「女だらけの戦艦大和」・鯉のぼり、五月の風に。

五月の薫風もすがすがしい内地某所、潜水艦隊の基地である――

 

先だってのオーストラリア方面での作戦を無事終えた、伊号850潜水艦と特殊潜航艇・イルカ型とクジラ型の部隊が内地へ戻ってきた。昨晩遅くに帰投した潜水艦隊は一晩基地で過ごし、各部の点検等を終えた明後日から順次休暇に入る。十日間の休暇。

「壱年近い長い作戦行動だったからな、乗員にはたっぷり休暇をやろうじゃないか」

と伊号850潜の艦長・明神大佐は言った。神田砲術長もうなずいて、

「ちょうどいいことに内地は五月の一番さわやかな時ですからね。それぞれの里に帰って気分新たになってくれればいいですね」

と言った。

二人の上を、五月の風がさやさやと流れてゆく。

 

今回もいるか型で活躍した月島志づ子中尉はペアの佃兵曹と駅で「じゃあまた。休暇明けに」と握手をして別れた。佃兵曹の里は東京であるから汽車に揺られて一晩はかかる。が、佃兵曹は久々に里へ帰れる嬉しさにそんなことは歯牙にもかけていない。一種軍装の裾を片手でぴんと伸ばすようにしてから軍帽をまっすぐにかぶり直し、カバンを持つ手もうれしげに歩いて行った。東京行きの汽車の汽笛が鋭く鳴り、やがて汽車はゴトン、と音を立ててホームを滑り出して行った。

それを見届けてから月島中尉も次の汽車の来るホームへと走っていく・・・

 

月島中尉が里の駅に着いたのは、その晩遅くだった。もうバスも終わってしまったので、暗い道を歩くが幼いころから慣れ親しんだ道。怖くもない。なにか幼馴染に話しかけるような気分で月を見上げつつ鼻歌交じりであるく中尉。

やがて田んぼの真ん中に月島中尉の生家がみえてきた。田んぼには水が張られ、その水に月が写って何とも抒情的である。中尉はしばし、その光景に見とれた。そうするうちに

(ああ、今回も生きて帰って来たんだ)

と生きているという実感がふつふつと湧いてきた。中尉はうんうんとうなずくと、歩を進め生家の玄関に立つとまず呼び鈴を鳴らした。そして引き戸に手をかけそれをガラガラと音をさせて開くと大きな声で

「ただ今っ!」

と言った。中から聞きなれた母の足音がして、「まあまあ、志づ子さん・・・」と母が姿を現した。中尉が内地の基地に戻る前立ち寄ったフィリッピン・セブから出した手紙で、志づ子の帰還を知り、待っていた母はもう満面の笑みである。

「立派になったわね。志づ子さん」

そういいながら母は中尉のカバンを手に取り、中尉は靴を脱いだ。廊下を歩きながら母は「お父さん、お父さん志づ子ですよ」と言う。すると父は湯殿から飛び出してきて「おお!志づ子、お前立派になったなあ」と言って志づ子を見つめた。

以前、妹のたづ子の婚儀のことで喧嘩までした二人ではあったがもうそれも和解済み、今まで通りの親子に戻った。父は、

「志づ子、今ちょうど湯が沸いたところだ。疲れたろう、早く風呂入れや」

と笑い、母も「そうですよ、疲れをとりなさい。それからご飯にしましょうね」という。中尉は汽車の旅と、その前の潜水行動で疲れていたので有難く両親の申し出を受けた。

湯殿に入って服を脱いで、久しぶりに家庭の風呂の味を堪能する。まずは髪や体をよく、丹念に洗ってからやっと湯船に浸かった。体の奥からじんわりと疲労がにじみ出てくるのがわかった。しかしそれは不愉快なものではなく、戦捷の後の心地よい疲労である。

月島中尉は眼を閉じて湯船に体を沈めた。そして(今頃佃兵曹はどのあたりだろうか。無事に東京についてくれるように)と祈った。

 

月島中尉が長い風呂からあがると、居間では母がすっかり食事の準備を整えて待っていた。父親が熱燗の徳利を前に、中尉に笑いかけた。

「早く座れ・・・。志づ子、おつかれさまでした」

そう、父は言い中尉に持たせた盃に酒を注いだ。中尉はそれをちょっと上に掲げて「ありがとうございます。いただきます」と言って干した。父は満足そうな顔でうなずき中尉は徳利を手に取ると、

「お父さん、どうぞ」

と言って父の盃に注ぐ。それを干した父は「ああ、美味い。そうだ、今夜は母さんも飲みなさい。志づ子が無事帰ってきた祝いだ」と言って盃を妻に差し出す。母は

「まあ・・それでは私も」

と中尉が注いでくれた酒を干し、ここでやっと三人心から微笑みあった。中尉は正座のまま、盃を置くと「無事帰還いたしました。ご心配をおかけしましたが、こうして戻ることが出来ました。これもお父さんとお母さんのおかげです」

