼鏡を下げると射角表で計測した通りに艇を走らせました。速度は30ノット。秒時計の針の動きを確認しながら。

不思議に心は落ち着いています・・・脳裏に姉さまの優しい微笑みが浮かびました。懐かしい我が家の庭、姉さまは私を見て微笑んで「シーチャン、早くお帰りなさい」と走り寄ってきてくださったようです。懐かしい私の子供のころのあだ名で。

 

姉さま、私の命はあと数秒です。今まで本当にありがとうございました、私は今、姉さまの末長いお幸せを祈りつつこの南の海に散ってゆきます。

 

敵船のスクリュー音が至近に響きました。

私は「姉さん!」と叫ぶと、自爆装置に手をかけ突入姿勢を取りました――

 

一瞬の衝撃のあと、私はもう何も分からなくなりました。

そしてどのくらいたったころかわかりませんが、私は青の中を正体なく漂っていたのでした。わたしは、死んだのですね。それが証拠に私はいくら自分の体に触れようと思っても決して触れることが出来ないのですから。

そしてやっとわかったのは私が漂うこの青い色は海の青い色なのだと。わたしは死んで肉体はなくなりましたが魂はこうして青い海の中を漂っているのです。

深く暗い青は、夜の海の色。

まぶしくきらめく青い色は昼間の海の色。

 

あの時から一体何年、どのくらいの時間が過ぎたのでしょうか。

私たちがたたかった戦争はいったいどうなったのでしょうか。そしてほかの回天の搭乗員仲間たちはどうしたのでしょうか。

そして何より気になるのは大事な日本の国のそのあとのこと。

私たちが望んだように日本の国はあのままの優しく穏やかな国で今もいるのでしょうか。男性は雄々しく寛大で、乙女はあでやかで楚々とした、そして母親たちは厳しくも優しいまなざしで子供たちを見つめているでしょうか。子供たちは無邪気で遊んでいるでしょうか。山や川は今も美しく人々の目に映っているでしょうか。

 

私の大切なねえさまはお元気でしょうか。

今でも・・・あれからどれほどの歳月がたったかも今の私にはわかりませんが・・・私の帰りを待っていてくださっているのでしょうか。

ねえさま。

どうか私の死を悲しまないでください。わたしは国の為喜んで死に就いて行ったのですから決して悲しまないでくださいね。

私は姉さまと出会えて幸せでした。ねえさまは私の誇りです。

私はいつか、故郷の空に帰ります。その日まで――待っていてくださいね。

 

 

・・・・これが私が青の中を漂っている訳なのです。

もう、私のことを覚えている人ももしかしたらいないかもしれませんね。何せ気の遠くなるような時間が流れて行ったようですので。

それでも私は感じることが出来ました――ねえさまが私の為に流して下さった涙の熱さを。わたしはねえさまの涙の粒を繋いで故郷へ帰ります。

懐かしい、あの家へ――




     
    

 

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トリテンさんへ

トリテンさんおはようございます^^

コメントありがとうございます!
大津島にいらしたことがおありなんですね!
特攻と言えば航空機での、というのが多くの人の認識ですがこうしたいわゆる「水中特攻」もあったことを知ってほしいなあと思います。水中特攻には「伏龍」というもうどうしようもないものもありますが、追い詰められた日本の断末魔を見る思いがいたします。

黒木大尉のご遺書は本で見ましたが壮絶ですね。しかも鉄の壁に、というとその苦痛はいかばかりだったか。

黒木大尉も、仁科中尉も回天を提唱し開発しそしてそれに殉じて行きました。

零戦との御縁が多かったのですか、来年は何と御縁がつながるでしょう・・・きっと戦没した多くの人たちからの何かメッセージかもしれませんね。
本当に今の平和に感謝です。

ウダモさんへ

ウダモさんおはようございます^^
回天搭乗員の遺書など読むと、哀しさだけが先に立ちます。
そしてその瞬間何を考え何を叫んだのか・・・それを思う時私は恐怖すら感じてしまいます。でも彼らは笑って出て行ったという事実。無論誰もいないところでは逡巡もあったでしょうがそれを表に出さない潔さ。
そんな年若かった彼らの生と死を次代に語ってゆきたいですね。

いつだったかTVで回天のことを放送していましたが正直あまり良い出来ではなかったです、取材者のものを知らなさにも呆れたし、作りが雑でした。とても残念な思いをしました。

正しい日本の歴史を教えてもらっていない、知ろうとしていないというのがそうした番組にもなるのかなあと思う次第です。

本当の歴史を学ばねばいけませんよね^^。そして子供の世代に伝えて行きましょう!

初めてコメントします。

回天は瀬戸内の大津島に記念館があります。
私は25年くらい前ここに行って、初めて人間魚雷のことを知りました。
特攻隊と言えばゼロ戦と思っていたのが、それより前に回天ができたんですね。

訓練中に沈んだまま浮上できず、艦内で酸素もなくなり窒息死した
提唱者の黒木大尉らの最後の遺言書が、その後、艦が引き上げられた時、
鉄の壁に爪で引っ掻くように残されていたとか。
真っ暗闇の中で、どんなに無念だったことでしょう。

私も今年は、やけにゼロ戦に関連することに出会いました。
今の平和に感謝します。

こんばんは!

