2017-09

「海色の瞳」について。 - 2013.02.01 Fri

「海色の瞳」1~3までいかがでしたでしょうか。

今回の話には、実在の人物や事柄がモデルになっております。

まず、中矢少尉。彼女は通信士・中谷邦夫少尉がモデルです。この中谷少尉、大変有名な吉田満著「戦艦大和ノ最期」にも書かれていますからご存知の方も多いかと思いますが、彼、中谷邦夫少尉はカリフォルニア生まれの二世で慶応大学留学中に学徒兵として招集されました。

吉田氏の文を借りれば中谷少尉は

>醇朴ノ好青年ニシテ、勤務精励、特ニ米軍緊急信号ノ捕捉ハ彼ガ独壇場ナリ

さっそうとした、かっこいいという言葉が合うような勤務が眼に浮かびますね。

しかしアメリカの二世ということで心ない士官からは白眼視され、多くの人の前で罵倒されることもしばしばだったようです。

彼は一人、深夜の甲板上で物思いにふけっていたようです。その心中、察するに余りあります。がそんな寂しい彼の心を支えたのは遠いアメリカの母親からの手紙であったようです。

通信の手段は、中立国スイスを通じてしかなかったようでそれさえ字数制限があったようです。短い手紙には、こう書かれていました。

 

>お元気ですか 私たちも元気で過ごしてゐます ただ職務にベストを尽くしてください そして 一しょに、平和の日を祈りませう

 

この手紙がきっと最初で最後の手紙だったのでしょう。

中谷少尉は、敵信傍受の勤務の最中に散華します。そのことを戦後、吉田氏からの手紙で知ったアメリカのお母さんは、ショックの為三月も寝込んでしまわれましたがのちに

 

>邦夫が最後まで、自分のポストにベストを尽くして戦ひ、日本人として恥づかしくない死を遂げてくれたといふこと、これ程うれしいことはございません・・・

 

とする返信を出されました。

この当時の母親というものは何と、凛として我が子の死を迎え入れたのだろうか・・・このくだりを最初に読んだ時しばし言葉がありませんでした。

愛するわが子の死。信じられない信じたくない現実を突き付けられ、寝込むほどのショックを受けながらも「日本人として恥ずかしくない死を遂げたこと」を嬉しく思う、と言い切れる心が私には崇高でありまた、とてつもなく悲しくもあります。

 

そして山口通信長。

実際の人は「山口博」中佐(没後大佐)。先妻を失くして小さなお子さんがあった山口通信長は、再婚しそして一年ほどで戦死。

最後の上陸の時満天の星を見上げた夫婦。通信長とその奥さまの心の中はいかばかりだったでしょうか。そして翌朝、通信長はお子さんと家の前の田んぼのあぜ道を追っかけっこのようにして走っていた。

その後ろ姿が、奥さまの見た山口通信長の、この世で最後のものとなってしまいました。

戦死の公報は『大和』沈没から一年経った頃届き、(実は通信長の戦死は大和沈没のひと月ほど後、義弟経由で知らされていた)一周忌を済ませた後奥さまは先妻の残したお子さんを連れて婚家を去ってしまいます。

夫を亡くした妻が婚家に居辛い事情があったと推察されます。それでも奥さまは戦後をお子様と行きぬき、穏やかな老後を送られたようです。

それこそがきっと、山口通信長の望まれたことだったでしょう。

 

それから作中での中矢少尉が敵の母艦交信員になり済ましたのは昭和十九年十月二十五日のレイテ海戦で第五艦隊旗艦「那智」が空襲にさらされた時、「那智」特信班の予備学出身の亀田少尉が雷撃機が向かってくるのを探知した時とっさの機転でアメリカの母艦交信員になり済まして事なきを得た実話をもとにしています。

交信の様子はほとんどそのまま引用させていただきました。

この、亀田少尉もハワイのハイスクールを出た二世です。彼らの活躍・機転に依る危機回避はもっとあったのではないかな・・・と思います。

 

そして「青い目の」日本軍人は陸軍にもいらっしゃいました。陸軍航空審査部の来栖 良少佐でこの方のお父様は大東亜戦争開戦直前まで日米交渉に尽力なさった来栖三郎駐米大使。お母様はアメリカ人の間に生まれたご長男。

