2017-10

「女だらけの戦艦大和」・初節句 - 2013.03.02 Sat

ここは横須賀海軍工廠官舎、その一隅に三浦智一技術中尉の家がある――

 

昨年九月、三浦中尉と妻の桃恵の間に第一子の継代が生まれた。中尉の勤め先の上司、喜木キリ少佐が「子供生まれたのに今までの借家じゃ駄目よ、あたしが官舎を借りてあげる!」と言ってこの一軒家の官舎を借りてくれたのだった。

退院後、ひと月ほど親代わりの桃恵の兄の妻が泊まり込みで面倒を見てくれ、桃恵は産後の身体を休めたりまた、育児経験者の義姉・あやこに育児のいろいろを聞いたりして自信をつけた。そして十月も終わるころあやこは「もう一人で平気かな、何か困ったことがあったら遠慮なく言うのよ」と桃恵を励まして三浦家を後にした。その後ろ姿を涙ぐみながら見送った桃恵であった――

 

今年は春が遅いと思ってはいたが数日前春一番が吹き荒れた後からここ横須賀はうらうらと暖かい日差しが照っている。庭の隅に植わった梅もずいぶんとほころんだ、そんな朝。

一軒の家の、庭に面したガラス戸がガラガラと開き洗濯物のたくさん入った籠を抱えた若い女性が一人出て来た。女性は籠を置くと物干しざおを腰の手拭いをとって拭いた。そして洗濯かごから一つづつ洗濯物を取り出すとそれをパンパンと気持ちの良い音を立てて振りさばいた。

手際良く干される洗濯物は、おむつ。この女性こそが三浦桃恵、そしておむつは言うまでもない継代のものである。そこに右となりの家の主婦が出てきて垣根越しに「ご精が出ますねえ。赤ちゃんいらっしゃると大変でしょう、困ったことがあったら遠慮なしに言ってちょうだいね」と声をかける。その主婦に桃恵は一礼してから、

「ありがとうございます。いつもお心にかけていただいて・・・おかげさまで大助かりです」

と言って微笑んだ。主婦は「お互い様ですよ」と言って微笑むと自分の洗濯物を干しにかかる。左隣の家の年配の主婦も出てきて桃恵とあいさつを交わす。

この官舎の住人たちは当初、「なんと、『武蔵』に乗っていた兵曹がここに住むんですって。どんな人でしょうねえ、でもきっと『武蔵』に乗るくらいだから派手で澄ましてとっつきにくい方かもしれない」と少し不安に思っていた。

が、桃恵の入院中に喜木少佐たちが運び込んだ引っ越し荷物はひとつも華美なところがなく質素そのものである。夫らしい人も低姿勢で住人達は好感を持ったが、(でも肝心の『武蔵』の人はどうなのかしら)とまだまだ不安をぬぐえないでいた。

そして桃恵が出産を終え、ここに帰ってきてすぐに継代を抱いて一軒一軒回ってあいさつしたのを機に、皆の不安はすっかり解消されてしまった。「『武蔵』に乗っていたというからどんな威張った人かと思ったら全然そんなことのない優しくてていねいな人でよかった。妙な心配して損した」と皆は笑った。そのくらい桃恵は、皆の心にあっという間に好印象を残した。

以来、あやこが手伝いをしているころから何かと差し入れをしてくれたりこのあたりに慣れていないあやこと一緒に買い物に行ってくれたりと官舎の皆は世話を焼いてくれるようになった。

「ねえ、あなた。みなさんに何かお礼をしなきゃいけませんね」

とよく桃恵は言った。智一も「そうだね、いただきっぱなしでは罰が当たるというものだ」と言って工廠で珍しいものをもらったりしたときは「少しですがおすそ分け」と言って配ったりしていた。

そんなこんなですっかりここに溶け込んだ三浦桃恵。朝のまぶしい日差しに目を細めつつおむつを干し終えた。

そこに「おーい、桃恵さん」と縁側から声をかけたのは智一中尉。中尉は今日明日と珍しく休みをもらえた。中尉は継代をだっこして縁側から庭に降りて来た。桃恵を見て、手をぐるぐるまわして笑ってよろこぶ継代に桃恵は微笑み、手を出した。継代は桃恵の方に体を寄せ、桃恵に抱かれた。着物の裾から継代のふっくら柔らかい足が出て、それを桃恵が優しくさする。春の朝風が、継代のふわふわとした頭髪を揺らしてゆく。