と言って頭を下げた。父はうんと深くうなずき、母はちょっと涙ぐんで「よかった、よかったですね。無事戻れたのが一番です」と言った。その時やおら、中尉は大きな声で「ではいだたきます、お母さん!」というと食卓の上の母の心尽くしの料理に箸を伸ばした。

中尉は、たとえうれし涙であっても母の涙は見たくないと思った。だからあえて無邪気にふるまって見たのだった。(お母さんに涙は似合わない。お母さんは笑っていてほしい)

 

「そういえば」と蕗とタケノコの煮物を食べていた月島中尉が顔をあげて言った、「たづ子はあれからどうしました?」。

母は嬉しそうに父を見てから、

「あなたへの手紙には間に合わなかったのですけど、たづ子は三月の末に男の子を生んだんですよ」

と言った。中尉はほう!と声をあげていた。あの体の弱いたづ子が子供を産んだのか、「それでたづ子は元気なのですか?」

母は中尉の皿に蕗とタケノコを取ってやりながら、「ええ。たづ子はお嫁に行ってから丈夫になりました。やはり好きな人と一緒にいるのがよかったみたいですね。明日にでも会いに行きましょうか」と言った。

中尉に異存があるはずもない。明日、たづ子の嫁ぎ先を訪問することに決め、その晩は父と酒の飲み比べをして酔いつぶれた中尉であった。

 

翌日、月島中尉は父と母の三人でたづ子の嫁ぎ先へ行った。たづ子の嫁ぎ先の関川の家も、中尉の実家と同じ農家である。家の規模も同じくらいで、その長男・健太郎とは幼馴染の間柄のたづ子。関川の家の親たちにも可愛がられたづ子は幸せに暮らしていた。

最初に中尉の姿をみつけたのは健太郎で、「あ!お姉さんだ、おねえさーん!」と大きな声を出して畑から飛び出してきた。その次に関川の父親が「月島中尉―!お帰りなさい!!」と走ってくる。

二人に次々話しかけられながら三人は関川の家へ向かう。中堅の農家らしい家の作り、その玄関に走っていった関川の舅殿は

「おーい、月島さんがみえたぞ!月島中尉もご一緒だ、早く!」

と焦って怒鳴る。その様子に中尉は笑いをこらえた。するとすぐに家の中から関川の姑とたづ子が出て来た。たづ子は赤ん坊を抱いている。

 

「たづ子、おめでとう。たづ子がお母さんになっていたとは」

月島中尉は、たづ子から赤ん坊を抱きとって嬉しそうに言った。まだやっと生後ひと月を過ぎたばかりの赤子――捷太郎(しょうたろう)――は、中尉の腕の中で眠っている。関川の舅も姑もうれしそうで頬笑みが絶えない。関川の姑は月島の父と母、そして中尉に茶を勧めて

「たづちゃんはよくやってくれてますよ。健太郎とも仲良くしていますし、言うことないです。私はほんとにたづちゃんが来てくれてうれしくって」

というとその眼がほんのり涙にうるんだ。たづ子が以前この村の有力者に横取りされそうになった時大変落胆したのが関川の両親だった。それを姉の月島中尉が取り戻してくれたというのを二人は大変恩義に感じて、中尉の武運を祈って家の仏壇に毎日陰膳を供えている。

「ありがたいお父さんとお母さんなんですよ」

とたづ子は二人きりになった時言った。そして「あれを見て、姉さん」と言って庭先を指差した。そこには大きな鯉のぼりが三匹、吹き流しを一番上にして泳いでいた。

「ほう、こいのぼり」

という中尉にたづ子は「お父さんとお母さんが、初節句だと張り切って買ってくださったの。大きいでしょう?この辺のどの家のより大きいのよ」と少し自慢げに言ったのが中尉には嬉しかった。

「そうか。たづ子も捷太郎も幸せ者だな」

そう言って姉妹は幸せな気持ちに浸ると微笑みあったのだった。

 

その日は関川の家で歓待された三人、急な訪問を心からわびたが関川の舅は「いえ、月島さんとうちは親戚です。いや、そんなもんじゃない。もっと近しい関係ですからお互い遠慮はやめましょう。そして月島中尉さん、あなたがいらっしゃらなかったらたづちゃんは今ここにいません・・・本当にありがとうございます」と泣かんばかりに中尉にすがりついた。

姑も涙ぐみつつ捷太郎を抱いてうなずいている。健太郎とたづ子が仲良く並んで中尉を見つめる。月島中尉は

「そのようにおっしゃっていただき身に余る光栄であります。関川のご両親様にご心配をおかけしないよう軍務に励んでまいりますのでどうぞご両親様には、たづ子をお見捨てなくお願いいたします。健太郎さんもどうかよろしく願います」

と言って深々と頭を下げた。関川の両親も深く頭を垂れそれに応えた。

 

そして三人は関川宅を辞した。中尉は「また来るから、その日まで元気でいなさい」とたづ子に言って健太郎と両親に「くれぐれもお体をお大切に」と言い置いて。

しばらく歩いて関川の家を振り返った月島中尉の目に薫風に身をくねらせる鯉のぼりが見えた。そういえばオーストラリア攻略戦に出る時、伊号潜水艦の上にも鯉のぼりが立った。(なぜ鯉のぼりが?)

