2017-10

「花の命はみじかきものをなどてか君は散り急ぎたまへり」あとがき - 2013.08.17 Sat

「花の命はみじかきものをなどてか君は散り急ぎたまへり」をお読みいただきましてありがとうございます。

この物語を書こうと思ったきっかけはリンホラの「花の散る世界」を聞き、その歌詞を見て「これは戦争未亡人の世界ではないか!」と勝手に思ったからでした。聞けば聞くほどそう思えて仕方がなくなり次第にこの「未亡人の思い」が我が身のうちに湧いて来たのでした。

今までたくさん読んだ戦争未亡人の話や、英霊の遺書が参考になりました。

文中の小さな娘が亡き父親の写真の裏に<お父さん>の文字を書きつけるところは辺見じゅんさんの「男たちの大和」からヒントを得て書きました。ほとんど実話です。少しだけ脚色いたしました。

 

あの戦争が終わって今年・平成25年で68年がたちました。

あの戦争を知らない世代(私もそうです)が人口のほとんどを占めるようになりアメリカと戦ったことや原子爆弾を落とされたことすら知らない、関心が無い世代・人々も増えました。しかし、あの戦争は今を生きる私たちに本当に関係のない、遠く過ぎ去った昔話なのでしょうか。

ちがいます。

あの戦争(大東亜戦争)は終わってはいないと思うのです。硫黄島(いおうとう)では未だに多くの将兵の遺骨がそのままですし、外地でも同じことです。

さらに海に沈んだ遺骨は数え切れず、集骨も出来ません。それが出来ない以上は我々は彼らを思い出しその努力に何らかの形で報いねばならない。そう思います。

しかし今の日本の現状は、それを思ったり口にすれば「あいつは右翼」と言われさげすまれる。どうして国の為に戦って死んでいった人を慰霊顕彰したら「右翼」と言われねばならぬのか。

何処の国でも当たり前にしている戦没者顕彰が日本では憚られなければならぬのか。これが真の独立国の戦没者に対する仕打ちなのか。

そう思い、戦没の多くの将兵を思う時私の心には彼らの慟哭が聞こえるような気がしてなりません。

そして残された家族、特に妻たちの戦後は苦難の連続だったと思います。本来なら国の英雄としてたたえらるべき戦没の夫たちは、敗戦後のGHQ史観(視観)によって犯罪者扱いになりました。しかもそれを支持する日本人が多くなり、きっと悲しい思いをされたに違いありません。

そして恐ろしい速さで日本という国自体も変わってきました。

 

かくばかり 醜き国に なりたれば

捧げし人の ただに惜しまる

 

ある戦争未亡人の嘆きの歌です。こんな悲しい歌を詠ませる国家、国民があっていいものか?大変疑問でまつまた怒りを覚えたものです。

どうか、戦没した日本の将兵をこれ以上貶めないでください。そして遺族だけでなく日本人全体が戦没将兵に慰霊顕彰をいつでもできる環境を作りましょう。それが当たり前の国にしなければ。

彼らの死を「無駄死に」「犬死」にしてはなりません。

彼らの死は決して無駄死にでもなければ犬死でもありません。しかしもし――そうだとしたらそれは今を生きる我々がそうさせているのだということを肝に銘じねばなりません。

英霊が心静かに鎮もれる国を作りたいというのが私の思いです。

 

              ・・・・・・・・・・・・・・

 

さてお知らせです。

16日から5日ほど山梨県某所に行ってまいります!

更新しばらくお休みいたしますね、帰京したら新しいお話を書きたいと思いますのでまたよろしくお願いいたします!!

皆さまには暑さの折からくれぐれもご自愛くださいますように。


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● COMMENT ●

ウダモさんへ

ウダモさんこんにちは!

お元気そうでほっとしました^^。暑さはまだ当分きつそうですがホントお互い頑張りましょうね!!

私はウダモさんのおっしゃること、その通りだと思いますよ。「従軍慰安婦」(この言葉大嫌いですが)の問題はとうに解決済みだし、第一彼女たちは自ら応募して、そして働いて大金稼いでいたんですからそれなりにいい思いもしたはずでしょうに。
それをアメリカにまで妙な銅像を建てて同情買おうなんか嫌ですよ全く、品がない、なさすぎます。

日本人の死生観というものをもう一度おさらいしたらどうかね、マスゴミは!と言いたくなります。日本人は本来死者を他国のようにゴミのようには扱いませんし生前よくない行為をしたような場合でも亡くなれば年ごろに弔います。
そういう感情を持った国の人間が、国のために散華した将兵たちを慰霊顕彰しない・・・どういうこと??と思います。
いい加減反日はやめましょう日本人なら!と声を大にして言いたい私です。
ウダモさんありがとう、言いすぎじゃないですよ^^!

matsuyama さんへ

matsuyama さんこんにちは!
8月15日を迎えるたびにわが母は「ああもう60何年もたったんだねえ」と感慨深そうに言います。昭和16年の夏生まれの母にとって、戦争とともに育ってきた感があるのでしょうね。
いまだにB29の怖さを語る母。
何年たってもその身にしみこんだ恐怖はぬぐえないものなんだと思います。