なんともせつないです。
どんな思いをして散っていったのか…と、よく考えますけど、なんとなく答えが解ったような気がします。
素晴らしいです。
いや、素晴らしいなんて言っては失礼ですよね。
みなさんもおっしゃっている通り、私たちは語り継がねばならないのだと思います。
正しい歴史を、です。
そうでなければ英霊様達に申し訳ないですよ。

ニュースや新聞ばかりではなく、自分で調べて知る事の重要さを思い知りました。
これからも、子供たちに教えて行く為に、私は自分の手で目で正しい歴史を調べていこうと思います。

改めてありがとうございますm(__)m

荒野鷹虎さんへ

荒野鷹虎さんこんばんは!
靖国神社遊就館に、回天一型の実物が展示されています。その直径の小ささに胸が苦しくなる思いをいつも感じます。
そんな中で敵をおって散華した彼らを思うと悲しみしか感じません。

お兄さまの思いを無駄にしないよう今を生きる我々は、戦争というものを語り継がねばなりませんね。
お命日は今月30日ですか・・・そっとお祈りさせていただきます。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
谷村さんの「群青」も素晴らしい歌であの映画を見るたび泣けてしまいますね。
まだまだあの戦争では、知らないことがいっぱいあったことでしょう。戦死なさった人の数だけ人生があり物語があるのですものね。

回天烈士が多くその身を散らした海、今では何も知らない観光客であふれています。
その青の下・・・若い命を散華させた多くの人たちがいることちょっとでもいい、思ってほしいです。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
前々から、回転戦没の中で気になって仕方がない方がいまして・・その方をモチーフに作り上げました(詳細は後日、あとがきという形で書きますね)
彼らの夢見た未来、それが今現在です。しかしこれが本当に彼らの夢見た未来の日本なんでしょうか?日本は自国を護る気概さえなく快楽享楽にうつつを抜かし自分勝手がまかり通り、犯罪ばかりが報道され、そして英霊は「性犯罪者」とさげすまれる今の日本が。

国のために等々命をささげた多くの人を慰霊顕彰できない、そしてその人たちを忘れ去った国家国民に天罰がきっと下るでしょう。
そうなったら本当にもう、救ってはくれないでしょうね。「自分たちでどうにかしなさい」と言われるのでしょうね。

酔漢さんへ

酔漢さんこんばんは!
ご祖母様のお言葉、実に思いやりにあふれたお言葉と受け取りました。
「たった一人で敵艦に体当たりをして・・・」
というその「たった一人で」というところが大変重要なのだと思います。一人で飛行機に、特潜に乗って行った人たちは想像を絶するような孤独の中で死んでいったのだ、ということを酔漢さんのご祖母様はしっかりわかってらっしゃるのですね。
人を思いやるその心の深さに私は打たれました。

それにしても回天は悲しい兵器です。桜花もそうですが、海中でたった一人艇を操縦しそして敵に突っ込むというそのすさまじい孤独感を思う時、これだけはうっかり触れないと思います。
でも大事に大事に語り継いでゆくべき話です。

ますらをの・・・
この歌は遊就館にも展示されていますね。
いつも遊就館に行くとこの歌を口の中で読んでから回ります。

見張り員さんへ!!

真珠湾でも回天は出撃していました。
狭い船室は人間を恐怖に落とすこと思うと飛行隊よりも厳しい者と思うと開発した幹部を恨みたくなります。

次兄も水上偵察隊でしたが、「いつも俺は死なない・・」と同僚に行って戦死しました。
はたして国のために純粋に特攻したのでしょうか・!?

この動画を見て思い出しました。次兄の命日は今月の30日です。涙)

この歌手は誰でしょうかねー。素敵な歌手ですね^^

Re:

こんにちは。海の青…映画『連合艦隊』主題歌の♪群青を歌う谷村新司さんの声がバックに流れているよう……すばらしい語りです。語られるべきたくさんの出来事、耳を傾け、直視しなくてはいけない出来事……海の青、空の青、地球の青……この世界にあるすべての青を用いて絵本にしてほしい!と思いました。

これは!! 見張り員さんにしては珍しくご英霊の立場で記されましたね。
青色に溶ける魂は切なくてでも穏やか。でも漂う魂の行き着く先がこんな日本で申し訳なく思えて仕方がありません。
尊い命をこの国の為に捧げて下さった、その大きな犠牲への感謝と意識なんてこれほども無くなった今の日本を、海山に散ったご英霊はどのように見て思っていることでしょうか。
情けないですね。罰が当たって泣きわめこうがもう二度と救ってはくれないような思いがします。

胸が締め付けられます

「大和は特攻ではない」これは一貫した自説です。
見張り員さんは、お分かり頂いていることと思います。祖母の言葉を改めて思い浮かべます。
「大和を特攻としたら、たった一人で、敵艦に体当たりをして命を徒した、多くの若者達に、申し訳ない」
この言葉が正しいとか、また、多くのご意見があろうかと存じますが、これは、祖母が事あるごとに子どもだった私に言いかせていた言葉なのです。
回天隊の話をやはり後世にきちんと伝えたい。
そうした思いは日に強くなってまります。
ご紹介、感謝いたします。

ますらをのかなしきいのちつみかさね
    つみかさねまもるやまとしまねを
                 三井甲之

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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