その意味を測りかねていた時、傍らにいた松尾敬子大尉が教えてくれたのが

「鯉というのはあえて難しい滝登りというものに挑戦するという。だから我々もその鯉の心意気を見習って敵がいかに攻略の難しい相手であっても向かっていこう。そして・・・大物を狙うぞという気概をそこに秘めているんだ」

ということだった。月島中尉は、

(捷太郎。私の甥っこ。お前も大きくなったら相手がどんなものでも臆せず向かい合いなさい。そしていつか心の大きな立派な人間になってほしい。それが関川のおじい様おばあ様、そして親への何よりの恩返しだよ)

と甥っこへの思いを込めて鯉のぼりを見つめた。五月の風が、月島中尉たちの背中を優しく押して過ぎて行った――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ちょっと早いですが鯉のぼりのお話でした。

月島中尉の妹は許婚がありながら土地の有力者の横恋慕から大変なことになりかけたのですが、中尉がそれを阻止。そして今があるというわけです。

潜水艦に上がった鯉のぼりの話は以前どこかで聞いたことがあったのでモチーフにいたしました。

 

さて、明日五月二日の夜から六日まで私は留守にいたします。

新しい記事は「予約投稿」という形で四日・五日の正午にアップいたしますのでお暇な時覗いてみてくださいね。

お話は、医務科が主役です。どんなことが起きますか、お楽しみに。

それでは皆様良い連休をお過ごしくださいませ。連休明けにまたお会いしましょう^^。


回天(轟隊)搭載の伊号潜水艦出撃の時。左側にこいのぼりが上がっています。搭載された回天の上で歓呼にこたえる搭乗員の心のうちはいかばかりだったでしょうか・・・(画像お借りしました)。
轟隊


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Comments 4

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見張り員  
すっとこさんへ

すっとこさんこんばんは!
実家におります…がなんだかよくわからない状態です。来た当初は依然とそれほど変わらないとも思いましたがやはり変ですね。痴呆特有の症状が出始めてきています、じわじわと…(-_-;)

すっとこさんは実の親御さんとお義父様が・・・それでもホームにお入りになって状態が良いのならそれが一番ですね。
父親の件も、連休明けに母が相談センターのほうに電話してみると言っています。なんだかものすごい食欲の父親は腰が痛いと座り込んでしまうので母の力では動かせないので、その辺も相談したいと言っています。
母が疲れて倒れてしまうのが一番恐れているところです。

月島少尉の父親像は私の憧れの父親像でもあります。わが父はこういう親ではないので・・・そしてせめて5年前の父親ならまだよかったのにと思いつつ・・・。

はい^^。
せっかくですから今回は思う存分甘えてまいります!!

いつもありがとうございます、すっとこさん、くれぐれも御身大切にお過ごしくださいね^^。

2013/05/03 (Fri) 20:46 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
すっとこ  

見張り員さん、お父様にはもう会われた頃でしょうか。

認知症の出て来た親のことは心が痛みますね。
家族だけで解決しきれないこともありますから
公的機関のサービスを受けるのも手だと思います。
ケアマネージャーをしていた友人が「家族だからこそ
できることとできないことがある。できないことは専
門家に任せてね」と常々言ってました。

見張り員さんより大分お姉さん(笑)の自分は、両親・
義父と3人揃って認知症状あり。3人とも老人ホーム
へ入ってもらっています。自宅にいた時より生き生き
しています。入るまではいろいろありましたが今は良
かったと思っています。

この小説、月島中尉の帰宅に大喜びする、特に父親
の姿をどのような気持ちでお書きになったのか・・・
と考えてしまいました。

まだ初期とのこと、きっと月島中尉の父上のような歓待
をお父様もなさるのでしょう。
存分に甘えていらっしゃいませ!!


2013/05/03 (Fri) 07:00 | EDIT | REPLY |   
見張り員">
見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
とても寒い五月一日となっています…雨も降って寒い~~~!

明日夜から実家に行ってきます、父親の様子も気になりますので見てきます。でもどんなん状態でも実家に行けるのは心落ち着く気がします。

なんと『たづ子』さんはまろにいさまのご祖母様のお名前と同じと!!
昔の人のお名前って聞くも書くも、たおやかでいい響きがありますね。私は『たづ子』という音がとても好きです。つ、に点々を付けた「づ」、というところがまさに日本的で。

潜水艦隊もしばし休暇。戦い勝って休暇あり、というところです^^。


2013/05/02 (Thu) 00:07 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

爽やかになるはずの五月になりました。
早速明日から見張り員さんは素敵な雲隠れのご様子。骨も心もしっかりと休めてきて下さいね。

たづ子さん。私の祖母と同じ名前に懐かしさを感じています。久々に祖母の名前を見て、久々に祖母を思い出しました。ありがとう。
潜水艦隊の皆さんも休暇ですね。みんなゆっくりとしてもらいたいです。

2013/05/01 (Wed) 23:49 | EDIT | REPLY |   

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)