女だらけの戦艦大和」・内地へ2<花山掌航海長の場合>

目を閉じれば今も鮮明に浮かぶ、私の大好きなあの家。我が家、愛しの我が家――

 

『大和』が内地へ帰還するという連絡を受けて二日後、第一艦橋内で一人うなだれているのは誰あろう、花山掌航海長である。

そこへ足取りも軽く入ってきた片山航海長は

「あれ?花山さん、どうしたね?元気ないなあ、もうすぐ内地に帰れるんだよ?元気出しなって!」

というとその防暑服の背中を軽く叩いた。花山掌航海長はうつ向いていた顔をあげて、航海長を見つめた。そして全く生気の失せた声で

「片山航海長は元気でええですねえ・・・内地で何ぞええことがまっとってでしょうか?」

と言った。すると片山航海長はちょっと顔を赤らめて「ん?・・・ま、まあね」というと鼻の横を人さし指の先でそっと掻いた。航海長はそれが何だか聞いて欲しそうだったが花山掌航海長は全く興味を示さず

「はあそりゃえかったですねえ。わたしはねえ航海長、今回は内地に帰ってもなーんもええことなんぞまっとらんのですよ。なんでですって?ぜひ聞いてつかあさい。うちは親がだまって引っ越しをしてしもうたんがくやしゅうて、ほいで帰りとうないんです。うちは・・・私はあの家が好きでした。半分洋館で半分日本家屋のあの家が。

そして庭には芭蕉の樹があって風に吹かれるとええ音がしよってですね、その音を聞きながら昼寝をしたらはあこれがええ気持なんですわ。ほいで芝生の植わった庭の隅にはこまい池があってですねえ、そこには金魚が何匹かいつも居ってなかよう泳いで居るんです。それを見るんがうちの楽しみでした。ほいで洋館の方にはテラス、いうんがあってそこにはテーブルが置いてあって、そこで飯を食うことが出来るんです。うちは天気が良かったり暖かい季節にそこで朝飯を食うんが一番好きで・・・

ああ!それなのにそれなのに、うちのその楽しみを親に奪われたんがくやしゅうてなりません!うちは親が今度どがいな家を買うたんか知りませんが、うちにはあの家に勝る家はありません!なのに・・・母親も父親もうちのこの気持ちを分かっていながら・・・引っ越しをしたんですよ!?航海長、私のこの悔しさ、わかりますかっ!」

と一気に話した後ワッ、と声をあげて海図台に泣き伏してしまった。

さあ、困ったのは片山航海長である。

見ようによってはなんだか自分が泣かしたように見えやせんかと思って「花山さん、まあ落ち着いて」などと言ってその背中をさすったりしていた。

そこに艦長伝令の石場兵曹が入ってきて異様な様子に立ちすくんだ。最初まん丸く見開かれたその眼、やがて「暗黒の一重まぶた」が重々しく降りて来ると石場兵曹は

「航海長が・・・花山掌航海長を泣かしとる」

とつぶやいた。あわてたのは片山航海長で両手を前に突き出してそれをさらに振って

「ちがう違う違うーー!泣かしてない、絶対泣かしてなんかないったら!石場兵曹、あんたその瞼をしっかり持ちあげてみなさいって、アタシは花山掌航海長を泣かしたりしてないったら!」

と叫んだ。その取り乱し方があまりにすごかったので、さすがの掌航海長も泣きながら顔をあげて

「イシバチャン、ちがうの。わたしは勝手に一人で泣いとってじゃけえ。航海長に泣かされたんとは違うけえ」

と言った。すると石場兵曹の暗黒の一重まぶたがゆっくりと上がって半分白目だった眼も元に戻り

「ほうですか。ほんならえかった。いやあうちはてっきり航海長が掌航海長をいじめとってじゃないか思うてですねえ。――で?なんで掌航海長は泣いとってですか?よかったらうちに聞かせてつかあさい」

と言った。すると花山掌航海長は海図台の前からさっと石場兵曹の前まで来て、かぶっていた艦内帽の廂を後ろに回すなり石場兵曹に顔をひっつけんばかりにすると、先程航海長にいたのと同じことをしゃべった。

