2017-10

「女だらけの戦艦大和」・手紙<5>決意 - 2013.02.27 Wed

岩井特務少尉は、かつての夫からの手紙を読み、驚愕の声をあげていた――

 

「まさか、まさかこげえなことを言うなんか・・・」

岩井少尉の、便せんを持った手が細かく震えた。岩井少尉はもう一度便せんを食い入るように見つめ落ち着いてその文面を読んだ。便せんには光雄の決して上手とは言えない文字でこう書かれていた。

>昨年の正月、しんさんに「もう会いとうない」と言われて俺は正直大変悲しかったのです。俺はしんさんが好きだった、いや今でも好きなのです。ですがあの後、あなたのお父さんに会い「しんはもうあなたのもとには戻る気がないというのがわからないのですか?第一しんはもう海軍士官の道を歩いていますからあなたとの復縁はもうありません。だからもうしんをこれ以上追いかけて困らすのはやめてください、これ以上何かしたら私は出るところに出ますよ」と言われ、私は悲しくてたまりませんでした。

そんな気持ちのままずっと過ごして来ましたが昨年の暮れ、母が亡くなりました。妹たちもとうに嫁ぎ家の中をする人もなく、時折下の妹が訪ねてきてあれこれしては呉れますがなかなか今までのようにはいきません。

そこでというのはなんですが、母もおらんようになったことだし、もしもしんさんの心が変わったならば俺ともう一度やり直してくれませんか?しんさんに海軍をやめろというのは心苦しいですがどうか俺の心も汲んでください。

でもどうしてもおれとやり直したくない、いやだと言うならもうあきらめます。が、あきらめるにも条件があります。それはしんさんが次に内地に帰って来た時、俺はしんさんとの名残に・・・しんさんの身体をを一日好きにさせてほしい。結婚した晩のようにしたいのです。

しんさん、これが最後の俺の頼みです。しんさんが俺とやり直したくないなら俺に一日身を任せる。そして俺はしんさんとのその思い出を心に秘めてあきらめる、今度こそ身を引きます。たった一日のことですので、俺の願いをぜひかなえてほしい。これをかなえてくれたら本当にもう追ったりしない。本心を言うならしんさんが俺のもとに戻ってくれるのが一番ええんじゃが・・・無理は言わん。

次回しんさんが内地に戻ってくる日を待っています。その日まで元気で。

 

最後までようよう、読み終えた岩井少尉の顔から血の気が失せた。(あの男・・・)あきらめる代わりに一日自由にさせろと言うのか。私は何時まであの男のおもちゃになればいいのだろう。岩井少尉は唇をキッとかみしめた。(そうだこの話は、)と少尉は思った、私の母親も絶対一枚かんでいるだろう。あの人のことだ「しんはあれで弱いところもあるけえ、光雄さん力ずくでしてしまえばまた元に戻る言うにきまってますよ」とか何とか品のないことを言って光雄を焚きつけたのだろう。野住の姑が死んだというのは本当かもしれない、でも鵜飲みは危険だ。あの連中のことじゃ、どがいな罠があってもおかしゅうない。

それにしても・・・

「自分の気持ちばっかり優先しやがって」

岩井少尉の口から思わずあらい言葉が突いて出ていた。何が俺の心を汲め、だ。あの人は、私があの家の嫁だったころ私の気持ちなんか指の先ほども汲んではくれんかったくせに。自分が困れば人の気持ちを踏みにじっても、踏み台にしてもええゆうんか。

「勝手じゃ、勝手なことばっかり言うて皆でうちを困らす・・・」

岩井少尉は手紙をぐしゃぐしゃに握ってそれで顔を覆うようにして嗚咽した。こげえなことお父さんには言えん、第一お父さんに連絡しとうても出来ん。手紙を書いてもお母さんが受け取ったら開いてしまうじゃろうし。あの母親のことじゃ、『大和』やうちの動向を手を尽くしても知るつもりじゃろう。これが四面楚歌いうんか。