中尉は「重くなったもんだね、継代も。・・・そうだ、今日お兄さんたちがみえるだろう?何時ころかな?いろいろ準備があるんじゃないかね?」と言って桃恵の顔を見た。今日は桃恵の兄夫婦が、初節句の継代に「ひな人形を持って行くから楽しみにしていてよ!」と前々から言っていた約束の日。

桃恵は中尉を見て微笑んで、

「はい、準備万端整っております。後は、お部屋のお掃除だけであります」

と言い二人は笑い合う。その二人を見て継代もうれしげに笑っている。

 

 

兄夫婦が来たのは昼を少し過ぎたころだった。

兄の春山竹男は大きな箱を持ってきて、通された客間にそっと置いた。あやこが嬉しそうに継代をだっこしている。継代はおとなしくあやこに抱っこされて、無心にあやこの襟をいじっている。桜色の唇からよだれがあぶく状になってプクプクとはぜる。あやこが慣れた手つきでそれをよだれかけの端っこで拭く。

「これが、継代のお雛様だ。これは私の京都の友人に頼んでおいたものでね。・・気に入ってくれるかな?」

竹男は包みの紙を取り去った。そして箱の中からこれも薄紙に包まれたものをいくつか出し、最後に小さな階段状のものをとりだした。今度は継代は竹男の方を見つめる。あやこが、

「継代ちゃん、ほーらいったい何が出てくるかな?」

と話し掛け、継代はじっと竹男のすることに見入っている。その小さな桜色の唇から一筋よだれがスーッと落ちる。竹男は客間の床の間にそれを置き、その上に薄紙に包まれたものを置いた。一つ一ついとおしむような手つきで紙をとると・・

「まあ、なんて素敵な!」

桃恵が感嘆の声をあげていた。そこには小さめだが何とも美しい、ひな人形――お内裏様にお雛様、三人官女が鎮座している。竹男はさらに金屏風や雪洞などの小物も並べた。

「ほう・・・これは雅やかな!」

と、三浦中尉も眼を瞠って声をあげている。それほどこのひな人形は美しく雅である。あやこが継代を抱いてひな人形の前に行って座ると、

「ほら、継代ちゃん。初節句おめでとう。これはあなたのお雛様よ。綺麗ねえ~、継代ちゃんもこんなふうにきれいな女の子になれるわよ」

と、継代を膝に置いた。継代は右手の指をしゃぶりながらじっとひな人形を見つめていた。が、やがてその顔に笑みが浮かぶとあやこの膝の上で体を跳ねるようにして「あー、あー。うーう」と声をあげた。桃恵が

「継代が喜んでますよ、兄さん姉さん。・・・素晴らしいお人形をありがとうございます」

と言うと両手をついて頭を下げた。竹男が照れて、「まあいいって、礼なんぞ」と言い、あやこも「喜んでくれるのが一番ですよ」と笑った。継代があやこの膝で、しきりにひな人形に笑いかけて「あーあ、うーう」とまるで「何か話しかけてるようですね」と、三浦中尉が言って皆がうなずく。

桃恵はなんだか心の中に愛しさが満ち溢れて来るのを感じていた。(智一さんと出会って、結婚して子供が生まれて・・・私はなんて幸せなんだろう。今までも幸せだったけどこの幸せはもっと深い感じがする。とてもうれしい・・)

心の中が外の陽気のようにほっこりと暖かくなってゆくのを感じながら、桃恵はそっと立ちあがると食事の準備に台所へ行った。

そして桃恵の心尽くしの祝いの料理を皆で楽しく食べながら話は尽きない。竹男が盃一杯の日本酒でもう、頬を赤く染めて

「三浦さん、次の子の時も私に初節句に人形を贈らせて下さいね!今度は弟かな、それとも継代ちゃん妹がいいかな!?

と言うとあやこが「まあ、気の早い人!」と言って皆は笑った。継代は、あやこに抱かれて嬉しそうに笑っている。その唇からよだれが次々と・・・。

 

その晩と翌晩は、竹男夫婦は三浦家に泊ることになった。久しぶりの再会に、皆の話は尽きることがなく桃恵も継代の世話の合間に話に参加。継代はその晩、あやこと久々に一緒の風呂に入りご満悦であった。湯ざましを飲んで気持ちよくなったか眠った継代を布団に入れて、やっと落ち着いて話が出来る桃恵であった。