ふーむ、と腕を組んだ石場兵曹はしばらく暗黒の一重まぶたを重々しく垂れて考え込んでいたが急に顔をあげた。

オッ、とおどろいたように身を引いた花山掌航海長に石場兵曹は暗黒の一重まぶたを見開くと

「買い戻したらええんじゃないですか?そのお気に入りの家は売られたんでしょう?ほんなら買い戻したらええんですよ」

と言った。掌航海長は「買い戻す・・・」と言ってしばらく考えていたが石場兵曹の両肩をつかんで

「ほうか。その手があったか!買い戻せばええんじゃな?うちが買い戻してうちだけの家にしたらええんじゃ!ほうじゃ、その手があったのう!ワハハハハ!」

と笑いだした。片山航海長がおずおずと

「でもなあ、花山さんよ?買い戻すはいいがもう売れてるのと違うか?そしたらどうする、もうひとのものになった家を強引に買い戻したりは出来んぞ?」

と言った。欣喜雀躍していた花山掌航海長が急速にしぼんだ。その場にへたりこんで

「う、う、う・・・売れてるかもしれん・・・ですと?」

と言った。その声には力がない。掌航海長は

「ほうじゃ。売れとってかもしれん・・・あの手紙をもろうてから随分たっとってじゃけえ、そういうことも十分考えられる・・・ああ!どうしたらええんじゃ私は!あの家が売れてしもうたらわたしはもう生きていとうないわい!」

と叫ぶなりまたその場にうち伏して大泣きし始めた。泡を食う片山航海長に石場兵曹はまたも<暗黒の一重まぶた>も重々しく視線をぶつけると

「泣かしてしもうた。今度は航海長のせいですけえね」

と言って今度は航海長が泣き出す羽目に。

 

二人の士官が泣いて、それを一人の下士官が見つめている全く異様な風景の中に、野村副長が入ってきた。

あまりに異様な雰囲気に副長は

「なに?なにがあったの、石場兵曹?」

と声をひそめて聞いた。石場兵曹は副長に敬礼すると暗黒の一重まぶたを見開いて

「かくかくしかじかであります」

と言った。が副長は首をかしげて「かくかくしかじか、じゃわからないって。兵曹の知る限りのことをわたしにわかるよう、話してちょうだい」と言って説明を求めた。そこで石場はまだ泣いている二人の士官を等分に見つめながら知る限りのことを副長に言って聞かせた。

「ふーんむ。そりゃあ大変な話だが・・・ねえ、花山少尉。売れた、とは決まっていないでしょう。気をしっかり持ちなさい。すべては呉に着いたら判明しよう、だからその時まで気を落としたりしないで。呉に着いたらいの一番に花山少尉は上陸したらいい、わたしが許可するし艦長にも了解を取る。少尉はすぐに元の家に行き、買い手がついていなかったら買い戻し残念ながら買い手がついていたら潔く諦める。それでいいね?」

副長はそう言って床にうち伏している花山掌航海長の肩に手を置いて言い聞かせ、今度は<石場兵曹に泣かされた>片山航海長の背中を軽くたたいて

「ほら、片山さん。あなたこんなことで泣いてどうしますね?呉に着いたら結婚するんでしょう?花嫁になる人がこんなことで泣いてどうするのよ!」

と叱った。が次の瞬間副長は「あ!」と言って片手を口に当てた。

石場兵曹が「??」と副長を見ると副長は

「いけない、私としたことが・・・片山さんに秘密だって言われてたのに・・・。

石場兵曹!今のことは聞かなかったことにせよ!いいかもしも、口軽く誰にでもしゃべったら貴様休暇は無しだとそう思いなさい!」

と石場兵曹に厳しい視線を送った。その視線に射すくめられて石場兵曹は「はい、誰にも言いませんけえ休暇なしだけはご勘弁を願います」と小さくなった。

 

図らずして石場も花山掌航海長も、片山航海長の<秘密>を知ってしまったのだが花山掌航海長は

「そがいなこと秘密にしなくたってええのに。おめでたいことじゃけえ皆に言うたら祝福してもろうてええじゃろうに・・・それに引き換えうちは不幸じゃ。もしあの家が売れとってしもうたら・・・ああもう考えるんも嫌じゃー」

