「女だらけの戦艦大和」・友の魂いつまでも

江古田主計中尉は、トレーラーから内地に帰って休暇をもらうと一番気になる場所へ向かった――

 

その場所へ行くのは若干気が重かった。悲しい思い出のある場所だから、本当ならもう自分の心の一番深いところに沈めておきたかった。

だが・・・

「確かめておきたい」

江古田中尉はそうひとりごちると歩を進めた。その場所は、軍港から歩いて小一時間ほどである。(あの時は自動車だったから、それにあの状態だったからあっという間についたような気がしていたが・・・)江古田中尉はあれこれ考えつつさらに歩く。

どのくらい歩いたか、道端に綺麗な野の花が咲いているのが眼に入り江古田中尉は腰をかがめてそれをいくつか手折った。(あいつに・・・)江古田中尉はそれを片手に持つとさらに歩きだした。

 

目的の場所がやがて行く手に見えて来た。江古田中尉は手桶に水をたくさん汲むと柄杓を一本その中に突っ込んだ。

八月の日差しの中、その場所は陽炎に揺らぎそして奇妙な静けさに満ちていた。江古田中尉はその静けさの中を歩く。地面に彼女の影が焼きつくような暑さではあったが中尉はひとところを目指してさらに歩く。

その彼女の先方に、一人の僧侶が姿を現して江古田中尉に頭を下げた。中尉も返礼すると僧侶はそっと近寄って来た。僧侶が歩くたびにその草履の下で砂利が鳴った。

僧侶はこの共同墓地を管理する寺の住職である。河合の家は神道であるが神仏混淆のこの地のことだから住職はいつも心に掛けてくれているようだ。住職は中尉に微笑むと、

「遠路ご苦労様でした。暑かったでしょう・・・故人もきっとお喜びでしょう。さ、お参りなさってらっしゃい。終わりましたら庫裡へいらっしゃい。つめたいお茶を差し上げましょう」

といい、江古田中尉は

「はい、ありがとうございます。では行ってまいります」

というと歩きだす。彼女の左右に並んだ墓石、そこから死者たちのひそやかな視線を浴びているような気がして江古田中尉は少し居心地悪い。日差しの強さに比して、彼女の背筋は何かうすら寒い。

やがて彼女は一基の墓所の前で立ち止まった。やはり、彼女はもうこの世にいないのだと思った。その死を見届けたはずなのに、今も心のどこかでは信じてはいなかったのだ。

「久しぶりだね。なかなか来られなくって悪かった」

江古田中尉はそういうと、墓石の前の花立てに入っている花を見つめた。まだ新しい花が生けられて、この墓所に眠る人がどれだけ愛されているかを物語っている。

江古田中尉はその横に摘んできた野の花をそっと差し込んだ。柄杓から水を流し込み、墓石にも掛けた。そしてそっと手を合わせた。

「河合中尉・・・待ってたかね?」

そうこの墓所こそ、今年不幸な死を遂げた河合サキ中尉の墓である。墓石の側面には「河合サキ刀自命 昭和××年●月×日 享年二×歳」と彫られ、河合サキが生きていた名残をとどめている。河合中尉は、嫁ぎ先の墓所をその奥津城と決め永の眠りについている。河合中尉は流産がもとで亡くなった、その哀れさが江古田中尉の胸をえぐる。

「河合中尉、貴様は果報者だね。今でも愛されているんだね」

江古田中尉は二種軍装の軍袴の膝をちょっと上に持ち上げるようにしてその場にしゃがんだ。そして墓に向かってサキが亡くなってから後の艦のことなど話してやった。河合中尉には、目の前に立つものが墓石ではなく河合サキ中尉そのものに思えている。

江古田中尉の脳裏に、かつて経理学校在学中楽しく語り合った河合サキ――当時は豊島だったが――の面影がよみがえった。サキは「卒業したらどの艦に配属になるかしらねえ。わたしは大きな艦がいいなあ」と言って笑ったあの笑顔。

そして卒業して同じ巡洋艦に配属された時のサキの喜んだ顔も。

サキは「良かった、また江古田さんと一緒。でもほかのみんなと別れたのは寂しいね。どこかで会えるといいね」と少しさみしげではあったが。

やがて、江古田中尉は立ちあがると墓に向かって「じゃあな、河合中尉。また来るからその日までまってくれよ」というと力いっぱい敬礼した。一陣の風が吹き抜け、花立ての中の花々を揺らした。

(河合中尉が返礼している)