やがて夜も更け、竹男夫婦は別室で眠り桃恵は客間の床の間に飾られたひな人形を見つめている。その横に智一が座り、「いいものですね、ひな人形」と言うと桃恵の肩をグイと抱き寄せる。桃恵は「はい」と言うと夫の肩にそっともたれた。智一の、桃恵の肩を抱く腕に力がこもり・・・次の瞬間、智一は桃恵をあっという間に抱き上げると寝室に入っていったのだった。

後には、ひな人形たちが微笑んで座っている――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

お久しぶりの三浦一家です。継代ちゃんももうすぐ生後半年です。初節句と言うことで伯父さん夫婦からの素敵な贈り物でした。

そして・・・三浦中尉早くも次のお子さんを???
200902221605000ひな人形


我が家のひな人形(画像はずいぶん前のものですが・・)。
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● COMMENT ●

酔漢さんへ

酔漢さんこんばんは!
生まれたばかりの叔母様のお雛人形、どんなお人形だったのでしょうね?現存していたらよかったのにと思いました。
お祖父さまきっと嬉しくてたまらなかったでしょうね。
一人娘、どんなに可愛かったか。
娘を持つ親の気持ちっていつの時代も変わることがないのでしょうね。

節句

叔母は生まれたばかり。横須賀の自宅には小さな雛人形を祖母が飾ったと話しておりました。
その人形は、どさくさに紛れて解らなくなったとも聞いております。
祖父が横須賀の人形店(父はさいかやとも言ってますが・・)で買ってきたと聞きました。
娘一人だもんね。
祖父の気持ちも一緒だったんだなぁって、拝読後に思いました。

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます。
男の子だけのおうちのお母さんはご自分に欲しいですね!私の伯母も、男の子しかいなかったのでこの時期「さみしい」と言って親王飾りだけのひな人形を買って「私だけの^^」と言って飾っていましたね。
オスカーさんもぜひ、ご自分のために一つ買ってください!!

三浦家の初節句、かわいい継代ちゃんの姿はわが子のことを思い浮かべつつ書きました。
そして・・・「ほんのりピンク」の夜になった夫婦は…若いですねえ~~ww。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます。

今年も出しましたお雛様、写真こそ昔のものではありますがしっかり出して飾りました。長女が初節句の時から次女へと、その成長を見守ってきたひな人形が何かいとおしい存在です。

男の子のいるおうちでは五月人形ですね!
まろにいさまもおっしゃるように、「来年また私はこの箱をあけられるかな」とひそかに思いました、まあなんていうか歳はとりたくないもんだなあと思いつつもさみしい感じは否めませんね。五月人形、今年も郵送に飾ってくださいね!!

おはようございます。お雛様、ウチは男ばかりなので私のために飾りたいところですが…ない!ホームセンターなどで小さい親王飾りだけでも…と見たりしていましたが、結局結婚してからはないままです。田舎では4月なのでソレまでに何か良いものを探そうかしら?
幸せそうな初節句の様子、ほんのりピンクの夜(笑)いいですね!!

桃の花の似合う桃恵家もさることながら見張り員家の雛壇も立派!!
確か数年前にもアップなさっていましたね。見張り員さんの娘さんに対する晴れがましい愛情が存分に滲んでいて感動ものです。

男ばっかりの我が家は五月の飾りですが、いつもしまう時に来年も無事に箱を開けて飾れますようにと祈る気持ちも芽生えてきました。不思議なものですね。老いると来年が怖い(笑)

すっとこさんへ

すっとこさんおはようございます!
おお、すっとこさんも7段を娘さんに!そうなんですよね、7段8段当たり前!って言う時代がありましたよね。
確かに段の組み立てから人形の飾りつけ等々大変ではありますがその年その年で何かしら面白いことがあり楽しいものですよ^^。
画像は古いものですが今年も飾りました!
今年は、スチール製の段の一部が何故か曲がっているという珍事がありそれを直すのに少し時間がかかりましたがこれも来年へのいい思い出ですw。

「手紙」では、書くそれぞれのキャラクターになりきって書いてみました!

おお!7段飾りですね。
我が家も娘に7段飾りを買ってしまい
孫が産まれてから娘と婿さんがおおわらわで
汗かいて組み立ててるのを見て また仕舞う
のも大変なのですよね!7段分あると。それも
見ているので 「ううむ親王雛だけのにして
おけば飾るのも仕舞うのも楽だったのに」と
今となっては申し訳ないような気分です。
あの頃は7段が"当たり前”みたいな時代でした。
見張り員さん「写真は以前の」とのことでもしや
今は出し入れが大変で飾っておられないとか?

前回の手紙・・・それぞれの性格で書き分けられて
いて感心しました!!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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