千葉県上空で敵機と交戦、被弾負傷して基地に戻られるもそのあと亡くなれた、ということになっていますが実は飛行場で迎撃に発進しようとした「隼」のプロペラに触れて即死されたというのが真実と言われています。が、それではあまりに気の毒だという軍側の配慮で、遺族には前述のように伝えられたようです。靖国神社遊就館に遺品の日章旗がありそこには「来栖三郎」「来栖有壽(ありす)」とご両親の直筆の書き込みがあります。作中の中矢少尉の<青い目>、お母さんの名前<アリス>はここからお借りしたものです。
<来栖良陸軍少佐>(画像お借りしました)
来栖良さん

 

今まで述べたような話が心のどこかに引っかかっていて、(これを何とか話にまとめたい)とずっと思っていました。

やっとそれが出来ましたがつたない文章でどれだけ読んで下さる皆さんの心に届いたか?心配ですが、どうかそういう思いをした人たちがいたということをちょっとでもお心の隅にでも留めて置いて頂けたら嬉しいですし、東シナ海に眠る英霊の皆さんへの何よりのご供養になるでしょう。

 

もっとこの先もいろいろな話を書いてゆきたいと思っております。

どうか末長くお付き合いいただけたら、と思います。よろしくお願いいたします!

 

(参考図書・「戦艦大和ノ最期」吉田満 講談社文芸文庫  「男たちの大和」辺見じゅん ハルキ文庫

       「歴史群像太平洋戦史シリーズ⑩聯合艦隊の最期」学研)


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● COMMENT ●

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは!
きっと、彼の御霊が喜んでらっしゃいますよ。
八街の空いっぱいに彼の微笑みが浮かぶような、そんな気がします。

忘れないでいる、ということって大事ですよね^^。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

matsuyama さんへ

matsuyama さんこんばんは!
そうですね、いわゆる軍隊でのしごきと今の体罰は根本が違いますね。
ここでしっかりさせねば命にかかわるとか、戦場などでパニック状態になっているようなときに気をしっかりさせるために殴るのにはそれなりの意味があったと思います(兵営・艦内などではたんに上官のご機が悪いといじめのようなこともあったようですが)。
そうしたあしき伝統を踏襲してしまった上に今の体罰には「勝つということを免罪符にしてない??」とか「それは自分の虫の居所が悪かっただけでしょう?」というようなことが多い気がしてなりませんね。
桑田さんの講演はよかったと思いますね、彼も子供のころから体罰をされて『それが役に立ったなんてこれポッチも思わなかった』ということをおっしゃってましたね。
そういう人の意見を真摯に受け止め、無用な体罰はなくして行かないと桜宮高校の悲劇がまた起きかねません。
叩けば、殴れば選手はよくなるという「旧態依然とした指導」から脱却すべきですね!!

戦時中の兵隊さんのいじめは、陰湿なものではなくそれはそれは激しいものだったようですね。性根をたたき直すという意味もあったんでしょうが、それ以上に戦争による国の勝利、兵員の命が降りかかっていたのかもしれませんね。
いま社会を賑わす運動部のいじめとは少々意味が違いますよね。指導者はこの戦時中のいじめを美化し、その考えを踏襲しようとしているんじゃないんですか。時代は変わりましたし、環境も変わりました。いつまでも体罰に効果があるとは思えません。
先日元巨人の桑田真澄さんが、教師、指導者を前に講演されたそうです。今や体罰で技術が向上するとは思えない。もっと科学的に指導していく必要がある、と。
指導者は旧態依然とした指導方法から抜け出さなければならないんですよね。
あっ、見張り員さんの主旨と違ってしまったかな。

すっとこさんへ

すっとこさんこんばんは!
コメントをありがとうございます^^

戦争だけは本当にごめんですね。たくさんの人が不幸になる戦争はもう本当に嫌です。

周南市の「回天記念館」には私もいつか行きたいと思っております。「回天」は靖国神社遊就館に実物が展示されていますがそれを見るたび胸が苦しい思いをします。
どんな思いでこれに乗って死んでいったのか、最後に何を叫び何を見たんだろう…と考えると苦しさだけしか覚えません。子を持つ母として、また人として耐えがたい思いがあります。

この話を書くときは何気にPCの前に座っていきなり書く場合と構想を練りに練って頭の中で筋立てを書いてキーをたたく場合などいろいろあります。
今回の一連の話はもうずっと前、昨年から温めていたものです。
仕事中に考えたりして仕事が終わったあとちょっとした時間に書いています^^。

こんな話の羅列ではありますが今後もよろしくお願いいたします!

ずん太ママさんへ

ずん太ママさんこんばんは!
このお母さんの言葉に感じ入り涙するずん太ママさんには優しいお心がおありですね、それが、それこそが英霊を悼む心です。
それには子供のありなしは関係ないです、感じ入る心があるかないかですよ^^。
そしてご自分の毎日をお考えになってしっかり生きたいと思われるそのお心にきっと戦没なさった多くの英霊たちは慰められることでしょう。

来栖少佐の最後の地・・・『忘れませんよ』という思いを込めて私も祈ります!