高度成長からこちらの生活はうたかたのような気がします。
ハッと気がつけば覚めてしまう夢でないかとさえ思うこともあります。

戦争のいろいろな怖さは、体験した世代から順々に語り伝えてゆかねばいけませんね。でないとまたおなじあやまちをくりかえしますから・・・ね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは!
帰ってきました猛暑の東京…(-_-;)、山梨良かったですよ、特別どこも行かなかったけどよく眠れましたー^^。

オスカーさんはたくさんのご本を読んでらっしゃるので書き手の心の奥を読むということにかけても造詣の深い方ですね。そうした方にこうおっしゃっていただけるのは嬉しい限りです。

二度と、こんな文章のような体験をする人が出てほしくないですよね。そのためには、まず自分の手の届く範囲からものを知らねばならない。ちょっとでもかじることから今まで知らなかった世界は広がります。
そう、そこから発生するのがオスカーさんのおっしゃる>寄り添う気持ち です。

知らない、見ない知りたくないと思う人でもちょっと手を伸ばしてほしいですね^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは。
にいさまのお心を乱してしまい・・・申し訳ない気分です・・・。

16日から山梨に行き、今日20日午後帰宅いたしました!かの地は一応標高800メートル越えなのですが、現地に住まう方に言わせれば「今年は暑い!」のだそうです。場所柄、真昼間は日差しがきつくピリピリと肌が焼けますが、朝夕はと手の涼しい風が来て極楽でした^^。
後日写真を整理して記事を書きますね~~^^!

ご無沙汰してました

最近めっきりパソコンを開く回数が減ってしまいましたw
まだまだ暑さは続きますけど、お互いに頑張りましょうねb

最近また、従軍慰安婦問題がテレビで取り沙汰されてますけど、その度に日本の兵隊さんの事を思います。
お国の為に散った方々への補償は満足行くものだったのか?
遺族の人達は不自由なく過ごせていたのか?
…などなど、申し訳ないけど募集によって集まり、慰安婦となった方々の不幸よりも、お国の為と言って散っていった兵隊さん達の事のほうに心を寄せてしまいます。

なにより、本当に深い哀しみの中にいる人は、お金を欲しがるだろうか?という疑問がわいてきます。
そして同時に、かの国の軍人により強制連行されて凌辱されたベトナムの女性達と、その結果に生れてきた子供達への冷遇を思うと、お金、お金と騒いでいるかの国の元慰安婦の人達には同情すら覚えません。

反日・極右なマスコミやテレビに洗脳されて、日本の英霊さま達をないがしろにされるのは腹が立ちますね。
日本という国の精神、そして文化をよく振り返ってみれば、自ずと真実が明らかになると思います。
死というものに美学を持ち、死に対し、ある種の尊厳をもっているのは、おそらく日本人ぐらいじゃないかと思います。
目玉をくりぬいてズタズタに切り裂いたり、内臓をえぐり出して見世物にしたり、女性の性器に棒を突っ込んで殺す…など、およそ野蛮な行為や処刑法がなされてきたのは、かの国や西洋に多いように思います。

日本人なら、お国の為に散っていった自国の兵隊さんの事を第一に考えるべきだと思います。
…って、言い過ぎてスミマセンw



NoTitle

戦後68年経つんですね。戦後生まれの自分には悲惨な戦争の実態は分かりませんが、戦争による悲劇は両親兄弟から聞き及んでおります。
小さな町にも銅鉱石を精錬する工場があり、そこにそびえる町のシンボルだった高い煙突が、米軍襲撃の目標になっていたのです。B29の爆撃は市民を脅かし、生きた心地がしなかったそうです。
幸い家族には戦争による不幸はありませんでした。戦後の復興のための窮乏生活は自分が生まれてからもしばらく続いていました。これが当たり前の生活なんだと育てられてきました。今の文化的生活は考えられませんでしたね。
今や戦争を知っている世代は少なくなってきましたが、戦争による不幸、恐怖、辛さはいつまでも後世に伝えていきたいものですね。

Re:

こんばんは。山梨はいかがですか?ゆっくりして下さいね!
作品を書いた本人のによるあとがきが私は大好きです。より深く作品を理解できるというとおおげさですが、書き手の気持ちに近づける気がするからです。かぐや姫の「あの人の手紙」を思い出しながら読ませていただきました。
遺族の方々、関係者の方々、皆さんが自分の気持ちを言葉に出来るとは限らないですよね。その方々に代わって、皆さんの心情を私のように未熟な人間にユーモアを交えながら優しくわかりやすく伝えてくれる見張り員さまは「自分の使命」を理解した人だと思います。
見ない、聞かない、知らないではなくて、自分にあった無理のない範囲、方法であの時代について考えてほしいですね。同じような体験をしろとは言わないし、そうなってはいけない。完全に理解など出来ないことはわかっているので、寄り添う気持ちを大事にしたいと思います。

NoTitle

昨日の話は心が揺れまくってしまいました。

さて昨日から山梨某所に逼塞中の見張り員さんですね。
きっと涼しいはずですが、そうでもなかったりして??
気分転換、存分にリフレッシュして帰京なさって下さいね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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