誰かうちを助けて・・・

岩井少尉は運用科の部屋の中に一人しゃがみ込んでいつまでも泣いていた。

 

岩井少尉はやがて落ち着くと運用科の部屋を出た。だがその目は腫れぼったく泣いたというのがありありとわかる。岩井少尉は艦内帽を目深にかぶって顔を隠して歩いた。と、向こうから機関科の松本兵曹長が歩いて来て岩井少尉に気がつくと立ち止まって敬礼した。岩井少尉も返礼したが兵曹長の顔を見たとたん、先年の正月、呉の町で光雄と自分の母親に囲まれて窮していた際、兵曹長に助けられた時のことが脳裏に浮かび思わず涙を落していた。

「岩井少尉、どうなさいましたか?」

松本兵曹長は大変驚いて、さっとあたりを見回すと「こちらへ」と言って人気のない廊下の隅へと岩井少尉をいざなった。遠くを兵隊たちの笑い声が通ってゆく。

岩井少尉は新たな涙を抑えなかった。両手で顔を覆って泣いた。もう恥も外聞もない、その少尉を松本兵曹長は優しいまなざしで見守る。やがて少尉が落ち着いて来ると兵曹長は少尉の背中をそっと撫でた。岩井少尉は顔をあげて涙を防暑服の肩のあたりで拭うと無理に笑顔を作って、

「すまん、松本兵曹長。みっともないところを見せてしもうて」

と言った。兵曹長は笑顔で「ええんですよ。でも、なんぞあったんですか?少尉」と聞いてみた。すると岩井少尉はあの手紙をくしゃくしゃのままでそっと差し出し、

「これを読んでくれんか?」

と言った。兵曹長は「うちが読んで・・・ええんでしょうか?」とためらったが、少尉がうなずくのでそっと広げて読み始める。段々兵曹長の顔が悲痛に歪み始める。そして岩井少尉の顔を見て、

「岩井少尉、これはあんまりひどいじゃないですか・・・うちはこげえなこと許せません!あんまりじゃ、岩井少尉がおもちゃにされとるんを、うちは黙ってみちゃおれません」と言うとその瞳がうるみ始め、やがて涙の筋がその頬を伝いだす。兵曹長はその太い腕で涙をグイッとぬぐった。岩井少尉の心に松本兵曹長の優しさがしみこんだ。光雄からの手紙でささくれ立ったような乾燥した心に、松本兵曹長のいたわりが慈雨のごとくしみ込んだ。

「ありがとう、松本兵曹長。あなたはいつも優しいね、あの時助けてもらわんかったらうちはどうなっていたかわからん・・・」

岩井少尉の言葉に松本兵曹長は、

「ほいじゃあ岩井少尉、今度も私にひと肌脱がせてはいただけませんかのう?次に内地に帰った時にどうすりゃあ一番ええか、うちはちいと考えてみよう思います。決して少尉に悪いようにはしませんけえご安心を。ほいでこのことは誰にも言いませんけえそれもご安心を。

この松本、体のでかいのと口の堅いんは自慢できますけえ」

と言って少尉の肩をしっかりつかんだ。岩井少尉の瞳に力が蘇り、その頬に微笑が浮かんだ。少尉は

「松本兵曹長。うちはどれほどあなたに礼を言っても足りません。また厄介をかけるようで心苦しいが・・・ひとつ知恵を貸してください。願います!」

と言って笑った。松本兵曹長も笑顔になって二人はやがて声を立てて笑いあったのだった。岩井少尉は(うちは頑張る。こんな力強い味方が居るんじゃ。逃げんであの人と真っ向から勝負じゃ。うちは海軍士官の誇りをかけてあの人と勝負する!)と決意を固めた。

 