戦争はいけない。

見張り員様こんばんは!
お初にお邪魔致します。

周南市に娘が嫁いでいる関係で
”回天記念館”へ行ったことがあります。

戦争は・・・戦争は・・・
いかなる理由であれ、いけません。

長野の画学生の遺品、主に絵画を
集めた”無言館”へも行ったことがあり
文字どおり言葉もありませんでした。

見張り員さんの作品、いつか本にまとめられると
いいですね!しかしかように忙しい日常でこのように
力あふれる作品をブログで発表とは、いったいどの
ように時間をやり繰りしておいでなのやら!
ご自愛くださってどんどん新作発表なさって下さい!!

わたしは母親になったことはありませんが、
戦争という悲惨な出来事でお子さんを亡くし
それでも『日本人として恥ずかしくない死を遂げた』と仰った母親の
この重みのあるお言葉に涙がとまりません。
計り知れない悲しみや苦しみが伝わってきます。

今の自分を考えると駄目な自分しか思い浮かびません。
一日一日を大切にしっかり生きていきたいと思います。
少しでも自分が頑張ることで戦争で亡くなった方や
つらい思いをされた方のご供養になればと感じます。

また、お写真の方はわたしの地元で戦死されたのですね。
2月16日、西の空に向かって手を合わせたいと思います。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
本当ににいさまのおっしゃる通りです。
たかだか60年70年前に日本人が持っていた精神、どこに行ってしまったのでしょうか?確かに当時も凶悪な人間はいたでしょうが今のように日常茶飯事的に殺人だのいじめだの体罰という名の暴行なんかなかったはずだと思うのです。
人間が陰湿で陰険になりましたね。日本人は世界から称賛される国民・民族だったはずなのにどこでその矜持を捨てたのか。
そしてもう一度昔のように暖かく優しい日本人に帰る気はないのか。
人間が複雑化したのかそれとも簡略化されたのか、よくわかりませんが戦後の人のあり方にも大きな問題があるようですね。
物質至上主義がもたらした大きな害でしょうか・・・

日本の美しい未来を夢見て散華して行った先人たちに合わせる顔がありません。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
瞳の印象って強いですね。青い瞳の外国人の人をみるとやはり・・どぎまぎします。そういえば昔NHKドラマで「マリコ」というのをやっていました。
開戦前後の外交官・寺崎英成さんの一人娘さんの生い立ちで、学校に上がって『アメリカ人!』と罵られ酷くいじめられるシーンがありました。
反米の気運がそうさせたのかも知れませんがとてもかわいそうでした。
それと同じようなことがアメリカでも日本人に対してあったのですから、もうこれはどうしようもない人の性なのでしょうか・・・
差別の心、あってはならないですがこれを払しょくは無理なのかもしれないなあと思いました。

いろいろ考えながら話を書いていますがなかなかうまくまとまらないのが難儀です(-_-;)。

いつもありがとうございます、オスカーさんも御身大切になさってね^^。

戦時中とはいえ僅か60年や70年前の日本には義がありました。
体に流れている血が異なることを敵視し差別していた時代でもあったはずです。それは紛れもない事実でしょうが、でも今の狂い上がった日本人とはどこかが違うような気がします。国を護るという義の一点でしょうか。
今の日本人のしていることったら人を貶め、直接的ではないにしろ命まで奪うようなことを陰湿的にやっているのですからどうしようもないですね。
なんていうのかなぁ、人間が腐っているというのか。どれもこれも立場が強い人間ほど根性が腐っている。こんな国にするために命を犠牲にした人々の思いはどうなのでしょうか。泉下で悔しい思いをしているに違いないと思います。
今回は『差別』という意味を見張り員さんが教えてくれました。

こんにちは。このお話を読みながら安全地帯の「青い瞳のエリス」を思い出しました。瞳ってみつめあうものなので、その色って肌の色以上に印象が強烈ですよね。今でも外国の方を見かけるとドキドキしてしまうので、当時の日本人なんかはもっと…頭ではなんとなくわかっていてもいざ向かい合うとどうしたらよいのか…という複雑な気持ちが暴力に向かうこともあったでしょうね。なんとも言えない辛くイヤな時代だったなぁと思いました。
見張り員さまの書かれたお話により、たくさんのことを考えます。うまく書けませんが、生きるってこういうことだ!と考えたりします。いつもありがとうございます。お身体に気をつけて下さいね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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