江古田中尉の瞳に、急に涙があふれ視界がかすんだ。あわてて軍装の袖で涙をぬぐって一呼吸置くと、手桶を持って住職の待つ庫裡に歩き出した。

庫裡では住職が待っていて、江古田中尉の姿を見ると「ここにどうぞ」と涼しい縁側を示し、つめたい茶を出してくれた。中尉は「ありがとうございます」というと冷茶を飲んだ。すがすがしい冷たさが喉を通り過ぎて、江古田中尉はほうっと息をついた。

住職はからになった中尉のコップにまたつめたい茶を注いでくれた。そして

「戦況はいかがですか?聞くところによれば帝国は連戦連勝とか。これもひとえにあなた方のおかげですね」

と言って自分のコップを手に取ると宙を見つめた。中尉は住職を見つめ

「敵を押し返し、いずれはアメリカを手中に入れるべくまい進しております」

とだけ答えた。住職は満足そうにうなずくと「ご武運を祈ります」と言ってその場を立った。中尉は一礼して茶を飲み干すとため息ひとつついてこれも立ち上がった。

(さて・・・)

江古田中尉はもう一つ確かめたいことがあった。中尉は寺を出て再び歩き出す。

 

江古田中尉がたどり着いたのは、河合の店である。サキが愛してやまなかった婚家である。江古田中尉はここで確かめたいことがあった。が、堂々と中に入るのはためらわれた。外からなんとかわからないものか、と思ううち中から一人の男性が出て来て、中尉の顔を見ると「あ・・・」と小さく叫んで江古田中尉の前に走り出て来た。

彼はここの大番頭、(せい)さんである。清さんは「江古田中尉さん・・・お懐かしい」と中尉の前で頭を深々と下げた。中尉も「お久しぶりです。お元気でしたか」とほほ笑んだ。清さんは、

「ここではなんですからぜひ奥へ。旦那さま方もおいでですから」

というと中尉を先にして中へ招じ入れた。

家の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、江古田中尉は不審げに眉を寄せた。(赤ん坊?まさか河合さんは再婚したのか?いやそれにしても早い)不審感を持ったまま中尉は客間に案内され、待つ間もなくサキの夫、舅姑までがやってきた。

サキの夫の道明は生まれて半年ほどの赤子を抱いてきた。その赤子を凝視している江古田中尉に道明は

「あの時は大変お世話になりました・・・」

とサキの逝去の前後のことを謝した。母親と父親も頭を下げて、「本当にあの節はありがとうございました。サキちゃんもきっと喜んでいると思います」と言った。道明は、自分が抱いている子を江古田中尉が凝視しているのに気がついて、

「ああ、ご紹介が遅れました。これは私の親戚の子供で、私の養子にいたしました」

と言って赤子をあやすように軽くゆすった。江古田中尉は「養子、でありますか?」と尋ねた。母親が言葉を引き取って、

「はい。息子もわたしたちもサキさんを忘れられなくて・・・親戚からはたくさん縁談が来たのですが息子も私たちもサキさん以外考えられないんです。サキさんは本当に良いお嫁さんでした、いえ、お嫁さんなどという他人行儀なものではなく娘だったのです、私たちにとっては。そんな私たちを見かねてか、親戚の一人が今度生まれた子供を養子に出そうと言ってくれたのです。この子が生まれたのがちょうどサキさんが亡くなったころでして、もしかしたらサキさんの生まれ変わりかもしれないと思って養子に迎えました。――本当ならもう子供がいて、サキさんと私が望んだ家庭が持てていたのですが――」

といい赤子を愛おしげに見つめた。

父親が、

「男の子ですので、サキさんの名前をもらって<咲雄>と名付けました。こう見ているとなんとなく・・・サキさんに面ざしが似ているような気がして」

といい瞳を潤ませた。江古田中尉は思わず赤子の顔を覗き込んだ。確かにサキに似ている。まったく血のつながりがないというのに、どういうことなんだろうこれは。本当に魂というものはあって、彼女はこの赤子になってこの世に再び生まれ変わったんだろうか。

中尉は思わず「河合中尉・・・」と呼びかけていた。赤子は江古田中尉の顔を見ると無邪気な笑みを浮かべた。道明の腕の中で両手を振り、両足をグンと突っ張って喜びを表した。江古田中尉は赤子の小さな手をそっと握ると

「河合中尉。この家をよろしく願います」

と言って微笑んだ。微笑んだはずなのに涙が一粒落ちたのはどうしてだろう――

 

やがて江古田中尉は河合家を辞した。帰る道すがら、中尉はずっと胸に秘めていたことをまるで海の底から砂をすくうような感じで思い出した。

(私はサキが好きだった。サキと一緒の艦に配属になったあの日、夜の甲板でわたしはサキの――)

