2017-10

「女だらけの戦艦大和」・手紙<4>安堵・倦怠・驚愕 - 2013.02.25 Mon

防空指揮所の後ろ側で一人座り込んで封筒を見つめている少尉がいる――

 

その少尉に風が吹きつけ、艦内帽の下から出た栗色の髪の毛が小さく揺れた。樽美酒ゆう少尉である。少尉は内地からの手紙をもらったものの、(開けようかどうしようか)と迷っているのだった。

少尉には内地に病弱な妹があり、いつ病状が変わってもおかしくない、覚悟はしておくようにと妹の主治医から言われていた。手紙が来たということはもしかしたら悪い知らせではないのか、と樽美酒少尉はそれを見ることを躊躇しているのだった。樽美酒少尉が一人物思いに沈んでいるのを感じ取ったか、今日は主砲射撃指揮所で遊んでいたマツコとトメキチが観測窓から顔をのぞかせて彼女の様子を見ている。

「樽美酒さんの様子が変ね、マツコサン」

そうトメキチが言うとマツコも大きいくちばしをガタガタ言わして

「そうよ、変よ。ちょっと一人にしといていいのかしら。まさかここから身を投げちゃうなんてこと、しないわよねえ?」

と不安げな顔つきになった。トメキチもマツコも、優しい樽美酒少尉が大好きである。いつでも優しく撫でてくれてだまって通り過ぎるということがない。尤もこの『大和』でトメキチもマツコも人気者だから必ず皆触れたり声をかけてくれるが何だか樽美酒少尉の手は柔らかで気持ちがいいのだ。

「ちょっと見に行かない、トメキチ。もしものときは大声で誰かを呼ぶのよ、いいわね」

マツコはそう言ってトメキチと一緒に防空指揮所の甲板に降りた。そしてそっと樽美酒少尉の様子を覗き込んだ。封筒を持ったまま開けようともしない樽美酒少尉であったが、気配を感じて横を見るとトメキチとマツコがそこに立ってこちらを見つめている。少尉は微笑んで、

「やあ、トメキチとハッシ―。そんなところにいないでこちらにおいで?」

と言うと二匹を手招いた。トメキチとマツコは喜んで樽美酒少尉の隣に争って座った。トメキチは少尉の膝に入り、マツコが「やあね、あんたいつも樽美酒さんの膝に入って!」と怒る。そのマツコの頭をそっと撫でて少尉はマツコの体を自分のほうに寄せた。マツコは樽美酒少尉に体を預けて

「ねえ、樽ちゃん。あんたどうしたっていうのよう?こんなところで一人でいて寂しくないの?」

と問う、トメキチも樽美酒少尉の手をなめていたが不意に顔をあげて「この封筒、樽美酒少尉さんのお家からだよ、マツコサン」と、ハシビロに声をかけた。マツコは「お家から・・・」と言ったあとハッとしたような表情でトメキチを見る、トメキチもうなずいて「そうよマツコサン。樽美酒少尉さんの妹さんが具合が悪いって言ってたでしょう?それで少尉さんはこのお手紙が悪い知らせじゃないかって思ってるんじゃない?」と言った。

二匹が何やら話しているのを樽美酒少尉は聞いて、

「そうだよ、私は妹の悪い知らせが書いてあるんじゃないかって心配で開けられないんだよ。妹には元気を出すようにって、ここであった面白い話や君たちのことも書いて送ったんだが・・・でも、いつまでこうしていても仕方ないものね。開けてみよう」

と言って封筒の頭をそっと切り始める。それをマツコとトメキチが固唾をのんで見守っている、その視線の中を樽美酒少尉は封を切り終え、中の便せんを引き出した。そして一回大きく息を吐くと、それを広げて読み始めた。その顔をトメキチは少尉の膝の中から見上げ、マツコは横から見つめる。