そんなころ、士官室ではマツコとトメキチが樽美酒少尉と一緒に菓子を食っていた。

そこにラケットを持った松岡分隊長が入ってきて、マツコが「あ、マツオカ~。あんたもこのお菓子食べない?とってもおいしいわよ」とくちばしをガタガタ言わしながら話しかけた。松岡分隊長は

「おお!樽くんに犬くんに鳥くん、今日も熱くなってますね!たくさん食べてたくさん出す、そうしたら皆明日も体軽く働けますよー、さあ、みんなも今日から富士山だ―ーっ」

というなりテーブルの上の菓子をガシッとわし掴みにして走り去ってしまった。マツコが「待ってよう、マツオカ~」と言ってそのあとを追う。トメキチは「マツコサン、よっぽど松岡さんが好きなのね」と言って樽美酒少尉を見上げた。樽美酒少尉はトメキチに微笑むと、そっとトメキチを抱き上げてその顔に自分の頬を押しつけた。

そして「トメキチ、君もハシビロクンもいい子だね。私は君たちがいるこの『大和』に来ることが出来てほんとうに幸せだよ」と囁いた。その胸ポケットには、内地の家族からの嬉しい便りが入っている。トメキチはその手紙の匂いをクンクンと嗅いで(とっても嬉しいにおいがする。樽美酒さんのお家の人が、とっても嬉しい気持ちで書いたのがよくわかるよ。良かったねえ樽美酒さん。僕もうれしい)と思い、元気に「キャン!」と鳴いたのだった。

 

さてさらにそんなころ、副砲分隊の生方中尉は家族からの手紙に嬉しい悲鳴をあげている。副砲の中で広げた家族からの分厚い封筒から出したものを眺め、

「こ、こ、こ、・・・」

それしか言えない生方中尉に周囲の兵が「どうしたんじゃ生方中尉は。こ、こ、こ、とかいうて鶏にでもなったんかいね?」と言ってこっそり笑う。そんなさざめきも聞こえないのか生方中尉はやっと、

「こ、こんなに見合い写真を送ってよこさんでもよかろうに。ウ、ウ、ウフフフフ・・・」

と今度は不気味な笑いを始めて兵たちは「なんじゃいったい!天変地異の前触れか、それとも大規模な敵襲か?おい、ちいと見張りを厳にした方がええで」と本気で配置に走っていってしまった。そのくらい生方中尉の笑いは気味が悪かった。が、生方中尉としては嬉しくてたまらないものがあった。前に、許婚に手ひどく振られて以来<結婚>の言葉が世の中で一番、アメリカよりも大嫌いになっていた中尉だったが、この間の上陸の際再会した母親から「見合いの話があるからあなたの写真を撮りましょう。いい人がいたらその人の写真を送りますからめを通しておいてね」と囁かれたのだ。母がそっと言うには中尉を振って他の女性と結婚すると言ったもとの許婚は結局その女性にも振られて、傷心の日々だとか。

「だから!」と母親は胸を張っていったものだ、「幸子さん、あなた今度こそ幸せになってあの人を見返してやるのよ、ウフフフ!」。

生方中尉はなんだかなあ、かたき討ちの様相だなと思いながらも「はい、ではよろしく願います。お母さん」と言ってトレーラーに来たのだった。

「さーてと、私に似合いの人はいるかなあ~」と軽口をたたきながら写真を並べる中尉の周りに、「うちにも見せてつかあさい!」「私も今後の参考の為に!」「生方中尉の幸せをちいと分けてつかあされ!」などと言いながら部下の兵隊嬢たちが集まった。

ワイワイと楽しげな声が副砲周辺から漏れ出している――

 

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

岩井特務少尉、おおごとです!!今後『大和』が内地に帰る時少尉はどうしたらいいのでしょうか、松本兵曹長には何かいい対策があるというのでしょうか?生方中尉は今度こそ幸せをつかんでほしいものですね。