唇を奪ったのだった。たった一度、あの時だけの接吻。

サキは自分より背の高い江古田中尉の胸にうずもれるようにして江古田中尉の口づけを受けた。その頃にはサキは婚約していた。江古田中尉は「豊島・・・結婚しても私を忘れないでほしいんだ」というとサキは恥ずかしげに微笑んで「忘れないよ。わたしは江古田より先に死ぬことがあっても絶対忘れない。きっと生まれ変わって逢いに行く・・・」と言ったのだった。

あの時のサキの柔らかな唇と、身体の感触が江古田中尉によみがえった。

江古田中尉は「サキ。貴様律義な奴だなあ・・・本当に生まれ変わってまで逢いに来てくれるなんて。また逢いに来るからな。そしてくれぐれも河合の皆さんをよろしくな」とそっとつぶやく。

甘酸っぱい思い出と悲しみが江古田中尉の胸に去来した。

風が吹きぬけ、見上げる青い空にはそろそろ秋の気配が漂っていた――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

河合中尉の後日譚といった話でした。

江古田中尉は河合中尉を好きだったのです。そして嫁ぎ先の皆は今もサキを忘れてはいなかった・・・女冥利に尽きますね。ちょっと悲しいけれど。

この歌を聴いてイメージしました。小坂明子「あなた」



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Comments 6

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見張り員  
matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
嫁、という存在はどちらかと言えば不遇な扱いを受けるものなのですがこの河合一家は違っていますね。これだけ、生前も死後も愛されたらもう言うことないですよね^^。

江古田中尉もサキとは深い友情で、サキの死後も結ばれています。matsuyamaさんのおっしゃる通り!深い友情とか夫婦愛あってこそ、人は生きてゆけるのですよね。
自分さえよければいい、では信頼なんかあり得ませんものね。

すべてが薄っぺらくなってしまった今の世の中。
ちょっと悲しいですね・・・

2013/08/27 (Tue) 23:20 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
matsuyama  

亡くなってからも婚家の家族から愛され続け、しかも嫁を思うあまり二人のための養子を取ったなど、嫁冥利に尽きますね。今世においてそのような奇特な親子はいませんよ。
それに確かめに行かれた江古田中尉も親愛なる友情をお持ちなんですね。何でもそうでしょうが深い友情、深い夫婦愛は日々の生活を築いていく上で絶対欠かせないことですよね。
相手を思えばこそ、優しい言葉の一つ、思いやりの行動などが自然に身に付くのではないかと思います。自分のことだけを主張しているようでは信頼感が深まりません。
今の若い世代の、いや私ら熟年者に対しても、良き見本になってほしいと思いますし、我々も心掛けたいものですね。

2013/08/27 (Tue) 21:07 | EDIT | REPLY |   
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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは!
ありがとうございます、「河合サキ」の話をあのままにしたくなくて書きました。
人はその死後に一番恐れることが「忘れられること」なのだと聞きました。自分でも死後、あっという間に忘れられたらうらさみしいなあと思っています。
平和な世の中でさえそうなのですからましてや戦没した方たちは・・・。

思い出って、そうですね、一度きりのほうがいいですね。
自由に夢の続きを見られる方が幸せかもしれませんよね。
少しの欠けがある人生のほうが面白みと幸福がある・・そうかもしれませんね!!

2013/08/26 (Mon) 15:53 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

良い話でした。
まるで夢の中の物語のように無垢で美しくて。立場の異なる人々が一人の女性に思いを寄せ合って生きているなんて素敵すぎますね。だから血脈がなくてもサキさんに似た男の子が花が咲くように現れてくれるのでしょう。

思い出は一回ポッキリの方が美しくて臨場感があって、そして「もしそれからがあったならば」と夢の続きを見ることが出来ますもんね。すべて揃わない方が幸せな人生でもあるのかもしれません。

2013/08/26 (Mon) 13:03 | EDIT | REPLY |   
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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
サキの夫も、江古田さんも・・・今だに彼女を愛しています^^。人として魅力があればこそ…なのでしょうね❤
命や心の不思議を思って書いてみました!

婚家の墓に入る・・・私は正直できません(きっぱり!)www。

2013/08/25 (Sun) 21:07 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
オスカー  
Re:

こんばんは。好きだったひとではなく今も大好きなひとなんですね~胸キュンであります。そしてこういうふうに人の想いや命はつながっていくんだなぁって思いました。
しかし婚家の墓に入りたいなんで……私は自分の実家のお墓に入りたい…!

2013/08/25 (Sun) 00:10 | EDIT | REPLY |   

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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)