息をひそめて見守る二匹、次の瞬間樽美酒少尉の顔が春のようにほころんだ。そして膝のトメキチ、自分にひっつくマツコに、

「トメキチクンにハシビロクン。あのねえ、妹は危険を脱したらしいよ。何でも私が送った手紙が面白くて『そこに行ってみたい』と思って今まで嫌がっていた薬もちゃんと飲むようになったらしいよ。生きる力が湧いたらしいね・・・ありがとう、君たち」

と言って二匹を抱きよせた。その眼からは滂沱として涙が流れる。一度はあきらめた妹の命、それが生きる力を取り戻してくれ、元気になりつつある。これ程うれしいことがあるだろうか。

妹――ひで――は自分はもう治らないし生きていてもこの先病弱なままでいいことなどない、とあきらめていたようだ。楽しいことなどもうこの世にはないと思いこんでもう死んだ方がいい、と薬もほとんど飲まずにいたらしい。が、姉のゆうがそれでも妹を案じて送った手紙の中の海軍生活の面白い話、特にトメキチとハシビロの話、そして航海科の面白い連中の話を読んだ時今までほとんど反応を示さなかったひでが声を立てて笑った。そして驚く母親にゆうの手紙を差し出して『お母様、お姉さまはとっても愉快で面白いお仲間がいらっしゃるのね。ああ、私も逢ってみたいわ!早く元気になってお姉さまのおふねを見に行きたいわ』といい、母親が『それじゃあ早く元気になるためにお薬はきちんと飲まなきゃいけませんよ』というと『ハイ』とおとなしく従ったのだという。

「だから」と樽美酒少尉は言った、「君たちは妹の命の恩人だよ、ありがとう」。

トメキチとマツコはなんだかとてもうれしくなって、樽美酒ゆう少尉の頬をなめ、そして頭をこすりつけてその喜びを表したのだった。

 

そして。

最上甲板左舷の、主砲塔脇に、故郷の家族からの便りを望めない数名が所在なさげにしゃがんでいる。その数名とは、麻生太特務少尉・見張トメ二等兵曹・松本リキ兵曹長である。三人は家族からの手紙や慰問品で浮き立つ艦内の喧騒を避けてここに来た。麻生少尉は親から絶縁され、見張兵曹も継母とは縁を切り(切られ)、松本兵曹長も自ら家族と縁を切ったようなもの。

であるからこの三人は一応「家族なし」、なのである。麻生少尉は見張兵曹と松本兵曹長の横顔を見てから、「なあ、松本兵曹長」と話しかけた。は、なんでしょうかと松本兵曹長が言うと麻生少尉は、

「兵曹長は家族が居ってじゃろう?たまに手紙も来るらしいじゃないか・・ほいでも兵曹長は家に帰らんのか?」

と聞いてみた。すると松本兵曹長は肩をゆすって笑って、

「はい、帰りません。うちはですね麻生少尉、あの家にとっては邪魔もんなんであります。うちは本来こまい頃に死ぬるはずでした。じゃけどうちはなんでか知らん、生きてしもうたんです。いやあ、死ぬはずのもんが生きるとロクなことがないいうんか、うちは体は弱いし食は細い。何をさせてもよう出来ん。頭は悪い、こげえな子供、居らん方がええでしょう?じゃけえうちはずいぶん家族にいじめられました。父親だけが味方でしたが母親の方がえらい強うて・・・ほいでそのうち親父も死んでしもうた。そのあとはもうご想像の通りで地獄でした。

ちょっとしたきっかけでうちは丈夫になりました。で、海軍への道を歩きだしたんですが・・そんなこんなでうちはあの家にはいらん人間、言うかはじめっから居らん人間なんですよ。帰っても居場所がありやせんのです。ですからうちは家には帰らんのであります!うちの居場所は帝国海軍、そして『大和』であります!これはぶち幸せでありますよ、麻生少尉」