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● COMMENT ●

酔漢さんへ

酔漢さんこんばんは!
「ウ556」、辺見じゅんさんの「男たちの大和」の中でも出てきましたね。

もしかしたらもう二度と会えない、と思いつつ書かれた当時の将兵たちの手紙、靖国神社遊就館で拝見しますがどんな気持ちで書かれたんだろうと思うたび切ないというのか…説明つかない思いが去来します。
すべてが命がけだったあの頃、手紙の一文字一文字も命がけだったのかな・・なんて思いました。

呉局ウ556F司令部

一度お話しいたしましたが、大和からの手紙、葉書の消印です。
それぞれの想いが込められておりますよね。
一字一字愛おしく、そして、「言の葉」を選び綴る作業。
現場からの手紙には、大きな重みがある事を知りました。

matsuyama さんへ

matsuyama さんおはようございます。
文書での個人通信が当たり前だった時代があったんですよね・・・手紙を待つというあの何とも言えない感覚は今はもう味わえないのでしょうか。電話は大変便利ではありますがいきなり入り込まれるといううっとうしさもありますね。
両方のいいところをよいように使えればいいんですが。

岩井少尉の元夫、こんなやつがホントにいたら荷物まとめて逃げたくなりますね。変な交換条件を出されたら少尉としては・・・!?
きっと松本兵曹長の大活躍がありますのでお楽しみに!

今と違って、当時は個人的通信の手段が手紙にしかなかったんでしょうね。
その点いまは携帯やらメールで好きな時好きなだけ連絡取りあえますもんね。
もっとも連絡取りたくない時もあるんですけど。

何日に1度くらいの内地からの手紙には悲喜こもごもでしょうね。
岩井少尉の元夫、ちょっと未練がましいですね。男として風上にも置けないです。
松本兵曹長、気持ちよく成敗してください。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
そうですねこれって、ストーカーですね(-_-;)恐ろしい・・・ストーカーは恐怖以外の何ものでもないですね。
岩井少尉が軍人でなかったら、絶対追われまくっていますね。岩井少尉にとって厄介なのは実の母がからんでいることでしょうね。
でも、きっと岩井少尉良い解決策を松本兵曹長と見出すと思います!

恋。私にとってすっかり死語になりました(泣)、若いころのあの浮き立つようなこころはもうどこかに一っちゃたのかなあ~~??

未練たらしい男ですね。未練というよりもほとんど病気でしょうね。今で言うストーカーでしょうか。
思うに岩井少尉がヤマトに居て良かった。これが普通の生活をしていたらどこまでも追いかけてくるでしょうね。今回もきっと良い手立てが見つかる……。そうでしょ。見張り員さん。
僕は老いらくの恋に落ちて身悶えしないように現生にしがみついておかねば!!

すっとこさんへ

すっとこさんこんばんは!
こんな男がいたら嫌なんてもんじゃあないですね。
岩井少尉、どうする・・・?

これに気を取られていてはいけないのですが・・・・「女だらけの大和」の明日はどっちだ!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
どれだけそこに心をこめたか。それがわかってしまうのが手紙、手書きの手紙ですね。
美しい文字の羅列でも心がこもってないとがっかりさせられますね・・・

「女だらけの大和」のみんな、幸せにしてやりたいと思っています!応援よろしくです^^。

ううむ。

岩井特務少尉のかつての夫の
なんたるぶざまな手紙であることか!
「一日自分の自由になれ」だとぉ?

これだから
男って
男って!

こんなことでは
女だらけの戦艦大和も
むべなるかな・・・・・・・・・・・・・!

こんにちは。手紙って本当に一文字一文字を大切に書いてくれたんだ、と思うものもあれば、文字や言葉が綺麗なだけで中身がスカスカのすきま風みたいなのもありますよね。手紙が運ぶのはいつもあたたかい気持ちであって欲しいと思いました。ああ、皆さん、どうぞ幸せに!!と願わずにいられません~見張り員さま、よろしくお願いいたしますね!!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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