と頭を抱えている。

その晩、防空指揮所で途方に暮れている掌航海長のそばに立った見張兵曹、掌航海長から直々に話を聞いてふーっと小さくため息をつくと

「ほいでも花山少尉はええですね」

と言った。掌航海長はうつろな瞳をオトメチャンに向けて「・・・うちは、ええ?何処がええんね」と言った。オトメチャンは

「好きじゃった家がもしかしたら売られたとしたらそれは不幸なことじゃ思います。ほいでも花山少尉には親御さんが居って帰る場所がありますけえ・・・ええなあと。たとえ家はちごうても親御さんはずっと同じですけえ。・・・でも、お気に入りのおうちが買い戻せますよううちは祈っとります」

と言って、掌航海長は思わずオトメチャンの顔を見つめた。

(ほうじゃ、この子は<帰る家>言うもんがないんじゃ。それを思うたらうちは好きな家はのうなったかもしれんが帰る場所はある。うちは幸せもんじゃ、オトメチャンのことを思うたら罰が当たるくらいの。よし、もうくよくよせん。売れてしもうたら諦める。そうでなければ買えばええ。二つに一つじゃ、もう悩まん)

そう決めると心も体も軽くなった。オトメチャンを抱き上げると

「オトメチャン、ええこと言うてくれてありがとうな。うちはもう悩んだりせんからな、軍務一筋で行くで!」

というとその紅い唇に自分のそれをつけたのだった。

その後ろで愕然としてそれを見つめているのは誰あろう、麻生少尉であった――

  (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・

思い入れのある家が勝手に何の相談もなく売られたとしたらそれはちょっとショックですね。

でも中には帰る家さえないオトメチャンのような立場の人間もいます。掌航海長、それに気がついてよかったと思います。しかし、抱き上げて接吻はいかがなものか・・・麻生少尉の怒りを買いません様祈るばかりです。

これでも飲んで心安らかにしてね(海軍さんの珈琲。呉・昴珈琲店さん謹製)
DSCN1237.jpg

 

次回は野村副長の巻です。

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Comments 4

見張り員">
見張り員  
ウダモさんへ

ウダモさんおはようございます!
きっとかつてはこういう人も少なからずいたと思います・・・

最近の私を含めての日本人は物質的に豊かになり過ぎて瑣末なことで騒ぎ過ぎな部分も多いと思いますね。

大きく物事を見るようにしましょうね!!

2013/10/31 (Thu) 08:26 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
ウダモ  
そうですよね…

帰る家もない人もいるんですよね。
そう思うと、小さな事でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てている近頃の私たち日本人が情けなく思えてきます。
よし!
もっと大きく物事を見るぞーっ!w

2013/10/30 (Wed) 22:02 | EDIT | REPLY |   
見張り員">
見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
私はそういう家を持ったことが無いので憧れだけで書いてみました。が、祖母が住んでいた杉並の古い家が好きでした。あかんぼうのころから大人になるまで足しげく通った祖母の家ももう「他人顔」の伯父一家のものとなりしかも建て替わってしまいました・・・
なんだか若様が「おばあちゃんちはそのままで」とおっしゃる気持ちがよくわかる気がします。

さあ内地へ向けてまた忙しくも楽しくもなる「女だらけの大和」をよろしくお願いいたします^^!

2013/10/29 (Tue) 20:52 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  
No title

生まれた家、住み慣れた家ほど思い出がいっぱい詰まっているものはないですね。歴史もあれば息遣いもある。
我が家の次男もこの家よりもジジババと8年間過ごした私の実家の方が情が濃いようです。この家を売ってもいいけれどおばあちゃんチはそのままでと。私と逆の考えに母の喜ぶことったら。
まぶたに焼き付いて離れない花山さんの気持ちは痛いほど分かります。

何やらまたまた気忙しい雰囲気になっていますね。ハッピーなてんやわんやが楽しみです。

2013/10/29 (Tue) 12:02 | EDIT | REPLY |   

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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)