と何だか誇らしげに語った。そうじゃったかあ、済まん事を思い出させてしもうてと麻生少尉は謝った。が、兵曹長は笑顔で

「ええんですよ少尉。うちにはもうとうの昔の昔話ですけえね。こうして笑って話せるんですけえ、ええんですよ」

と言った。その兵曹長の笑う顔を見つつ、見張兵曹は(松本兵曹長は偉いのう、うちはまだまだいけん。まだあの人たちの呪縛が解けん。未だに怖くなったり体が震えたりしてどうもいけんのう。ここはひとつ松本兵曹長を見習わんと)と思っている。そして

「松本兵曹長、うちも今までのことを笑うて話せる時が来ますかのう」

と言っていた。松本兵曹長はちょっと兵曹の顔を見た後でにっこり笑うと、

「来るで。絶対来る。トメには麻生少尉が居ってじゃ。あんなあ、人間は自分を誠心誠意思うてくれる人が一人おったらどがいないやな過去でもいつか笑うて話せる時が来るで。うちには、うちをいつも大事にしてくれた新田のおっさんが居る。あのおっさんが居るけえうちはこうしていつも元気で笑うて居れるんじゃ」

というと見張兵曹の背中を優しくたたいた。麻生少尉が「兵曹長はええこと言うのう。人間苦労したもんは奥が深いのう」と言って遠くに視線を投げた。自分の故郷での経験、松本兵曹長の経験そして、見張兵曹の経験がないまぜになって、ちょっとした痛みを伴って麻生少尉の胸を襲う。

三人の頭上を、家族からの手紙に湧く他分隊の乗組員の歓声が通り過ぎて行った――

 

岩井しん特務少尉は、運用科の作業室にいたところで一等水兵から「岩井少尉、お手紙であります!」と一通の封筒を手渡された。ありがとう、と言ってから岩井少尉は「ちょっと待って」と走り去ろうとする一等水兵を待たせるとポケットから小さな羊羹を引っ張り出した。そして「一人で食べなさい」と笑って見せた。一等水兵は破顔一笑「はい!」と返事をすると、力いっぱいの敬礼をして走っていった。

その後ろ姿にちょっと微笑んだ岩井少尉、手にした封筒を(一体だれから?)と裏を返して見た。封筒の裏の、差出人の名前を見た岩井少尉の顔色がさっと変わった。

差出人は――野住光雄――先年の正月、呉で再会した時「二度と会いとうない」と決別したはずのかつての夫だった。(一体どうしてあの人が、ここに手紙を!?

岩井少尉はもう一度表書きを確かめた。(呉鎮守府気付・・・はあほいで鎮守府の人間が調べてここに送ってきたんじゃな)きっと母親が「鎮守府あてに出したらええですよ、ほいなら必ずしんのところへ届きますけえね」とか何とか言って出させたのだろう。

不愉快な手紙ではあるがなにが書いてあるか確かめたい。そう思って急いで便せんを引き出し、その文面を読んだ少尉は思わず

「まさか!」

と叫んでいたのだった――

   (次回に続きます)

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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
マツコとトメキチが癒し鳥・癒し犬の役割を果たしたようです。あったことが無い同志でも心通じる--というと思い出すのが慰問袋で特に宛名のないものは陸海軍に振り分けられ将兵たちの手に渡ったと言いますが、そこから交流が始まったという話も聞いています。
厳しい時代だったからこそ、人の心も優しかったのでしょうね、今とは大違いです(-_-;)

さあ、岩井少尉の受け取った手紙には何が書かれていたのでしょう…こうご期待であります^^!

人の心を突き動かすのは喜びや笑いだということですね。
遠い内地で床に臥せていた人の病をも跳ね飛ばしたトメキチとマツコの存在は万々歳です。
会ったこともない者同士でありながらも心が通じ合うなんて素晴らしい時代でしたね。
樽美酒さんもこれで存分に活躍することでしょう。良かった良かった。

あのイケズからの手紙ですか。探し当てるというかややこしい手を使ってでも届けたい内容。
不穏というか厚かましいことが記されている手紙ではないかと……、次回が楽しみです。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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